韓国に行ってきました2019年版

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ただいま、帰ってきました。

さて、それっぽい韓国旅行記を書きたいところですが、全般的には去年と同じことばかりでした。

日本での暮らしに体がまた1年分慣れたみたいで、タクシーに乗ったときの「揺れ」、食べ物の「辛さ」に対する抵抗感は、確実に去年より強くなっていました。特に「熱くて辛い」類の料理は、もう食べられない気がしました。

 

(ここから「続きを読む」の後になります)

その中で、今日は、住宅街から「閉鎖」された感(閉塞感)を強く覚えたことを、書いてみたいと思います。

久しぶりに、韓国の地方都市(どことは書きませんが、ソウルではありません)の住宅街を歩くことになりました。

韓国人はとりあえず高層アパート団地(高層マンション団地)が好きで、住宅街はどことなく庶民っぽいイメージしかありません。まずはこの認識が日本との大きな差であると言えましょう。

 

この写真、いまの30代以上の人たちからすると、絵に描いたような典型的な韓国の住宅街ですが・・

今回は、前には感じなかった、妙な閉塞感がありました。

 

理由は簡単で、見上げない限り、家が見えません。車の駐車問題、門(正門)が無駄に大きいからです。

 

まず、車の駐車問題です。

左側を見ると、車庫がある家でも、車庫には車を停めないことがわかります。なぜなら、車庫に車を入れて駐車しても、その車庫の前に別の車が駐車してしまうからです。

 

次に、門が大きすぎます。しかも鉄製のものがほとんどで(すぐ錆びつきます)、かなりの威圧感です。韓国では家の正門を「大門(デムン)」と言います。確かに扉は大きいですが、いざ家そのものは、そんなに大きな住宅ではありません。

なぜこんなに「門」にこだわるのが伝統的な形になったのか・・大して大きくもない家の門をなぜ「大門」と呼ぶのか。これも「体面」の現れなのでしょうか。しかも高くて厚い壁が続いていて、家の上の部分が見えるだけです。

 

そして、(写真はソウルでタクシーの中から撮ったものですが)住宅街だけでなく、どこに行っても、「遠くが見えません」。空気が悪いからです。

25、26日はそうでもありませんでしたが、27日は「ソラ」といえるものが見えませんでした。これがまた、妙な閉塞感を作り出しているのかもしれません。

日本の住宅街で2年暮らしただけなのに、こうも前とは感じ方が違うのかな・・と、自分でも驚きました。それとも、いままで私が鈍感だっただけでしょうか。

 

今回は姉の手料理の写真はありませんが(どうしても時間が足りなくて、外でランチだけでした)、やっとこ他の家族、特に姉と姪にも会えたし、親の墓参りもできました。

ブログ留守にした分、明日からまたがんばります。でも、いまから寝ますので、朝(28日)の更新はちょっと遅れるかもしれません。

 

 

 

 

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55 Replies to “韓国に行ってきました2019年版”

  1. ぉ、お帰り。
    祖国の印象が変わったとのことだが、それだけ我が方に順応していることの証だろうと思う。これに良し悪しはないが、後になって何か失ったと気づくこともある。その時々に応じて気づいた時の衝撃の度合いが違うが、ま、それは歳を重ねたということにして深くは考えないようにはしている。

    ところで、お墓参りは大切だな。
    心で思うことでも大丈夫なんて話も聞くが、やはり参ることが
    一番だと思う。お主は偉いな。土産話を聞かせてやったか?

    因みにだが、日本では仏様が帰ってくる日があって、一緒に過ごすことが出来る。仏様が帰ってくると、空気が穏やかになる。ちょうど季節が秋にさしかかる時でもあるので、そう感じるのかもしれない。仏様は元気なお主に会えることを楽しみにしていることと思う。

  2. 関東の普通の住宅街では壁をフェンスにして中が見えるようにする家も多いです。以前は中が見えない壁だったのを、フェンスにしてツタやバラを這わしたり樹木を植えられた家もありました。防犯上、中が全くみえない中途半端な高さの壁はかえって危険という考え方です。

  3. シンシアリーさんにとって韓国は帰る場所でなく、行ってくる場所になったんですね。
    日本を好きな方の帰化なら日本人は歓迎でしょう、まだ先の事かもですが。

  4. お帰りなさいませ。ご無事で何よりです。
    塀ですが、ぱっと見で家からの距離を思うと日当たりや風通しがあまり良く無さそうに感じます。でも御地域によっては防寒重視だとかって事情があったりしませんか。門は薬医門や車寄せを連想しますね。……防御重視かも。火事の延焼や突っ込んでくる車に対して効果高そうですよ。

    塀が高いのは不信感が強いから、という話もあるようです。その話で対象にしているのは2mを越える様なもっともっと高い塀でしたけれど。

    この位は本邦でも見られる高さとも思いますが、これが続いているのはちょっと重たい感じがしますね。庭木の緑がある季節だとまた違う感じになるでしょうか。同じ高さなら隙間を設けてある垣根や生垣の方が好ましいです。

    鉄の門の錆は塗り替えしか無いですね。頻度は五年から十年ごと位かと思うんですが、すぐにと言うともっと早く錆びちゃうんですかね。

  5. 一度くらいは周辺の国を訪れてみたいのですが、なかなか機会が取れず、歳を重ねていくと自分の心理的なハードルもちょっとずつ上がってる気がします。なので、こうした何気ない風景も新鮮で楽しいです。

    1. シンシアリーさん、だんだん日本に馴染んで来られているようですね。まだ独身とお見受けしますが、そろそろ身を固めるのも良いのでは。韓国女性、日本女性ともども素敵ですよ

  6. 東京の空と比べると霞んでますね。 韓国政府は気象データを持ってる日本を巻き込んで中国に問題をすべて押し付けようとしている感じがしますがそんな単純な話なんでしょうかね。

  7. 日王は韓国の日本観を象徴する概念であり、
    日王と天皇は決して同義ではありません。
    二つの言葉を混同する考え方には反対です。

    1. レス先を間違えたけどまあいいや。
      法王と教皇のどっちの呼称が適切かとか
      そういう類の問題じゃあないわけで。

      王であることに大きな意味があるかと。

  8. タクシーに乗ったときの揺れってのは、「道路の舗装に問題があって」みたいな?「自動車のサスペンションがダメ」みたいな?

    どっちだろ?

      1. 七誌さん

        返信ありがとう。
        舗装はダメそうだなぁと思っていましたが、運転のせいでもありますか。

        ま、どっちも「韓国人が関わっているからダメ。」で終わってしまいそうなネタではありますが。

        1. 大分前の話ですが、釜山では、片道2車線の道路を、2台半並んで走っていました。

          あとの半分は、歩道の上。

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