議論エントリーその3

議論などに使ってください。長くなりそうだな~とか、そんなときのためです。

よく使われる方はお気に入りの登録をお忘れなく!

※「インフォメーション」、「議論」、「雑談」、「新刊紹介」は、投稿してから3週後には自動でコメントできなくなる本ブログの仕様を回避するために、不定期にURLが少しずつ変わります。

「お気に入り」から本ブログの該当ページがちゃんと表示されなかった場合、「シンシアリーのブログ」扉ページから直接リンクをクリックしてみてください

 

34+

91 Replies to “議論エントリーその3”

  1. なんだろう、此処で語られてる全ての答えが、CGS、チャンネルグランドストラテジーで語られてる気がする。

    神谷そうへいってどんでもないキレ者なのか。
    軍事、経済、日本の頂天ではなく中心におわすお方。神道、ウシハク政治に対する日本人のシラスの政治。
    日本の理念である三神祇。

    つか古代日本のスペックがおかしすぎる。
    地方から変えるのが大事とはいえ、国政やってくんねぇかなぁ。

    1. >CGS、チャンネルグランドストラテジーで語られてる

      おおー?面白そう。
      (´・∀・)どれどれ・・・

      1. ねずさん事、小名木 善行先生の古事記や百人一首、日本の古代中世の話
        小阪 達也先生の神道の話
        は特にオススメですよー。
        総じて陛下と日本の話というか、
        日本と天皇と神道というものが不可分なのだと良く解ります。
        普通の欧米の国は300年でだいたいなくなります。でも日本2600年続いています。2位デンマーク(だったかな)の1,000年の倍です。続いている理由は何故なのか?。

        日本の民主主義は古事記の時代に成立していた?。ヤマト朝廷の本当の位置ってどこ?。

        などと言った疑問にシュートかつシャープになおかつスマートに答えて貰えます。
        ま、たいがいああっ、日教組クソだなってオチですが。
        近現代史だと倉山満先生のチャンネルくらら、も良いものかと。

  2. >とろいや さん
    >受験生 さん

     いまの世界は、欧米の思想によって築かれた世界秩序だと、私は思うわけです。これが、どうも、日本的思想と折り合いの悪い部分が多い。日本が変わるべきなのか、日本を守って世界を変えるべきなのか。ザックリ言うと、そういう視点で、問題を整理する必要があると思う。

    ① いまの世界秩序
     一言でいうと、米国の覇権下にある。覇権を握っている人たちは、馬渕睦夫 氏が指摘している、いわゆる「ディープステイト」「グローバリスト」「国境のない人達」「ユダヤ」などと、いろいろな言葉で呼ばれている人達なんでしょう。

    ② 一神教
     ① の国境のない人達の思想は、ディアスポラのユダヤ人の思想に起源を持ち、それがキリスト教に入り込みローマ帝国を介して広まった。一方では、キリスト教の影響を受けるイスラム教が勢いよく広まり、もう一方の流れでは、カトリック教会による世界への布教、そして「トルデシリャス条約」によるスペインとポルトガルによる世界2分割、これは世界全体がカトリック教会の支配下にあるという宣言でもある。

    ③ ユダヤ思想
     ② のように一神教の思想が世界の大部分を制覇し、今日の世界秩序に繋がった。その源流であるユダヤ思想を詳しく見ると、2つの性格がある。1つは民族主義的なユダヤ選民思想。もう1つは国境のない世界普遍思想。この世界普遍思想が一神教の根底に見られるし、また、この世界普遍思想が共産主義の根底にも見られる。後者の系譜は、馬渕睦夫 氏が指摘しているように、マルクス → ロシア革命 → ネオコン → グローバリスト なんでしょう。そして、ユダヤ系の大富豪達(ロスチャイルドら)による資金力の協力がある。

    ④ ユダヤは一枚岩ではない
     これは「ヘキサゴン2」さんのサイトで聞いた名言です。ユダヤ人の全てが同じ思想を持っているわけでもないし、巨大金融資本が統一された1つの意思で結束しているわけでもない。彼らのなかのある部分に、共通する思想傾向がみられる、ということに過ぎない。「国境」を気にしない、「国」を意識しない、世界普遍思想である、という傾向が。

    ⑤ 日本の多神教
     神道に思想的基盤を置く日本人には、上に述べてきたような思想と共生できない部分が多い。そのために、日本的なもののうち何を、どのようにして守るのか、という視点が必要になる。

    ⑥ その他の思想
    ・支那の華夷秩序 ~ 天命・皇帝・支那中心。一神教的な性格もある。
    ・仏教 ~ 一神教的ではない。東南アジアで広まった「上座部仏教」の系譜。チベット仏教を信奉した「モンゴル帝国」とその影響を受けた地域、多くはトルコ系の地域のようにイスラム教に代わっている。
    ・ヒンズー教など多神教を信じる地域
    ・古代の自然信仰的な宗教観が主流の地域

    1. > いまの世界は、欧米の思想によって築かれた世界秩序だと、私は思うわけです。これが、どうも、日本的思想と折り合いの悪い部分が多い。日本が変わるべきなのか、日本を守って世界を変えるべきなのか。ザックリ言うと、そういう視点で、問題を整理する必要があると思う。

      私は、世界も変わりつつあって、「多様化」を許容しつつある、と考えています。
      二択ではなくなってきている、と。
      アメリカも万能ではないことをアメリカ自身が理解し始めている、と。

      なので上記の引用(二択)の「中間」はあり得ると考えています。

      あんまりちゃんと読んだ上での返信ではありませんが、ザックリそう考えています。

      1. >受験生 さん
        >>「中間」はあり得る

         そうですね。簡略化のために省略してます。
         これから向かっていく先も、「中間」なんでしょう。白と黒の間のグレーになるのか、アウフヘーベンでも起きるのか。

        1. アウフヘーベンが起きるか…と言うよりも、
          日本型価値観を発信して、アウフヘーベンを「起こす」べきだ、と私は思います。

          キリスト教の呪縛を脱して「西欧文明」が向かってきた方向は「寛容」であり、それは元来の日本型価値観の持つ「寛容」と相性が良い、と思うのです。

          しかし、ともすると西欧も「独善」に戻ろうとします。
          白人が世界を支配した日々の甘い記憶は、強力なのです。
          アメリカは元々がキリスト教原理主義者が作った国ですが、西欧とは異なる経緯で「寛容」を獲得しました。それでも、原理主義勢力はまだまだ強いので、なおさら「独善」へ戻ろうとする傾向は強いです。

          それをさせないための「日本型の加味」なのです。

          政治思想の上では、そういう事なのですが、
          実際の問題は「あっちより、こっちの方が、良い生活が出来るか」なので、難しいですけどね。
          まあ、ウリナラがこのままレッドチームに呑まれて「食えなく」なれば、分かりやすい事例となるでしょう。

          1.  同感です。
             一神教が寛容になって、他者の神を容認するようになったら、それがアウフヘーベンかもしれません。(※ それはもはや一神教とは呼べないですが。多神教みたいですよね。)

          2. そのアウフヘーベンを絶対に認めない独善、非寛容が現状覇権を握るにあたっての強みになってしまっているのが痛いところですね。
            歴史的には覇権を握った国家、強国のほとんどは独善、非寛容であるように思います。独善、非寛容にはそれなりの強みがあって、だからこそその道を選ぶのだと思います。
            あれほどの軍隊がありながら戦争で廃墟にされ、あれほどの経済力があったのに発言力のなかった日本という国は世界的には奇妙に見えているのでは。
            まずは日本が強くなることが必要です。
            もちろん、アウフヘーベンを起こすことも必要です。
            ※中共の党員が私腹を肥やさずに国をよくしようなんて考えていたら、あの国は怖ろしい国になっていたでしょう。ある意味、彼らが独善、非寛容、強欲で良かったとさえ思います。

          3. 迦具さんへ
            覇権国家の歴史を概観すると、「成功した覇権国家」は、時代的制約は有りますが、ほぼ「宗教的寛容」と「民族的寛容」を満たしています。
            つまり「帝国の支配」を受容する者に対しては、宗教上の差別も民族差別も、合理的範囲に縮減されます。
            「帝国のシステム」が不具合に陥ると、原理主義的になり、宗教差別や民族差別が、表層化・極端化するのです。

            この前、モンゴル帝国とローマ帝国の話をしたのは、その例として恰好のものだからです。
            モンゴルは、元来の「実力こそ全て」の遊牧民型帝国が、巨大化したことによって「宗教的寛容(というか、元々そこはどうでもいいと思っていたようですが)+他民族・他文化への寛容」という体制になりました。
            それが解体して、後継国家群ができますが、どこも「大モンゴル帝国の最盛期」ほどには「寛容」にはなれませんでした。
            明は「中華型専制君主制+儒教原理主義」に、西アジアの国家群は「オリエント型専制君主制+イスラム教」に。

            中華型:天(という曖昧な概念)に選ばれた家系が「帝国に支配する」=儒教による支配構造の体系化がなされた。
            オリエント型:神(の概念は精密に体系化される)の代理人が「帝国を支配する」=一神教の支配が顕著に。

            中華型とオリエント型は、農業社会が基本なので、強力な軍事的組織を編成するためには、社会構造が進化しなければならない。反面、行政組織・官僚制は発達する。
            違いは、支配原理が「天命を享けた者」か「神の代理人」か、です。なので、中華圏では「正統性」に拘り、オリエント圏では「聖典の解釈」に拘るのです。

            北方遊牧民型:有力部族の連合体によって実力を認められた者が「帝国を率いる」=統合しにくく、分裂しやすい。
            北方遊牧民型は、生活様式が軍事組織に直結しているため、人口に比べて強力な軍が編成しやすい。反面、行政にはなかなか目が向かず官僚制も発達しない。
            支配原理は「実力がすべて」

            トルコ系の国家群(≒中央アジア系≒北方遊牧民系)ではイスラム教が普及しましたが、オリエントほどには「原理主義化」しませんでした。実力第一主義は合理的・実用的なので、原理主義化しにくいのでしょう。
            今のトルコとサウジアラビアを比較すると、分かります。

            ローマ帝国は、帝国と言われますが実態は「共和制」です。最盛期には「宗教的寛容」を宣言し「万民法」によっ
            て、すべての民族にローマの市民権獲得の道を開きました。
            ところが、蛮族の侵入を防ぎきれなくなって統治体制の維持が困難になるとともに、キリスト教を国教化して「寛容」が失われていったわけです。
            ビザンチン帝国は「オリエント型専制君主制+キリスト教原理主義」に、
            西ローマの後継国家群は、ローマ法王庁のもと「ゆるい封建制+キリスト教原理主義」に。

          4. >とろいあ さん

             「モンゴル帝国」と「ローマ帝国」が宗教的に寛容だったとい点については、同感です。
             ローマ帝国が、ローマ神話(ギリシャ神話)からキリスト教に宗旨替えをしたことが、不寛容の始まりでしょう。

        2. 「中間」、、、

          「中庸」と書けばよかったですねw
          >アウフヘーベン

          と思って確認したら、「止揚」ですかw勘違い(混同してた)w

    2. ご意見、共感できます。

      そのうえで、視点を整理してみます。
      1、現代の日本型と西欧型の相違点と共通点を、抽出する。
      迦具さんのご意見の趣旨は、それだと思います。
      ①沿革として、それぞれの成立過程を検証し比較する。
      (必要でもありますし、知的遊戯としても楽しい作業です、以下同じ)
      ➁一神教的価値観と多神教的価値観の比較検討。
      ③「信仰」を無害化して、「神」ではなく「人」を価値観の根底に据える過程の、検証。
      ④以上のような過程を通じて、今の「現代文明の価値観」と「統治体制の基礎」を把握する。

      2、西欧的価値観とも日本型価値観とも相違する、違文明的価値観について、1と同じ作業を。
      ①中華型
      ➁共産主義型
      ③イスラム型
      ④その他の「強権主義」
      ⑤民主主義陣営内部の「強権主義的価値観の侵入または残存」
      迦具さんの質問に答える形で「アジア型専制君主制」についての意見を述べていたのは、この試みでした。

      「民主主義社会」と「強権主義的社会」の差は、一つには「寛容」と「非寛容または独善」の差である、と思います。
      ただし、専制君主制にも「寛容」は有り、民主主義社会にも「独善」は有ります。
      ゆえに、歴史的に成功した統治モデルケースとして、ローマ帝国とモンゴル帝国を、さらにその崩壊過程をも比較すると、その構造の相違点と共通点が見えて来るのです。

    3. 受験生さんのコメントを読んで便乗。

      文化・宗教・主義・思想。
      国、地域、文化圏、民族の差異を表すパラメータであるかもしれないけど、因果の関係からしたら逆なんじゃないかと感じます。

      厳密には、ある種の相関関係、又は相互作用があるかもしれないけど、主従の関係はむしろ逆なんじゃなかろうか?

      「味噌汁が日本人を作るんじゃなくて、日本人が味噌汁を作った。」的な…

      1. でもでも、

        「味噌汁が日本人を作る」派

        ですね、私はw
        (伝わるでしょうかw)

        今の日本人が「味噌汁を作った(ここでは「発明した」、の意)」わけでなく、

        「味噌汁を飲むことで日本人になる」
        という考えも成り立つのではないか?とw
        (哲学的かw ここでの「味噌汁」は代表例として)

      2. 面白そうなので参戦。
        「味噌汁のようなものが必要だったから日本人は味噌汁を発明しました。日本人に必要なものを飲んでいれば、当然日本人になります」 すみません冗談です。
        でもって文化・宗教・主義・思想
        文化は根本的な民族性の表れ
        宗教、思想はその民族の欠陥の表れ
        主義は統治する者の指向の表れ
        大雑把すぎますが、こんな風に感じております。

        >>日本が変わるべきなのか、日本を守って世界を変えるべきなのか。
        日本が変わるべきという発想は極めて日本的で、世界を変えるべきという発想は極めて日本的ではないように思えてしまいます。
        どっちが日本的なんだ? どっちが日本を守ることになるんだ?
        日本は「あんたはそう思うんだ? ふうんなるほどね」のスタンスでよろしいのではないかと。 
        サルトルの話を紹介します。
        かつて日本の自然観(自然を支配するのではなく、順応する)について議論になったとき、日本人がサルトルに日本人はなんにでも順応してしまうんです(骨がない、従順の意で)と言いました。
        サルトルは「日本人の順応は服従ではなくて、支配の一手段なのではないのか」と言いました。
        日本はなにをやっているんだろう? と不思議に思わせること。
        教えないけど、チラ見させる。こんな程度でよろしいように思います。

        1. 味噌汁の話は置いといてもw
          人が文化を作り、文化が人を作る。
          これには相互作用、相関関係があるというのは前述通りで、全く否定するつもりはありません。

          あくまで主要因を何と見るか?という話です。見方は人それぞれです。

          私は、文化伝播において取捨選択・発展・醸成は人に主導権があるものと感じていて、グローバリズムが進もうが衰退しようが、日本人は日本人のままだと思いますね。

          ただし、大量の移民はそれを覆しかねないとも思っていて、その理由も人が民族性を主導するという考えに基づきます。

          1. >>あくまで主要因を何と見るか?という話です。見方は人それぞれです。
            変な書き方をしてしまってすみません。
            自分もどちらかといえば人に主導権があるものと感じております。

        2. 味噌汁の譬えに便乗。
          これからの日本人がやるべき事は、たくさん有ります、
          「味噌汁哲学の確立による正当性の証明」
          「味噌汁差別への抗議」
          「味噌汁原理主義の克服」
          「ローカルスタイル味噌汁への偏見の除去」
          「絶滅危惧種味噌汁の保護」

          しかし、もっとも大切な事は、
          「バカに『味噌汁でツラを洗って出直して来やがれ』と言う」
          ですね。

    4. >いまの世界は、欧米の思想によって築かれた世界秩序だと、私は思うわけです。

      まずこれはそうですね。

      >これが、どうも、日本的思想と折り合いの悪い部分が多い。

      これが大アジア主義者の根本的な間違いなんですよ。
      欧米の思想というのが、日本的思想と根本的に相性が良かった、だから日本は先進国になれたのです。

      迦具がなぜ大アジア主義者かと言えば、日本の価値観が欧米より優れていると唱える。

      >① いまの世界秩序
       一言でいうと、米国の覇権下にある。

      これも確かにそうですが、米国の覇権下にあることで、世界で最も利益を得ているのは日本なのですね。
      隣が韓国、中国、北朝鮮、ロシアという最悪の環境に生まれた国なのですから。

      米国の覇権下にない世界、アメリカが再度モンロー主義に陥ったなら、まっさきに犠牲になるのは日本。そのために日本はかって中国に進出し、「日本を守って世界を変えるべき」という大東亜を作ろうとした。これが失敗の始まりだったのです。

      米国の覇権下にない世界になったら、日本はチベットのように中国人の奴隷になるか、あるいは中国人を奴隷にするか。特亜は上と下の関係しか受け入れないので、どちらかを選ぶしかない。

      欧米の思想によって築かれた世界秩序を守ること。米国の覇権下にある。

      覇権を握っている人たち、馬渕睦夫 氏が指摘している、いわゆる「ディープステイト」「グローバリスト」「国境のない人達」「ユダヤ」を日本が守ることが正しいんですよ。

      欧米の善悪、秩序、法体系と武力なくして、特亜とロシアの侵略を防ぐことはできないのです、日本はね。

      1. 迦具さんの言ってるのは、
        「日本的価値観」>「西欧的価値観」>『(現代的意味での)文明と野蛮の壁』>「特亜的価値観」
        ではないか、と思います。

        「西欧的価値観には、日本的価値観の持主にはなじめない部分も多い」、というのは、文明社会の内部での話です。
        そして、それは正鵠を射ています。

        あなたが、ここでしているような、
        「西欧的価値観への違和感を表出する事」=「西欧への反逆」=「大アジア主義」という捉え方は、誤っています。

        日本的価値観と西欧的価値観の比較は、積極的意味としては「人権主義や民主主義等の理念を共有する者の内部での、改善点の提示」に過ぎません。そして、そういう改善への提言を圧殺しない事は「西欧的価値観」と相容れるのです。

        1. なんでいつも大アジア主義が出てくるのだろう・・・
          いつもいつもいつも・・・

          呼び捨て、敬称も使えないのなら話に参加しないでいいのに。
          人をネトウヨ、愚かな大アジア主義者とかして。
          そもそも米国の覇権に挑戦、否定とかの話ではないでしょうに。

          「味噌汁を選択し、コーンスープを否定するあなたがたは大アジア主義です」
          こんな感じのズレです。

          1. 味噌汁もコーンスープも否定し、湯餃子を選択する者は、大アジア主義者かもしれない。

          2. 某所で私は「ロシアンティー」の話をしていたのであるw
            インフルエンザ予防のために、
            ・ミルクティーではミルクタンパクが紅茶ポリフェノールの働きを奪ってしまうのでダメである
            ・緑茶でも効果はあるが、熱い紅茶の方がより効果的である
            と。

            ジャム付き紅茶を、北の大地で飲んだとしても、シベリア抑留の気分でなく、シベリア鉄道に乗って旅行してる気分であるべきだ、と力説していたのである!

            それをこいつは「大アジア主義者がーー」などと、ロシア社会主義革命を卑下するので、幻滅である!
            仮に「まるでシベリア抑留者の気分だ」と本気で思っていたとしても!

            味噌汁の効能に触れず、ロシアンティーに寝返った私は、非国民になってしまった!
            ちなみにこれ(ロシアンティーの話をしていたこと)は事実である!

          3. >なんでいつも大アジア主義が出てくるのだろう・・・

            欧米の思想によって築かれた世界秩序を否定して、日本の価値観による世界平和、アジア共栄を目指す。これが大アジア主義だからですよ?

            どこがズレているのでしょう?

          4. 七誌さんへ
            ずれてます。
            西欧的価値観への違和感の表明は、特亜的価値観の受容ではありません。
            西欧が主導権をもって確立した国際秩序への違和感の表明は、その全面的否定ではありません。
            まして「アジアの共栄」なんて、誰も言ってません。

            分からないでしょうが、あるいは分かってても、それを認めると15年間の努力が無に帰するでしょうが。
            あなたの言う「大アジア主義」は、意味がずれており、自分と異なる意見を否定するためのレッテルとして使うという使用法も含めて、間違っています。

          5. 七誌さん
            >欧米の思想によって築かれた世界秩序を否定して
            >日本の価値観による世界平和、アジア共栄を目指す。
            >これが大アジア主義だからですよ?

            とろいやさん
            >あなたが、ここでしているような、
            >「西欧的価値観への違和感を表出する事」=「西欧への反逆」=「大アジア主義」という捉え方は、
            >誤っています。

            以上

            なんでもかんでも、大アジア主義、ネトウヨとしすぎてて、もうね。
            そもそも、欧米の思想への問題提起が、七誌さんには米国の覇権の否定と認識され、覇権の否定をすればどうなるかなどの内容は、わりとどうでも良いのです。

            それがズレ。

          6. 大アジア主義というのは、特アの価値観とは別ですよ。日本人が正しいと考える価値観で、それを世界に広めれば、それで特アを糺せば世界は上手く行くという価値観。寧ろ特アとは真逆の価値観なのです。

          7. 七誌さんへ
            あなたが、そういう意味で「大アジア主義」を理解している、という事は分かりました。
            日清・日露戦争の頃には、そういう意味で使用されましたから。

            けれども、このブログの掲示板で「日本的価値観から見ての西欧的価値観への違和感」を言うだけでは、それには当て嵌まりません。
            あなたの用法の「大アジア主義者」であるためには、「1、日本的価値観が最も優れている」+「2、その価値観によってアジアを統率する」+「3、欧米列強と対峙し、いずれは打ち負かす」という要素が必要です。

            ゆえに「1、未満の事」を小声で言ってるだけの人を「大アジア主義者」呼ばわりするのは、間違いです。
            世界は「欧米」対「アジア」ではなくなっています。
            「ブルー」対「レッド」対「三日月」なんですよ。

        2. 西欧的価値観より、アジア的やさしさが優れているというのが、どこが大アジア主義でないというのか(笑)

          1. だから優劣の話でもないし、アジア的やさしさなどの話でもないし、それが優れているから大アジア主義でもないのです。

            (´・д・)本当にどうでもいい内容ですよ?
            まあそれが雑談ではありますが、七誌さんの思う大アジア主義を語りたいならご自分のブログででもして。

          2. >西欧的価値観より、アジア的優しさの方が優れている
            今回の議論の中で、ここまで、誰も、そんな事を言っていない。

            「味噌汁でツラを洗って出直して来やがれ」

            こういう風に使います。

          3.  私が、“世界の中にある日本的価値観” を考えている基礎知識は、トインビーの『歴史の研究』にあります。比較文明論ですね。トインビーは初め、日本文明を支那文明の支流として位置付けていましたが、後に独立文明に格上げしたと理解しています。
             ハンティントンの『文明の衝突』では、現代における文明を次のように挙げている。
            ・中華文明
            ・ヒンドゥー文明
            ・イスラム文明
            ・日本文明
            ・東方正教会文明
            ・西欧文明
            ・ラテンアメリカ文明
            ・アフリカ文明
            ・その他
            (エチオピアやハイチとイスラエルはどの主要文明にも属さない孤立国である。モンゴル、チベット、タイ、ミャンマーなどは仏教文化として括られているが積極的な行為主体とは考えていない。)
            <出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/文明の衝突 >

      2.  私が日本的価値観の根本と考えているのは、「公(おおやけ)がある」ということです。「公」つまり共同体の秩序みたいなものです。日本的価値観では、「公」を良くするために「私」が制限される。滅私奉公なんていう思想によく現れている。
         欧米は、まず「私」がある。神に作られた「私」が。「私」が集まってルールを作る。それが共同体だ。
         両者は、基本的に違うわけです。どちらが良くて、どちらが悪いということではなく、基本的な発想が違う。

         それが、明治維新以降、日本はどんどん西欧化している。どんどん個人主義化している。戦後には、それがさらに加速した。両者の違いを日本人が意識していなければ、日本は完全に西欧文明に飲み込まれてしまう。完全に欧米化してしまう。日本文明が消滅する。
         そう思うわけです。

        1. 追記
           「公(おおやけ)」という発想の土台には、日本人の自然観がある。雨土の自然のなかで、人々が寄り添って生きているという感覚が。植物や動物や人間が、自然のなかで寄り集まっているというイメージが。そして神は創造主ではなく、神すらも自然の一部分でしかない。太陽だったり、海だったり、雷だったり、神すらも寄り集まっている。多神教だから。

          1. 同感です。
            そして、この発想の中からしか「本当の環境保護」は生まれないと思います。

        2. 西欧社会でも、最先端では「所属集団の利益を最大化する」という方向に進化してきたのが「人間」だ、という事が理解されてきています。
          この「所属集団」を「ブルーチーム全体」と極大化して捉えられる人がどれぐらいの割合になるか、がカギですね。
          特に、指導者層は、そのレベルでいてもらいたい。

          「自国だけ見る」も「人類みな兄弟」も間違いだと思います。
          前者は、料簡が狭すぎるだけではなく、広域圏で考えないと現代社会では産業が成立しない、という現実を見ていない。
          後者は、地球の資源がそれほど充分でないのと、「偏狭の人々を、霊的に生まれ変わらせる」のは無理だと思わざるを得ないのと、2つの悲観材料が有るので。

        3. 他人は、公に奉仕するのが正しいとする人々が、全体主義の世界を作る。政治家は無私無償で人民に奉仕すべし。
          そういう考えの人が、特アを作るのですね。
          公は大切ですが、それは私より優先されるべくでないのです。

          1.  七誌 さんは、左翼リベラルの性向があるからね。そういう考えなんでしょう。

  3. <アメリカの覇権について>

     現在の韓国については、非韓三原則で突き放せば良いと私は思ってます。日本から断交する必要はないし、どうするかは米国に任せれば良いと思う。

     それよりも問題なのは、現在の国際情勢の変化に、日本が上手く対応していくことが、いま最も重要な課題だと思う。

     戦後の国際秩序は、連合国の勝利によって、そして戦後冷戦の終了によって、米国が覇権を握る時代となった。米国の強大な「軍事力」と、「ドル基軸体制」の確立によって、米国の覇権が裏づけられている。
     フーバー元大統領はルーズベルトが米国を戦争に引き入れた狂気の人だと批判しているが、ルーズベルトこそ米国の世界に対する覇権確立への道へ導いたと私は考えている。米国の軍事力は戦時中に急速に拡大されたし、ブレトンウッズ会議によって米国が英国を退けて世界金融を支配した。
    ・谷口 智彦 (著)『通貨燃ゆ』日経ビジネス人文庫、2010年(※ motton さんに紹介していただきました。)に詳しい。

     そしていま、米国の覇権体制が揺るぎ始めている。ドイツと日本の経済復興、中国の台頭、米国軍事費の財政的負担などが主要原因だろう。トランプ大統領は、いまこの問題に対応している。米国の世界覇権を縮小させる方向へ向かっている。世界各国は、米国のこの動きに対応しなければならない。
     日本のマスコミ、日本の学者、日本の言論人、日本の世論は、この問題に気付いているだろうか。日本の対応方針を考えているだろうか。

     私のこの認識は正しいでしょうか。そして、日本はこれからどうすれば良いと考えますか。諸氏の御見識を伺いたい。

    1. せっかくの提言なので、考えてみました。
      何回かに分けて書き込みます。

      1、世界情勢の現状
      ⓵アメリカの覇権は揺らいでいるか?
      揺らいでいることに間違いはない、と思います。
      その理由は、表面的には「中国の台頭」「日独をはじめとする勢力の経済的復興」「軍事費の負担増」です、そしてそれは正しいのですが、その根本に「文明の構造の変化」が有る、と思います。
      「従来型の覇権構造」を難しくする方向へ、人類の文明構造が変化しているのです。
      キーポイントは「情報の拡散」です。
      情報構造の変革により、「技術の複雑化」+「技術の大量化」が、そして「情報の拡散し易さ」が「覇権の維持に必要な、軍事技術や産業技術の独占」を難しくしています。
      今、アメリカがあがいているのは、その旧式構造を維持しようとしているのでしょう。
      しかし、一国がそれらの技術の秘密を保持する事自体が難しい。
      なぜなら、大量の科学者・技術者がいくつものグループを形成し、そのグループ同士が密接に連携しないと、先端技術の開発ができなくなっているからです。
      注目すべき科学技術の発見・発明は、そういう構造によって成し遂げられる例がほとんどです。
      必然的にインターナショナルなものになります。
      軍事と産業は、その構造の上に乗っています。

      ですから、パイの独占自体が不可能なのです。
      アメリカが覇権国家であり続けようとしても、そういう研究グループのスポンサーとして利益の配当を公平に受け取るという構造を、受け入れざるを得ません。
      けれども、これまで「51%以上」を取ってきた者が、「25%程度」で良しとしろ、と言われても、受容は難しい。
      その「51%をアメリカが取る」構造を、何とか維持しようというアメリカ人の願望が、トランプを大統領にした原因です。
      彼らには残念でしょうが、この願望は叶えられません。
      妥協点を巧く見つけて「同等のものの中での一番手」の地位を守ることがせいぜいです。今、トランプ政権が取り組んでいるのは、それだと思います。

      1. トランプを大統領にした原因は、結局のところ中国の伸長なんですよ。アメリカの覇権にまず最初に挑戦したのが中国なので。

        そしてアメリカの中国叩きは正しいのです。中国を挫折させることができれば、アメリカasナンバーワンの地位は当面守られるでしょう。

    2. ②アメリカ以外の国の立場
      アメリカの覇権が変容するのは、必然だと思います。
      では、他の国は、どうなのか。
      断言できますが、アメリカに不可能な「旧式覇権構造」を、アメリカ以外が担えるということは、あり得ません。

      中国は、目指す覇権の内容が「中国共産党独裁」ですから、その他の国は、根本的なところでそれを受容することが不可能です。
      ある程度以上の国力を持つ国にとっては、表面的な妥協と普通の通商以外に対中国政策で譲れる余地はありません。
      そもそも、今の中国は「国家」ではありません。「軍閥が巨大化したもの」です。その構造を、まともな国が受容することは、ないのです。

      ロシアは国力の衰退が顕著ですから、中国以上に可能性は小さいでしょう。軍事力と資源で何とか大国であり続けていますが、産業の基幹が「資源の切り売り」の国が覇権国家にはなれません。

      覇権国家は、
      1、軍事力
      2、流通管理
      3、基幹産業
      4、科学技術
      5、文化
      この5つにおいて、他の国家群を凌駕していなければならない。
      故に、アメリカ以外は、その要件を満たせません。
      英仏独日にそれが不可能なのは自明であると思います。
      統一高麗連邦ならそれが可能だ、と韓国人が妄想するのは、自由です(笑)

      1. >とろいや さん

         「技術の独占」が難しくなってきているというのは、面白い視点ですね。確かに、軍事技術でも、共同での技術開発という形が増えてきているよな気がします。

    3. レスが遅くてすみませんが、続きを。
      2、日本がこれからするべき事
      ①国民の共通認識の醸成
      日本的価値観を明確化して、法制度の裏付けとなる「思想」を確固たるものにする事が、必要です。
      とても難しいのですが、やらねばなりません。
      ここをおろそかにしていると、欧米的価値観・特亜的価値観のごり押しに抵抗できなくなります。
      しかも、それを「原理主義」に陥らないように、入念かつ柔軟にしなければならない。
      なぜかというと、「原理主義的ではないこと」が、日本的価値観の根源だからです。
      私が、個人的に整理してみた日本的価値観は、次のような要素からなります。
      「ほどほど」「清潔」「温厚」「正直」「勤勉」「親切」「知的」
      これは重要だと思われる順に並べてあります。人によっては、順番が入れ替わるでしょう。
      これに、付随的に付く要素として、
      「実用的」「好奇心」「距離感」「相互扶助」「自立自尊」
      などが有る、と思います。
      それに、これまでの日本人には希薄だったけれども、現代以降の世界で生きてゆくのに必須のものを加えます。
      「主張」「法的思考」「軍事的思考」「地政学的思考」「機密保持」などなど。

      これらの各項目について、「日本人が、これらの価値観を、どのように捉えているのか」と「異文化からの流入者に、どれぐらい、自分たちの価値観を受容してほしい、と思っているのか」を、明確にして「異文化の人々」にもきちんと説明できるようにしておかなければなりません。

      まず、ここまで述べただけでも「大変な仕事」である事は、読む方にはお分かりでしょう。

      いざ、これがプロジェクト化されれば、
      沢山の論者が、それぞれの価値観をぶつけあうでしょう。
      それらを、整理し、共通項を抽出し、どこまでが譲れない線で、どこまでが妥協できる線で、どれが「どうでもいい事」なのか、を「見えるように」線引きします。
      抽象化して「理念」として明確化するのは、まず必要でしょう。
      事例を沢山あげるのも、必要でかつ有効でしょう。

      最終的には、「日本的価値観」という名の論文集と、外国人向けの「日本的生活になじむために」というガイドブックと、学校教育用の道徳の副読本が、プロジェクトの一環として、編集されるといいですね。
      そのうえで、これらの価値観を「受容しない人たち」を、どうするか。それも考慮すべき点ですが、それは「制度論」になりますので、別に論じましょう。

      これを、だれがやるか?
      まず、今の文部科学省には委ねたくない。
      文化人というと「赤い連中や黒い連中」がのさばって来るので、政治主導で、そういう「有識者委員会」ができるのも忌避したい。

      私見では、ネットでの議論を通じて、クラウドファンディングみたいに、このプロジェクトが進むのが良いのでは、と思います。
      実現したら、誰かが、このプロジェクトを潰しに来るかもね。

      1. >とろいや さん

         「日本的価値観」を守っていく必要があるとい点には、同感です。
         これを明確化できるかどうかにはちょっと懐疑的ですが、違いがあることは認識できるし、認識しなくてはいけない。認識できなければ、知らないうちに他国の価値観に飲み込まれてしまう。

         まず、GHQが壊したものが何だったのかを、見つめ直す必要がある。旧に復した方が良いものもありそうです。
         そして、未来に向けて、何を取り入れ、何を取り入れないのかを、意識的にやってくいく必要があると思う。

        (※ 私の個人的な意見では、いまの世界秩序でも受け入れられないものがある。国連安保理の常任理事国と拒否権、5大国だけ許される核保有、ドルの基軸通貨。司法制度の、黙秘権、司法取引、にも違和感がある。
         文化的には、一神教は受け入れられない。その他には、自由放任経済、国境のないグローバリズム、共産主義も。
         修身教育のようなものを復活させて、とろいや さんの言う「ほどほど」「清潔」「温厚」「正直」「勤勉」「親切」「知的」なども教えると良いと思う。)

        1. レスのお返し、ありがとうございます。

          そうなんですよね。
          「日本的価値観と両立しないもの」を明確化するためには、戦後のGHQ統治を見直すのも、重要です。現代社会の共通了解事項に異議を唱えるのも必要になると思います。

          以下、余談ながら(司馬先生のまね)
          そもそも、日本教の基礎は「何でもあり」だから、内容を曖昧にしか理解しないままに「受け入れてしまった」もの、また国内で嫌な方向に変質したものが、けっこう有ります。

          ここでは、日本的価値観の根源「ほどほど」≒「寛容」に反する価値観の構造の例として、イデオロギーという語を使いましょう。
          あらゆる思想は、原理化し硬直してイデオロギーと化します。

          思いつくままに、並べてみましょう。
          1、日本に入る前にイデオロギー化しているもの。
          「朱子学」「キリスト教」「共産主義」「ハゲタカ資本主義やグローバリズム(という名のアメリカのわがまま)」「エコロジー(だと彼らが勝手に思い込んでいる環境原理主義)」
          2、元来はそうでないのに、在来のもの及び移入されたもので、日本国内で部分的にイデオロギー化したもの。
          「仏教の一神教的宗派の先鋭化した教団」「国家神道」「軍国主義」

          これらは、すべて「寛容」と相容れません。
          けれども、これらの思想に染まった人々を「排除」するのは、日本的価値観に反するのです。
          うまく毒を抜いて、これらの思想の持主が「他の考え方」を「承認」して「共存する道」を、提示しなければならないのです。本当に難しいです。
          100年はかかるものと覚悟すべきですね。
          現代文明のバックボーンを利用できるので、運が良ければ、100年で何とかなるかも、と。

          ヨーロッパでは、キリスト教の毒を抜くのに、約1500年かかりました。しかも、まだ抜けきっていません。
          中国・朝鮮は、中華思想の毒が回り切り、しかも変質して腐り果てており、どうしようもなさそうです。

          余談の余談
          「修身」というと「国粋主義」+「朱子学」+「軍国主義」の大群が襲ってくるようで、語感に嫌なイメージが着いてしまってます…巧い言い方を考案する必要がありますね。

          1.  「修身」は、「身を修める」だから良い言葉ですよ。
             嫌なイメージが着いていることの方が、おかしい。
             GHQ史観と一緒に、変なイメージを払拭させましょう。
            (※ 「大東亜戦争」という言葉は、だいぶ普通に使えるようになってきたと思いませんか。)

          2. GHQ史観なんて言っている日本人は、日帝36年と主張している朝鮮人と変わらないのですよ。

            それらの人々が唱えるのは反米、反欧米秩序を軸にした、「アジアの独立」なのですね。つまりは「恨」による自立なんですよ。

            だからそれらの試みは、韓国同様に上手くはいかないのですね。

          3. >それらの人々が唱えるのは反米、反欧米秩序を軸にした、
            >「アジアの独立」なのですね。つまりは「恨」による自立なんですよ。

            ん~、GHQ史観、というかGHQの敷いたレールの上に歴史、憲法まであるということで、そうなると改憲まで同じ思想になるよ?
            改憲は「恨」によるものでもないし、日本が自国の正義を唱えるのも「恨」じゃないよ。
            韓国の日帝36年の「恨」とこれらは同列ではなく、
            日本があるべき姿と韓国が抱くあるべき姿は同一ではないのです。
            他者を上に下に貶めるものでなく、日本は貶める他者を必要としていなかったりします。

          4. で、韓国は国の成り立ちの正統性に固執し、日本はしない。
            恨にすべてを注ぎ、果てることのない日帝との戦いを日々している国なのです。
            七誌さんはいつも韓国を通して日本をみていますが、
            日本は日本で対比や類似はできないことが多く、朝鮮・韓国の延長にはいないのです。

          5. >GHQ史観、というかGHQの敷いたレールの上に歴史、憲法まであるということで、そうなると改憲まで同じ思想になるよ?

            みかげさんは、「GHQの敷いたレールの上に歴史、憲法まである」って認識なんだ?だから大アジア主義なんですよ。

            GHQ史観だから改憲が必要なわけではない。
            9条が実情にも国際法にも違反しているから、改正が必要なんですよ。自主憲法により、アメリカへの恨を晴らすのではなく。

            実用上国際法上必須なんです。

          6. 私は直接、日本や諸外国の古代のあり方を知っているわけではなく、歴史上もっともらしいと認識されていることしか知らないので、全くお門違い的な話かも知れませんが…

            物事の推移を考えてみると、「では、日本人は結局変質しているのか?」という根本的な疑問にたどり着きます。GHQが壊したもの、又はもたらしたものは、今どう変化してきているのか?その変化の本質とは何か?

            主義、価値観、思想と言ったものの変遷は、時代背景や世界との相対的な関係の中で変化しているもので、本来、本質的な人間の資質そのものを現しているわけではなく、その民族がその状況に応じて何を選択したかの結果を現しているのですね。

            つまり、取捨選択の権限が基本的に「人」にあるので、外部から与えられた文化的性質は受け入れられなければ破棄される。例えばGHQが強引にある種の価値観を日本人に植え付けようとしたところで、それが時間を掛けて拒否されつつあるのが現在であると思われます。言い方を変えれば、民族が持つ資質という基盤の上に乗せることができる価値観(又は乗せることができるように変容できる価値観、変容させる能力もまた人の資質に由来する)は受け入れられるが、そうでないものは手法の如何によらず、いずれ破棄されると言えます。

            で、そのような「拒否の態度」を示している日本人は戦前やそれ以前と比較して、本質的な変化をしているのか?という疑問が湧いてきます。

            確証のようなものを示すことができませんが、日本人が持つ資質のようなものは古代から然程変化していないのではないかと感じています。話題中の「日本的価値観」と言われているものも、実は「日本民族が形成する社会の特徴的な行動原理」と言い換えられるのではないかと思うのです。

            世界的に見ると、特に民族的な移動・変遷のスピードが早く、また、混ざりやすい地域では、そもそも民族そのものが変化してしまうため、民族が持つ基本的資質が移り変わってしまいます。従って、基礎とする資質が変わると、その上に定着できる文化的性質も変わってしまう。

            日本も、いくつかの民族が混ざり合った形跡もあるので、いささか乱暴な話ではありますが、民族的には「ガラパゴス化」してしまっているのでしょう。ただ、この状態を持ってしても生き残っていられることが、必ずしも悪い状態であることを意味していない(むしろ良い状態を維持している得意なケース)とも思います。

            もの凄く、楽観的な意見としては、「日本人が変化してしまうのではないか?」と漠然と感じ取ってしまう感性の正体こそ、「日本人らしさの本質」に近い部分なんでしょう。ですから、戦後のGHQ的価値観を拒否しようとしているなら、少なくとも今よりは日本人に合った「日本人的価値観」を取り戻していくだろうと思います。
            ガラパゴスをガラパゴスのまま維持する為には、血の色を変えてしまわないことが最も近道なような気がしてなりません。血が変化してしまうような大量の外国人を受け入れることには賛成できません。これは将来の日本が「日本人的価値観」を失う「蟻の一穴」になるような気がしてなりません。
             

            とろいやさん、釈具さんの議論を否定する意図はありませんw
            視点やスケールが異なっているのは承知の上で、「まぁいっか…」的に書いてみました…

    4. 日本がこれからすべき事
      ➁「軍事的思考」を、政策論の基礎にすえる。
      これは、必ずしなければなりません。

      ⅰ、「軍事的思考」を、本来の意味できちんと定義する。日本的価値観の確立に先んじてやるべきです。
      軍事に囚われない事も、重要なその一部です。

      ⅱ、「旧式軍国主義」の悪弊を、適示して否定する。
      例えば「上官の命令への服従」と「上官への服従」は違いますが、旧日本軍は、そこが滅茶苦茶でした。
      例えば「兵站」も旧日本軍は滅茶苦茶でした。
      例を挙げると、きりがないなあ。

      ⅲ、憲法を改正し、普通の「軍事力を適切に使用する国」になる。

      続きは、また明日以降、暇を見て。

      1. はじめにすべきことはw

        ①地政学の「解禁」
        ②近現代史の、「歴史(日本史)」からの分離(もっと時間を割く)

        ではないかと思っています。

        ①地政学
        「地理」は授業として退屈で仕方がないw
        地政学にすれば(私も生徒・学生時代に教わっていれば)もっと興味深く勉強する(した)でしょう。

        ②近現代史
        ある意味一番面白い歴史の授業になると思う。
        ペリー来航からこっちを「歴史」科目から分離し、江戸末期〜明治維新〜大東亜戦争〜戦後(昭和40年ごろ。安保くらいまで)を教える。

        ②は最近そういう方向になってるみたいですが。

        「修身」科目は、どうかな、なくてもいいんじゃねって感じ(「道徳」って今でもある?それでいい気もしてます。退屈だったしw)。

  4. 待ってるよーw

    ただし、ここだけでいいので「匿名」はやめてねw

    私に文句がある匿名さんや、七誌さんについて同意見の匿名さんもいるようだしさ。

    区別がつかんw

    1. 先程は私が「匿名」で乱入したばっかりにいらぬ混乱をきたしてしまいましたね…m(__)m申し訳ない

    2. 七誌問題をどう捉えるか?
      私のスタンスを書いておきたい、と思います。

      話は単純で、私は彼の存在を「面白がって」います。
      暴言癖はいただけませんし、それは「アクセス禁止」の理由としても充分なレベルでしょう。

      しかし、その「コメント」はいろいろな意味で、面白いのです。
      1、「ウンコな議論」の典型として、格好の見本である。
      2、「韓国面に堕ちた論者」の典型として、以下同文。
      3、たいてい「分かりやすく間違っている」ので、それに反論していれば、いつの間にか、こちらが『客観的に正しい見解』に近づいている。
      4、時折「分かりにくい間違い」が含まれており、それを分析するのは、良い「論理トレーニング」になる。
      5、口調に特徴が有るので、モノマネしやすい。
      6、自分に賛成する意見にまで「間違い」とレスする、そんな離れ業は、他の人にはできない。

      彼の存在を「うざい」と思い、それに絡む者までも「うざい」と感じる人があるのも理解できます。
      暴言癖のあらたまる様子はないので「アク禁」を求める人が「受験生」さん以外にもあるだろう、とも想定できます。

      しかし、こういう「分かりやすくネタになる」人は、私には、自分自身が罵倒される場合も含めて、やはり「面白い」のです。
      彼の「妙な意見」にいろいろと反応し、ときには雑談や議論の材料にし、暴言にはその都度「止めなさい」と無能な漫才のようにツッコむ。
      彼がアク禁にならないうちは、私はそれを続けます。

      アク禁請求決議案には、私は棄権します。
      理性の上では賛成しても良いのですが、これが通ると、面白いオモチャが一つ減るので。

  5. いわゆる「七誌問題」を論じてみましょう。

    彼の「暴言癖」や「論点ずらし」や「用語の混乱」などは、今回は取り上げず、なるべく彼の発言の「意見として意味の有る部分」を再構成して、
    果たして、それが「正論」なのかどうか、を考察してみましょう。

    「正論」かどうかの基準は、
    1「朝鮮文化をきちんと把握しているか」
    2「日韓・日朝関係改善に資するかどうか」
    3「日韓・日朝関係の改善とは、日本が、これ以上韓国・北朝鮮に煩わされない事」と定義する。

    1. そもそも、このブログにコメントを投稿する人のほとんどは、上記の「日本が、これ以上、韓国・北朝鮮に煩わされない事」を巡って意見を交換しています。
      ゆえに「七誌さんの意見は『日本が、これ以上、韓国・北朝鮮に煩わされない事』を目標にしているので、正しい」というのは、問題外です。
      なぜなら、ほぼ全員が、それを目標に据えているのは明白だから。

      「ある意見が正論であるかどうか」は「ある意見が、政策論として又は文明論として、傾聴に値するかどうか」と言い換えて、ハードルを下げても良いでしょう。

      1、断交論
      「韓国との関係は、断交することによって、遮断される。これ以外の方法では、韓国に集られ続ける構造から脱却できない。今すぐ断交すべきだ、条件は整っている」
      断交論を要約すると、こんなものです。

      正論かどうかの検討事項
      ① 断交の具体的条件・時期・方法をきちんと提示しているか
      ② 関係遮断への有効性
      ③ 断交以外に関係遮断の方法はないか

      ①「断交しろ、断交だ」と叫ぶだけでは「論」じゃありません。「具体的に、どういう条件が整えば、どういう時期に、どういう手法で、断交できるのか」が、ある程度提示されていないと「正論」以前に「論」とは言えません。
      その具体的手法の提示に相当性が有れば「正論」の条件を、一つ満たします。
      ②③「断交」が韓国との関係の遮断に有効であり、その他に手段はない、と主張する場合、有効性の論証と、他の方法が有効性が少ないかゼロという事の論証が、「正論」であるためには必要です。
      付言すれば、完全な証明にまで至らずとも「そういう視点も有るな」程度で良いのです。

      さて、七誌さんの場合、それが提示されているでしょうか?

    2. >法というのは、善人を罪に落し、悪人を守るものなのです。法の下の平等がきちんと実現されていれば。

      まーたおかしなことを言ってるw
      一部だけを見れば「そういうこともある」とは言える。
      だが、全てではない。

      キモは「法は正しくあろうとしている(常に正しいとは言っていない)」ことだ。
      法の下の平等が機能しているところでは。

      理解が根本的におかしいw

      ———ここまで引用———

      七誌さんの意見の一部抜粋がある。
      全体を100として、ごく一部の2とか3の事に着目し、全体論としてテーマにしてる。
      いわば「歪曲」だ。
      「2か3だけを見れば」間違いでないと言える。共感する人もいるでしょう。

      つまり、
      ミクロ的視点のみ(日韓だけとか)で、マクロで、客観的に見ていない。
      その視点に立つと、「おかしい」「間違い」になる。

      見方によって、正・悪(間違い)は変わる。
      「どうみるべきか?」が問題。

      1. 「法の下の平等が実現されていれば、悪人が守られ、善人が罪に落とされる」は、完全に間違いです。
        「悪人が守られ…」が成立するとすれば「悪を守るための法」が制定された場合であって、法の下の平等とは別問題です。

        事実認定が間違っていて「悪人を悪人と認定できず」「善人を悪人と認定してしまった」場合に、「事実」として、そういう事態となるのですが、
        論理的には「悪人が守られ、善人が罪に落とされる」構造を、「民主的法制度」は採りません。

        1. >>法というのは、善人を罪に落し、悪人を守るものなのです。法の下の平等がきちんと実現されていれば。

          七誌さんの意見を『好意的に』捉えると、という前提ですw

          先日の「あおり運転事件」も想定していますw
          「危険運転致死傷罪」でさばけないかもしれない、、、という。

          しかし「冷泉さんの『共通の価値観(=
          国民情緒法)』」には与しないw

          「悪人を守る」と「善人を罪に落とす(冤罪事件)」を分けて「好意的にw」考えてます。

        2. 補論というには簡略ですが、
          この事例は「七誌さんが、一つの文章の中で、キーワードの意味を恣意的に変えるため、論として成立しない」例です。
          「法」「正義」「悪人・善人」の意味が、固定していません。

          「法の下の平等」という語を使用する以上、この文章は「民主的法制度」を論ずるものであるべきで、キーワードもその場合の意味に固定されるべきですが、それが成り立たず、途中から「中華思想的法制度」の話みたいになります。
          「比較して論ずるに」という構成にしなければ、文章になりませんが、そうはなっていません。
          ゆえに「間違い」なのです。

          「論」でない以上「正論」にはなり得ません。

          好意的に捉えて再構成すれば「彼が言いたい事」は、「正しい」場合も有るでしょう。
          しかし、持論を開陳するのなら、その「構成」は自分でやるべきですね。
          「悪人が守られ…」への言及は、以上。

          あと、このスレッドは「好意的に再構成しても、果たして正論と言うに値するのか」をテーマにしようとしたものです。
          なので「彼の持論」を「好意的に再構成」するのに、チャレンジしてみましょう。

          1. 「ぼくが思う」フィルターの設置を試みる。
            以前、殴られたけどうんぬんで警察に不満があった由。詳細は覚えていないけれど。

            >法というのは、善人を罪に落し、悪人を守るものなのです。法の下の平等がきちんと実現されていれば。

            フィルター設置変換
            善人が罪に→殴られた
            悪人が守られ→殴った奴が罰されてない不正義
            法の下の平等→現行法色々

            んで元々が正義と法の混同がどうたらなのでここは思い切って意訳。

            法というのは明らかな罪(殴られた)でも罰する事さえできないものである。現行法は不正義。絶対。

            続き
            >しかし韓国では、正義が法に優先するために、タブレット等の証拠は捏造され、悪人は事後法で裁かれるのですね。

            しかし韓国では(正義を執行し得ないものである法に対して)正義が法に優先するために(正義を付加し)タブレット等の証拠は捏造され、悪(と見做された)人は事後法で裁かれるのですね。

            >韓国が悪いのは、韓国が正義の国だからなのです。
            >日本に対する韓国人の態度もそうですね。

            韓国が悪い(不法な)のは、韓国が(法に)正義(を付加する)の国だからなのです。
            日本に対する韓国人の態度もそう(正義の付加によるもの)ですね。

            で、この「正義」が独自概念、人類普遍だとか天与のといった正しいから正しいと循環する正義であるとさえすれば韓国については間違いじゃない、位にはなりましょうか。そう読めるところが皆無なのがアレですが。

          2. >持論を開陳するのなら、その「構成」は自分でやるべきですね

            七誌さんは私を嫌いでしょうがw(ありがたいことです)、私は意外と優しいのですw

            こういうことを言いたいのかなぁと好意的に読んでますよ。
            それでも以前書いたように、
            「一体何を言っているのだ??」
            となることがよくあるw

            倒置法?とかで「述語+主語」になってたり、「キーワードが世間一般の認識が違う(大アジア主義とか、ナチスとか 、法の下の平等とか)」とか、で。

            自分の文章に酔ってる、独りよがりの文章を書く人にありがち。

            指示代名詞を使う時、私はなるべくわかりやすくなるよう括弧書きしたりを気をつけてるつもり。
            それでも校正してくれる人もいないから、分かりづらい文章になってるかもしれないけど。

            読み手は、読解力に差があったり、メシ食いながら斜め読みだったり、酒飲みながらだったりするわけでw

            なので、「正論か否か」以前に分かりやすい文章であって欲しいですね。
            いろんな意味で「優しい文章」であって欲しいw

          3. かの御仁は、論理(基礎的な集合論や”裏”や”逆”など)を理解していないので、直接的な解釈は無駄ですよ。論理が重要であることを意識すらしていないので。

            法の下の平等うんぬんの件で、かの御仁が言いたいのは、おそらく「法は善悪に関知しない」ということです。
            >シンシアリーさんの、法と正義を混ぜる癖は本当に良くないと思うんです。
            という前振りがありますからね。
            まず、中華圏の理想では「悪人を罪に落し、善人を守る」のが法です。法は善悪に関知し正義を成すためのものだから。(ここで、善人は悪意を持たない人間、悪人は悪意を持つ人間くらいの意味です。儒教だと精神と行動は一致するので、罪を犯すのは後者のみで、後者はいつか罪を犯す。思想の自由や刑罰法定主義と相性が悪い思想です。)
            それを否定したいので「法は、善人を【も】罪に落し、悪人を【も】守る」と言いたいはず。これなら法の下の平等の理解としておかしくない。これで終わる話です。

            では、なぜそういう表現にならなかったかという謎解きをすると、まず、悪人(A)->罪(B) かつ 善人(!A)->守る(!B) なので、A = B です。
            本当は、これを否定して A != B と言いたいのです。ところが、!A->B かつ A->!B (すなわち A = !B) と言ってしまうのです。
            一般に、理想を語る人は、理想論(A=B)に反論するときに、理想の否定(A!=B)ではなく反対の理想(A=!B)で反論するくせがあります。
            理想の否定は何も主張しないように思えるので弱い(声が小さい)と思うのです。だから、強い(声が大きい)主張をしたくなるのです。しかし、その主張は、相手の理想を否定する道具だから自分本来の主張ではないことも多いのです。(だから、その主張を解釈しても反論しても無駄です。本人の本来の主張ではないから何が問題なのかすら分からないから。)

            また、理想論は物事を単純化するので条件を付けずに”裏”や”逆”を簡単に真にしてしまいます。それは傲慢の産物ですが本人は意識していません。具体的条件やプロセスが語られない理由です。
            ひどい場合には、こちらの主張の”裏”や”逆”も簡単に真にして反論してくます。当然、正しい場合もあるので論破した気になります。

            こんな感じで、読み解くとなんとか理解できるかもしれません。

  6. ttp://www.hdhy.co.kr/news/articleView.html?idxno=8509
    2018年韓日民間漁業協議会開催
    あいつら裏でこんなことやってるよ
    >特に韓国側遅滞された韓日着交渉(たぶん日韓漁業協定)を早急に妥結する日本側が協力してくれることを要請した。

    どんだけつらの皮厚いんだか
    これを受けるこちら側の人間もおつむがおかしいけど

  7. 『29日、三菱重工業の「いわゆる強制徴用」最高裁宣告』
    2018年11月20日 09:37 のmotton さんへの返信の続きです.

    もう一つの検証対象は,現憲法の始まりである「制憲憲法」です.そこには法統という言葉は無く,31運動での大韓民国の建設と独立精神の継承,民主独立国家の再建 と謳われている.

    motton さんの指摘と重なりますが,基本的な国体の考え方は 대한(大韓)제국(帝国) -> 대한(大韓)민국(民国) なので,流れは絶対君主制から民主共和制への政体の変更(革命)だと思われます.

    ですが,制憲憲法には独立精神とも書かれており,この対象は民族の統一国家であった大韓帝国ではありえない.31運動は独立と革命を同時に日本に対しておこなったものと見做せ,これは少なくとも1910年から1919年の間の日本統治を認めていることになる.

    そして「民主独立国家」を「再建」したので,最初の「民主独立国家」構想は一度つぶれたと認識している.この解釈では,制憲憲法から見る日本統治の違法性は,31運動での建国が成就しなかったことを示す.

    一般に「日帝強占期は違法」という場合,1910年日韓併合の手続きを指すものと考えるが,制憲憲法の前文からはその認識を得ることが出来ない.というより,前文は当時の現実的な状況を踏まえている.

    31運動での独立を承認しなかったことも,不当ではあるが違法としているかは疑問だ.仮に違法だったとしても,それは承認を与えなかったことの違法性で朝鮮総督府そのものの否定とはならない.

    むしろ臨時政府の目標は,日本と朝鮮総督府からの統治権(管轄権)の奪取だった.現の統治の主体を認めたうえで臨時政府の正当性は主張するとしても,それまでの統治の実態は認めているのだ.

    そうしなければ全ての社会的・経済的な権利や秩序に空白期が生じ,国の建設も侭ならない.全体を継承したうえで,不都合な法令を正せばいい.実際に,米軍政も新政府もそうした.

    翻って「日帝強占期は違法」を理由に,当時行われた行為全てに違法の網をかぶせ,慰謝料を認めることに整合性が見られない.仮に不法行為を認定するとして,違法とする根拠が明確でないのだ.

     
    韓国で当然と思われていることに,日本人も引きずられているのではないか? 当の韓国人は 歴史を忘れ 現在の観念から違法と解している,その痕跡を憲法から読み取れないだろうか? そんな視点での一考察.

    まぁ 頭の体操なんだけどねぇ

    1. その通りだと思います。
      建国時点での認識の方が真っ当ですね。
      その後、SF平和条約時に戦勝国になれなかったこと、朝鮮戦争での北との正統性争い、日本との国交樹立交渉などで、観念が先行していったのでしょう。
      (日本にも八月革命説とかあって笑えませんが。)

      >翻って「日帝強占期は違法」を理由に,当時行われた行為全てに違法の網をかぶせ,慰謝料を認めることに整合性が見られない.

      おそらく多くの韓国人は疑問を抱きません。
      モンゴル帝国は何のために戦争や占領を行ったと思いますか?異民族の抹殺や略奪のためです。
      戦争や占領の副次行為として不法行為が行われるのではなく、不法行為を目的として戦争や占領が行われるのです。
      残念ながら(日欧米の先進国を除いて)世界標準なのは韓国人の方です。だから、国際的に説明する上でも、理由は「日帝強占期は違法」だけで十分なのです。

      良く「日本政府は国際社会に史実を説明しろ」と言う人がいますが、上記が分かっていないのです。モンゴル帝国が「占領したけど略奪してない」と言っているように聞こえるわけで。
      日本政府は分かっているので「過去は清算された(議論しない)」とだけ言うのです。
      (安倍首相は、おそらく分かっていない。)

      1. 30年戦争の後の「ウェストファリア条約による体制」と、
        ナポレオン戦争の後の「ウィーン会議による体制」と、
        第一次世界大戦後の「ベルサイユ条約による体制」の、
        意味とそれらの体制の矛盾と限界。
        それを踏まえたうえで「現在の国際秩序」が有る。
        少なくとも、1648年以降の「先進国標準」が、近世以前の常識とは違うことを、認識する必要が有ります。
        そして「日韓併合」は「20世紀先進国基準」でなされた。

        これが分からなければ、「日韓関係」の理解はできない、ということですね。
        韓国はもちろん分かっていないでしょう。頭が16世紀のままなんでしょう。
        しかし、日本側も、分からない人が多そうには思えますね。残念ながら。

      2. >motton さん

         日韓併合条約があるのだから、モンゴルの侵略と比較するのは、ちょっと違うのではないか、

    2. 参考となるご意見もいただき,近年の憲法改正も整理してみます.

      【憲法第8号 1972.12.27】7次改正
      …大韓国民は、3·1運動の崇高なる『独立精神』並びに4·19義挙及び5·16『革命の理念を継承』し、『祖国の平和的統一』の歷史的使命に立脚し、自由民主的基本秩序を一層確固にする…

      【憲法第9号 1980.10.27】8次改正
      …大韓国民は、3·1運動の崇高なる『独立精神を継承』し、『祖国の平和的統一と民族中興』の歷史的使命に立脚した第5民主共和国の出発に際して、正義・人道及び同胞愛で『民族の団結』を強固にし、全ての社会的弊習と不義を打破し、自由民主的基本秩序を一層確固にして…

      【憲法第10号 1987.10.29】9次改正
      …大韓国民は、3·1運動により建立された『大韓民国臨時政府の法統』と不義に抗拒した4·19『民主理念を継承』し、『祖国の民主改革と平和的統一』の使命に立脚して、正義・人道及び同胞愛で『民族の団結』を強固にし、全ての社会的弊習と不義を打破し、自律と調和を基礎として自由民主的基本秩序を一層確固にして…

       
      ➇1972年 朴正煕(戒厳令下の維新体制)
       独立精神と革命の理念を継承,祖国の平和的統一

      ➈1980年 全斗煥初期(クーデターの結果)
       独立精神を継承,祖国の平和的統一と民族中興,民族の団結

      ➉1987年 全斗煥末期(民主化運動と6・29宣言の影響)
       大韓民国臨時政府の法統と民主理念を継承,
       祖国の民主改革と平和的統一,民族の団結

       
      第5共和国憲法では『革命の理念』が消え,民族の中興と団結を追加.現行の第6共和国憲法から『民主化』の文字が現れ,『独立精神』の言葉が抜けた.

      まとめると,1980年頃より『民族主義』への指向が顕となり,80年代後半の『民主化』とともに日本からの『独立』が打ち消され,同時に日本の統治が違法という認識が明確に,固定化されていった.

      日韓基本条約を締結した1965年頃にも同様の認識はあった(交渉議事録でも散見できる)が,内部での共有で済まされていた.しかし,その後の憲法の改正によりオフィシャルな認識へと変化した.

      現在では「臨時政府の法統」という憲法前文で「日本統治は違法」という考え方が一般化した.だがそれは,30年程度前の韓国憲法の改正で固定化された歴史認識といえる.

       
      シンシアリー氏の著書の中でも,似たような指摘があったような気もする.ま 再認識した ということで,(チャン・チャン

    3. 何かのご参考までに臨時政府の憲章文書の日本語版です.

      【大韓民国臨時憲章宣布文】(1910年10月)
      神人一致し中外協応して漢城に起義士してから三十有日で平和的独立を三百余州に光復し、国民の信任をもって完全に今一度組織した臨時政府は、恒久完全な自主独立の福利を我子孫黎民に継がせるために 臨時議政院の決議により臨時憲章を宣布する。

      第 1 条
       大韓民国は民主共和制とすること
      第 2 条
       大韓民国は臨時政府が臨時議定院の決議により此を統治すること
      第 3 条
       大韓民国の人民は男女貴賤及貧富の階級が無く、一切平等であること
      第 4 条
       大韓民国の人民は信敎言論著作出版結社集会信書住所移転身体及所有の自由を享有すること
      第 5 条
       大韓民国の人民で公民資格が有る者は選挙権及被選挙権が有ること
      第 6 条
       大韓民国の人民は敎育納税及兵役の義務が有ること
      第 7 条
       大韓民国は神の意思に依り建国した精神を世界に發揮し、進んで人類の文化及 平和に貢献するために 国際連盟に加入すること
      第 8 条
       大韓民国の旧皇室を優待すること
      第 9 条
       生命刑身体刑及公娼制を全廃すること
      第10 条
       臨時政府は国土回復後、滿一個年内に国会を召集すること

      大韓民國 元年 四月 日
       臨時議政院議長 李東寧 臨時政府国務總理 李承晩
       内務總長 安昌浩  外務總長 金奎植  法務總長 李始榮
       財務總長 崔在亨  軍務總長 李東輝  交通總長 文昌範

      【宣誓文】
      尊敬し熱愛する我二千万の同胞国民へ
       民国元年三月一日、我大韓民族が独立を宣言をしたときから男女老少、あらゆる階級、あらゆる宗派は勿論、一致団結して東洋のドイツたる日本の非人道的暴行下で極めて公明に極めて忍辱し、我民族の独立と自由を渴望し、実思と正義と人道を愛好する国民性を表現したので、今、世界の同情が翕然と我国民に集中したのである。此時に当って本政府が全国民の委任を受けて組織されたのである。本政府が全国民と共に専心して戮力し、臨時憲法と国際道德の命ずるところを遵守して、国土光復と邦基確国の大使命を果たすことをここに宣誓する。
       同胞国民よ、奮起せよ。我らの流した一滴の血が子孫万代の自由と福栄の価である。神の国の建設の貴い基礎なのである。我らの人道がまさに日本の野蛮を敎化するであろう。我らの正義がまさに日本の暴力に勝るのである。同胞よ、起きて最後の一人まで鬪うべし。

      【政綱】
       一、民族平等、国家平等及び人類平等の大義を宣伝すること
       二、外国人の生命財産を保護すること
       三、一切の政治犯を特赦すること
       四、外国に対する権利 義務は民国政府と締結した条約に依ること。
       五、絶対独立を誓図すること
       六、臨時政府の法令を違越した者は敵と認めること
      大韓民國 元年 四月 日

       
      出典:名古屋大学法政論集
       [韓国臨時政府憲法文書における国家構想]國分典子
       http://jairo.nii.ac.jp/0002/00024276/
      ※出典での朝鮮漢字はnamuが修正

      1. うわぁ!! 致命的なミスが・・
         誤:【大韓民国臨時憲章宣布文】(1910年10月)
         正:【大韓民国臨時憲章宣布文】(1919年10月)

        1910年と1919年じゃ大きな誤解を生んじゃうよねぇ

  8. 外務省アジア大洋州局に日韓請求権関連問題対策室を設置したらしいけど、国際裁判に訴える以外に、何か適切な対応するかな?
    河野外相だから、従来の日本政府とは違って、何かやる可能性もあるんだけど。河野太郎はマトモだけど、外務省はボンクラだからなぁ。

      1. 一般の日本人は歓迎だけど、それは韓国に対して制裁にならない気がする。日本の景気も冷え込ませるだろうし。

        もっと韓国の喉元をしめつける方策ならやりそうだけどね。ただ、そろそろ米国発で韓国に経済攻撃が始まりそうで、実際に始まったら、日本の対処より先にそっちで音を上げそうなんだよね。

    1. 今回の反日三連発(観艦式、慰安婦財団、徴用工)はいくらなんでも異常過ぎはしませんか?
      韓国ではなく北朝鮮発の動きのように思えてなりません。年内年内と焦りまくりの「線路は続くよ平壌までも計画」と連動した動きではないかと勘繰ってしまいます。
      韓国よりむしろ北でなにか起きているのでは?
      まあ韓国の場合異常行動が常なのでなんともいえませんが。
      韓国を懲らしめる必要はあるのでしょうが、早急に追い込みをかけるのではなく、ジワジワと責めて韓国の反応を見たい気がします。
      さらに日本をブチ切れさせるような動きをするようなら、北の策謀の可能性が高いように思います。

      1. 北朝鮮絡みなのは間違いないだろうね。
        ムンジェインは日本を攻撃しているのではなく、韓国を国際社会で孤立させて北朝鮮に吸収させようとしているんだろうね。韓国人はバカだから煽動に乗ってしまった。
        初めはムンジェインも独自の外交してたけど、今は北朝鮮の要望通りの外交しかしていない。なぜ変わったのか理由は不明だけどね。

  9. スミマセンが、雑談エントリー3が一杯で書き込めないので、こちらに書かせていただきます。

    原爆バンザイTシャツを着用した反日Kpopアイドルグループ「防弾少年団(BTS)」が2018年紅白歌合戦に出場内定という報道に対し、高須クリニック院長が怒りのツイートを行って反響をよんでいるとのことです。

    例年11月に紅白出場者は発表されるとのことですが、もし内定が事実なら、今からBTSを排除するとNHKが損害賠償請求される可能性もあるのだとか。それマジ?

    契約書を目を皿のようにして読み返し、そのようなことがないよう処理してもらいたいものです。ただ、裁判に持ち込んでKpopをとことん引きずり倒してくれるんなら、NHKを応援しますが。

    1. 韓国人出場枠をなくさない日本放送協会。
      広島市民、長崎市民、戦争被害者、遺族、日本国民の感情を逆撫でながら、受信料をムダ使い。
      韓国芸能人の荒稼ぎに加担し続けるつもりなら、もう受信料は払わない。高すぎるしね。

    2. この原爆少年?に関して最新の楽韓Webのスレタイ「韓国人「日本人が嫉妬している!」→防弾少年団が原爆Tシャツを着たことを非難している理由だそうです」というのがあるのですが、ここで「嫉妬」する意味・感性が日本人にはわかりません。
      シンシアリーさんなら、わかりますかねー?
      スレで幾つか意見がありますが、日本人には馴染みが無さすぎて想像の域を脱しません。
      本当に意味不明!

      1. 私はシンシアリー氏ではありませんが(笑)、楽韓webの今日のスレッドを読んで同じ疑問を感じました。そこのコメント欄にもありましたが、「日本人に嫉妬させたい」という願望欲求が強すぎるから、こんな認知の歪みが生じるのかなーと思ったり。楽韓氏も、このズレっぷりについては上手く言葉にできないと述べていますね。

      2. >「韓国人「日本人が嫉妬している!」

        韓国人は子供の頃から日本人に対して「悔しい」という怨念を、最近は生まれながらに強烈に持ってるとの事ですよ。
        悔しい人から文句を言われると「嫉妬」となるのが、韓国人特有の負けん気と言うか。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

日本語が含まれない投稿、外国からの投稿はできません。スパム対策です。申し訳ありません