「日本の悪いところも書いて欲しい」と言われますと(※追記しました)

「じゃぱんらいふ」エントリーです。

たまーに、「日本の悪いところも書いて欲しい」という意見を目にします。

ごもっとも、と思っています。外から入ってきた人間にしか気づかないこともあるでしょうし、そういうのを「指摘して欲しい」と思うのは、向上心の現れでもありましょう。

今日は、そういう意見についてちょこっと書いてみます。

 

(ここから「続きを読む」の後になります)

もちろん、暮らしていると、さすがに日本と韓国とは違うところもありますから戸惑う時だってあります。

でも、社会システムというのは、短い時間に出来上がるものではありません。長い時間をかけて、大勢の人たちが関わり、いろいろ試して、法律も増えたり見直されたりして、そうやって出来上がったものです。それを、「外」から来た人間が一々「間違っている」と指摘するのは、感心できません。私がそんなことに感心できないから、私が同じことをすると他の人たちも感心しないでしょう。

もちろん書く「内容」こそが全て(大事なのは「何を書くのか」)だとは思います。見事に問題点を指摘する人もいるでしょう。

でも、少なくとも一般個人レベルでは、「外」から入ってきた人間がなにかを指摘しようと書いても、殆どは「問題点の指摘」ではなく「違和感に戸惑って愚痴をこぼす」で終わるのがオチです。

よく「ここが変だよ日本人」とかそんなフレーズを見かけますが、国と国が異なるのは、その片方が「変」という意味ではないと思います。面白いという意味で「変だ」というのならわかりますが・・

そんなの、どちらが良いとか悪いとかで考える必要はありません。私が気づいてまわりに合わせればいいだけのことで、必要なのは「慣れ」、すなわち「時間」です。

どうしても問題点を提起したいなら、もう少しシステムに慣れてから判断すべきでしょう。それに、愚痴というのも下手にやりすぎると一定の「偉そうにする(自分で他人を判断しようとする)」を含めるようになります。自覚無しに見苦しい姿をさらすときもあるから、気をつけないといけませんね。

思い返しても、わざわざ書くほどの「悪い」こともありませんでしたけど・・・

あ、そうだ。体重が増えました(愚痴

 

※以下、27日追記

本エントリーは次の本(日本滞在記)の原稿にもほぼ同じ内容があるだけに、多くのコメントや「芋るね(いいね・曇るね)!」にとても嬉しい限りです。

問題の指摘というのは、書いて欲しいという側も、(もし後に書くことになったら)書く私としても、日本がもっと良くなることを願ってのことであるべきです。

ですが、今日「ご飯」のアマゾンページを見たら変なのがあったので(作者への個人攻撃が多く、削除されるかもしれません)、

「私が日本で不愉快に感じたことを書いた場合、下手すると、『『こんな人たち』』に利用される恐れもあるんだな」と改めて実感しました。

もちろん、日本で感じた不愉快なことも(いまのところありませんが)、自分で書きたくなったら書きます。でも、それは相応の説得力を持つ、本エントリーに書いた通り「相応の時間を過ごしてから」になるでしょう。

もう一つ、「リセット」とか「希望」とか、何かあれば「今の日本はダメだ」とする趣旨を含めたフレーズを使うことが多いようで・・特に政治関連で・・そういうこともやめてほしいと思っています。「さらに良い国へ」とは言えないのか、この人たち。そう思ったりします。

そういう趣旨をもっとまとめて、原稿にできたら、と願っています。

 

 

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