ブログ10周年のご挨拶・「日韓比較論」新刊2作のご紹介

 

 

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お陰様で、また、新しい本のご紹介ができるようになりました。まことに、作家として身に余る光栄です。

まず、日韓比較論3作目、「なぜ韓国人は借りたお金を返さないのか」です。タイトルに「か」が5回もでてくるスグレモノです(笑

着物の美しさを話し合うのが日本人で、着物の値段を話し合うのが韓国人であること。そういう日韓の差から現れる、本書は「品位」の話です。韓国では『格』という字が、まるで上下関係を表すようになっていますが、私は、「品位」や「品格」という言葉は、他人との比較やランク付けの意味ではないと思っています。お金で品位とか品格とかの話になると、どんな形になるのでしょうか。大金持ちは品位があるのでしょうか。そうではありません。それは違います。

日本に来てから、私は、韓国では見いだせなかった『平等』の価値観を感じました。それは決して他人との比べ方や、お金の絶対額で見えてくるものではありません。共産主義などで言う平等とも違います。韓国には無かった、その平等の概念。それこそが、人とお金の間に存在する共存関係に絶妙な品位を作り出している。そんな内容の、いわば日本人の品位に関する本です。

AMAZONリンクはこちらになります。2月10日発売です。

なぜ韓国人は借りたお金を返さないのか~韓国人による日韓比較論~

前のご紹介エントリーはこちらになります。たくさんのコメント、ありがとうございました。

 

 

また、日韓比較論2作目となる「人を楽にしてくれる国・日本」が、大幅な追記とともに、「新書版」として新しくなりました。

姪の病気の話を聞いたときの、私の「中」の動揺と、そのときに、私が思ったこと。その中で気づいたこと、私が書きたかった「楽」という言葉の真の意味などを考察し、追記いたしました。

他の本に比べて、日本に来て私が感じた「神様」関連の話が多くなっています。

アマゾンリンクは、こちらになります。3月2日発売です(今気づきましたけど、公式発売日は3月1日で、31運動100周年記念日の発売となりましたw)。

人を楽にしてくれる国・日本~韓国人による日韓比較論~ (扶桑社新書)

 

はじめてシンシアリーのブログを始め、「ニュ-コリア」を載せるようになったのが、2009年です。ブログ10周年となります。

昨日気づいたのは秘密です

その10年間、歯科医師とかブロガーとかではなく、人間一人として、ずいぶんと変わった道を選び、しかも結構「遠く」まで来れたものだな・・な気もします。

すべて、本ブログあってこそのもの。

読者の皆さんに、心から礼を申し上げます。これからの10年、また頑張ります。

 

 

 

 

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61 Replies to “ブログ10周年のご挨拶・「日韓比較論」新刊2作のご紹介”

  1. 早速アマゾンキンドル版で読ませていただきました。シンシアリーさんが書かれている韓国人的な部分は、ある場面では日本人である私の心の動きにもあったりします。シンシアリーさんの日韓比較論は、韓国人のダメな部分を描いているようで、人間一般に共通するダメな部分も、描いてると毎作品、感じます。読後、自分を律するきっかけになります。「他人と共に生きようとせずに、他人より上に立とうする心理」たしかに私にも少なからずあります。本の主旨がはずれるかもしれませんが、どこか最近の日本人が忘れてしまった日本人の良さを感じることができました。次回作も楽しみにしています。ありがとうございました。

  2. もうそんなになるんですね。
    10年、お疲れ様です。
    そして、これからも頑張って下さい。(これも一つの仕事になったので、この言い回しはおかしいかもしれませんが)

  3. こんにちは。新刊get。まだ出先ですが、今晩からゆっくり読みます。

  4. 10周年おめでとうございます。
    楽しく興味深く読ませていただいてます。
    お身体に気をつけて執筆活動を頑張って下さい。

  5. 10周年おめでとうございます
    オメデトウ(^▽^)ゴザイマース

  6. >信楽焼の狸さん
    こしひかりは、自主流通米制度によって、
    日の目をみることができたお米なのですよ。

    他の作物と違って、お米だけは農家の人が品種改良しているのではなく
    国家が品種改良しているのです。(いちごやみかん等の品種改良は、民間でやっているけどね)

    お米は、国の品種改良実験農場で誕生したあと、数年系統の育成を続けて、その中の優秀な品種を
    農林省に登録。で、全国各地の農場の実験場で育成し、各県ごとに推奨米を選定します。
    コシヒカリは新潟で生まれて、福井に養子にだされ、11年かけて系統育成し農林省に登録。
    その後は全国の農場の実験場に配布されるも、新潟県を除いて全部不可を喰らった米です。
    不可をもらった米は、農家には配布されません。
    それで新潟以外ではコシヒカリを作っていなかったのですよ。

    コシヒカリの誕生は1944年新潟県長岡の潟県農事試験場(農林省指定水稲品種育成試験地)で、生みの親は高橋浩之主任技師
    開発者は、病気に強く丈夫で育てやすいお米の育成を目指したら、
    真逆の病気に弱く、倒れやすい米ができた。
    戦争激化で、種を保存して封印。高橋さんは転勤でよそにいった。

    そして新しく福井県に福井農事改良実験所ができ「いらない種があったらください」というので、
    後任の人は後のこしひかりの種をあげてしまった。
    栽培した3,000個体の中から65株を選び出し、このうち20株を引き継ぎ。
    福井農事改良実験所の石墨慶一郎氏さんは、それを11年もかけて品種改良し、
    1956年に農林水産省に登録。「農林100号」と、越後(新潟)と越前(福井)に光輝く米として
    こしひかりの名前をもらいました。
    福井試験場の石墨研一郎さんはこしひかりの他に、こしじわせや、いくつかの優れたお米を品種改良して
    国から賞状をいただいています。生みの親の高橋さんは、こしひかりののちの栄光を知らずに
    56歳の若さで病死されたとか。

    1. >信楽焼の狸さん 長いのでわけます。

      昔は、日本には「配給米」と「政府徳用米」の2種類しかなかったのですが
      そしてお米の品種改良は、農林省の管轄で専門の役人によって行なわれているのですが、
      戦後、時代とともにお米がとれすぎて、完全に米余りになることがわかっていて、
      それで「ブランド米」という、自主流通制度が、1970年からスタートすることが決定。

      おいしいお米を高く売ることで、農家に競争が始まることになり、
      新潟の試験場のトップの人がこしひかりの味に惚れ込んで、みんなの反対を押し切って
      新潟県の推奨米に指定。けど、あまりにも育てにくいので、農家から不満続出。
      トップの人は責任をとって辞職されたとか。
      で、魚沼郡の青年農家の人がコシヒカリの味に惚れ込んでいて
      彼が周囲の農家を説得して、頑張ってコシヒカリを生産。

      そして1969年自主流通米スタート。日本橋高島屋で、ブランド米第一号のコシヒカリが販売され
      あっというまに完売。「ブランド米第二号の宮城県のささにしき」を大きく引き離して
      日本全国の農家の作付け面積で圧倒的なシェアをとりました。

      現在では、実は新潟県ではこしひかりを作っておりません。元々米の品種改良は約10年で寿命なのだとか。
      私たちが現在こしひかりと呼んでのは、「こしひかりBL12」
      初代こしひかりのDNAを受け継いでいるものの植物学的には別の苗だそうです。
      商業的には、こしひかりBL米も、コシヒカリの名前で売っているので消費者には見分けはつきませんが。
      病気に強くて育てやすくおいしいお米を品種改良し続けているのです。
      もっともコシヒカリBLではなく、原種コシヒカリに拘っている農家もあるっちゃあるようよ。
      で、こしひかりを越えたといわれる「夢ごこち」とか、どんどん新ブランド米も開発されてるそうな

      福井県農業試験場
      ttp://gigaplus.makeshop.jp/greenup4/img/top/report/report-130710-fukui-nogyo-shikenjo.pdf

      1. ごめん。コシヒカリを最初に売ったのは
        日本橋高島屋ではなく、日本橋三越だったかも。

        2017年に福井県は、新銘柄「いちほまれ」を
        首都圏の大手百貨店9店と福井県の150カ所店舗で販売だとか。

        私の好きなお米はコシヒカリですが、ぜひ新銘柄にも
        チャレンジしてみてください。
        お米の品種改良技術は、日本の誇る最先端技術なのです。

        1. >信楽焼の狸さん
          ちなみに新潟がおいしい米づくりに拘ったわけ。
          戦前は、新潟を含む北国のお米はまずい事で有名だったのです。
          「とりまたぎ(マズ過ぎて鶏も食べずに跨ぐ)」といわれていました。
          それで自主流通米制度の開始に危機感をもって、当時の新潟県知事が
          「新潟県をおいしい米どころにする」をスローガンに。
          ※この県知事はのちに汚職発覚で辞職

          福井県を含めて(不可)をくらっていたコシヒカリを、新潟県は推奨するも
          農家から不満続出(倒れやすい米だった。あるタイミングで追肥することで倒れない。けど、手間もお金もかかるし、育てにくい)
          けど、たった一カ所、新潟県魚沼郡の農家だけが
          「今、おいしいお米を作らないと、自主流通米制度が始まったら自分たちは生き残れない」
          とコシヒカリに拘った。自主流通米制度の1969年以前に、コシヒカリを育成したたのは新潟魚沼郡だけだった。
          福井県でさえ作ってなかったのですよ。
          そのおかげで、コシヒカリ=魚沼産のブランドイメージも定着したのです。

          「日本のお米がおいしいわけ」は農林省の中の人達と、農家の人達がおいしいお米を作るのに必死だったから。
          ちなみに1944年のコシヒカリ誕生には、長崎の女学校の女子挺身隊のお姉さんも手伝っています。
          高橋主任技師以外の部下の若い男は戦争にいっていて、田植えや稲刈り等、手伝ってもらってたそうな。

      2. 個人的には炊き立てはコシヒカリよりササニシキのほうが遥かにおいしいと思います。冷めたらコシヒカリだけどね。
        さらにコシヒカリは、産地によって味が全然違って、千葉のはとてもおいしくないです・・・。

        ことし秋田旅行で現地の食堂で食べたあきたこまちの旨さはちょっと忘れがたい。東京で食べると旨くもないのにね。

        1. >七誌さん
          実は私も。ちば産のコシヒカリを買ったら
          おいしくなかった(千葉の人ごめん)

          産地もあるんですが、その年の気候もあるのです。
          新潟の農家の人から、コシヒカリを別けてもらったんだけど
          「今年のできは悪いから余りおいしくないよ」
          高温が続くと育ちが早すぎて、アミロースが増えるんだって。
          で、米のうまいまずいを左右するのが
          アミロースだそうな。
          で、コシヒカリはこのアミロースが少ないのだそうです。
          餅米はアミロースはほぼないとか。

          こればっかりは、同じ田んぼで、同じ人が育てていても、その年の気候で、味も収穫量も大幅に変わるけど、どうしょうもないことだそうです。
          それでも新潟の農家の人から直接もらったお米はおいしいです。

          東京で同じ米がマズいのだったら、お水を変えてみては?
          私は色々なミネラルウォータで試したけど、かなりおいしくなりますよ。けど、いろはす だけは辞めたほうがいい。
          米がいろはす味になりました。あれはフレーバー水だった!

          1. あったかごはんに、お漬け物
            お茶漬けもいい〜(お茶にはうま味成分のアミノ酸が含まれ、おいしさが増すのだとか)
            にぎりめしだと、中に鱈子やしゃけ、昆布も最高(愛情も入ってたり)
            たまには、ちょっと醤油をたらし、卵かけごはん、おいしいよ〜

            ごはん、行こ!と誘い
            いただきます、ごちそうさま、と感謝して

            田園風景に郷愁を感じ、一面金色に実った稲穂に喜びを感じ
            日本人で良かったと…

  7. 10周年おめでとうございます。

    初めてシンシアリーさんを見かけたのが2ちゃんねる。
    指摘されたり、反論されれば訳の分からぬ理屈を述べてくるコリアンの中で、珍しく冷静で丁寧な返答をしてらしたのが印象的でした。
    随分と情勢が変わりましが、シンシアリーさんのような人は、やっぱり少数派と言わざるを得ないのがなんとも。

  8. 10周年おめでとうございます(*´∀`)
    記念の特別企画として一日だけ税務署さんを復活させるとか……ダメ?(←税務署さんファン)

    私がこのブログを知ったのは数年前ですが、遡って8割くらいは目を通したんじゃないかと思います。
    穏やかな紳士でありながら、内に激しさを秘めた貴方。
    いつか貴方が自分にかけた呪いは癒されたでしょうか。
    呪った相手共々地獄に落ちてやると言った貴方。
    曇る心が晴れますように。
    嫌なこと以上に、幸せな事がたくさんありますように。

  9. 10年前というと李明博政権でまだ反日が大人しかった時期。
    ノムたんが投身自殺されたのもその頃ですね。

    嫌韓とかヘイトスピーチという言葉が生まれつつあったけど
    そこまで目立ったものではありませんでした。
    まだ韓国の特殊性が目立つようなこともなかったし。

    というか日本は民主党政権でそれどころじゃない状況。
    ポッポが総理大臣になったりと恐ろしい時代でした。
    当時の日本も韓国笑えないレベルで狂ってましたね。

    十年前の時点で韓国がここまで加速しちゃうとは
    嫌韓層ですら予想できなかっただろうなあ……。
    円高と震災で卑日化が進んだのが要因なのかな。

  10. 初めて書き込ませていただきます。
    すでにご存じのことかもしれませんが、「日本のお米」についてです。
    「コシヒカリ」誕生当初、日本はコメ不足の頃からの配給米制度が続いていました。どんなおいしいお米もそうでないお米も同じ値段で買い取られ、定額で販売されるのです。コシヒカリがおいしいとわかっても、農家の方の多くは自家消費用にコシヒカリを栽培するところはあっても、主力は多収量の、味は度外視したお米でした。
    しかし、中には全部コシヒカリを栽培する農家もいらっしゃいました。彼らは「どうせ食べるなら、おいしいお米を食べてほしいから」と言ったそうです。
    やがて生産者の「おいしいお米を食べてほしい」と消費者の「おいしいご飯を食べたい」が結び付き、自主流通米が誕生、安いだけで味覚に劣る配給米(標準価格米)は淘汰されていきました。
    結局、そんな少数の農家の真心がなければ、シンシアリー様が感じられた、日本のご飯はおいしい、ということにはならなかったのかもしれませんね。

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