韓国、子どもたちに溢れる「嫌」の感情

本ブログで今まで書いてきた韓国関連の様々な考察の中でも、「嫌悪」は重要なキーワードではないでしょうか。

「韓国人は礼儀正しい」「韓国人は情に溢れる」そんな黒魔術の教義みたいな話ばかり繰り返している韓国マスコミですが、やっと、実に「やっと」、一部の記者、記事で「韓国人の情緒って、ひょっとして憎しみじゃないの?」と問題視されるようになりました。

 

↓ここから「続きを読む」の後になります

随分前からマスコミで指摘されてきた「遵法精神が欠けている」「配慮の無い社会」「集団利己主義(自分の集団だけを大事にしすぎる)」なども、すべては同じ側面を持っていたわけでして。

嫌悪が無いと、とにかく誰かを嫌わないと、気に入らない現実を誰かのせいにする恨(ハン)も成立しないし、ウリとナムも弱くなるし、被害者面もできません。

言い換えれば、韓国人は、嫌悪が無いと上下関係が成立しません。韓国人の嫌悪は、上下作りの手段です。韓国人の嫌悪には、「下のものを思いっきり馬鹿にする」側面があり、逆に「思いっきり馬鹿にすることで誰かを下にできる」側面もあります。そうすることで自分が「上」に人間であると確信が持てるわけです。

書いていて、本当に嫌なシステムだな・・と思わずにはいられません。

 

京郷新聞の報道です。

<・・韓国社会が分裂と葛藤を拡散させる嫌悪に正しく対応できないでいる間に、未来を担う世代が育つ学校が、あらゆる嫌悪の培地となっている・・子供たちは、嫌悪を「クールなもの」とし、同年代の文化を共有している。インターネットコミュニティで始まった嫌悪文化が10代の教室を侵食したものである・・>。

いわゆるイジメとかそんな問題か?というと、ちょっと違います。別に「いじめられっ子」だけがターゲットになるわけでもなく、教師、他の子の親まで、嫌悪の対象の範囲は広いです。

例えば、ある子に悪口を言う時、その子の母親の悪口を言ったり、クラスで序列が低い子には名前を呼ばず、その子の母の名前で呼ぶこともあるそうです。犬ヤロウとかそんなものより、「その子の母の名前」そのものがもっとひどいヨク(辱、低俗な言葉)だという意味です。

言わば、ここでいう「嫌悪」は、クラスの序列化の一部なんです。韓国人の憎しみの典型的なパターン、「相手を思いっきり嫌悪する。だから私が上だ」です。

なぜ母まで持ってくるのか?それは、母が大事だと分かっているからです。相手が「それだけはやめてほしい」と思っていることを敢えて狙い撃ちして踏み潰すことで、さらに上下関係を確実にしているのです。

前から子どもたちが着ている服の値段で階級を決めているとかそんなエントリーを書いてきましたが、そういうのも、ある意味では「親の力」を比べていたとも言えます。今回の件は、その進化形でありましょう。

思えば、「スプーン階級論」なども、結局は親の財産のことを言っているものですから・・・子どもたちだけではありません。

相手を引きずり下ろすことと、自分の格が上がることを同一とする・・・共産主義を望む人に、そんな単細胞・・無細胞な人が多いと聞きます。ある意味、韓国に左派政権が再誕したのは、必然だったかもしれませんね。

 

韓国人のこの「他人を貶めることで私の格が上がる」という歪みを教え込むようになったのは、「日本を憎むことで韓国が善になれる」構造である、反日思想そのものではないでしょうか。国家そのものが、その理屈から生まれたわけですから。

 

 

著書関連のお知らせ◉

シンシアリー+扶桑社の9冊目、韓国人による末韓論(扶桑社新書)が発売中です!

韓国の反日思想に対する考察を書いたシリーズですが、それぞれ、重点を置いた部分が違います。書籍名と画像は各書籍のAMAZONリンク(アフィではありません)になっていますので、内容紹介などを参考にしてください。

韓国人による恥韓論 (扶桑社新書)

韓国人による沈韓論 (扶桑社新書)

韓国人が暴く黒韓史 (扶桑社新書)

韓国人による震韓論 (扶桑社新書)

韓国人による嘘韓論 (扶桑社新書)

なぜ日本の「ご飯」は美味しいのか ~韓国人による日韓比較論~

朴槿恵と亡国の民

韓国人による北韓論 (扶桑社新書)

 

 

“韓国、子どもたちに溢れる「嫌」の感情” への49件の返信

  1. これ、ちょっと不思議に思っていました。
    K-POPの番組とか見ると、挑発の仕方が全然日本と違うんです。日本とっていうかたぶん大体の国と違うんじゃないかな…
    自分たちの優れた点とそれに対して相手の弱さを指摘することを挑発とかDISっていいますけど、自分たちの優れた点をすっとばして相手をただただ貶めて、お前は必ず負ける、というのを主張しあう場面を韓国の番組ではよく見るんですが、それはただの暴言であって挑発とは言わないんじゃないかなって違和感を抱いてます。

  2. 日本語訳の問題でしょうが

    憎しみ などの負の感情を、
    日本語では、情緒とは呼びません。

    情緒とは、高次元の感情に対するもので

    美しい音楽を聴いて感動したり、
    すばらしい絵画や、自然の景色に心が洗われるような
    よい感情をさすものです。
    下町情緒とか、野趣溢れる趣きとか。

    韓国語では、負の感情も、高次元の感情も、
    別けないのかも知れないけど。

    憎しみを情緒と呼ぶのは、日本語として間違っていると思います。

  3. 大同ノリが始まる 1

    前説明になりますが…
    バタイユの『過剰と蕩尽』はパンツをはいたサルでくらいしか知らないんですが、ぶっちゃけると
    『ケ(普段の生活)で溜め込み、ハレ(お祭り)で開放』
    という構造でして、これを朝鮮の民衆の精神文化に当てはめますと『恨』と「神明』になります。
    さらにこれが朝鮮の政治文化と繋がるとどうなるか?

    左翼と儒教の、政治思想での親和性の高さはこちらで確認できます。
    以下引用

    儒教文化測定尺度の仮構
    君塚大学 著
    佛教大学総合研究所紀要 第7号

    く富の配分原理としての大同主義〉
    『共産党による革命も、この大同主義の唱導によるものとして,その理念を「儒教社会主義」と呼べるという論者もいる 』

    く公天下民本主義という政策原理〉
    『注意すべきは「民本」と「民主」の違いである。民本が民を本とするとはいえ、政治の担い手とはしないのにたいし、民主は民の政治的主体としての能力を認めその参加を不可欠とする。民本が、専制のパターナリズム的合理化の表現であることは銘記されるべきであろう。 』

    引用以上。

    理想社会としてと大同思想として有名なのは康有為の大同書で、礼記・礼運の一節を理想社会として一般化したものであります。

    李氏朝鮮には『大同』がチラチラと現れる。
    「朱文公大同集」が朝鮮王室の愛蔵本であったとか、李王家を輩出した全州李氏の宗親会が「全州李氏大同宗約院」だったり、李朝時代の税制改革が「大同法」。

    康有為よりずっと早く、李朝時代にすでに大同思想を理想社会とみなす概念が存在していたのか?
    確証があるわけではありません。
    ただ、李朝初期の功臣・鄭道伝が民本思想を述べていますが、それは安らかな民衆の生活をあるべき姿として語る大同の一節と大いに重なります。

    実は儒教の盛んな安東のお祭りに『大同ノリ』があるそうで…
    …はいここで朝鮮民衆の精神文化が政治文化とつながった!

    朝鮮の精神文化では『恨・興・神明』の三位一体があります。恨と神明が対概念で興がその途中です。

    1. 大同ノリが始まる 2

      韓国芸能における「神明プリ」の特徴に関する研究
      「カンガンスルレ」と「霊山牛頭デキ」を中心に
      金鉉哲 著

      >研究者たちは神明のポジティブな特徴をはっきりと目立つようにするために、しばしばネガティ ブな情緒を代表する「한(恨)」と比較してきた。

      >「神明」は「自由を追求するポジティブな力」であるため普段は抑えられているが、特別な時期になると、本源的な属性のとおり自由に解かれる必要があることが分かる。

      >韓国人は、人間の原初的な生命力が普段抑圧されており、特別な機会を作って必ず自由に解く必要があると考えている。それゆえ、「神明プリ」が必要となるのである。特別な機会の最も代表的な例が、村落共同体の全員が参加する「大同ノリ」である。

      http://ci.nii.ac.jp/els/contentscinii_20170907205815.pdf?id=ART0009409874

      ↑の私の感想ですが、『恨」と『神明』が文明批判になっているのが見て取れますが、しかしそれが知的に洗練されていない。

      淮南子「昔者蒼頡作書,而天雨粟,鬼夜哭」
      中国のあの偉大な文字文明は、影にこのような批判を内包しています。

      日本ならば「大和魂」が文明批判ということになります。
      「大和魂」の初出は平安時代の源氏物語で、この頃から「漢才」とセットの対概念として現れました。
      日本の「タマシヒ」と文明の「才能」を比較させる、つまり「漢才」という文明に内包させてはいけない日本的な感覚や判断能力が「大和魂」であり、そういう意味で文明批判ということになります。

      ※参考
      いのちとかたち 日本の美を探る 山本健吉 著 角川ソフィア文庫

      『恨」と『神明』の文明批判は、明らかに知的な洗練をされていない。
      これが儒教の『大同』や『民本』を、朝鮮社会に受容させる媒介になっているとしたら…
      …朝鮮半島にどんな『過剰と蕩尽』をもたらすのか?

  4. 先日、東京の五反田で、『ホームレスの男性にツバを吐き、男性が謝罪を求めたところ、「お前が謝れ、殺してやろうか」とナイフで刺した』という事件が発生した。

    嫌悪と上下関係で説明できる嫌な事件だ。
    昔、うちには韓国人の従業員がいて、日本人従業員と何度も揉め事を起こしていた。日本人従業員の泣き寝入りで終わりとなるのだが、背景には、考え方が根本的に違っていたのだろうと今になって思う。

  5. カーストの本場のインドなら、自分こそがダールマの具現者であることを証明するために上位カーストどうし血みどろの戦いをするというのが基本教義なんだけど、翻って彼の国では、下を虐げ搾取する以外にする事を思いつかないようですね。

  6. いつも思うのですが、じゃ韓国で、誰にでも好かれる、嫌う人が居ない、聖人のような人っているのでしょうか?

  7. 韓国のメディア 国の機関から 平気で 嘘をつき、況してや 約束なぞ守れないのにね 日本に居る 在韓国人は 「我は、国とは違いマス。」 と 言ってるけどね 信用出来ないんだよね あ、それと経験で言えば 飲み屋で あかの他人なのに、「兄弟、兄弟」って言ってる人 完璧に在日さんだし 日本人は 此れ案外と勘違いしやすいだよね〜
    俺は上の兄で お前は、下の弟 意味なんだけどね〜
    まぁ 国民の鏡は国 国の鏡は国民ってね。子の鏡は、親 親の鏡は子
    シンシアリーさんの鏡はご両親ですね。

  8. 本当に反吐が出る民族だ
    ドブネズミの糞にもはるかに劣る
    ただただ気持ち悪い

コメントは受け付けていません。