見たこと無いまま

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ある画像を1つ紹介します。

ある種のコピペみたいなもので、いくつかのバリエーションがあり、モザイクの部分には「町」、「(マンションの)同じフロア」など、コミュニティーを意味する言葉が入ります。一時、マンションのエレベーターなどによく貼ってあったそうです。

こう書いてあります。「うちの◯では、ほとんどの子供たちがお隣の大人たちに挨拶をしません。その理由は、学んだことはあるけど、見たことが無いまま育ったからです」。

大人同士で、まずはちゃんと挨拶しましょう。子供たちが見ています。そういう趣旨です。

 

(ここから「続きを読む」の後になります)

旧ブログのとき、確か、韓国人は「配慮とは、他人が私にやるものであり、私が他人にやるものではない」と思っている・・そんな内容を書いた時だったと記憶しています。

「韓国の学校では、配慮すべきだとか、そんな内容を教えないのか」という趣旨のコメントがいくつもありました。

 

韓国は、教育熱がものすごい国です。いくら大学入試メインで教育が行われると言っても、幼かった時、学校で「他人に配慮すべき」「約束は守るべき」という内容はちゃんと教えられます。

しかし、それらの教えが、子供の中で「ああ、そうか。そうするべきなのか」と残ることができません。

いろんな理由があるでしょうけど、この「見たことが無いから」というのは、なかなか的確な指摘ではないでしょうか。子供は大人を見て、そのままを学びます。

 

子供にとって、学校で学んだことを、実生活の中で「見たこと」が無いとなると、その教えは「理論上のものにすぎない」ことになります。その教えが人の「身につく」ことは難しいでしょう。

「学んだことはあるけど見たこと無いまま育つ」。

挨拶だけでなく、様々な韓国の社会問題、いわば「積弊(本当の意味での)」にあたいすることではないでしょうか。

 

 

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72 Replies to “見たこと無いまま”

  1. >みっちゃんさん

    そもそもが、大枠での男性と女性とでの気質の差はあります。女性は、他者へ向かう暴力より、内に向かいますからね。矛盾しているようですが、自分をリスカ等で傷つけてみたり、ODに走ってみたりというのも、一例になるでしょう。

    そういうことではなく、何故、あえてDVのような特殊な状況下を例に出したかといいますと、子供は大人より、はるかに出来事に対する感じ方が大きいのです。同じ出来事であっても、大人にとっては大したことではないと感じていても、子供にとっては、衝撃的なものに感じるというのは、お子さんをお持ちの人は、経験あるんじゃないでしょうか? 同じ怒られ方でも、その衝撃度は大人と子供とでは、倍は違うという学者もいます。

    また、朝鮮人の特徴として、彼らは感情の起伏は、我々日本人のそれよりも激しいですよね。このタイプの人間は、やはり物事に対する感受性が高いと心理学的には分類されます。そして、心の平穏を図るために、そういうタイプの人間は、周囲の変化に機敏になります。だから、彼らは一喜一憂するでしょ?物事を受け止めるときの衝撃が大きいんですよ。

    ただでさえ、子供の感受性は高いことに加え、そもそもの気質もそうであれば、ある種の出来事に対して、アラートが鳴り、脳のスイッチが勝手に入り、生き残るために進化の過程で獲得したプログラムが、自動で走るため、刷り込みのようなことが、起こりやすくなるんじゃないかと、ここで問題提起している訳です。

    子供は大人より死にやすいですから、種が生き残るためには、感受性が高く、スイッチが入りやすい状態であることは、理にかなったプログラムだと言えるでしょう。
    そして、これは誰にでも備わっている脳の機能です。進化の過程で生き延びるのは、優秀なものではなく、多様性のあるものですからね。

    だから、シンシアリーさんは半分正しいんですよ。という話がしたかったんです。

    気質を否定してるわけではなく、そもそものお題は、子供はどこまで受け身か?というところに焦点を当てての話なので、そこはご理解ください。

  2. 匿名2号さん
    ノブスケさん

    >心が屈服するかしないか、それこそ個人の資質によるものではないかと思うんですよ…
    >だから、それが性質ってことでしょ?

    性質より、マインドコントロールの技術的なクオリティに大きく由来すると、自分は考えます。
    DVのような特殊な状況下では、被害を受けている側は、自分の生存が脅かされてると感じます。そういう場合に、アメとムチを使い分け、本人の価値観を否定しながら、肉体的精神的に追い込み、DVする側に都合の良い反応をした時だけ、全力でそれを肯定すれば、生存本能に由来する心理作用だけに、被害者側は無自覚なうちに刷り込まれる確率が高いです。

    ノブスケさん流に言えば、そういう性質を持っていたからだろ?と言えば、その通りです。しかし、人間誰しも、その性質を色濃く受け継いだかどうかの違いこそあれ、大概の性質は持ってますよ。本人が自覚していなくとも。

    DVは極端な話ですが、生存本能に由来する心理作用なら、生まれ持っての気質や、無自覚に行われる、過去の体験や経験から培われた価値観や観念に基づく、行動様式をも覆すこともあるという例で挙げてます。

    他にも書きたいことがありますが、取りあえずこれだけ書いておきます。

    SSD換装に手こずって涙目になっているので、返信は遅れると思います。すみません。

  3. 見たことがないから…なのか

    (国家の中枢が嘘つきなのを)見せているから…なのか

    社会を支配する空気、社会通念。
    吐いた嘘が空気を汚しているんでしょう。

    それを吸い続けた民衆も知らぬ間に汚され、自らも毒を放つようになる。それがまた、社会の空気を汚していく。

  4. このエントリーのテーマは、
    「良い事をするように」という教育において、
    「机上の空論」を教えられる事に終始して「実例」に触れられない韓国の子ども、
    がメインですね。

    「きちんと挨拶しましょう」という標語を示されるだけで、
    「きちんと挨拶している大人の実例」を、
    「見たこと無いまま」育つと、
    「きちんとした挨拶が、何だか分からない」

    「良い行ないの実例に触れられない国」ですね。

    ※「韓国における良い行ないとは『日本を貶めること』なんですよ。あなたはそれを理解するべき」というレスは、ご遠慮くださるよう、関係者の皆様には、お願いいたします。

  5. 画像を私なりに読んでみました(辞書も使って)
    感想としては、まるで小学生並みの文章力ですね。

    私はEVで小学生と乗り合わせても必ず「おはようございます」「こんにちは」と挨拶します。
    例えブラジル人や黒人の少年でもおなじです。
    それで、ちゃんとした返事が返ってきたら、
    「ちゃんと、ご返事ができて偉いね」とほめてあげます。
    ほめられて、いやな気分になる人はいないでしょう。

  6. 最近私が気に入ってる遊びが一つあります。
    バスでも電車でもベビーカーの赤ちゃんに、
    母親の目を盗んで、「ニカー」っと笑い掛ける。
    元々人相が悪いのでので鏡で随分練習しました。
    赤ちゃん(子供)が笑い返す確率はかなり高いです。
    母親にばれると変態のようなので即中止。
    成功した日は一日ハッピー。
    笑い返してくれた赤ちゃんの未来に幸多かれ。

      1. 最初の説明に書いてあります。
        ただの「ニコー」ではインパクトが薄いので、
        鏡で練習して「ニカー」にしました。
        他人の努力を適当に批判できる方とはこれ以上会話したくありません。

        1. すみません。
          最初の「人相が悪いので随分練習しました」を、「頑張って練習したけど、人相が悪いので『ニコー』にならなくて『ニカー』になってしまった」という意味の、自虐ギャグと読み取っただけです。
          批判ではありません。
          でも、気を悪くされたみたいなので、お詫びします。

  7. 仕事がら外国人船員と接する機会がしばしばあります。
    私見ですが、船員という限られた職業で極東3カ国の国民性を眺めると

    中国人:攻撃的で激しく口論しますが、あと腐れはほとんどありません。多分恨んだり復讐したりという考えが少ないのだと思います。
    日本人:お互いに配慮して、対立することはほとんどありません。しかし、いったん関係が悪化すると後ほど仕返しをしたり影で相手を攻撃したりします。
    韓国人:攻撃的で、相手の国籍に関わらず他者を非難し、また自分が非難された時は反撃します。暴力沙汰もしばしば発生します。

    「恨」という観点で考察すると
    中国人は「恨」が少ない又は小さい。日本人は「恨」があるので、あらかじめ対立を避ける傾向が強い。韓国人は「恨」が強いにも関わらず、後先考えずに他者を攻撃して対立する。
    韓国人は日本人と中国人の悪い部分を合わせ持つ民族という感じがします。
    韓国人が最終的に他者と対立を避けるための行動(挨拶や気遣い)を大人がとらないことは、とても自然なことと感じます。

  8. >子供は大人を見て、そのままを学びます。

    そんなことはない。シンシアリーさんは教育・躾を受け身に考えすぎている。子供は無垢な存在ではない。
    子供にとっての教育とは、教えられるものをそのまま受け入れるだけではない。反面教師にする事もあり得るし、取捨選択もしてるんですよ。実はそれなりに個性にも結び付いた主体性がある。
    子供は大人を見て、行動の損得を判断しているんです。そのまま学んで身に付けているわけじゃありません。
    それに、日本では、同じ登下校時に、大声で挨拶する子供もいるし、挨拶しない子供もいる。それは大人の影響ではなく、その子供が大声で挨拶する事が気持ちいい場合に大声で挨拶するのであって、大人は無関係だよ。挨拶したくない子は、小声でするか、避けるようになる。これはその子の性質によるものだ。

    シンシアリーさんは根本的に人間を捉え間違っている気がする。
    日本人が他者を配慮するのは教育・躾のせいではありませんよ。韓国人はそうネットで書いてますが、バカだから分かってないのです。日本人にとっては、配慮した方が生き方として楽な事が多いから配慮してるんです。他人に迷惑をかけない事を躾けられていますが、これにはいろんな意味がありますが、衝突やトラブルに巻き込まれないでもあるんです。トラブル回避は完全に自分の為です。社会や他人の為じゃありません。
    韓国人は、羨望と嫉妬と美化で、分析をあほらしい程に歪めているんです。
    日本人が躾や大人の背中を見る事で、他者を配慮するというような面倒なことを一生継続してやってると思ってるんですか?
    逆に言えば、韓国人は配慮しない方が生き方として楽だからです。躾や大人の背中じゃないんですよ。真似だけしかできないなら、もう人間ではないでしょうに。

    配慮している限り(そこに見返りを求める気がほぼ無い場合)、接した方が気楽なもんです。喧嘩になって不愉快な思いをすることはありません。
    日本人は韓国人と違って、揉め事を起こして不愉快になったり、ずっと非生産的な恨み言で人生を台無しにするのが耐えられないんですよ。無駄な事は避けたいんです。
    韓国人は、揉め事を起こして不愉快になる方が、配慮するよりも気が楽なんでしょう?性に合うんでしょう?恨んでいる方が気が楽だからいつまでも恨んでる。それだけでしょうに。

    1. ノブスケさんへ

      >子供は大人を見て、そのままを学びます。

      自分は半分は正しいと感じています。

      例を出しましょう。
      父親がタバコを吸う家庭で育った子供が、将来、大人になった時、タバコを吸い始めたとしましょう。
      その時のタバコを持つ手や仕草、そういったものは、父親の仕草とそっくりなことが多いと言われています。昔、ノブスケさん自身もタバコ吸ってましたよね。どうでしたか?もし、お父様が喫煙者であったなら、火のつけ方、タバコの持ち方、吸い方、父親と一緒ではありませんでしたか?

      つまり、体験や経験を通して、無意識に刷り込まれるのですね。

      極端な話、DVを受けて育った子供が、大人になって、同じように暴力を奮ってしまうのは、その人格をゆがめる程に経験による刷り込みの効果が強いためです。

      彼らは頭じゃ暴力はいけないことを理解しています。好んで暴力をふるっているか?と言えば、むしろそれにより悩みを抱え込む人が多いです。

      経験や体験が本人にとって、衝撃が大きければ大きいほど、刷り込みの力は強くなると言われています。DV程じゃないにしても、意識してなければ、自分の意思とは関係ないところで、それまで蓄積してきた経験や体験に基づいて、行動の選択は行われます。

      ノブスケさんは子供のころから、出来が良さそうだから、あんまり親にガミガミいわれたことないかもしれませんが、まあ、得てして、子供の頃、あんな親にはならない!と思っていたとしても、同じことやってるもんですwこれも刷り込みの1つ。

      日々の暮らしは、意識していることよりも、無意識に経験を通して何かを感じてる時間のほうが圧倒的に長いです。

      悲しいかな、人間の持つシステムな特徴の1つとして、上記のような刷り込みを使えば、人為的にその人の人格を弄ることも技術的にも可能です。そして人格を弄る上で、当然、その人の観念や価値観を変えてしまうこともできます。(具体的な方法にご興味あれば、実体験として書きますが、あまり気が進みません。)

      もう半分の意識している状態での「そうしたいからやってるんだろ?楽で好んでやってるんだろ?」には、同感です。

      1. 親父はタバコ吸ってなかった。母親も。
        あのねぇ、確かに子供は初めは大人の真似はしますが、少しずつ自分に合ったやり方に改変していくんですよ。
        だから、性に合わないなら、やめる、、、。めんどくさいならやめる。そうでしょう?ずっと真似したままなら、それは性に合うからです。
        最終的には少なくとも80~90%は、自分に合わせています。それを教育の影響とするのは違うよ。

        そもそもシンシアリーさんは、言うなれば親日派の家庭で育ったから日本贔屓になったのかもしれませんが、他の日本贔屓の韓国人は同じような経験をしてきたせいでしょうか?
        逆に、日本の家電・文化に寛容な韓国人家庭が反日運動を楽しんでいる例は多々あるんじゃないかな?
        シンシアリーさんはシンシアリーさんの中で、幼い頃から得てきた情報から日本を判断して、今に至るだけでしょう?

        日本の庇護下で育ち、高等な教育を受けて立派な大人になりながら、敗戦後に日本と日本人をバカにし続けた朴正煕・金鍾泌の世代。あれはどう説明するんでしょう?あの世代は朝鮮人の大人達の背中も、日本人の大人達の背中も見て育ったはずですが???なぜああも嘘吐きで残虐になれるのか。それは彼らが自分達にあった生き方としてそうなっているのでしょう。それでも教育のおかげで戦後育ちの韓国人よりは優秀ですがね。

        1. ノブスケさんへ

          >それを教育の影響とするのは違うよ。

          教育なんて、大した効果はありませんよ。
          もしあるとしたら、体罰は効果があるでしょうね。体罰は体験そのものですから。体罰を教育と言っていいのかは、非常に疑わしいですが。

          そうではなく、

          性に合うか合わないかは、おっしゃる様に、最初は親の真似から始まりますが、その後は、それが成功体験になったかどうか?じゃないですかね。それを肯定的に見てくれる周囲の人間の反応、それを踏まえて本人がどう感じるかは重要になってくると思います。気質の影響は当然ありますが、成功体験となりえるかどうかに、親の果たす役割はやはり大きいです。豚もおだてりゃ木に登るのですw 勿論、長い年月かけて培ってきた習慣でも、親元を離れれば、行動選択や考え方・感じ方において、気質のほうが勝ってしまうことはあるでしょう。しかし、朝鮮人のそれは、そんなに矯正できないほど著しく酷い偏りかな?ノブスケさんはそう見ているのかもしれませんが。

          で、先にも書きましたが、人は無意識で選択するもののほうが、遥かに多いです。その選択の基準となるのは、経験や体験を通して培われてきた価値観や観念です。幼少期の無数の経験や体験をどう感じたかは、親の影響は計り知れません。その後、成長するに従い、親が友達になったり、尊敬する人になったり、社会の反応になったりと、変化しますが、人との関りあいで、自己を見出すのが人間だと思っています。人は齢を重ねれば重ねる程、気質よりも、経験や体験を通して培われた価値観や観念のほうが、影響力を増すと考えます。

          朴正煕・金鍾泌の世代について言うなら、あの民族は依存心が強いですからね。立派な絶対的な存在だと信じてきた保護者が、ある日、突然に力を失い、自分の下からいなくなれば、心の安定を図るために、それを全否定しなければならなかったというのは、決しておかしな話でもないですけどね。力を持たない反撃しない相手には容赦しないというのは、本能的動物的とも言えるかもしれません。

          新元号の発表と個人的にSSD換装が控えてるので、返信は夜になるかもしれません。

          ノブスケさんも元号気になるでしょ?w
          一端、議論は中断中断。

      2. 匿名さんへ

        >極端な話、DVを受けて育った子供が、大人になって、同じように暴力を奮ってしまうのは、その人格をゆがめる程に経験による刷り込みの効果が強いためです。<

        痛さを知っているから、暴力を振るわない場合もあるよ〜
        ^_^

        1. 傾向の話として、DVを受けて育った子供のほうが、親になってから同じように暴力をふるう割合が顕著に多いという意味です。

          つまり、相手を支配するための暴力を嫌いながらも、心とは裏腹に脳は本質的に有効な方法だと、学習してしまっているということが言いたいのです。意志と行動が伴わないということの例として挙げています。

          1. それ、寅ウマー

            個人と国民性とか繋がっていて繋がってない、でも連動しているようであったり、なんとも難しいものですね。

          2. だから、それが性質ってことでしょ?

            そもそもその統計は遺伝による差を取り除いていないし、子供が判断の中で、暴力を合理的と考えている事が無視されている。暴力を受ける側の子供が、自分が従わされた事によって、暴力が人を従わせるには合理的と脳が判断しているんだよ。
            暴力を見て、受けて、どう判断するか、そこは子供の性質に委ねられているじゃないか。
            言えば分かるのに、暴力を軽蔑している判断に至った子供は暴力を振るう大人にはならないよ。うちのオカンもそうだし。
            常に人間は足りない脳味噌で判断しているんだよ。その判断は無意識下でも行われている。意識に揚げて選択的な行動をしているだけではないのだよ。
            多くの人間は自分の無意識下での選択的行動を理解してないから、他人が何を考えているのか、他人や自分がなぜ嘘を吐くのか、不愉快になるとわかっている事をなぜやめられないか、そういうこともわからないで生きている。

          3. >相手を支配するための暴力を嫌いながらも、心とは裏腹に脳は本質的に有効な方法だと、学習してしまっているということが言いたいのです。意志と行動が伴わないということの例として挙げています。<

            ん〜人は暴力で支配は出来ません。
            恐怖を与えるだけでしょ?
            恐怖による支配を受け入れた経験を受け継ぐ必要なんてないと思うのです。

            心が屈服するかしないか、それこそ個人の資質によるものではないかと思うんですよ…兄弟でさえ受け止め方や影響の度合は違うでしょ?

        2. 本人の資質(性質)と選択、でしょうかね。そしてこれが国民の資質と選択、最適化がされたのが韓国であり、台湾でもあるわけで、また日本でもあり世界の国々であると。
          そして自分たちが築きあげた社会から上部の政治家の子供達や成功者は逃げていくのが中国、韓国なわけで、なにかやるせないですね。
          公>私、ということでなく日本もまた見方によっては 公<私、でもあるのですが、これは長いスパンでのものの考え方でしょうかね。
          利を今ここで取る刹那で考えるか、長期で利を取り続けるかとかの考え方の違いかも。
          国と国民性とかになるとちょいとスケールが大きくなりすぎて困るニダ。

          (´・ω・) なんで3号?
          皆に合わせました(ー∀ー`) ←楽な日本人的生き方の一例

          1. 同じく虐待とDVの激しい家庭で育ったけど、私と弟では生き方が違う。

            弟は、嫌っていた父にソックリな生き方を選択しているけど、そもそも性格がまるで違うんよねw

            で、彼が暴力を嫌っているか?と言えば、嫌ってはいない。
            正確には、自分自身が受ける暴力は嫌いだけど、他人に対しての暴力は、躾だとか教えているのだ!とか言い訳するね〜(*´Д`*)
            経験や教育を受けて、何を選択するかはやっぱ自分自身だろうと思ったりする今日この頃(*´ω`*)

          2. ん?猫さんが入らなかったorz
            アドレス間違えたかな

  9. 頭で言われたままの理屈を理解する事と、何故その理屈が成り立つのかを自分なりに考えて理解する事、またそれが実感を持って理解され更には納得に至るまでには、だいぶ幅がありますからね。

    それでも門前の小僧が習わぬ経を読んだりしますから、望ましい事は隗より始めよと小さなことからでも自ら実践しましょうというのは実に好ましい事かと思われます。挨拶なんかは誰も困らないし、会釈一つからでもいいし防犯にもなるしで基本に据えるにいいですね。

    >よく貼ってあった
    あ、あれ。過去形デスカ。今は廃れちゃったんでしょうか。

    いやまあ、挨拶に限らず無くても困らないとかなら、それはそれでもう端からやらんでいい事にするのも有りというか、そっちのが教えられることと実践されることに乖離が無い分マシな気もしますね。

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