“雑談ルームその2” への1,416件の返信

    1. 半分はファビョって、残りの半分は鬱になり、残りが犯罪者になり、あとは帰ると思うよ。
      三年以内にメンタル崩壊する方が確立が高い

  1. 一元論、二元論とか勉強になりますが、私は妥協’s論で考えて居ます。
    例えば日本人は日本国という括りの中で善悪、好き嫌い、全ての要因を妥協して暮らしています。
    国境を妥協の結界とすると、そのthe妥協の結界で我慢できない人は別の結界米国などに自由意志で移住できます。
    従って、その結界の妥協’sを壊すのは、その結界の中で得た他人の妥協’s=権利、義務、常識を壊すことになります。

    韓国では個人でその妥協の折り合いがつかないのが国、妥協’sの結界が出来ないのが悲劇なんです。今でも国の体を成していない。

    sincereleeさんも「韓国さんは何処観てるんですか?」「我慢の出来ない韓国人」と言われる様に、
    自分の妥協点がアイデンテティ?が無いのが精神的?教育?脳細胞?が妥協点を見いだせないのです。

    韓国人が朝鮮の結界で暮らせるか?韓国人が朝鮮の結界で妥協できるか? 両方とも考えられないですよね、これじゃ統合などあり得ない妄想に驀進中。
    韓国人は善悪の一元論しか考えられないのが悲劇と言うか、人間社会は善悪の一元論ではなく妥協論で考えられないのが基本的な欠陥、実に不味い。

    1. ただの言葉遊びになってしまうかもしれないけど、妥協というよりは多様性なのかもしれないです。

      >「日本人は妥協して暮らしている」

      これは正確に日本人の一側面を現しているに過ぎません。では逆に職人気質、経済的価値観(社会的な共通の価値観)以外へのこだわり、日本人の持つ妥協とは真逆の側面は網羅されていないことになります。

      実名Aさんのいう妥協という言葉が、どこまでの意味合いを持たせているかによるかもしれませんが、「多様な価値観をもって、他人の価値観を容認し、自分の価値観を確立すること」を含めているなら、妥協という言葉で表現してもいいかもしれません。

      例えば、綱引きのような、一つの価値観をせめぎ合って妥協点を見付けるというような見方もできますが、引く綱が多数有って自分の引きたい綱以外は、誰かに引かれても容認する。もともと綱は一本と考えるのか、綱自体が複数あるのか…これらのイメージは一元論/多元論の話に通ずる部分もあります。

      政治の世界なんかでは綱が一本で引き合うイメージが強いですが、それは寧ろ日本人の不得手な部分のように思えます。つまり、日本人は政治が下手なのかもしれません。

      日本人が多元論的、つまり多様であることは間違いなく強みにできる部分なので、弱点を克服するためには、一元論的な思考を持つ民族にどう向き合えば良いかを知ることでしょう。

      引くことを知らない相手には引いてはいけない。

      1. 一、日本人は日本人だけで秩序ある多様性を維持できる感性を持つ。
        二、日本人的感性を持ちえない人々が自己主張をし出すと、多様性と秩序の両立は維持できず壊される。そして豊さが減じていく。
        三、韓国人は自己主張が強く、多様性を活かせる人々ではない。

        結論として、
        一般的な傾向の話ですが、秩序ある多様性を享受できる日本社会にとって、韓国人は弊害でしかない。残念ですけどね。

        排除が必要なら排除しても良いでしょう。外来種を入れても生態系の多様性が壊されるのと同じです。
        いずれ人間が賢くなれば、長い時を経て、排除が社会にとって、必要悪や正論と受け止められる日も来るでしょう。
        生態系の専門家で、ブルーギルを導入する事が、生物種が1種追加されるのだから、種の多様性になると結論付ける人はいません。
        これと同じで、賢くなれば、人の社会でも排除が正しい事が当たり前になるでしょう。
        その極々当たり前の事が、愚か者達の大声でハッキリと言えない過程に今があるだけ。。。。かもw

      2. >妥協というよりは多様性なのかもしれないです。
        >>「日本人は妥協して暮らしている」

        日本人はと言うより人間社会では個人の自由と権利は青天井ではありません。
        他人の権利と自由が在る限り、個人の自由と権利は制限、束縛されているのです。個人の自由と権利は無制限ではないのです。

        だから、人間が相互に暮らす社会では思い切り自由と権利は享受できない、そこに存在したいのなら妥協しないと成らないのです。
        その制限は国、結界により差はありますから選ぶ権利は在る訳です。

        韓国のセオル号の遺族は被害者意識と正義で、韓国社会の束縛を受けずに青天井に要求してるから、他の韓国国民=結界からも顰蹙を買ってるのです。

        シンシアリーさんはこの妥協を「がまん」と言いましたね。その社会の中で人間は「他人との関係で相応にがまんして暮らしてるんです」。

        1. >実名Aさん

          >人間が相互に暮らす社会では思い切り自由と権利は享受できない、そこに存在したいのなら妥協しないと成らないのです。

          またまた、揚げ足取りの言葉遊びのように取られそうですが、ご容赦下さいね。

          まず、自由と権利は義務や責任とセットです。義務や責任に裏付けされない自由は存在しませんよね?ですから「思い切り自由と権利」というのが「それ相応の義務と責任」が果たされていない限り存在できませんね。では、ここで書かれた「思い切りの自由と権利」とはなにか?私なら、それは自由や権利ではなく、人の欲動と解釈しますし、そのように表現します。

          精神分析学における防衛機制の説明によると、「人は自分の欲動を無制限に発動すると自分を壊してしまう」のだそうです。そのために無制限に欲動が発動しないように、それを自ら規制する。それが防衛機制です。

          防衛機制の詳細はここでは述べませんが、欲動と防衛機制は、いわばアクセルとブレーキです。セットでバランス良く機能しないと、人は精神の健康を維持できません。

          話が逸れましたが、欲動と自由は違うものです。自由というのは「意のままに」でも「欲するがままに」でもありませんよね。
           

          それともう一つ、(理不尽な、無条件な)がまんは続きませんw
          それがいつか爆発するのは韓国人も日本人も同じです。このブログのコメント欄を見てもそれは証明されていると思いませんか?

          欲動は、人の心の防衛機制によってのみ制御され、爆発させずに抑制することができます(と私は考えます)
          。どのように合理的にそれが成されているかは、興味があったら防衛機制をググってみて下さいw

          韓国人には平均的に防衛機制レベルが発達しにくい傾向があるようです(確証はなし)。一元論的発想に陥りやすいことと、防衛機制発達障害には関連性があるように思えてなりません。

          1. 「がまん」とか「妥協」と言うのではなく「折り合いをつける」が良いかも知れません。
            人の欲動を抑制するのではなく、自分の感情と「折り合いをつけられる」理性が必要。
            欲動と折り合いをつけ納得すれば心は継続できる。

  2. AIの話題が出た事ありましたね。
    コメントからその人を特定できるAIなんかは、割と出来そうな気がするんですけど。
    ブログ主さんはそんなこと考えていないんだろうか? この人の専門は?職業は?男女?趣味は?感性は?主義は?都会人?田舎人?教育は何処で受けた?専攻は? 自分の敵味方?

    匿名と名乗っても、誰々さんだね~
    とか出たら楽しいですけど。匿名と言う基本的な人権を阻害することになるからダメですね。
    勿論、匿名と言う権利を使うなら義務も守らにゃ、権利に義務は付き物ですからね。

  3. 徴兵:韓国国防部、全ての兵役特例制度の廃止を検討
    ttp://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2018/09/04/2018090401142.html

    エ~~まじかw。
    野球もサッカーも日本に勝って大喜びだったはずだろうに
    とんだ「藪蛇」じゃんw

  4. 私からは返信ボタンが無いのと、本題から外れてきているので、ここに投下してみるです。
    >眠り猫さん

    ウィキペディアで良いのなら同じ場所に
    >または二つからなる区分に分けられるとする概念のこと。
    というのがあるかと思います。私はこれが当てはまると考えているんですね。

    物事を考察する際にAかBに区分けして、それですべてを理解したり説明しようとする事です。
    例に挙げられた「善と悪」なら味方なら善で、味方でないなら悪であると「区分けして」悪の行動は裏切りであると判断することは、その動機や実態の如何によらず、二元論の範疇であることになるんじゃないかなぁ、というお話でして。

    論たるには各原理と要素が確立していなければならない、という訳でもないし、二つの原理、要素は対立、調和のいずれの場合でも二元論とされてると思うので、そこは要点じゃないんじゃなかろうかと考えます。

    あれだ、二元論ってあったら「的」って補完して頂けたりしませんかね。

    1. また来たよさんのコメントで思い付いたのですが、想定されているものが「二元論」と「善悪二元論」でずれてたりしないかしら。

      1. >にゃなさん

        間が開いてしまってごめんなさい。

        善悪二元論に関しては、随分前にも同様の話の時にかじり読んだのですが、基本的には二元論を宗教的な善悪に当て嵌めた論ですね。
        結局、論者によって善悪の基準の拠り所が曖昧なために、一元論なのか二元論なのかが曖昧なってしまって、結局どっちなのかよくわからない!となっていると…

        私は、もっぱら二元一次方程式(連立方程式)なんかでお馴染み?の「元」を論拠にしています。これらをもとに善悪二元論を読み解くと、善悪二元論の説明にある、
        「世の中の事象を善と悪の二つに分類する事で世界を解釈する認識法」と言う部分は…
        「世の中の事象を『善という要素』と『悪という要素』の二つに分類する事で世界を解釈する認識法」と言い換えられます。

        つまり、善と悪を「背反する2つの論理」としてとらえるというのは、善と悪を「別の要素」として認識するということだと考えます。この私の解釈ですと、善悪二元論と二元論は、どちらも二元で物事を認識するという意味では共通しています。(つまり相反しない)
         

        例えば、ある人のある行いを、善悪で評価しようとしたとします。

        にゃなさんの仰る通り、単純に善悪を数値化して判断を下す基準は存在しないと言えるので現実的には難しいですが、あくまで善でも悪でもない「神の目」というものが存在した場合を想像して…w

        ある神様は言いました、
        「あなたは40点」

        また、別の神様はいいました、
        「あなたは善人ポイント100点、悪人ポイント60点」

        前者が、私のイメージする一元論的神様の判断、後者が二元論的神様の判断です。

        実例に近いお話しをしましょう。
        例えば、世界的に(日本的に)大きな影響を及ぼした偉人について考えますと、どんな偉人にも必ず功罪が存在しますね。功罪は直接、善悪と一致しないかもしれませんが、その辺は、近似的なものとして考えます。功罪をテストの採点のように一つの数値で評価するの一元論と、功は功、罪は罪として、それぞれに別々に評価するのが二元論と私は考えます。(もっと評価方法を細分化して多元論化しても構いません。)

        韓国の大統領は、国民によって功罪を同じ要素として評価され、時折によって変化するその評価値で、褒め称えられたり突き落とされたりする。それも凄まじいほどの評価値の振れ幅でそれを行う。
        一方、日本の大物と言われる政治家達は功罪を両側面から評価され、功は功として、罪は罪として評価される。

        実際、功と罪、善と悪との間に、関連性の有無が疑われるから、一元論も二元論も曖昧な形になりがちですが、上記のような考え方でもって、韓国のそのような問題は一元論的な評価が下されてしまいがちなことが主要因であると私は思います。
         

        話をもとに戻しますが、とても細かい話なので、話の真意が伝われば別に一元だろうが二元だろうが大きな問題ではないと思っています。
        変なところを突っ込んでしまってごめんなさいw

        「二度と二元論なんて言うなぁ##」というような事は、微塵も考えていませんので、ご容赦下さいw

        1. >また来たよさん
          わーい返信ありがとうです。理解しました(たぶん
          切り取っているところが違ったわけですね。

          私は韓国社会の世界観(設定)が二元論、二元論的であるという表現の話をしていて、また来たよさんは二者択一で評価(判断)しがちなことを一元的であるというお話をしてらしたわけですね。

          で、あってるでしょか。その通りだと同意します。
          諸問題の要因になる一元論的要素、韓国のアルケー(万物の根源)というと「絶対普遍の正義」があると看做すあたりでしょうか。これがあるとされるから、違えば悪になる以外を考えない、なんていう風になっているやもしれないです。

          1. >にゃなさん

            まずは、お礼をいいたいです。

            長い話に付き合って下さって、有り難うございました。
            話の内容はもちろん、にゃなさんの人柄の理解を深めることができて嬉しいです。

            また、くだらない話に付き合って下さいw

        2. 最近、日本近現代史を、もっぱら倉山満さんの動画で勉強するです。

          (前にちょっと触れた)金解禁のときの蔵相井上準之助は、「金解禁だけは悪」、
          石井菊次郎は正論を言っていて、正しいが、発言力(影響力)がないからその点は×、
          など、氏が言う「人間の評価は、0点と100点しかないということはない」
          と繰り返し主張しています。

          もっともだ、と思います。

          くらら(倉山満)に対して、私は「愛」があるのですw(ファンだって話w)。

          向こうも嫌がるだろうw

          1. なので
            朴槿恵もムンたんも良いところはあるかもしれないw
            (日本にとっては最高だ?w)

          2. >ムンたんの良い所
            壮大な社会実験で机上の論を実証しようとしているところは、記録に残る、後世の為になることかもしれないです。

            え、ちゃんとお勉強してるとそんなことするまでもないデスカ?

          3. >壮大な社会実験で机上の論を実証しようと…
            それは、すでにいろいろな事例があります。
            チリのアジェンデ政権(比較的ソフトな失敗例)
            カンボジアのポルポト政権(史上最大の大失敗)
            とか…

            でも「比較的うまくいってる自由民主主義国家が、選挙で空想的社会主義者を大統領にしてしまい、共産主義独裁国家に吸収されてしまう、という大失敗」というのは、最初の事例になるかも、です。

        3. また来たよさんの説明は、分かりやすい例えです。

          それを踏まえた上で、雑談にお付き合いさせていただきます。
          一元論・多元論(二元論含む)というのは、元々「存在論」の用語なのです。
          形而上学的な「世界は、どのような要素から成り立っているか」という問いへの解答を、どう立てるか、です。

          世界は「単一の要素から成り立っている」という、例えば「世界の本質的要素は『水』である」とか「世界の本質的要素は、何だかわからないが『原子』と仮に名づけておく何か、である」というのが、一元論です。

          対して「複数の要素のせめぎあい」という考え方、つまり「世界は『火』と『水』から成っている」とか「世界は地水火風の4元素から成っている」というのが、多元論。

          これが、道徳哲学や宗教の教義解釈に応用されるようになったわけです。

          朝鮮文化の思考様式の基本は「ウリ」か「ナム」か、なので、二元論的な色彩を帯びていますが、つまるところ「ウリ率100%、でなければウリ率0%=ナム=敵」ですから、一元論的思考形式の極致でしょう。

          1. おそらく、まだ科学や数学が哲学から分化する前から、ずっと人が想い考えて編み出した思考方法の一つなんでしょうね。

            論理的に説明された文章でなくとも、精神的な事象も物理的な事象も複数の要素からなっていることは体感的にもわかるでしょう。

            韓国人に限らずですが、一元論に固執するのは、単純化とか理想化とかの行き過ぎからくるのだと思うのです。現実主義より理想主義。理想にかなう現実のみを探すような作業になりやすい。

            なぜ、韓国人(朝鮮人)が、一元論的発想による現実解釈に偏ってしまうのか?私は韓国人の平均的な精神発達の状況に要因があると思っていますが、真相はどうなのでしょうね?

            自分の思い込みに固執することなく、色々な意見を拝見したいと思っています。

  5. 雑談の部類w

    「法とは割り切りだ」と書きました。

    経験上、
    「法定ナンチャラ」は「その方が『法的には』都合がいいのだな?」と捉えた方が良い、と理解していますw

    「不利益を被る人も一部いるかもわからんが、前もって決めておくので従ってね。だってそうじゃないと煩雑で争いが解決しないから」
    という意味だ(というのが多い)。

    だから「法定ナンチャラ」なのだw
    だから「法と道徳は違う」のです。

    という理解で正しいでしょうか?
    (とろいやさんw)

    なので「法定ナンチャラ」には気をつけたほうがいいw

    1. 法定なんちゃら・・・
      ・・・
      ・・・
      Σ(`・д・)法定速度か!
      確かに気をつけないとね!

      1. 法定地上権、法定相続人、法定後見、あとなんだろw
        法定速度ももちろんそうですね。

        奴ら(為政者)に都合が良いから、あらかじめ決めておくのですw
        (国民の保護が目的ですけどねw)

        1. >受験生さん。
          やっと行けました…「雑談ルーム」

          けど…法?・・・場違いでした・・・

          1. せっかくだからさ、諸先生がいらっしゃるわけで、「チョット賢くなれたら得するじゃん!」という話。

            とはいえ、「情報クレクレ」だと厚かましいw
            本編に関連して、ある分野の雑学というか、共通認識が持てたらお得だと思いませんか?

            知ってる情報(意見でもあるから絶対正しいともいえないけど)として、17条憲法が話題にあがり、法と道徳の話を書きました。
            本編に書いたように、「法と道徳は違う」という理解が進めば、賢くなるじゃん?

            そんな意図です。

        2. 分りませんでしたか?

          「スピードレーサー」=「シャクナゲ」です。

          特に、他意はありません。

          趣味と、実益の違い?・・・というか・・・
          スピードレーサー=鈴鹿サーキットを走って競った人。
          シャクナゲ=なんか・・・面倒臭い人・・・

    2. <そうです!

      法廷なんちゃらとか、法律によって!!!
      とか言われるのは・・・『従わないと,いけないのです・・・」

      私は、免許交付後30年掛って…『ゴールド免許!!!』(やっと…)それまでは、1年前になると、なぜか「捕まる…」駐禁、方向指示器の色が違う!

      けど、それまでの一番の変化が「鈴鹿サーキットのフリー走行」・・・

      サーキットと一般道の怖さを知った一生の事と思います。

      法律なんちゃら・・・には違反しますが・・・

      鈴鹿サーキットを、『思いっきり!!!走った!!!』

      私としては、何を言われても・・・「いいよ~~なんせ、走ったんだから・・・私は・・・」

      と、王様気分でした・・・

      けど、その車が壊れて走れなくなり…ただただ・・・過去を繰返す話す「オヤジ」なのでした~~。

      1. 今の私は、『ゴールド免許』を取得して、一般道の恐ろしさをしった、岐路でした。(これは自慢?自虐?)

        1. >・『従わないと,いけないのです・・・」

          ここで考えてしまうw

          急病人を、自分の車で運ぶ場合(救急車を待っているよりも早いと判断した場合)、
          速度超過は「緊急避難」になるのかどうか?と。

          法(ルール)は守らないといけない、は納得する。
          でも、急病人が乗ってる、、。

          その時考えようw
          ①取り締まりに遭遇しない、②遭遇しても事情を話せば先導してくれるかもしれない、③問答無用で(赤)キップw(オービスとか)
          どれもありうるなw

          その時でいいやw
          ってなるw

      2. ゴールド免許は一回経験があります。
        そして次回、狙っています。

        ゴールド免許って10年くらい(7、8年という方が正確か)かかるんだよね。
        H32年(もう平成表記はなくすそうですね)に更新。
        、、、まだダメだったかな?
        シートベルトでやられています(白キップ)。

        当然w、「署名は拒否」で?w
        ここ数年!、キップの署名(自署捺印)は拒否してますw

        >対象となる「5年間」は、運転免許証の更新の場合、免許の有効期限年の誕生日から41日前の日以前の5年間である。ゴールド免許になるかどうかを判定する期間が、運転免許証更新年の誕生日40日前であり、この時点で交付される運転免許証が、ゴールド免許になるかが決定され、公安委員会からの通知葉書に「優良」と反映される。

    3. 「法定なんちゃら」には、大きく分けて、二つの意味が有ります。
      1、ある「概念」の幅というか範囲というか定義を、便宜上「法令で決めておく」こと。法定速度=「自動車運転で許容される速度の幅」は、この具体例です。
      2、ある「事実」の発生によって、法的な効果が自動的に発生することを、便宜上「法令で決めておく」こと。法定相続人が被相続人の死亡によって決まるのは、この具体例です。

      どちらも、解釈に争いが生じたり、そういう事態が発生してから決めたのでは面倒だから、あらかじめ法令で「便宜的」に決めます。

      1. ついでに補足、法律とルールと道徳について

        法律とルールと道徳は、厳密には異なりますが、根っ子は同じものです。
        どれも「人間が平穏に快適に暮らすための共通了解」ですから。

        法律は「制定法・判例・慣習法(社会慣習であるが、法令解釈の根拠とされるもの)」であり、国家権力による執行力という裏づけのあるものです。

        法律も広い意味では「ルール」の一種なのですが、
        ここでは「ルール」を「法令化されるに至らない取り決め」と狭く定義しておきます。
        スポーツや各種競技のルールや、仲間内の約束事などを想定してください。場合によってはそういうルールも「慣習」や「法令解釈の基礎」として、法令のように扱われることも有ります。
        けっこう境界は曖昧です。

        道徳は「取り決めとして」ではなく「社会を構成するための、また個人的行動の規範として、人間性の本質に鑑みて、条理(物事の道理)に基づいて、一定の範囲の社会で共通了解となっている事柄」についてその社会の各個人が抱いているイメージの総体、とでも定義を試みておきます。

        拘束力の強さから見ると、法律>ルール>道徳、となります。
        論理的構成の厳密性についても、同様です。
        ところが、規範としての厳格性(それを破ったときに、どれぐらい非難されるか)から見ると、法律<ルール<道徳、となります。

        なぜ、こうなるか。
        ルールを破った者は、そのルールに基づいて、何らかの不利益処分を受けます。その意味で、拘束力が強く、強い拘束力を付与するために、厳密な論理構成が必要なのです。法律は、その最たるものです。
        対して、道徳を破った者は「その社会に不適格な者」として非難されますが、罰則規定がないために、どんな不利益を受けるかは、曖昧なのです。

        刑事手続きに関する法令体系は、道徳と法律のミックスのようなものです。道徳を破った者に、どんな不利益を与えるか、それを規定し、さらにその不利益処分の中でも最強の「刑罰」に国家権力による強制力を与えるわけです。これを「破廉恥罪」と言います。

        ところが、刑事罰が設けられているものでも「軽い」のが有ります。手続き規定違反や過失犯などは、一般に「非破廉恥罪」と呼ばれます。道徳的非難を含まないものです。
        約束事であるからには、破った者には何らかの不利益が必要なわけですが、被害が発生した場合や、取り締まりを強化するために、与えるべき不利益を少し大きくして、刑罰という形式にするのです。

        このように比較対照すると、法律とは単なる「便宜的な約束事」である、という理屈が呑み込めると思います。
        ですから「法律」を「何が何でも破ってはいけない金科玉条」と考えるのは間違いです。
        けれども「好きなように解釈して、いつでも破ってよい」と考えてもいけません。

        1. あまり長文の投稿は控えるように、というルールに違反してしまいました。
          罰として、自らに、非難を与えましょう。
          「愚か者め!」

          1. 正確さが必要な文章は、どうしても長文になりやすいです。
            単純な文章は、想像力で補完することが多いですからね。

            時と場所をわきまえた上で、必要な情報量によって、文章が長いのか短いのかの判断は変わります。

            必要な長さを著しく超えないのであれば、ある程度のだが差になるのは仕方がない場合もあります。

            控えめにする努力は高く評価しますが、とろいやさんに罰は必要ないと思います。
             

            ですから、あなたをマゾ認定しますw

          2. 求刑!

            とろいやさんに、「執務机の上で猫が寝る」刑

            また来たよさんに、「enter key無効」刑
            (適当なのが思いつかなかったw)

          3. ふふふふふ、うちには「ネコ」はいないのだよ。

            仕事机の上で「イヌ」が、すでに寝ております…orz

          4. 求刑!(控訴審)

            また来たよさんに、「イヤホンコードが絡まる」刑。

          5. >受験生さん

            なんで、こう私に対する求刑だけ、ポンポン思いつくかなぁw

            軽くタンスの角に小指ぶつける呪いをかけときます。

          6. 求刑!(上告審)

            また来たよさんに、「体育館の天井にバレーボールを挟ませる懲役」刑!

              タンタン!

    4. <受験生さん。

      確かにそうですよね~。
      万民に幸せを配らる組織(法)があったら幸せですよね・・・

      そうしたら・・・人口がどんどん増えて…どうなるのでしょう?・・・

      難民?戦争?世界中は一つになれるのでしょうか?

      「Star Treck」な、世界???

      「法廷なんちゃら」…には私は懐疑的です・・・

      1. >シャクナゲさん
        そうです。「法」とは「割り切り」と見つけたり、なのです。

        ザックリいうと、
        「道徳=正義」といえる。
        では
        「法=正義」
        とは言えないことがある(というと大袈裟かな)。
        「法は正義を目指している」
        とは言えると思います。

        *「法定」ねw(誤変換に目くじら立てるつもりはないけど、意味が変わっちゃうので)。

        >匿名さん
        はとろいやさん?

        「法定地上権」が覚えられないのですw

    5. <受験生さん。

      ごめんなさい。「法」と多分…「無法!」の中の論争かと思います・・・

      なんせ、無法地帯を走ってきた日本なのですから・・・

      法!は唯一つ!。『同じ方向に走って一番最初にゴールした車が一番認定!」
      です。
      たぶん・・・そのルールの様なものでは…世界には通用しないのだと思いますが。

      その為にも、強い発言が必要と思うのです・・・が・・・

  6. 日本の匿名掲示板などで朝鮮日報の記者や韓国の大学教授が
    まともな事を言い出す記事が載った時に、
    以前は「まともな人もいるんだな。韓国でその発言は危ないから気をつけて」という感じだったのが、
    最近になって「おい、ここに親日派がいるぞ。韓国当局や民衆はさっさと処分しろよw」
    というような感じに変化しているように感じるのですが、
    これについて何か思うところがあるようなら教えてほしいです。

  7. 保守速報やえら呼吸でシンシアリーさんの「カウンターズ」がとりあげられていましたね。えら呼吸では本の写真がはってました。


  8. なんだ…みんなストックホルム症候群をこじらせてるだけかよ。
    ここは酷いインターネッツですね、韓国人の七誌さん。
    これからは他のみんなと仲良くしてね~バイバ~イ(^o^)/~~

  9. 来年の新元号ですが、アルファベット表記でM・T・S・Hとならないようなものとなるそうです。言われてみればそうかと思いました。少しずつヒントが出されてきていますね。さ行・た行・は行・ま行がなくなります。私は「安」か「慶」の字が入るのでは、と一人勝手に予想していますが、どうなるのでしょう。

    尤も、カレンダー・手帳業界の方々は、もうご存知なのでしょうね。印刷スケジュールがあるでしょうから。

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