“議論ルームその2” への85件の返信

  1. やっぱり逃げたか。卑怯者w

    「馬鹿は論破できない」
    も私が言ったら気に入ったようで、おうむ返しの類いだったw
    私のセリフである。

    1. >思想言論は「公共の福祉により」制限される、こう主張する人々が、ディストピアを作るんです

      思想(良心の自由=内心の自由)は絶対的自由の範疇。
      思想と言論が一緒くたの時点でレベルが知れるというものだ。

      どんなに残酷な事、エロい事を夢想しようが、
      内心に留まっている限り、自由は保障される。
      外部に発信し、他人の人権を傷つけるおそれがあるから「公共の福祉」という制限がかかる。

      こういうのを「ミソク◯一緒」という。

      1. 専門的な話になるのですが、
        「公共の福祉」という切り口だけだと、「公共」の定義を巡って、卑怯者に屁理屈の余地を与える場合があります。

        なので、
        「私人間の人権の均衡」とか「人権の発現の内在的限界(刑法の行為論の敷衍として捉えると分かりやすいです)」とかを、併せて根拠とするのも、屁理屈の余地を与えない立論の手法として、使えるテクニックです。

        まあ、どの構成を採ったにせよ「馬鹿は論破出来ない」には敵わないけどね(笑)
        馬鹿を論破しようとするのではなく、第三者たる裁定者(実務だと裁判所です)にアピールするべし。
        余談:日本語としては「べき」じゃなくて「べし」が「言い切りの形」としては正しいんですよ。

        1. そうですね。(リンク先に書いてあるからいいかなぁとw>私人間の人権の均衡)

          もう一つは、その語句は知りませんでした>「人権の発現の内在的限界」
          勉強になりますw

          そう、おっしゃる通り、「馬鹿は論破できない」。
          なので論破してやろうとは思っていません(どうせ逃げる卑怯者なのでw)。

          1. >「人権の発現の内在的限界」
            (´ーдー)・・・
            (´ーдー)・・

            _(¦3 」∠ )_  <大変!みかげさんが息してないの!

          2. 本人前にしてこういうのもアレですが、

            「簡単な事(又は難しい事)を難しく言う世界」

            なのでw
            一回聞いた(見た)だけじゃ、「ワケワカメ」ですよねw

            ま、字面で意味はだいたいわかります。多分、この世界の人も「そんな感じ」wだと思いますw

            簡単に言うと(言わなくてもわかってるくせに)
            「自分の権利を主張することは、自ずと限界を含んでいる(相手にも権利がある)」

            「権利は衝突するものだ」
            ってな感じでしょうか?(あってます?)

          3. 雑談ルームでも話題にしましたけど
            言語による定義は難しいですね(~_~;)
            西洋科学は再現性を求めるのでいくら「スタップ細胞はありま〜す!」と叫んでも他者が再現・検証出来なければ無価値と見做されます。
            今後ある条件下で再現されるかも知れませんが

            おはぎの話は面白かった(^_^)ああゆうのがたまに混じると良いな

          4. つか、さっきまでスマホだったんで(今はPC)、「敷衍(ふえん)」が読めなかったし意味わからんかったw。

            瑕疵(かし)、滌除(てきじょ)、なんかは知ってるけど「敷衍」は知らなかったっすw
            (素人であることバレバレ)

            そうそう、「おはぎ」で訂正つか、補足つか。

            半殺し、全殺しは、本来は「もち米の潰し方」のようですね。
            私は専ら「粒あん、こしあん」の話として書いてました(こっちの意味もあるようです)。

            とロイヤさんも、「おはぎ」より「ぼたもち」のほうが馴染みがあるのでしょうか?

          5. 敷衍はノブスケさんがよく使う言葉ですね。
            あまり人の口から聞くことがない。

            だから論文なんかでよく使う言葉なのかと勝手に思ってました。本当のところは不明です。

            単にノブスケさんがその言葉を好んだだけかもしれません。

          6. ああ、寝落ちしてた。
            晩酌の内在的限界の私的発現…

            「内在的限界」は、「ある事象の本質的構造から必然的に導き出される限界」とでも言うか、哲学的な言い回しです。ああ、さらにややこしくなってしまった、orz

            憲法学では「内在的制約」と言いますけど、それより意味の広い概念です。

            例えば
            「餡子的なものを構成要素として含んでいないものを、そう呼ぶことができないのは、『ぼたもち』という事象の内在的限界から導かれる」

          7. >とロイヤさん

            _(¦3 」∠ )_  <大変!みかげさんが息してないの!

            ・・・あ、ネタ的にこういう場面なので、ご心配、補足説明のお手間は無用です。

          8. みかげさんへ
            「ぼたもちという呼び方の方がなじみが有る」を言おうとしたついでに、説明を足しただけで、負担にはなっていません、ご安心ください。
            お気遣いありがとうございます。

            ぬこ様の「息してないふり」は、ばあちゃんちのぬこ様で、小学生のころに学んでおります(笑)

          9. おばあちゃん「我が孫よ。心して聞いて欲しい話がある。」
            孫「んー?」
            おばあちゃん「うちのネコ、あれ実はタヌキじゃったんじゃ!」
            孫「なんだってー!」

            いあ、死んだふりするのタヌキくらいしか思いつかなくてw

          10. うるち米を全殺ししたうえで、敷衍(押し広げ)して、餡子をからめたところ、餡子が足りなくて餅だけになってしまったのには、準備段階で重大かつ明白な瑕疵があり、食う権者にとっては滌除されうるリスクが内在している。

            後順位の子供たちには、ぼたもちが担保されない状況が発生しうる状況で、餡子不履行によって「機嫌」の利益を喪失するに至ったわけですねw

          11. 「王様、この『ぼたもち』には、馬鹿には見えない味わえない、特製の餡子がからめてあるのです」

            「だが待って欲しい。餡子の有無に関わらず、どんなモノでも『ぼたもち』と呼ぶのが、言論の自由であることを、我々はもう一度考えてみるべきではないだろうか」

            「今後『ぼたもち』は、敬愛する委員長様だけが使用あそばされる呼び方になる」

            「世界は、人類がいまだ経験したことの無い『無慈悲なぼたもち』を喰らうことになるだろう、ウェー、ハッハッハッハッハ~~」

          12. 全くの間違い。
            餡子は論破できない。
            だって餡子だからね。

            餡子の自由には、一家の福祉という制限はない!
            ずんだ餅然り、黒ゴマ、きな粉然り。
            餡子の選択の自由は、絶対的自由である。
            だって「赤福」は禁止されているからだ!
            だからぼたもちは餡子だというのだ。

          13. やつらは「こしあんが上、つぶあんが下」とつぶあん派を卑下し続けるのですよ。

          14. >みっちゃん へ

            今さら団子や赤福の賞味期限改ざん問題をここで提起しても、白い恋人問題には影響がない。
            そんなことも餡子なのかw

            問題の本質は、おはぎの名称がいっさい議論されないことである。
            誰もおはぎの立場を代弁しないことである。

          15. 「お萩さん」と「牡丹餅さん」と「夜船さん」と「北窓さん」は、それぞれ秋・春・夏・冬と、呼び方が変わるだけで、同一人物です。
            ゆえに、お萩さんの「弁護を受ける権利」は、担保されています。

          16. 夜船、北窓って初めて聞いた!

            年中おはぎでいいような気もするニダ。風情はないけど。

      2. 思想の自由は絶対的、言論の自由は「公共の福祉」で制限されうる。
        これはリベラルな保守主義者の思想。普通の日本人にはこれが自然なのだけれども。

        理想主義者は違う。「公共の福祉」のために思想を啓蒙しないといけないと考える。
        人権教育のテキストとか読んでみると良く分かる。サヨクだけではくウヨクも一緒。みんなが(自分の考える)綺麗な心を持つべしと考えるから。だから洗脳が大好きで自己批判させるのも大好き。

        宗教(一神教)の力が強い社会でも、私的な価値観と公的な価値観は一致してしまうので、理想主義者と同じになってしまう。アメリカがこれ。(ヨーロッパ、特にイギリスは違うのだけれども。)

        # 最近、おはぎ食べてないな。

  2. 「憲法」と「憲法典」の概念の違い、これは若干難しい。
    憲法典に文言として書かれていることと、過去の判例(拘束力がある)なども考慮しなければならない。
    「憲法典に書かれていること」が全てではない。

  3. ttps://www.fuhyo-bengoshicafe.com/bengoshicafe-13274.html

    もう一度挙げておく。
    弁護士事務所のサイトだ。
    これでも「言論の自由は絶対的自由」だというのだろうか?

    1. 若干長文だが、「4-2」の部分だ。
      よく読んでいただきたい。

      日本人なら常識の範疇でもある。
      敢えて資格試験や大学で学ばなくても知っていることだ(例え「公共の福祉」という語句を忘れていても)。

    2. そこを論点として見ないのもアレですが、「貶める」の意味もなんか認識が違ってそうな気がする今日この頃。

      辞書的には劣ったものとする、見下す、蔑むなのですが、それに値するか否かという観点が欠落していて、なにがどうあれ貶めることが出来るのは良い事というようなニュアンスを感じるのですが、そこんとこどうなんでしょう、七誌さん。

      それだと、思う存分罵倒させないのは自由の侵害だと相俟って自分が良い(と思ってる)事をするのを邪魔するのは悪い事だという独善が叶えられなくて駄々こねてるように見えてしまいますよ。

      だって、一応我慢してるじゃん。
      (と言われたからってイカれた真似の再開をしない様にね)

    3. 読んできました。
      わかりやすく簡潔にまとめられていて良かったです。教えてくれてありがとう。

      4-5でさらっと私見をぶちこんできているのがアレですが…。

  4. 気づかれるかどうかは分からないがこっちに書く。

    読解力がない相手なので、別の観点から。

    七誌氏は「韓国は、私より公を優先した」と言っている。
    同時に「アメリカも同じだ」とも言っている。

    我々は「アメリカは違う。アメリカは公より私を優先したのだ」
    という主張だ。

    どっちも正義に違いないが、「社会正義」という語は、「公重視」の場合に使われるべきだ。根本的にここで履き違えている。
    苦しくなったのか、ヤツは「正義の定義(意味)を敢えてすり替えた(負けたくないからw)」。
    ムンたんもトランプも「同じ正義だ」という強弁だ。

    我々は「正義の向かう方向性が、そもそも違う」という主張でもある。そして我々の主張は明白にこれを述べている。

    こういう詭弁、強弁、論点のすり替えをするから、私は、ヤツは卑怯者だ、というのだ。

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