韓国人が言う「味方」とは

オーマイニュースの記者が、2016年9月、セウォル号遺族たちと一緒に日本に行って加藤達也さんに会ったことを記事にしました。

いわゆる「空白の7時間」や「謎の7時間」と呼ばれる、セウォル号沈没当日の朴槿恵大統領の行跡について、「加藤達也ならなにか知っていることがあるかもしれない」と思ったからだそうです。

ちゃんとアポも取らずに日本に来た記者と遺族たちは、加藤さんと会いました。詳しい日付などは記事には書いてありません。

 

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でも、予想通り、遺族たちが望んでいた「新しい情報」はありませんでした。なにせ、加藤さんが書いた記事は朝鮮日報が先に同じ内容を記事にしていますし(なのに訴えられたのは加藤さんだけでした)、何か決定的なことを知っていたなら、加藤さんが著書や記事などで世に公表したはずです。

まさかそんな基本的なことも知らずに加藤さんに会ったはずはないし、遺族たちは加藤さんに対してセウォル号の件で苦しめられた「仲間意識」に似た何かを感じたのだろうか?と思いました。でも、全然違いました。

記事の内容は、「会った。でも大したことなかった」です。URLだけにします。

http://v.media.daum.net/v/20180403162101677

 

私が気になったのは、記事の最後、加藤さんに会った遺族の人が言い残した内容です。

「いくら(加藤達也氏が)私たちの味方じゃなくても、子供たちがどのように死んだのかを見せれば、少しでも教えてくれるもんだろうと思って(子供たちの遺体の写真を)持ってきたのに。話をする中、ずっと不愉快だった。写真は見せられなかったな」

なぜ不愉快だったのか?わざわざ時間を作って会ってくれた加藤さんに、遺族の人はなんで不愉快だと思ったのでしょうか。そして、なぜ味方じゃないと決めつけているのでしょうか。この場合、「日本人だから」というのも理由でしょうけど、それとはニュアンスがちょっと違うようか・・・

私も韓国人ですが、よくわかりません。どうしてこんなことを思うのでしょうか。アポもなしに会ってくれた相手に。加藤さんが「不愉快だ」というのなら分かりますが。

一つ、「なぜ日本のご飯は美味しいのか」に書いたエピソードですが、「韓国で道を聞かれた時、『よくわかりません』と答えると、聞いてきた人はありがとうもすみませんも言わないで去っていく」を思い出しました。

日本では「よくわかりません」と答えても、道を聞いた人がちゃんと「すみませんでした」などと言ってくれますが。

韓国人の言う「味方」というのは、「自分にとって得になる何かをくれる人」なのでしょうか。そうでないなら、どんな立場でも意味がない、と。

 

加藤さんもセウォル号の件で苦しい思いをした人に違いありません。しかし、遺族たちは彼に仲間意識を感じることはありませんでした。「利」用できるかできないか。自分の聞きたいことを言うのか言わないのか。それだけを考えていたようです。

そういうのは、味方でもなんでもありません。

 

 

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“韓国人が言う「味方」とは” への82件の返信

  1. モルゲッソヨ

    カムサハムニダ

    とはならないのですね…。

    利用価値の有無で敵味方を峻別する民族性は不毛で非生産的、要は打算的な生き方しかできない価値観、
    何とも世知辛くて悲しいですね。

  2. 中国と似ている。韓国でも社会全体で道徳観が崩壊し各々のエゴがまかり通っている。元来からの儒教的徳治主義が今や得治主義へとより堕落した。多くの彼らの行動を観ていると、人としての超えてはならない一線をもう踏み外している。これはもはやアノミーだ。

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