「人様」

「神様」は韓国語でハヌニム(하느님)と言います。

仏様はブチョニム(부처님)。

「ご先祖様」は「ゾサンニム(조상님)と言います。

でも、「人様」という言葉は、韓国語にはありません。

 

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世の中には知らない人が大勢います。国家を一つの単位にするなら、日本で「私の知らない人」は何人でしょうか?答えは、「約一億二千万人」です。誰に聞いても、答えは同じです。なぜなら、人ひとりで「知っている」人の数というのは、一億二千万という数からすると、僅かな誤差の範囲だからです。

誰にだって、イザという時に頼りになる仲間だと思える人もいれば、どうしてもこいつだけは許せない敵だと思える人も、いたりいなかったりするでしょう。でも、そんな人って何人いるのでしょうか。社会人一人が取り上げられる自分の仲間の数、敵の数はどれぐらいでしょうか。敵は多くて一人か二人。仲間は・・そうですね、五人位でしょうか?十人超えるとすれば、それは凄いことだと思います。敵味方関係なく「知っている人」取り上げても、百人越えられるでしょうか。

それより圧倒的に大勢の、「私の知らない人たち」がいます。顔も携帯番号も知らないけど、この国だけで約一億二千万人います。

社会を生きる人々の道徳観念というのは、結局は「知らない人たち」をどう思っているのかで決まります。仲間に優しくすることや、敵を憎むことは、どこの社会の誰にだってできます。

社会に「尊重」という情緒を溢れさせるためには、その社会の構成員たちが敵でも仲間でもない「知らない人たち」をどう認識しているのかがポイントとなります。知らない人だから私とは何の関係もない人なのか、知らない人だから私の敵になるかもしれない人なのか、 それとも仲間になるかもしれない人か。私の勝手な思い違いなら申し訳ありませんが、日本人は「自分の知らない人」に対してこう思っているようです。

「知らない人だけど、それでも『人様』だよ」。そもそも、誰かを敵だと思う概念そのものが非常に薄いようです。嫌だから「避ける」ことはあっても、そもそも誰かと敵対することがそうありません。嫌な人でも、人「様」だから、他の誰かの大事な人かもしれないから、でしょうか。

日本のこの「人」観は、神は八百万もいるけど悪魔はいないとする日本の「神」観にとても似ている気もします。

本当に、不思議な言葉です。「人様」は。

 

 

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