「日本人に神棚を捨てさせろ」

基督教(韓国のキリスト教・新教の方)は、仏像も先祖への祭祀も、すべて偶像崇拝だと信徒たちに教えています。一例として、最近は、大統領府に仏像があってはならないとし、「その仏像は日本人が慶州(キョンジュ)から移させたものでちゅよ」ということで、慶州にまた移すことを強く主張しています。仏教は「詳しくどこだったか知らないから移してはダメでちゅ」として喧嘩になっています。

ウリスト対ナム(南無)・・というかなんというか、宗教でもウリとナムの意識が強い、というべきですね。

 

以下、私の知識が及ぶのはキリスト教全体ではなく「韓国のキリスト教」だけですので、「基督教」と書きます。また、以下のエピソードは、協会など団体ごとに違うかもしれません。

 

すでに20年前のことです。

シンシアリーは基督教徒だったので知っていますが、韓国の基督教が「日本人に仏壇や神棚を捨てさせる」ことを宣教の目標にしていることをご存知でしょうか。

教会で見せられた、日本での宣教結果報告というビデオテープ(当時はVHSがメインでした)の内容は、いまでも忘れることができません。

いくつかの韓国系キリスト教教会が連合した宣教チームの人たちが、日本人に宣教した結果だといいながらビデオを上映しました。彼らは、日本で、ひとり暮らしの日本人お婆さんに宣教し、基督教徒にしました。そして、「お婆さんが主イエスを迎えた証拠」と言いながら、お婆さん自ら、数十年間大事にしてきた神棚(仏壇?)を焚き火に入れるようにし、それを燃やす姿を撮影したものでした。彼らは、「目標達成に近づいた」と言ってました。

私はドン引きして、その教会には顔を出さなくなりました。思えば、あの時、基督教をやめるべきでした(完全に信仰を捨てたのはもっと後、他にもいろいろあった後のことです)。

 

昨日、それを夢でまた見ました。

 

最近、韓国にいた時、キリスト教関連で会った人たちの夢をよく見ます。日本に来てから、近くの神社関連で「ちょっとだけ不思議体験」を、2回しました(1回目はブログにも書いたことがありますが、夢のことです。2回目はレナ関連でもあります。それはまた次の機会に・・)。そのおかげで、神とか仏とか、そんな存在についてまた考えるようになりましたが、それと関係があるのか無いのかはわかりません。

「とりあえず、ブログに書こう」と思った私は、正常なのか非正常なのか・・・

 

 

 

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211+

“「日本人に神棚を捨てさせろ」” への111件の返信

  1. 米国在住の日本人産婦人科医師が全国各地の神社に油をかけた容疑で手配されています。キリスト教の宗派を作って山頂にある神社に朝一番で登頂して油をかけてきたと自慢している講演会動画がある。
    ネット上では同姓同名の朝鮮人の帰化官報の情報が出ていて、朝鮮人が帰化して日本人になって破壊行為をしている例と思われる。個人の仏壇や神棚だけではないんですね。ほんとに困った事です。

    1. そいつは帰化系ですよ。
      週刊誌でも報道されてました。
      韓国系のウリスト教は1つの例外も無くカルトです。

      1. >韓国系のウリスト教は1つの例外も無くカルトです。

        但馬オサム氏の『韓国呪術と反日』にもそのように
        書かれていたが、正直酷い偏見だと思う。
        韓国では仏教系も抜かりなくカルトなのに。

  2. 昔のキリスト教も似たようなことはやってましたけどね。
    パプアニューギニアあたりでは、布教の一環としてそれまで崇めてた精霊の木像を取り上げて、ヨーロッパで売りさばいたりしてたそうです。(原住民に還元されたとは思えませんね)
    だから、現在でも布教(善意)の結果として前の信仰を捨てさせるというロジックは成立し得るのでしょう。

    ただ韓国人が日本でウリスト教を布教すること、神棚を破壊することには別の意味が存在するとしか思えず、それは善意では有り得ないだろうと感じます。
    私も曇ってますかね。

  3. 日本人が思っている以上に朝鮮人とキリスト教の親和性が高いんだろうな。どっちも俺が一番偉いから他は従えってのが土台だし。

  4. 家族や知り合いにキリスト教の知り合いがいて色々知る機会あるんですけど、日本の基督教団はご存知の通りもう酷いもんですね。安倍政治ガーとかヘイトスピーチガーとか普段の週報にも載ってます。
    アメリカの知り合いの方のキリスト教はそんな息苦しさを感じることもなく、普通に付き合えてる事を考えるとやっぱり韓国キリスト教の問題なのかなあと

  5. そんな教えをばら撒いているから日本の寺社仏閣への嫌がらせが絶えないんでしょうな。

  6. 韓国のキリスト教団体のなかにも、融和的な姿勢を見せるところも一部あります。私の知り合いの韓国人牧師は、あくまで日本の文化を尊重し、そこに入り込みたいと考えています。その牧師は「韓国にキリスト教が根付いたのは日本のお陰だけど、これを認める牧師は韓国にはほとんど居ないだろう、自分たちが教えてあげてるという立場を守りたいのだろう」と言ってました。そして、そういう「教えてあげている」という立場でアプローチしてくる人間が、今回のような問題を量産しているのだと思います。

  7. <朝鮮キリスト教…祖先祭祀(お戻り)はドーなっているのだろう?>

    記事とは直接関係ないが、本やネットでの論文などを読むと、
    コリアン(朝鮮民族)の儒教(祖先崇拝・祭祀)への強い影響(思い)から、朝鮮キリスト教(たぶんプロテスタントもカトリックも)は忌日には、祖先祭祀に替えて「追悼式」を行うようになったらしい。ここで、問題(障害)は、ご先祖様がお戻りになるかならないか…が大変つらいことらしい。

    儒教→ 祖先祭祀→ ご先祖様がお戻りになる→ ごちそう並べ、ひざまずいて(ひざおりまげ?)挨拶

    キリスト教→ 追悼式→ ご先祖様を偲ぶ→ ひざまずいて挨拶は禁止(怒られる?)(審判、終末日?まで戻らない?)

    ↑ キリスト教に改宗すると、「もう二度とご先祖様に会えない」、「家族の中でキリスト教の自分だけが儒教の祖先祭祀に参加できない」などが大変悲しく辛いことらしい。

    ↑ てなことがあるらしい。詳しい方がおられたら教えて欲しい。

    1. <朝鮮キリスト教…祖先祭祀(お戻り)はドーなっているのだろう?>
      2017年9月25日 05:40
      上観寺さんへのレスその1

      遅くなってすみません、もうここはご覧になってないかもしれませんが。

      私もけっして詳しい訳ではないのですが、管見の範囲で書き込み致します。

      お辞儀をするしないが問題になるのは、こういう事があるからのようです。

      儒教入門 土田健次郎 著 東京大学出版会

      『故人の子供が神主(位牌)に対して礼拝をすると、子供の気が発して、位牌にある故人の魂と感応する。中国や朝鮮では養子を忌避する。それは親の気が子に伝わるゆえに親と子は気が同じであって(父子一気)、それゆえ子の気に故人の気が感応できるからである。養子では気が異なってしますので感応できない。』

      上記の考えがあるから、ウリスト教では追悼式にお辞儀するしないが問題になるのかも。
      (蛇足ですが、儒教で女が祭祀に参加できないのも、もしかしたら気の感通の問題なのかな?)

      上観寺さんの比較されてたこととほぼ同じ内容が、この論文にあります。

      韓国キリスト教の死後儀礼(追悼式) ―儒教文化との融合と対立―
      古田 富建
      http://www.lib.tezuka-gu.ac.jp/kiyo/rTEZUKAYAMAGAKUIN-UNI/r44PDF/r44FurutaT.pdf

      もともと世界のキリスト教全体で議論になっているのが、
      「非信者の救済をどのように考えているのか?」
      であるようですね。
      ネットで調べると考え方が色々あってワケワカメです。
      で、上記論文によれば、韓国プロテスタントだけに範囲を限ると、非信者は地獄行きです。
      でありますので、

      ・非信者と天国で会いたいと思うなら、その非信者が改宗しなければならない、だから超強引に改宗をせまる→仏壇捨てるニダ!

      すみません続きます

      1. <朝鮮キリスト教…祖先祭祀(お戻り)はドーなっているのだろう?>
        2017年9月25日 05:40
        上観寺さんへのレスその2

        ・ご先祖も地獄行き
        ただし私の読んだ論文では、韓国カソリックだと、舅姑が改宗した後でも信者のお嫁さんは巫俗的な先祖祭祀を続けてましたので、さほど深刻な問題では無さそうです。
        しかしプロテスタントだと、非信者のご先祖の救済の問題が、かなり悩ましい様子です。

        ・以前から「シンシアリーは巫俗を嫌っているけど、シンシアリーさんのご先祖が物の考え方をしていたかを調べるには、巫俗の研究が必要になるのに?」と私は疑問視してましたが、韓国プロテスタントではそういった人達は地獄行きという考え方を、捨てきれないのではないか、だからシンシアリーさんの洗脳状態はまだ続いていると思われます。

        蛇足が続いてすみません。
        非信者の救済についてなのですが、キリスト教全体では、どこまで議論したとしても、最終的には神様のご判断次第である様子です。

        一方、伝統的アジアならばこう考えばそれで済む筈です。
        「祭祀するべき関係である存在は祭祀する、祭祀するべき関係のない存在でも、必要ならば"慰霊"とかの何か別の形で祭祀しましょう」

        キリスト教では救済はあくまで個人と神の関係でしかない、だから現実社会でも「個人主義」

        アジアでは祭祀を関係性から判断するので、社会では「間人主義(人間を関係性で考える)」

        こういったものが見えてきますね。
        レス不要ですので、それでは。

        韓国カソリックで私が読んだ論文はこれです

        祖先崇拝儀礼と女性の役割
一 韓国のカトリック「教友村」を事例として 一
        呉知恩 著

        https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/192508/1/kjs_002_019.pdf

  8. >眠り猫さん(2017年9月24日 22:17)

    >「多神教は「それぞれの異なる考え方を認める。正解はひとつではなく、私もあなたも己の信じるものを貫けばいい。」です。」

    ↑ どうかな?。「正解」とか「己の信じるものを貫けば」とかいうのは、私には、むしろ一神教的な捉え方からの見方のような気がする。このような捉え方も敢えて否定はしないが。

    多神教にも多分色々あり、日本のアミニズムのように個々の役割(ご利益)があり、役割ごとに拝む(信仰する)ような、カミと人が対等とまでは言わんが仲間的な関係の信仰もある。

    >「朝鮮のシャーマニズムは多神教ではないと思います。」

    ↑ 多神教だと思うネ。朝鮮のシャーマニズム(呪術教、巫教)も熊やら山神やら…多神教的であるらしい。『韓国とキリスト教 中公新書』

    >「朝鮮には、そもそも「それぞれの異なる考え方を認める。正解はひとつではない」という発想自体がないんですよね。私が正しいなら他は間違い。なので、朝鮮のシャーマニズムはおんどりのときの声なんだと思います。」

    ↑ これもどうかな?。私には儒教、それも「名分」へ異常な執着をする、そして相手に絶対不寛容の朱子教のせいで、このような幼児的自己正当化、自大の思想(信仰)が出てきたように思っている。朱子教+ドレイ的隷属教が合わさったものと考えている。

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