議論エントリーその6

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“議論エントリーその6” への1,100件の返信

  1. ぼんやりと。
    翻訳の体で仮名で書いたかどうかは知らんので置いといて。
    「搾取者と被搾取者の関係が存在しない」というのは、まあ大体その通りだと思われます。

    食えない年が有れどお江戸の頃には年貢が七公三民から三公七民にまで下がることがあったり、新田開発しておいて太閤地検の頃のまま更新してなかったり、過少申請していたり取れ高から年貢の交渉をしていた記録があったりするようです。まとまらなかったり合意を得ない重税、飢饉で本当に食えないなんてことになると一揆や打ちこわしをおこしたりもしますが、その対象は大体、商家に領主や幕府であり朝廷や君たる天皇ではありませんでしたから。というか幕末まで影が薄かったですし。割と貧乏をかこってましたし。

    食えない理由は大方が天候と失政でそれによる不満は解消するべくなにかしら行動を起こし、そのひとつの一揆も時代が下る程に暴力傾向が減って穏便になってお作法が定まっていきます。何より武士が金詰りになれば頼るのは町人の金貸しなんて事態になるのですから、少なくとも一方的に搾取だけされてたって事も無いと思うのです。

    武家も公家も禁中も諸法度があってなんかしらの決まりの元にあったんじゃなかろか。

  2. 「法の支配」と「法治主義」の違い(ただし『私見』)

    より詳しくは検索するか、さっき引用した箇所を参照願いたい。

    1.法の支配
    キモは「王が、法の下に入るか、入らないか」という観点だと思います。
    法の成り立ちは、置いておいて。
    「民は元より、王も法の下に入る状態」を「法の支配」という。

    2.法治(主義)
    主として成り立ちにも注目し、議会等で成立した法に基づいて、国の統治がなされること。

    微妙に違うし、同時に言わんとするところは重なってる。

    私は「民」に属するので、
    どっちこっち、法の規制を受ける立場なので、
    王が(法を作り)、自らを埒外に置いたところで、「法の支配」でも「法治主義」でも、法の規制を受ける、から、違いがイメージできなかったw

    なのでmottonさんが今までこだわる理由が分からなかった。

    ①法の支配=②王も法の下にある状態=③法による国家統治=④法治主義

    というイメージ。

    日本の場合、近代(明治)から「法の支配」(大日本帝国憲法参照)も、「法治」も成立していたので区別する意味がない(と思う)。
    なので違いがわからないし、上記のように理解しても問題がなかった。
    実際、辞書から引用したように、
    「法治主義=法の支配」
    と記述しているものもある。

    歴史的にも「王と議会の確執」というのは日本にはない(でいいですよね?)。
    明治以前は、「朝廷と幕府の確執」はあっただろうが、議会がない。
    幕府は天皇が権威をあたえたものであるし。
    天皇が法の下に入るか否か、問題になったことがない(っすよね?)。
    明治維新でどっちもほぼ同時に成立している(帝国憲法の発布と帝国議会の開催に時間的にズレはあるけれど)。

    以上のような経緯で、辞書も「法の支配=法治主義」という記載になったのではないか?
    大陸などでは、法の支配と法治主義は別の観点(内容に重複があっても)だとなってはいても。

    という考察。
    批判は受け付けますw(素人の考えなんでw)

    もっとも、「士業」の場合、こんな学術的な問題よりも、「会社法の条文を一個でも覚えた方が明日の役に立つ」のでしょうがw
    実務が仕事ですからねw

    1. # 山本七平の「日本的革命の哲学」などから考えたことなのですが、

      鎌倉武士ってのは主権を持っていました。一所の主は本質的に王なのです。これはマグナカルタを王に押し付けた貴族も同様です。
      だから、彼らの間の法は条約と同じ契約です。何者かによる(理不尽な)命令ではありません。契約を制定して守った方が利益があるからそうするのです。

      別の言い方をすると、そういう社会の構成員は社会の主人なのです。王によって住まわせてもらっている主権を持たない「民」ではないのです。
      自分のために社会を存続させる必要があるから、その社会の法を制定して守るのです。法の改正には合意が必要。これが「法の支配」。
      民主制ではないが民主主義みたいでしょ。間違いなく、日本や西欧の民主主義のベースです。(太古の村の「掟」も同じなので、特別なことではないが。)

      一方、王と王によって住まわせてもらっている「民」の社会では、法を制定するのは王です。王の制定した法を守ることが「民」が住まわせてもらえる条件。王が法を明文化して正しく運用することが「法治主義」。しかし、王は法を改正できるのです。
      改正や制定に「民意」が必要になっていくと「法の支配」に近づいていきますが、「民」の側に主権意識がないとそれは成り立ちません。

      子供だけでの「みんなでルールを決めて守ろう」と、子供と保護者の「みんなのために決めてあげたルールを守りなさい」の違い。
      # 日本だと未就学児すら前者ができる。他の国だとどうなんだろ。

    2. >>「王が、法の下に入るか、入らないか」

       いま、下の本を読んでいます。
      モルデカイ・モーゼ 著『あるユダヤ人の懺悔 日本人に謝りたい』久保田政男 訳、日新報道、1979年

       このユダヤ人長老の著者によると、フランス革命は、ユダヤ勢力が自分たちを搾取する王制の打倒を目指したものと捉えているようです。
       ちなみに、ロシア革命のレーニン達(スターリンに取って代わられる前の人達)、マルクス、そして、フランクリン・ルーズベルトとニューディラーたちも、ユダヤ人勢力によって動かされていたと捉えている。

      ——————————————-
       日本民族のもつ最大の財産は天皇制である。これは全く世界に類例のない偉大なものであり、人類の理想とするものである。
       かつてユダヤ人の大思想家でフランス革命に大きな思想的影響を与えたジャン・ジャック・ルソーは、かの有名な『社会契約論』で次の如きことをいっている。
      「人もし随意に祖国を選べというなら、君主と人民の間に利害関係の対立のない国を選ぶ。自分は君民共治を理想とするが、そのようなものが地上に存在するはずもないだろう。したがって自分は止むを得ず民主主義を選ぶのである」
       ここでいう君民共治というのは、君主が決して国民大衆に対して搾取者の位置にあることなく、したがって国民大衆も君主から搾取されることのない政治体制のことである。
       ところがここで、驚いたのは、日本人にこの話をするとみな不思議そうな顔でキョトンとする。私は最初その意味が全くわからなかった。しかし、だんだんその意味がわかってきた。日本の天皇制にはそのような搾取者と被搾取者の関係が存在しない、ということを私が知らされたからである。今度は私の方が驚かされた。
      ——————————————-
      17~18ページから引用

      1. 迦具さん

        引用されている著書の内容に、私も賛同いたします。

        神話の時代には、天皇は大君(おおきみ)と呼ばれていました。
        それに対して、国民(たみ、一般の人々)は、大御宝(おおみたから)だったのです。
        天皇にとって、日本の国民は、すべて自分と同じ一族であり、すなわち日本の国民全体が一番の宝だということなのです。

        天皇が神の代理であり、そのおこころが「おおみこころ」ということになります。
        「おおみこころ」を体現するのが、国民であり、「おおみたから」なのです。
        ここには権力を持つ者が、民を自由に支配するという関係はありません。

        「おおみたから」である国民と、日本国の土地も、神から一時的にお預かりしているだけにすぎません。
        日本国に生きる民も日本国の国土も、個人の所有ではなく、神(公)のものである、という思想がありました。

        「おおみたから」と呼ばれる民は、日本国の神民ということになります。
        天皇陛下お一人だけが神につながるのではなく、国民一人一人が神に繋がり、神に属する民ということです。

        「おおみたから」たる国民は、そのように生きることが求められているということなのです。

      2. 迦具さん

        怪しいなぁ。
        「イザヤ・ベンダサン=山本七平」と同じじゃないですかね。

        外国人に日本人の心情に合った話しをさせる のに、ユダヤ人は便利なんだと思います。
        実態が分かりづらいというか、実体がないというか。

        この方のプロフィールってありますか?
        モルデカイもモーゼも、ファーストネームですね。たぶんファミリーネームにはなってないんじゃないかと思います。
        どこの国出身のユダヤ人で、どのコミュニティの長老なんでしょうか。

        心情的に響くところまで、否定する事はないですけど、ユダヤ陰謀論なんて、眉に唾して読んだ方がいいと思いますよ。

        謝らないですよユダヤ人は。(笑)

        1. >cie さん

           この本で次のように紹介しています。
          ———————————————-
          著者
          モルデカイ・モーゼ( Mordecai Moses )
          1907年、ウクライナのオデッサ生まれ。
          父親は哲学者で革命家、ロシア革命には指導的役割を果たした。レーニン没後、ソ連におけるユダヤ権力の将来に見切りをつけた父親と共にワイマール体制下のドイツへ亡命。
          父親は美濃部達吉博士に「天皇機関説」を吹き込んだゲオルグ・イエリネックと親しかった。ベルリン大学で政治学、哲学を専攻後、国際連盟労働局で極東問題を担当。独ソ不可侵条約が結ばれるや、いち早くその本質がユダヤ勢力の抑圧にあることを看破し、ハルピンを経て上海に亡命。サッスーン財閥の顧問となり、日本の国体、神道、軍事力の研究に従事。1941年米国へ亡命、ルーズベルトのブレーントラストとして活躍、1943年頃から対日戦後処理の立案にも参画した。
          戦後十数回来日、現在は日本研究を楽しみに余生を送っている。
          ———————————————-

        2.  ついでに、この部分も引用しておきます。

          ——————————————————
           ルーズベルトの家系のルーツを調べてみると、祖先は十七世紀の末葉、オランダにいたユダヤ人 Claes Martenzan van Rosenvelt である。このローゼンフェルト家の先祖は異教徒審問中、スペインから亡命したユダヤ人の一群に属し、ローゼンカンポと称されていた。その後この一群のユダヤ家は欧州各地に分散している。彼等は、Rosenberg, Rosenbaum, Rosenbarium, Rosevelt, Rosenberg(注:ママ。Rosenberg は重複している。) 等と名のった。この中のヤコブス・ローズベルトがオランダに定住し、この一家のみが諜者となるため改宗したといわれる。この一家は一六四九年、オランダから当時ニューアムステルダムと呼ばれていたニューヨークへ移住している。一六八二年にクラエス・マルテンザン・ローズベルトはジャネツェ・サミュエルズと結婚している。戦後、布商を営んでいた。
           また、一九三五年三月十四日の「ニューヨーク・タイムズ」紙上でデトロイト・ジュ―イッシュ・クロニクル紙に掲載されたルーズベルトの書翰を転載しているが、この書翰によると、「自分の先祖は多分ユダヤ家であろう」と記しているという。
           ルーズベルトが全米のユダヤ系市民からモーゼの再来として信仰に近い尊敬を集めていたことは、よく知られている。
           ルーズベルトは一九三三年大統領に当選するや否や、次に述べるごとく在米ユダヤ系市民から信じられないほどの喜びで迎えられ、また崇拝されているのである。実はよく考えてみると、これはなんとも奇妙な話なのである。何故なら、ルーズベルトは選挙公約でユダヤ系市民の利益になるようなことは何一つ公約していないのである。また、ルーズベルトが今後ユダヤ系市民にどのような政策を行なうかも全く予測などできないはずなのである。しかるに何故に、以下述べる如く祝わなければならないのだろうか。もし、ルーズベルトがユダヤ人でないとするならば……。
           ルーズベルトが当選すると、彼の生みの母ゼームス・ルーズベルト夫人がジューイッシュメタルを贈られ、ニューヨークユダヤ協会の名誉会員に推薦され、その祝賀式典の式上で、ニューヨーク市長ラガーディア(ユダヤ人)は全ニューヨークユダヤ人の名において金牌を贈与したのである。これに対して母親は金一封を謝礼として贈っている。
           さらに、シオン組合の前会長ルイス・リプスキーは同夫人はアメリカの躍々たる勇敢なる指導者を生んだとの讃辞を呈し、マイロン・ザルツバーガーは夫人は単に米国の母として偉大なるのみならず、世界の母として偉大となられることを希望すると述べている。
           これに加うるに、メタルの鋳造がある。一九三三年三月四日に大々的に売り出されたこのメタルは表面にルーズベルトを演出し、裏面にダビデの星がきざまれているものである。
          ——————————————————
          モルデカイ・モーゼ 著「あるユダヤ人の懺悔 日本人に謝りたい」久保田政男 訳、日新報道、1979年
          209ページ~

          1. なるほどな経歴ですね。
            でも無いんですよね。情報が。
            どうやって検索しても、この本しか出て来ない。
            Moses Cohen Mordecai という実業家はありましたけど、誕生年も出身国も違いますしね。
            これだけの経歴で、英語版ウィキペディアにも無いって事あるのかな?

            あくまでも疑ってすみません。
            でも陰謀論とか、どうしても胡散臭く思っちゃうんですよね。

  3. >mottonさん
    >「産めよ。殖やせよ」
    地球規模で見れば、人口は増え続けているわけですが。
    日本を含む東アジア、韓国や中国では減る予定です。
    先進国では、移民の増殖率が高く、イスラム教徒の子沢山が驚異的だと思いますけどね。
    大幅にイスラム教徒の移民を受け入れたEU圏諸国が、今後どうなっていくかは興味深いです。
    予断ですが、ユニセフの食糧援助CMは偽善です。
    援助を受けて人口が増大したアフリカ大陸から、地中海を渡る無謀な経済難民があふれ、あるいは銃を持ってテロに走る若者を育てているのだと思わざるを得ませんので。

    1. テーマが「少子化」にずれたので、ここにぶら下がります。
      私は「少子化」は「生活水準の向上」がもたらした必然、だと思います。

      生活水準が上がると、二つの問題が連動して「出産・育児」に関わってきます。
      1、「子供を持つと、個人的な楽しみの時間が減る」
      2、「子供を持つと、子供の生活水準(育児環境や教育環境等を含む)を、高いレベルで維持する義務が生じる」
      要するに「子供を持つことの負担」が重くなるのです。
      一方、子供の成長だけが将来の頼り、という構図は崩壊します。

      「男性原理で出来た社会構造」というのは、出産と育児の時間を女性に押し付ける働きをして、上述の問題に加重されます。
      「出産と育児」が「人間にとって最も重要であり、かつ高く評価される」という考え方が一般的にならない限り、この状況は変化しません。

      1. 補論
        上述の「男性原理」というのは、もちろん「男性優位主義」だけを意味するものではありません。
        「共同体(家族・部族)が生き延びるのが何よりも優先するので、闘争と食料確保を担当する『男の仕事』を優先せざるを得ない」という考え方、のことです。
        前近代では支配的な考え方だと思います。
        悪い考え方、という訳でもないのです。
        「危険な仕事は男の役目」という考え方を内包しているのなら、部族が生き延びて行くためには、合理的です。
        しかし時代は変わるし、他の思考バイアス同様「暗黒面」の方が出て来がちだし。

        これが、今でも男性の多くが漠然と抱いている「仕事と言えば、稼ぐこと」という先入観、そして「『その意味での』仕事優先主義」になって残っている訳です。
        日帝残滓ならぬ「前近代残滓」です。
        本当は「男の仕事」と「女の仕事」は、截然と区別できるようなモノではない、と私は思うのですが。

        1. 合理的っていうのが、誰のためのどんな理にかなってるのかが一番の問題のような気がします。

          少なくとも人の「考える」合理性と、人に備わっている合理性は違うんじゃないか?とは思ったりします。

      2. >子供の成長だけが将来の頼り、という構図は崩壊します。

        専業主婦と同じで、昔からそうだった気がするだけだったりしませんか。昔の農家は死ぬまで男も女も働いていた気がするんですよね。
        何にせよ、「自分(の将来)のために」子供を育てるってのは、もう生物としてズレています。いつから、そういう構図だったのでしょう。

        確かに、生活水準が向上すると子供が死ななくなるので、多数育てるより少数に資源を集中して育てた方が合理的です。だから、そのレベルの少子化は問題ないでしょう。(日本政府もおそらくそう考えていた。)

        しかし、「自分のために」がここまで優先してしまったのは問題です。
        生物は「子孫を遺す」ことが目的で「自らの生存」はその手段です。人類は生殖能力が無くなってからも長期間生存するという特異な種ですが、それでも「子孫を遺す」という本能を持ちます。

        近代まで、生活水準が高い階層は多くの子を遺しています。王家や貴族にとっては義務でもありましたが、義務だったからだけだとは思いません。アホほど遺した君主もいますしね。
        ただし、彼らは、とろいやさんが挙げられた 1, 2 がその富によって緩和されています。
        いや、近代までは生活水準が低い階層も共同体で子育てをしていて、 1, 2 を緩和していました。(例えば、村全体が保育園でした。交代で乳母をしていました。)
        そういう環境が無くなり(そういう環境を捨てて)、中途半端な富を持つ中間層が「自らの欲求」に全振りした結果、1, 2 が問題になったのではないでしょうか。

        1. 全部読んでませんがw
          (上の法治にかかりきりw)

          ①昔は子供は資産だった(タダ働き)
          ②今は子供は負債(高度教育にカネがかかる)

          関連で
          ③欧州の王家(王)のうち、スケベがたくさん子孫を残した(参考「嘘だらけの日英近現代史」)。
          倉山さん「やりたいだけだったw」っての、何人かいますw
          英国(と言ってよかったかな)王でも独身がいました(確か)。

          1. ③ 関連で。
            世界で最もコピーを遺した Y染色体は、チンギス・ハーンのものだそうですよ。

            遊牧民は行動範囲が広いから、撒き散らしました。(笑)

        2. >>昔の農家は死ぬまで男も女も働いていた気がするんですよね。

          あ、それです。

          日本はずっと、ごりごりの農耕民族でした。
          でも、所得倍増計画やらで「金の卵」とか言われて、多くがサラリーマンになった。
          単純に生活水準が向上したというわけではなく、生活そのものが変わってしまった。

          自ら捨てたにしても、引き抜かれて仕方なくにしても、多くが村落共同体から出てしまった。

          ちょっと、↓からとろいやさんの考察を引っ張ってきます。

          >>「環境と生活の相互作用」⇒「行動パターンの合理化」⇒「ものの考え方・感じ方の傾向」⇒「規範の原型≒倫理の基礎」

          生活環境の変化で「行動パターンの合理化」まで進んだのが、「少子化」として発現している現象ではないでしょうか。
          その次の段階、「ものの考え方・感じ方の傾向」が変わって来るのは仕方がないと言うか、当然です。

          「個」を発現してしまった人は、村落共同体には戻れません。
          ばーちゃん達の昔話しを聞いてると、共同体は想像を超えて一つです。
          島のばーちゃんの話しなので、ちょっと特殊かもしれませんが、まるで一つの有機生物のように感じます。
          真社会性生物と言っても過言はないぐらい一つです。

          セーフティネットだった村落共同体が壊れて、代わりになるようなシステムがないことが、少子化や虐待の問題に繋がっているのは確かだろうとは思います。

          ただ、良い事ばっかりでもないですよ。
          怖いところです。
          「個」は潰されます。
          どちらがいいですか? と問われたら、私は「個」を選びます。

          「自分のために」がここまで優先してしまったのは問題かもしれませんが、「共同体のために」殺されるより健全ではないですか?

          「あぶくたった」という女児の遊びをご存知でしょうか?
          あれが、共同体に取り込まれる「嫁」の歌だと感じるのは私だけでしょうか?
          煮炊きされて ( ムラの慣習を教え込まれて ) 殺されて ( 今までの考え方、個を潰されて ) やっと共同体の一員となる。

          私はこれを修道院でやられました。
          キリスト教と言っても、主に日本人の集団です。ムラ社会でした。
          その経験を経て、島に行った時に、やはり怖いものが色々見えてしまった。

          だから、いいと思うんです。
          「伝統の倫理」なんて崩壊してしまっても。

          個を大切にする共同体は不可能でしょうか?
          新しい在り方は絶対に生まれると思うのです。
          甘いでしょうか?

          >># 個人的には、後世に繋いでいくような話が好きなのです。

          私もです。

          1. 補足 ( あれだけ書いておいてww )

            共同体の怖さについてなのですが、私は修道院を出て部屋を借りる段になって、とても不安に感じました。
            「大丈夫かな? 私一人で部屋を探したり出来るのかな?」って。
            そこに入るまで、一人暮らしをしていたにもかかわらずです。
            気付いてびっくりしました。

            ムラの一員になる時、まずは退行させられて、ムラの子供にされてから、改めてムラの大人に育てられるのだと思いました。

            移民の問題も同じでしょう。( 少子化と言えばついて来るこれ。)

            でも、もっと緩やかな共同体は可能だと思うのです。
            この一線を越えなければOK みたいな。
            その「線」というか「核」が各集団にはあると思うのです。

            少子化の話しで、ズレてしまったように見えるけれど、本編の講義もそこですよね。
            各集団が、何を中心に据えて来たか。
            それがどういう違いを生んだか。

            今ある「伝統の倫理」なんて全部剥ぎ取ってしまっても、これさえあれば大丈夫っていう「核」があるのではないかと思うのです。
            それがあるなら、それは「日本」だっていうもの。

            それが分かれば、共同体としての息が深くなるように思うのです。
            ガチガチの息が詰まりそうなレイシズムは勘弁して欲しい。

            と言うことで、とろいや先生にお返ししたいと思います。

          2. >所得倍増計画やらで「金の卵」とか言われて、多くがサラリーマンになった。
            単純に生活水準が向上したというわけではなく、生活そのものが変わってしまった。
            自ら捨てたにしても、引き抜かれて仕方なくにしても、多くが村落共同体から出てしまった<

            マッカーサーの農地改革が大きな原因だと思います。
            小作制度がなくなってしまったから、働く場が減ってしまった。

          3. 私もある程度の田舎(極端な田舎ではないですが)出身なので、田舎の状況はある程度は分かります。
            地域によって状況は違うと思いますが。

            村落共同体といっても、今の時代は農業だけでは生活が成り立たないのですよ。
            農業で生活を維持できる人は、ほぼいません。

            皆、公務員(市役所、県庁、消防署、教師)や、ある程度の規模の企業に就職しなければ、生活が生りたちません。
            一部の人は、個人企業(大企業の下請け企業、何かの部品工場、土建業、板金工場など)を運営したりしています。

            農業だけで生活できる人は、ほとんどいません。
            昔は自給自足に近い生活を送っていましたので、主食などの食糧は自給できることも多く、そこまで生活費は必要ありませんでした。
            いまは大学に進学するための学費など、食糧以外の生活費が多くかかります。
            高校までの勉強でも、かなりお金はかかります。

            これは終戦後の土地改革で、小作農に土地を分け与えたために、大規模な農家はなくなってしまったこともあります。
            昔の大地主がいなくなったところもあります。

            小規模な土地では、生活できるほどの農産物は生産できません。
            さらに最近の農機具は、高価になりました。一年の内、使う時期が少ないにも関わらず、高価な機械が必要です。
            昔のように、人力や牛馬では農作業はできないのです。

            役所や地元企業に勤める人以外は、東京、関西などの大都市、地域の中堅都市、県庁所在地などの都会に出て、就職するしかありません。
            大学にいくにも、都会に出なければなりません。
            有力な国立大学は、ある程度の大都市のあります。私立大学も大都市が有力です。

            村落共同体を維持できるような状態ではないのです。
            田舎の集落(昔は部落と読んでいましたが)でも、空き家が増えています。
            地元では生活の手段がないため、子供たちが仕事を求めて都会に出て行ったのですね。

            田舎から多くに若者が都会に出て、サラリーマンになったのは、それ以外に生活の手段がないからです。

          4. cieさんを見ると、何が問題なのか良くわかるよね。
            男はみんな、自分を殺して個を殺して、歯車として働き、社会を維持しているわけですよ。

            〉どちらがいいですか? と問われたら、私は「個」を選びます

            ところが、こういう女性がたくさん社会に出てきては、やりたい放題なのです、嫌いな仕事はわたしはやらない、やりませんってね。

          5. 七誌は「議論」の意味を理解してくれ。

            私は、意識的に極論・暴論を書いている。cieさんやとろいやさんもある視点からの論を書いている。それは、自分自身の主張その物ではない。反論していても喧嘩したいわけじゃない。論破したいわけでもない。
            そういうものを「提供」することで、自分では見えない視点や論点を引き出せるかもしれないからそうしている。そうすると、みんなの知識が深まるわけ。みんなが面白いわけ。それが議論の目的なの。

            みんなのために書けないなら「議論」の場で書くな。

          6. >cieさん

            伝統的には、子孫(家)>共同体>個人でした。
            損得計算の時間スケールの問題で、個人だけなら自分の死で清算なので合致しないのです。極論すれば、自分の死の時点で共同体が消えても問題ないわけです。

            子孫(家)の存在があれば話は別です。共同体と同じ時間スケールなので安定します。
            現時点では「伝統の倫理」によって、自分の死の時点で共同体が消えても問題ないなんていう考え方は少数でしょう。しかし、私は人の合理性(賢さ)は信じても善性は信じないので悲観的です。合理性(賢さ)がある方が生き残って支配するはずだから。

            (定住しない)移民の問題もこれで、さらに他の地の移民することが決まれば、今の共同体が消えても問題ありません。食えるだけ食って、食えなくなったら移住することが合理的になってしまいます。
            修道院は、信仰(来世?)>共同体>個人だから違います。

          7. 遺すものは、子孫 ( 血統 ) 以外でも構わないのですよね。

            例えば、技術の伝承とか。
            師から受け継いで、自らが研鑽してきた技を弟子に受け渡すなら、共同体存続の意味付けになりますよね。
            思想なら、どうでしょう?
            人間の生き方、集団の在り方などを考えて遺すなら?

            伝えたい何かと、受け取ってくれる人。
            それが他人でも構わない。
            中華文明の集団では起こり得ないことかもしれないけど、日本人の集団では、今までも普通にありました。

            血よりも関係を重視するのは、動物の合理性からは、外れてしまっているかもしれませんが、善性という訳でもなく、また別の合理性と思います。

            確かに、共同体が揺らぐ時には、動物としての合理性以外は吹き飛ぶかもしれない。
            でもそうなったら、文化集団としても終わりではないですか?
            あんまり血を重視すると、中華の集団となんら変わらなくなりそう。

            移民については……。
            今、ユダヤ人の本を何冊か読んでいまして。
            まだ未消化なので、話すのは難しいのですが、かなり衝撃を受けた箇所がありました。
            「( 自分たちの ) 土を持たないというのはこういう事なのか」と。
            日本人として、ユダヤ人の言に衝撃を受けたと理解しています。

            他者 ( 他集団 ) は、自分たちとは違う ( 合理性を持っている ) ということを、先に腹から分かる必要があると、改めて思いました。

            今の状態では「混ぜるな危険」ですね。

            # 迦具さんの読まれている本に懐疑的なのも、日本人として抵抗なく読めるなら、それはユダヤ人の書いたものではないのでは、とユダヤ人の本を読みながら思うからです。w

      3. 今回、とろいやさんの言ってることは全く逆だね。

        日本人は、古来から共同体の維持を最優先事項にしてきた。
        日本人の道徳観がまさにそうだよね。

        ところが戦後教育で、日本では共同体のために闘うことを非常に軽視、というか逆に蔑視する教育が行われるようになったのです。

        戦前戦中の人はみんな知ってたわけですよ。
        男はいくら死んでも替えがきくが、女性や子供を失っては国は滅ぶと。

        「出産と育児」が「人間にとって最も重要であり、かつ高く評価される」という考えを、昔の日本人は男も女も持っていた。だから昔は社会に出る女性は軽蔑されたのです。

        戦後教育で、「出産と育児」が「人間にとって最も重要であり、かつ高く評価される」という考えを、間違いだと否定するようになった。逆にむしろそういう考え方が、男性を上にし、女性を貶めるハラスメントで悪だと蔑視するようになった。

        それが高齢婚、そして少子化を招いているわけです。

        1. 人の言った事を「全く逆だ」と否定しながら、
          「ほぼ同じこと」を言うのは、止めてね。

          あなたの御高説(男性中心主義の暗黒面の肥大)に「生活水準の向上による意識の変化」という要因を加えると、私の述べた事になるんですが…

          3日出張してる内に、妙なレスを付けてくださって、まことにかたじけない。

      4. 少子化の原因の一つに、女性の高学歴化と社会進出が関わっていると思います。
        少子化の原因は20代で第一子を出産しなくなったからです。
        今の所、20代前半で出産子育てをしてから社会進出しても企業は採用しません。
        キャリア形成には結婚は不利です。
        したがって晩婚になりがちです。高齢出産のリスクもあり、子供は一人になりがちです。

        医学部入試で女性に不利な扱いがあって問題になりました。
        これは女性の場合、結婚したら仕事をやめる傾向があるからという原因だったはず。
        おそらく子育てと仕事の両立は難しいというのが女性の考えでしょう。

        日本の大学に子育てと学業を両立している女子学生はほとんどいなんじゃないかと思います。
        聞くところによると、アメリカの大学には子供を連れて学校に通う女子学生がいるそうです。
        この違いはなにが原因でしょうか?。

        日産にいたゴーンは、日本の女性の能力は高いと言っていました。日産のマーチは日産の女性がデザインしたと聞いています。

        女性をうまく活用できる仕組みと男性側の意識を変えないと社会の損失になります。

        奥さんが台所で調理中幼い子供がまとわりついて、奥さんは子供をあやしながら調理をする。
        育児や料理は奥さんの仕事。男の子はそういう環境で育ちました。
        奥さんだって親には受験が大切だからと、親は女の子に家庭の味を教えません。
        奥さんは、誰もご飯をつくらないので子供のため仕方なく作っている家庭もあるそうです。
        じゃあ、夫も手伝えよ。ってことになります。夫は奥さんを母親の代わりと思っているから家事はしないんだよね。

        1. 〉聞くところによると、アメリカの大学には子供を連れて学校に通う女子学生がいるそうです。
          この違いはなにが原因でしょうか?

          アメリカ人は、黒人のベビーシッターに育児丸投げですからね。

          1. 夫婦共働きでやっと食っていけるというアメリカの事情もあるけど、
            それよりも、男だからとか女だからとかという考えはなく、
            男も女も一生働くというのが当たり前だから、育児中の社会人学生が居るというのは、
            日本のように就職か結婚の選択はないからだと思います。
            大変だけど、結婚も育児を両立しなければならないのでしょう。

          2. 少子化の話しをしていて気付いたのですが。
            大きな環境の変化に見舞われた時、それに対応して変わって行こうとする力と、抵抗して伝統の生き方を守ろうとする力が同時に働いて、葛藤が起きますよね。

            日本は前者の方が強く働き、韓国は後者の方が強く働くのではないでしょうか。

            韓国も少子化は、日本以上のスピードで進んでいますね。
            表面的には同じ現象に見えるけど、どこか違うと感じます。

            どうにも上手く言えないのですが、少子化は、行き着く先の過程に表れた現象に過ぎないと、やはり私には見えます。

  4. 返信ボタンが無いようorz

    倫理は主に合理から生じるからこそ、その諸条件が異なる集団に対しては不合理なことがありますが、自集団ではそれでうまく回るもんだから、他集団での不合理が認識しづらかったりしますね。

    本邦も食らってますが、これに対抗するべく書かれた本のはしりが新渡戸の武士道ですね。

  5. 「韓国は一個の哲学である」の読後感から、少し離れて、別のテーゼというか仮説というか、思いついた事が有りますので、アップしておきます。

    「宗教観の基礎」を考えていて、宗教観の根っ子(つまり文化的傾向を形成する大元の感受性、に近いですが)には、「悪い事とは、どういう事か」という点で、各文明において、いろいろな「感じ方」が有るのだと、思い至りました。

    図式化してみます。
    ①日本:悪い事:恥:ある行為が美意識に反する事態
    ②西洋:悪い事:罪:神との契約に背反するすべての行為
    ③印度:悪い事:業:自己の行為の因果応報
    ④中華:悪い事:損:自己の利権の損傷

    さらに、その「悪い事」が「リカバリー可能か」という点にスポットをあててみますと、次のようになります・
    ①日本:不能:過ぎ去るのを待つ=様式化⇒禊:誰でも可
    ②西洋:可能:神に許してもらう=贖罪の儀式:祭祀階級に依存
    ③印度:困難:因果関係からの離脱=解脱:極めて困難
    ④中華:可能:奪われた利益の回復=奪った敵との闘争:誰でも可

    このように整理すると、中華は、「現世志向」に特化しています。
    逆に、印度は、ほぼ「来世」を待つしかないし、来世でも無理、そのまた来世に期待、とものすごい事になります。
    日本は、「恥」をかいたら「挽回」は原理的に不可能です。しかし「禊」は誰にでも簡単に出来て、それをすれば「まあ、いいんじゃね」という事になります。緩さがすごいですが「原理的に『悪い事』をすれば、挽回が不可能」という世界では、それぐらい緩くしないと共同体が形成できません。
    西洋は、中華とは別の意味で「現世志向」なのです、つまり、悪い事の本質が「契約違反」なので、それを許してもらうためには「代替行為」が可能です。しかも、「神との関係性」というクッションが有るため「世俗的側面」がむき出しになりません。

    この「現世しか見ない」という中華文明の本質が、「悪い事」とは何か、によく表れている、と思いました。
    悪い事=損。
    このような価値観が「日本的感覚からすれば醜い方向へ」純粋培養されたのが「朝鮮文化」だろう、と。
    もちろん、朝鮮文化から見れば、日本的価値観の方が「バカみたい」という事になるでしょう。

    しかし、「日本的『禊』」は、「西洋型『贖罪』」と、シンパシーが有ります。
    中華型には「贖罪」が無いのです。
    「損失の回復」しか有りませんから。
    ゆえに「回復不能な損失をもたらした者」は、永遠に鞭打たれるのでしょう。
    彼(または彼女)は、誰にも許されないし、彼(または彼女)を、誰も許すことができないのです。

    そもそも、その人を「許すべき誰か」が存在できないのです。
    損得計算だけが有って、その計算が「今、その計算をする者の都合」によって、恣意的に変化する。
    計算者も「責任」を負うと「回復不能な損失」と後から来る者に算定される恐れが有ります(と言うか、ほぼ必然的にそうなりそうです)から、誰かのやった「悪い事」を「清算完了」と算定する事は、事実上不可能です。

    1. 凄い。めちゃくちゃ納得です。

      ただ、細かいようですが、一つだけ気になる所があります。

      ②西洋:悪い事:罪:神との契約に背反するすべての行為

      ここに引っ掛かりを感じます。

      2/8の「制度的に民主化されても、直らないものがある」のエントリー記事のノブスケさんのコメントに、

      >>文化は移植されて定着するかしないかも含めて、その集団の持つ遺伝的資質の表現(発現)的特徴に過ぎないのになぁ。

      という箇所があります。

      キリスト教は西洋にとって、移植され定着した文化です。
      では、何故定着したかというと、やはり、彼らが元々その傾向を持っていた集団だったから、だと思うのです。
      ロムルスとの契約を破って、線を飛び越えたレムスは斬られて死にました。
      つまり背反は、神との契約が入る前から、西洋人 ( ローマ人 ) にとって「悪い事」だったと考えられます。

      その方が、

      ①日本:悪い事:恥:ある行為が美意識に反する事態

      ともバランスが取れます。
      仏教が移植され定着した後も、日本の基本は「恥」であり、「穢れと清め」です。

      余談ですが、
      キリスト教の神は、ユダヤ教ではもっと全てに置いて執拗な感じだし、イスラームの神となると、ずっと家父長・族長的な性格になります。
      3兄弟の親 ( 神 ) の捉え方は、彼らが持つ資質の表現 ( 発現 ) と言えそうです。

      1. ここは、次に詳述しようと思っていたところです。
        中東から西欧までは、一つの文化圏「西洋」にしてしまいました。

        日本・中華が、それぞれ「現代文明の標準≒西洋」と、あまりにも異質なので、そのように「西洋」と一括りにしても違和感を感じなかったのです。

        本当は、もちろん、西洋も細かく分かれますが。
        今回は、中華と日本の「現代文明との異質性」をテーマに「考えてみた」ので、西洋は大雑把に。

        ところが、どうしても「印度」は、考慮の対象にして、別に括らなければなりませんでした。
        細かく言えば「ペルシャ」と「オリエント≒メソポタミア」も、インドを論ずるときは、そこからの影響を考慮すべきです。

        欧米の文化論では、中東からこっちがそのように「東洋」とひとまとめに括られがちですが、日本人から見れば、今回私が提示した括り方の方が、分かりやすいと感じました。

        1. なるほど。
          西欧〜中東の括りで、「一つの文化圏」は違和感ないです。
          細かい違いはあっても、背反( 契約不履行 ) が「悪い事」であるのは、西欧も中東も同じですから。
          納得です。

          「西洋」というと、どうしてもヨーロッパというイメージがあって。
          すっかり、欧米の文化論に慣らされちゃってますね。(笑)

        2. 少し、補論。
          まず、インドを「印度」と表記したのは「字数合わせ」早い話が、遊びです。他意は有りません。
          「タイは有りません」と変換された…いや、インド文明の影響はタイに有るだろう、と変換機能へツッコミ。

          cieさんへ
          このような、日華印洋の傾向の違いは、「遊牧文明との距離感」にその一因がある、と思われます。
          そこで、以前に考察していた「遊牧圏」と「中華圏」の比較の意味が活きて来るでしょう。
          中途半端なままだったので、その考察の続きの一環でもある、と、この考察を位置付けたいです。

          にゃなさんへ
          私とは別の角度からの指摘、ありがとうございます。
          印度を考えると、どうしても「スケールが異常に大きく」なってしまいます。
          なるほど、現世限定でも「図式」は成立しますね。
          日本と印度は「基本的に共通している部分」が多いのですが、「表現の仕方」がとても違うので、やはり「異質さ」が面白いのです。

          死生観にテーマを持って行くのは、鋭くかつ正しいです。
          文明論は、どこから話を始めても、結局はそこに触れなければなりませんね。
          でも、いろいろ回り道を楽しんでから、そこに行くつもりです。

    2. >とろいやさん
      印度だけ一生越えた範囲で単位が長いですね。
      一応、来世を待つ間に頑張れるので現世に限りませんか。そうしてもリカバリーの可不可に問題が無いように思います。

      うちと印度は「悪いこと」と「穢れ」がかなり不可分で、どうにもならずに有るものだけれど避けたり祓ったりすることと、「良いこと」と「清め」で相殺あるいは剋することが可能であるとします。

      西洋ではこの辺が克服するべきものと捉えられていて、有ることを否定、撲滅することを指向しがちです。失敗したら免罪符。

      中華では贖が贖罪の意も持ちますがもとは贖刑のことで罰金やら身代金を指しますから損失補填でリカバリが基本で良さそうです。

      で、リカバリの可不可の分岐点は生死観か宗教観、それに類するものにあるかな説を唱えてみます。

      日印西は、理由は様々で差異が有れど、亡くなったら本人にはリカバリ不能として不問にします。印は来世反映で西は死んだ馬を叩いても何にもならない実利から、うちは寧ろ本人にはもう叶わない死後の功徳を追加しようとしたりします。

      中国も供養に供物を供えますが現金からお妾さんといった物質的なものが好まれます。あの世で楽に暮らせるようにする為です。慰霊であり出来なかったことや、もう出来ないことの補填と見ることも可能かと考えます。

      そういった供養に見られる補填をしてもらえる、何らかの利益を残さずに亡くなる、損失だけを残したとされると贖えないと見做されて、許されざる者となる、というのは如何でしょう。

      韓国ちゃんの「悪いこと」「悪いことにする」に対する熱意は基本に損得勘定があり、その勘定が恣意的であること、且つそこに許されざる者の設定が可能であり、「悪」「下」に対峙する立場を取れれば「善」「上」として継続的に安泰を得られることに依るのだと考えられましょうか。

      と、つらつらと思いました(・∀・)単純化し過ぎの気もします。

      1. インド人とスリランカ人と、接したことがあります(深い付き合いはない、なかったです。仕事、学生アルバイト関連)。

        繊細さは理解してる人たちという印象があります。
        母国と外国(日本)で「切り替えてる」のかもしれませんが。

        きめ細かさと、いい加減さ(良くも悪くも)の両方がある感じ。
        日本に来るインド人(スリランカ人)は、頭の良い人なイメージ。
        「0を発見した(インド人)」
        だけのことはあります(そもそも人口が多いですが)。

        接していて気持ちいい人たちです(各一名ずつですが)。
        面白い人って感じw
        いい具合に外国人w
        (↑を読む前に書いてますがw)

        1. 夜食?に、ちょうどボンカレーゴールド、大辛食ってたんで、
          書き込みたくなったw

          1. 受験生さん

            インドの問題は全て、
            “ This is India.” で片付いてしまうこと。
            ってヴェーダを勉強してた友達が言ってました。
            言う方も言う方だけど、言われた方も
            「ああ、インドだもんな。」って思っちゃうのが問題だそうだ。(苦笑)

            とろいやさん

            いいですねぇ。
            前章で中途半端で終わった話しが、新章で伏線になって生きて来るって感じです。

            こんな風に、ボチボチと三年後ぐらいには、目的地付近まで行けるといいですね。

    3. 実に大雑把な話ですが、もともと「ただの思いつき」なので、
      さらに風呂敷を広げてみます。

      「悪い事」の本質を考察すれば、ほとんどの文化圏において「利益の喪失をもたらす行為」と定義できます。
      その「利益」が、誰のための何であるか、というのが肝腎の論点なのですが。

      二つの方向が有ります。
      1、誰のため…①自分②共同体
      2、何が利益…①生存②富
      この要素の組み合わせで、ほとんど説明できるでしょう。
      もちろん、すべての文化圏で、「利益」には、いずれの組み合わせも含まれています。
      違うのは、その優先順位と、それぞれのキーワードの幅でしょう。

      「自分」を「単純な自分」とするか、「家族」まで含めるか。
      「共同体」を「家族限定」とするか、「村落」までか「部族」までか「国家」までか。
      「生存」も「富」も、意味は多様性に富んでいます。

      さて、このうち「富」について考察します。
      富をどう考えているか。
      そこに、遊牧民との関係が影響してきます。

      まず「富とは、どのように形成されるのか」
      これは、別の機会に論じましょう。
      今日は「富の喪失」をテーマにします。

      日本文化は非常に特殊で、民族のほぼすべてが定着農耕民化していて、遊牧民の襲撃を考慮しなくて良いのです。
      盗賊はいても、「大規模で機動力に富み定期的に略奪に来る異民族集団」は、いません。
      海賊も「異民族」ではありません。
      従って「蓄積された富」を奪う相手は「天災」です。
      「疫病」も天災の一種です。
      「天の怒りを買わない」のが、もっとも重要です。
      そして「いずれ、天災は去るモノ」でもあります。
      そこで「穢れを祓う」「耐える」という民族性が定まりました。

      他の3つの農耕文明では、そうは行きません。
      「天災」に加えて、必ず「異民族」が襲来します。
      富の蓄積の方法も、天災の傾向も、異なるのですが、その「富の蓄積方法」と「天災への対応策の違い」と「異民族への対応の違い」がミックスされて、各文化圏の特徴を構成します。

      クエスト
      「異民族があらわれた。どうしますか」
      ①「遠くへ逃げる」
      ②「戦う」
      ③「その場で隠れる」
      ④「話す」

      西洋は、すべての選択が可能であり、有力です。
      中華は、①が困難です。
      印度は、すべての選択が可能ですが、有力ではありません。
      日本が、元寇のとき大慌てだったのは、百済滅亡の時以来、大掛かりな異民族の襲来の可能性がなかったからです。どれを選べばいいのか分からなかったのですね。

      1. 少し、書き足します。
        クエストの答えも、4要素がミックスされます。

        西洋でも中華でも、②と③がミックスされて「城市に立てこもって戦う」という手法がスタンダードになりました。
        印度でも、似たようなモノです。
        日本人だけが『城とは都市そのものであり、かつ要塞である、という常識』を、持ちません。
        裏返せば、そこまで頑張らなくても済んだ訳で、日本は幸せな国なのですね。

        さらに答えを試みると、
        西洋は広く、住民は元々遊牧民だった民族も多い、つまり「遊牧民との距離」は、ゼロみたいなものですが、攻めてこられれば逃げる方も移動のノウハウは持っている。
        ゆえに「民族移動」が頻繁に起きる。
        「城市」に立てこもって戦う、のも有力で、選択肢が広い。
        多人種混住が基本なので「話し合い」も可能です、相手がおとなしく話に応じてくれるかどうかは別ですが。

        中華は、西洋に比べると「豊かな土地が限定的」なので、遠くへ逃げるというのは西洋ほど良い手法にはなりません。
        そして「遊牧民」が近い。
        山深いところでは「単に隠れる」が選択できますが、元々の中原では、ほぼ無理。結局「城市」のみが頼りです。
        話し合いの可否については、西洋と似たようなもの。

        印度は、どれも現実的じゃない…というのは、自然条件が「豊か」でもあり「厳しすぎ」でもあります。
        基本的に「豊かな印度」は酷熱の地ですから。
        暑い中で戦ってると、敵味方とも死にますね…多分。
        人口が多いので、富の奪い合いは激しくなりますが。
        ですから、戦争も休み休みやってたでしょう。
        印度文化圏でも涼しい地域は、西洋と同じで、西北部は、遊牧民がしょっちゅう襲って来ます。
        けれども、印度文明の中核は「遊牧圏から遠い酷熱の印度」になりましたので、西洋とは異質のものになりました。

        日本は、印度と逆ですが、結論は似ています。
        こちらは、自然が「豊かさの上限が低い」けど「優しい」。
        遊牧民もいないから、ほどほどの距離に散らばって「のほほんとした暮らし」をしていれば、充分に食えます。
        世界でも珍しい「定着採集民」になり、その上に「農耕」が採集を補うものとして、ミックスされたのです。農耕の方がずっと労働量は多いので、農耕を取り入れる前の方が楽だったでしょう。
        まあ「争闘そのもの」の必要性が低かったのです。

        分析と言うより、イメージを膨らませた程度ですが、一通り、考察を進めてみました。

        中世以前は、印度でなくても「戦争は休み休みじゃないと、やれなかった」というのを、付言しておきます。
        前に話しましたが、この「戦争」は「定着民同士」の話です。
        遊牧民が定着民を襲うのは「狩り」ですから。

        1. mottonさんへ
          議論に参加してくださって、ありがとうございます。
          同じテーマを論じても、論者が違うと切り口が違ってて、面白いです。
          mottonさんの述べ方は、論理的で簡潔です。議論をまとめて、先に進めるのに、実に有益です。
          私は、一か所に留まって延々と同じことを考え続けるタイプであるにも関わらず、思考の焦点が分散しがちで、まとまりの無い叙述になりがちです。

          今回のレスは、ほぼ私の考えていた事と共通します。
          一か所だけ、補論を。

          「各集団の行動パターンは、倫理の問題ではない」
          これは、テーゼとしては正しいですが「社会集団の行動パターンと社会倫理が、截然と区別できるレベルまで進化した後」の状態だと思います。

          私は「社会集団が行動パターンに基いて、倫理の基礎を固定するまでの道のり」を考えようとしています。
          で、社会集団が生きる「環境」を、まず考察してみました。
          「環境と生活の相互作用」⇒「行動パターンの合理化」⇒「ものの考え方・感じ方の傾向」⇒「規範の原型≒倫理の基礎」という図式が成り立つのではないか、と。

          1. 言葉足らずでした。
            「各集団の行動パターンは(他の集団の倫理観上における)倫理の問題ではない」です。
            各集団は、各々の合理的な行動パターンに基いて倫理を形成するので、その倫理観で他の集団の(別の合理性に基づく)行動パターンを非難してもナンセンスだと。

            遊牧民族に「略奪は悪」だと教育してもナンセンスであって、略奪ができないように防衛するとか略奪しなくても済むように取引するとかして「環境」を変えることで合理性の基準を変えて行動パターンを変えさせるべきだと。
            例えば、中華の「朝貢」は後者(中華側がみかじめ料を払う取引)なのですが、中華思想に毒されて約を破る愚者が出ると終わります。

            とろいやさんには釈迦に説法なのでしょうが、特アの問題を倫理の問題にする人が多いので。(シンシアリーさんにもまだ時々感じるので。)

          2. mottonさんへ
            「特亜の問題を、(自分たちの視点から見て)背倫理的であるという非難にすりかえる」、
            なるほど、視点を「現代日本人の自分たち」に固定してしまうと陥りがちな誤謬です。
            これは良いご指摘ですね。
            気を付けないと、無意識にやってしまいますから。

            文化を論じるならば「その倫理感覚の相違は、どんな要因によって生じるか」をテーマにするべきなのですね。
            暗黒面に堕ちないように、自戒しましょう。

            故無き非難を積み重ねると「ゴブリン倫理学」という新しい分野がひらけそうですwww

      2. >1、誰のため…①自分②共同体
        >2、何が利益…①生存②富

        もう少し、生物としての本能に近いところから考えると、
        1、自分の子孫
        2、自分の子孫の生存
        でしょう。

        2のために、少なくとも子孫を作るまでの自分は生存しなければなりません。人間は誕生からの成長が遅いので子孫が成人するまでは自分は生存しなけばなりません。
        共同体は、協力し合う自分の生存に寄与する即時的メリットと、自分の死後(特に予期せぬ死後)も子孫を保護してもらえる長期的メリットがあります。
        富にも、自分の生存に直接寄与する(衣食住が充実していれば長生きできる)即時的メリットと、子孫が若くて富をまだ自力で得られない時に子孫を保護できる長期的メリットがあります。

        それらが、社会(集団)によって異なるのは、その社会の安定度の時間スケールの違いでしょう。
        時間スケールが短期だと、短期的な富の確定(例えば略奪)が合理的になります。長期だと、長期的な富の安定収入(例えば農耕や店)が合理的になります。
        また、血縁の安定度は長期ですが、赤の他人は短期です。赤の他人でも信頼できる実績を元に同胞だと考えられる(日本のような)社会では長期になります(信頼と安定のスパイラルが発生します)。
        天災や異民族の襲撃なども時間スケールに寄与します。日本の天災は社会をリセットするほどではありませんが、黄河の氾濫のようなものはリセットしてしまいます。

        現在、生き残っている社会集団はその時間スケールに応じて合理的な行動パターンを持っているはずで、ゆえに各社会集団の行動パターンは倫理の問題ではありません。
        ただし、国際社会や科学技術の発展により長期的に安定できるようになってきています。それを理解せずに、これまでの短期的に合理的な行動パターンにのみ従うのは「愚か」というだけです。

        (補)
        少子化問題の怖さは、子孫を残さない人が共同体に対して短期的メリットのみを求め始めることです。伝統的な倫理観によって抑えられていますし、子孫以外にも「遺す」物(名声や作品など)を持つ人もいるので急激な変化はないでしょうが、徐々に共同体が変質していき崩壊してしまうかもしれません。

        1. 少子化の問題は、逆に社会システムの変質の表れだと思っています。
          少子化によって共同体が変質するのではなく、共同体の変質が、少子化という形として表面化したのだと。

          「伝統的な倫理」というのは、とどのつまり男性が腕力で作り上げて来たホモソーシャルなもので、女性にとっては、必ずしも居心地の良いものではありません。
          その一画が ( 他集団との接触によって ) 崩れて、次の最適化のパターンがまだ生まれていないだけではないでしょうか。

          男女の在り方だけではなく、
          ・共同体というものの認識は、どこまで広げることが出来るのか?
          ( 国家以上に広がるのか? 逆に狭まる方がいいのか? )

          ・人間の寿命はどこまで延びるのか?
          ( もしも不死という状態を手に入れたなら、子孫という考えは維持できるのか? )

          ・地球環境はどうなるか? 等々

          そんな中から、どの行動パターンを持った集団が、一早く最適解を見つけ出すのか?
          それは人類にとっての解となり得るのか?
          各民族( 社会集団 ) が、そんな手探りをしているように思えます。

          何百年後かの未来に、誰かが分析した時、面白いと思える結果を遺せるといいなぁ。

          1. 人類は増え続けています。
            種としては増えすぎないことも存続の条件です。

            少子化は私たちにとって大問題ですが、種の存続と社会の構造からして、進むべき自然な方向なのかもしれないとも思います。私なんぞには答はわかりませんが…

            とても切ないですが、人類が本当に見付けなければいけないのは、個体数を増やし続けない方法かもしれないとも思います。

            少なくとも、地球上で他の種と継続可能な世界を維持する為には。

            mottonさんが仰るようなゲーム理論的な話でいうなら、人口減少はパレート効率的な状態に向かう過程であるのかもしれない。少なくとも人口減少局面を迎えている先進国では、必ずしも人口が増えなくても社会の維持が可能だし、維持可能に見えるからこそ、均衡状態を破るべく戦略変更の意識が芽生えないのではないかと感じます。

          2. 長期的な社会問題を語る時、「自分の死後も世界が存続している」という無意識の仮説が前提にあります。
            そして、自分の子孫がいれば(または何か遺すものがあれば)、その仮説を疑うことはありません。(疑うなら遺さない。)
            しかし、遺さないという選択をした人々は長期的な社会問題に対する興味を失います。自分の死後の世界に興味がなくなります。

            人間の欲望の多くは、自身と子孫の生存に有利という本能に基づいています。(衣食住が快適だと長生きできますからね。)
            一方で、子孫を守るという本能によって、(自分の死後も子孫を守ってくれる)社会を破壊するような過度な欲望は抑えられています。
            これが「伝統的な倫理」の基盤にあります。
            (男性の腕力は、自身の生存に対するリスクと引き換えに子孫を守ったり子孫を産んでくれる女性にアピールするためのものです。動物と同じ。)

            しかし、遺さないという選択をした人々は、この枷が無くなります。「伝統的な倫理」に観念的に従っているだけで合理性を失ってしまいます。
            現在でも、中国人や韓国人は日本人よりこの枷が無いように思います。社会に対して信頼がない(自分の死後も子孫を守ってくれると考えていない)から。

            日本で言えば、団塊の世代などの現在の老人たちの多くには子孫がいます。だから(後世に負債を押し付けていると批判されていても)彼らはまだまだ自制的です。
            しかし、その子どもの世代が同じように自制的とは思えません。死ぬまで食えるだけ食うんじゃないかと。

          3. mottonさんの仰ることは分かります。

            書き方が拙かったけれど、男性が腕力で築いて来た社会を否定したいわけでもありません。
            近代までは、それでバランスが取れていて、女性の方でも納得していました。
            でも、その納得が女性の側では、既に崩れていると思うのです。

            多くの女性は、子供を産まない ( 子孫をのこさない ) と選択『した』わけではなくて、産むことを選択『できない』のだと思います。
            だから「選択」と言っても、とても消極的なものです。

            「伝統的な倫理」の基盤が崩れて来ていて、既に元に戻る事はないと感じています。
            元に戻る事はないけれど、先がどうなるかも見えない。
            そんな社会に子供は遺せない。

            でも人は本当は、何かを遺したいと思っているんじゃないのかな。
            「中国人や韓国人は日本人より枷が無いよう」に見えるけど、彼らのようになりたいとは思わない。
            逆にあんな風にはなりたくないと、思う人のが多いんじゃないのかな。

            だから、このゆらぎの中から、次の時代の在り方は必ず生まれて来ると思うのです。
            日本が、ただ食い潰されて終わるとは、全く思えません。

          4. 子孫を遺すのは本能に基づくもので、どの社会も「産めよ。殖やせよ」を伝統的な倫理に持っていました。生物が子孫を遺すどうかを選択しないように、選択を考えること自体がナンセンスでした。「産めない状況だから産まない」という選択すらなく「産む」だけでした。
            そうではない種や集団は当然のように滅亡しただけのことです。

            個体の存続にとっては、子を産み育てるのは相当なハイリスクです(男性にとっても)。それを、本能と社会の伝統的な倫理やインセンティブで乗り越えてきました。言い換えると、個体を犠牲にながら種を存続させてきました。

            個体を最重要にみなす現代人は、もはや生物として異端の領域です。未来や社会の意味から変質していっています。今までだって何とかしてきたは通用しません。

            まあ、百年くらいは何とかなるでしょう。そうすれば、生物学的寿命がなくなっているかもしれません(意識の電脳化かもしれません)。もはや生物では無くなるかもしれません。ひ孫の時代はそうかもしれません。
            # SF だと、異星人がやってきて「種」に目覚めた人類が生物的活力を取り戻すのだが。
            # 個人的には、後世に繋いでいくような話が好きなのです。

  6. さて、朝銀破綻(その30)です。

    ところで、何から調査しましょうか?(笑)
    小泉純也氏が、鹿児島出身で旧姓鮫島純也、だからといって、それで単純に最福寺の池口恵観法主と結びつける訳にはいかないでしょう(笑)

    世の陰謀論者たちは、たぶん、そうしたいんでしょうけど(笑)
    残念ながら、カニ太郎は○○○○○コシミズとかとは違います(笑)
    信じるのは金だけ(笑)

    池口恵観さんが、25歳の時に、何故、「三無事件」に関与できたのか、そこがまず一番気になります。
    彼は25歳という若さで政界、経済界、右翼言論界隈に名前を売ってコネを作る事に成功した。
    コネさえ作ってしまえば、その後の人生は周りが勝手にレールを敷いてくれるものだ。
    この池口恵観さんが、その後、1967年に宗教法人「波切り不動最福寺」という宗教法人を作ったのだって、おそらくこの「三無事件」のときに知り合った連中が後ろで糸を引いてたのだろうとカニ太郎は想像する。

    1971年学校法人最福学園を設立し幼稚園等を経営したのだって、おそらく誰か指示、というか何かの組織の匂いがする。

    その後の池口恵観さんの友好人脈の関係を見れば、反社勢力の匂いもする。

    そもそも、「三無事件」はクーデターと呼ぶにはかなりお粗末な事件であり、この首謀者である河南豊作氏は、調べたところ、天下国家を語るより、どちらかというと金の方が大事という俗物です。

    ゆえに、この河南豊作氏が池口恵観氏の初期の師匠だったとすると、この池口恵観さん、きっと、このとき、河南豊作氏から右翼運動と金儲けを結びつける方法を、幾つか学んだに違いないのです。

    以前私はこのブログでパレロワイヤル永田町の事を語ったと思います、そうあの尾崎清光氏の事を語りました。
    彼がやってたのが、まさに保守系の同和団体による金儲け(笑)
    世間ではこれをエセ同和と言っていますが、目的は金儲けというスタイルなわけです。

    それと同じビジネススタイルがリベラル側にもあって、つまりは偽装右翼を装うことで、色々金儲けができるスタイルです。
    これを世間ではエセ右翼、街宣右翼、北朝鮮右翼といっています(笑)

    さて、池口恵観さんは、この「三無事件」のときに、このエセ右翼ビジネスを河南豊作さんから学んだのでしょうか?

    馬場元治議員へ秘書として紹介したのは河南豊作氏です。
    そうすると、まずは河南豊作氏の事を少し調べなければなりません。

    では、次回は河南豊作氏についてということで(笑)

    1. さて、また上に投稿しちゃってましたね。
      しかも、回数も31回目だったのに30回目だと間違ってる。

      どうもすいません

      では、仕方ないので、ここから続けます。
      今回は朝銀破綻シリーズ第32回目になります。

      さて、川南豊作氏について考えようというコーナーです。

      ウィキにも出ていない人物なのに、なぜ調べるかというと、彼が最福寺の池口恵観氏を分析する上での最重要人物だと、私、カニ太郎は思うからであります。

      調べたところ、川南豊作氏の興した川南工業は戦中、大企業に成長しています。
      それこそ、三井三菱を凌ぐ勢いであったことがわかる。

      川南豊作氏は1902年に富山県で生まれてる。
      富山の水産講習所というところを出て大阪の東洋製缶という缶詰工場に就職しています。

      東洋製缶と言えば、今でこそ、かなり有名な大会社ですが、ウィキペディアで調べてみてビックリしました、なんと創業は大正6年(1917)なんです。

      つまり、川南豊作氏が富山から出て就職した会社は、できたてホヤホヤの新会社であったということです。

      そうすると、ここで気になるのが、川南豊作氏の伯父さんで川南寿造という人物である。

      なんとこの人、朝鮮の新浦というところで缶詰工場を経営していたというのだ。

      ここは良港で、最近では潜水艦発射型大陸弾道ミサイルの実験が行われたことでも有名です。

      そして、川南豊作氏は昭和6年、29才の時、東洋製缶をやめて朝鮮へ渡って、この叔父の缶詰工場の共同経営者になっているのです。

      そもそも川南豊作氏は東洋製缶では北九州の工場を任され、米国留学などもさせてもらったようで、若いのに大層な出世をしている。

      どうも同じ缶詰工場でもあるし、この川南豊作氏の出世のスピードといい、この人朝鮮の新浦の川南寿造氏と東洋製缶とは、何かしら関係があるのではないかと思います。
      もしかしたら、この頃から陸軍と付き合いがあったのではないでしょうか。
      缶詰というのは軍への納入がとにかく多いらしい。
      そもそもナポレオンが軍隊の兵糧として缶詰を開発したというくらい、軍には欠かせない物資であった。
      まあとにかく、川南豊作氏は缶詰製造で大儲けした。
      特に鰯のトマト缶を軍へ納入し南方送ることに成功したらしい。
      そして、川南豊作氏が独立したのが昭和9年、このときは缶詰会社であった。
      すぐに伊万里のガラス工場を買取、そして香焼島造船所を買い取ったのが昭和11年。
      なぜ急に造船に興味を持ったのか?
      当時日本は急激に船舶増産を考えていた。
      そのとき既に、川南工業には強い陸軍とのパイプがあったから、何かしら情報があったのかもしれない。

      川南豊作氏は、唐津浦ノ崎造船所、長崎香焼島造船所、と立て続けに開業し、ここから川南工業を大成長させた。

      当時、日本は輸送船の大量製造を目指して、戦時標準規格船いうものを政府主導で造船業界に指導する計画があった。

      船の規格を統一することで、大量生産しようということだ。
      最終的に10タイプの戦時標準規格船というものが導入された。
      この戦時標準規格船の情報が、どうやら川南豊作氏に漏れていたらしい。
      川南豊作氏は造船業には、全くの素人のはずなのに、当時長崎で12年間閉鎖されていた松尾造船をいきなり買い取った。
      伊万里の浦ノ崎ガラス工場を造船所に改装した。
      何かしらの勝算がないと出来ない投資だ。
      そして、長崎香焼島造船所で作り出した船が、この戦時標準規格船だったのだ。
      不思議なことに、政府が戦時標準規格船の構想を発表したときは、既に川南工業は完成品を何隻も市場に売り出していた。

      まあ、川南豊作氏はこのとき既に東条英機と強いパイプがあったらしい。
      後に東条英機の3男は川南工業に就職している。
      東条英機の処刑後に家族の面倒を見たのも川南豊作氏だったらしい。
      当時の川南家の住所は紀尾井町で、あのホテルニューオータニがあった場所一帯が川南家の敷地だったらしい、2万坪だ。

      さて、ここで、川南工業が当時どれ程の国策企業だったのかわかる資料があります。

      昭和18年と19年の、日本の主要造船所の竣工量のデータです。

      三菱長崎、121.370万トン、150.000万トン
      川南香焼、113.040万トン、171.000万トン
      三井玉野、 93.120万トン、165.000万トン
      播磨造船  71.700万トン、112.000
      三菱横浜 67.600 、40.000
      三菱神戸 51.600 、92.400
      川崎船舶 50.000、 60.000
      鋼管鶴見 47.700、 23.000
      日立因島 42.900 、33.600
      播磨松島 41. 760、 100.00
      日立桜島 40.000、 45.600
      三菱若松 37.410、 72.250
      石川島 32.370、 59.400
      川南深堀 31.320 、95.000

      どうでしょうか?
      そうそうたる名門造船所が並んでいます。
      岡山の三井造船、兵庫の播磨造船、因島の日立・・・
      それらの財閥系をごぼう抜きし、僅か創業8年弱の川南香焼島造船所は、19年には三菱長崎造船所を竣工量で追い抜いて1位になっているのです。

      彼は「船は巨大な缶詰だ」という信条があったらしい。
      つまり、粗悪品の山だったというわけです。
      しかし、ベルトコンベアーで船舶を造るという発想は、第2次世界大戦時には必要だったのでしょう。

      この川南豊作氏、まだまだ面白い。
      戦後、空襲で焼けなかった川南造船所、財閥解体にも遇わなかった。
      なのに、朝鮮戦争景気に何故、乗れなかったのだろう?
      このあたり、謎がまだまだ潜んでいます。
      ゆえに、もう少し、川南豊作氏の考察を続けたいと思います。

      1. さて、今日は建国記念日です。

        朝銀破綻を追いかけて、今日で33回目を迎えました。

        今やってるのは、総連本部ビルの競売で一躍有名になった謎のお寺、鹿児島の西福寺についての考察になります。

        「三無事件」の首謀者「川南豊作」は今でこそウィキペディアにも載ってない程度のただの昔の1財界人に過ぎない。

        しかし普通に川南工業の盛衰を調べていけば、そんな小物ではない事がわかる。

        僅か10年で長崎香焼島造船所を三菱長崎造船所並みに大躍進させた手腕は、普通ではない。

        その飛躍的成長の要因を調べていけば、どうも川南豊作が最初に就職した東洋製缶に有りそうな気がする。

        東洋製缶が創業したのが1916年のことである。
        創業者は高崎辰之助という人、1885年生まれである。
        川南豊作が1902年生まれであるので、17才違いだ。
        川南豊作は普通に富山水産講習所を出て就職した。
        たぶん18才の時である(昔の学校制度はわからない)。
        1920年前後ということになる。

        東洋製缶は当時まだ大阪の零細企業だったはずだ。
        HPを見ると1919年当時の大阪工場の写真があるが、どこにでもある町工場である。

        恐らく社長と従業員の距離感は近かったはずで、川南豊作は新入社員ではいった頃、社長、高崎辰之助とは強い師弟関係で結ばれていた可能性はある。

        しかし、川南豊作が東洋製缶を辞めた。
        朝鮮の叔父の缶詰工場に共同経営者として海を渡ったのである。
        昭和6年(1931)のことである。
        川南豊作29才の時である。

        東洋製缶社員時代、この11年間に川南豊作は北九州に居を構え、結婚をし(嫁は石炭業の川元家となってるが、よくわからない)、更に缶詰製造の勉強ためアメリカ留学までしている。
        大層な気に入られようである。

        とある文献で、このような文章を発見した。
        「川南豊作は東洋製缶副社長高崎辰之助の知遇を受けアメリカ留学までさせてもらった」と。(この文章では副社長となっているが、たぶん社長の間違いだと思う)

        そして、東洋製缶副社長高崎辰之助について、よく調べてみた。
        ビックリした。
        どうもこの人、後の満州重工業株式会社の総裁、後の通商産業大臣、初代経済企画庁長官、初代電源開発総裁となっている。
        希代の名士である。
        高崎辰之助・・・いやはや、とんだ大物であった。
        このような大物に気に入られていたとなると・・・そうなると、この川南豊作の朝鮮行きも、なにやら裏に事情がありそうである。

        たとえば、東洋製缶の缶詰事業は朝鮮は新浦にある川南豊作の叔父川南寿造の缶詰工場と業務提携してたのではなかろうか?

        更に、缶詰の納入先である軍隊へのコネが朝鮮の叔父の缶詰工場にあったのではないか?・・・等々である。
        そう考えれば、川南豊作への社長の別格優遇にも説得力が出るし、筋が通る。

        そして、さらに深読みすれば、朝鮮の新浦にいたという川南寿造という叔父は、もしかしたら朝鮮人(もしくは現地婚した日本人)なのかもしれない。

        流石に新浦で缶詰工場というだけで朝鮮人と決めつけるには無茶があるかもしれないが、実はこの缶詰産業、在日の強い業種で、現在業界2位の大和製罐、なかなか表にはでないが、創業者は孫達元という朝鮮人である。

        実際、東洋製缶社長高崎辰之助はその後、全力で満州ビジネスにのめり込んでいく。
        大陸ビジネスというのはそれだけ魅力的だったのであろう。

        満州財閥と言えば鮎川儀助の日産コンツェルンが有名だが、高崎辰之助は鮎川儀助の片腕となり、満州重工業副総裁となった。
        満州経済を支え、終戦時には満州重工業総裁となっていた。

        多くの日本人が捕らえられたが、高崎辰之助のこの頃の動きが謎である。
        後で、掘り下げてみる。

        とにかく高崎辰之助は終戦時には満州在日本人会長として、邦人保護のため奔走した(本当だろうか?)
        終戦後も満州に留まり、満州からの引き上げ日本人のため尽力した・・・(ホントに?)と定説ではなっている。
        ここら辺は瀬島龍三のようなパターンもあるので、あまり文献を真に受けてはいけないだろう。

        この高崎辰之助という人物、LT貿易という政策で有名である。
        台湾を切り捨て中国との貿易を再開し飛躍的に伸ばした張本人とも言われ台湾派には評判悪い。
        高崎辰之助、周恩来、ラインが有名で、周恩来は「あのような人は二度とでない」などと言ったそうだ(どういう意味だ?)私は、裏取引してる可能性もなきにしもあらずだと思っている。
        この頃の日中関係は一筋縄じゃいかない。

        高崎辰之助は後に電源開発初代総裁などという役職にもつき、原発誘導の責任者でもあると言われている。

        中国寄りの政策といい、果たしてアカに洗脳されていなかった、と言えるだろうか。

        東日本大震災後、高崎辰之助は、原発誘導のことを持ち出され、ある特定の人たちには、すこぶる評判は悪いようだ。

        さて、もう少し、川南豊作、高崎辰之助ラインの話を続けたい。

        1. さて、朝銀破綻その34回目です。

          川南豊作は1961年「三無事件」を起こした首謀者だと言われている。
          「三無事件」とは無税、無失業、無戦争を標榜する三無主義をスローガンとしたクーデターのことで、時の政権池田勇人とその政府要人を標的としたテロ計画のことである。

          ・・・よくわからない。

          調べると川南豊作が本当に首謀者だったのかさえ異論もあるらしい。
          川南豊作はクーデターなどする気は更々なかったとさえ言われている。
          ただ、当時、川南豊作は多くの右翼を抱えていたのは事実だ。

          川南豊作は日本の戦後右翼の産みの親でさえあった。
          原因は戦後吹き荒れた組合運動である。
          川南工業は戦災で焼けなかったため、終戦直後多くの労働者を抱えた。
          1955年に倒産したとはいえ、戦後直後の川南工業には、多くの帰還兵が世話になったということだ。

          あの紫電改のタカで有名な源田実も川南工業にやとわれていた一人だ。

          雇われてた部署は保安課だそうだ(笑)
          組合潰しに右翼の復員兵を沢山使ったらしい。

          ネットで出てくる青雲同志会なる右翼組織は川南工業で産声を上げた。
          ネットでググれば仰々しい街宣車が今でも出てくる。

          篠田英伍という社員が川南工業にいた。
          彼は源田実の航空隊にいて、戦後、川南豊作に雇われ保安課社員として、対組合活動で活躍していたらしいが、その篠田が長崎で始めたのが三無塾である。

          他にも菊旗同志会という青雲同志会の発展型もあったらしい。
          どちらも川南工業の保安課が発祥の地だ。

          田形竹尾という人物がいる。
          彼が菊旗同士会で篠田英伍と出会って意気投合、親友となった。
          そして始めたのが草の実会であり、それがなんと日本文化チャンネル桜となった。
          現在の動画サイト、チャンネル桜である。

          よくわからないのが、川南豊作がこれら右翼連中と同じ思想だったのか?というところだ。
          私には正直とてもそうは思えない。
          川南豊作は彼らを、共産党対策として使っていただけだろうし、彼の望みはただ単に大資本家になることだったような気がする。

          また、右翼団体の側にしても、川南豊作を思想的な同士とは思っていなかったのではなかろうか。

          まあよく言えば同士、悪く言えばパトロン、その程度にしか思ってなかった気がする。

          ゆえに三無事件において、川南豊作と他の国粋主義者との間には、大きな溝があったはずである。
          ゆえに三無事件は失敗したのだろう。

          では肝心の池口恵観はどうだったのか?
          川南豊作から馬場元治議員に秘書として送り込まれた池口恵観は、どっち寄りだったのだろう?
          彼は俳優を目指し、広告代理店に勤めるような俗物であった。
          三無事件後は、宗教法人を設立し、幼稚園を経営し、最福寺和尚になり、今では清原、貴乃花といった有名人までを宣伝に使っている。
          ただ金本や新井といった在日スポーツ選手を多く集める理由は何なのであろうか?
          まあそれはともかく、どちらかというと、池口恵観は篠田英伍などの右翼活動家、というよりも、川南豊作の側、つまり商売人の方に近かったと思うのだが、いかがだろう?
          取りあえず三無事件は失敗、川南豊作は首謀者に祭り上げられたが、たぶん川南豊作は大企業のトップに返り咲きたかっただけであろう。
          ほんの数年前までは三井三菱と方を並べる大実業家だったのだから無理もない。
          夢よもう一度、もう一度、一発逆転で、夢見せてもらえないか。と川南豊作が考えていたとしても仕方がない。
          もし彼に復活の目があるとすれば、それは政変がおきるこちだ。
          とにかく混乱が起きねば始まらない。
          川南工業を潰してしまった彼にすれば、復活するには彼が他に作ってる新会社に政府から特別待遇を得るしかないのだから。
          因みにかれは、伊万里重工業株式会社、南米開発株式会社などと、いくつもの会社を持っていた、当時証券会社と株価操作や組んだ取り込み詐欺でいくつも訴えられていたというのに、やっぱり抜け目のない俗物というやつだろう。

          川南豊作がかつて戦時標準規格船で一発当てて、一躍時の人、大実業家、造船王となったように(笑)

          ただ、当時日本は、この川南豊作のように、戦中戦後で、オセロゲームのように経済界のプレーヤーが入れ替わったものだ。
          彼らに共通するところは、成功者は運がある、政治と商売がどういうわけかピタリと結び付いていた。

          そして、その最大の政商は、当時は、なんといっても、中国との貿易を再開させた東洋製缶の会長であり、電源開発総裁であった、高崎辰之助であったであろう。

          ただ彼以外の人間にしても、皆、大なり小なり中国朝鮮に残した膨大な資産を取り返したかったであろうことは同じである。

          東洋製缶の高崎辰之助が日中貿易再開に尽力したのも、満州重工業や日産コンツェルンが残した膨大な資産を捨ててしまうのが惜しかったからに違いない。
          強力に後押しした財閥がいくつもあったであろうことは容易に想像がつく。
          だから日中貿易再開は池田内閣で実現したのであろう。
          そう考えると戦後、日本で最も損をしたのは、野口遵(のぐちしたごう)の残した日窒コンツェルンであるということになる。
          なんといっても日窒コンツェルン、9割の資産が朝鮮半島にあったのだから。

          この日窒コンツェルン、戦後水俣病を起こしたチッソの前身企業であるが、戦中の保有資産額が三菱重工業、日本製鉄に続いて第3位だったほどの巨大企業である。

          「水豊ダム」でググってみればわかるが、ここの総工費は約5億円であり、全部日窒コンツェルンがもった。

          ウィキペディアによると、この金額は同時代に構想されていた「東京・下関間新幹線」に匹敵する巨額であり、その費用は当時朝鮮半島でも一大重化学企業であった、野口遵が率いる朝鮮窒素肥料(朝鮮窒素)(現在のチッソ)が負担し、西松組と間組が請け負った、とある。

          このようなビッグプロジェクトが他にも幾つかあったほど日窒コンツェルンは朝鮮半島では圧倒的であった。
          創業者野口遵は「朝鮮半島の事業王」都まで呼ばれていた。

          それら朝鮮資産が、根こそぎ奪われた。
          ・・・諦めきれるだろうか???
          さて、そろそろ、なぜ、池口恵観が北朝鮮に肩入れしてるのか?
          その資金はどこから出ているのか?
          ちょっとだけ見えてきた気がする。

          たぶん暴論であるが、日本には戦前戦中に朝鮮半島に残した膨大な資産がある。
          それを諦めきれない人たちが、沢山おり、なんとか北朝鮮とよりを戻そうとしているのではなかろうか。
          ・・・などと単純に結論付けるのはまだ止めておこう。

          ただ、そこにはイデオロギーなど微塵もない気がする。
          あるのは金に対する執着だけ・・・のような・・・(笑)気がする。

          1. さて、朝銀破綻を追って、今回で35回目となった。

            しかし、なんだか、気のせいか、朝銀破綻を追って行けば行くほど、どんどん朝銀事件から離れていっている気がしてならない(笑)

            実際、去年末ごろこのブログを始めた頃は、朝銀破綻は朝鮮総連の大物人物2人(具次龍、全演植)を追ってけば、なんとなく全貌ぐらいは見えてくるもんじゃないか、と軽く考えていた(笑)

            ところが、朝銀破綻問題→朝鮮総連の問題→「朝鮮総連本部ビル競売事件」と調べていくうちに、だんだんと事件がややこしくなってきた。

            やがて、元公安調査庁長官の緒方重威や政商満井忠男や日弁連会長土屋公献などが出てくると、更に次から次に怪しい人物がゾロゾロと出てきて、ついには「日経新聞杉嶋事件」や、それが「九州西南海不審船事件」へと繋がって、総連ビルの競売問題を紐解けば朝銀破綻の全貌がわかるなんて考えが、なんて甘い考えなんだと思えてきた。

            それでも、色々な問題に手を出して、肝心の朝銀破綻問題追求が散漫的になってはいけないと、朝鮮総連本部ビル競売問題に狙いを絞り、固執して考察していけば、今日のこのヌタのようなとらえどころのない漠然とした日朝問題の謎が、少しは理解できるんじゃないかと、朝鮮総連本部ビル競売事件の謎を追っていくと、そこで今度は最初の落札者である鹿児島の烏帽子山最福寺について調査する必要に迫られるはめになった(笑)

            烏帽子山最福寺住職池口恵観について調べるうちに、鹿児島県田布施村の朝鮮部落の事や、小泉総理の父、小泉純也氏の多くの謎についても出てきた。
            しかし、ここでも問題を広げるのは得策ではないと、狙いを池口恵観住職が25才の時に関与した「三無事件」に絞り、このクーデター事件ついて推理することにした。

            すると、池口恵観住職に政治か秘書の役を与えた「三無事件」首謀者、川南豊作を調べる必要に迫られた。

            そして川南豊作は川南工業のという戦時中急成長した軍事産業の創業者であることがわかり、更に戦後勃興した組合運動対策のため右翼を育てた戦後右翼のパトロン的存在でもあることがわかった。

            そして、川南工業の創業者である川南豊作の背後には更なる大物「高崎辰之助」がいることもわかった。

            高崎辰之助は1954年時の鳩山一郎内閣で経済審議庁長官・通商産業大臣を務め、翌1955年、旧大阪3区から衆議院議員に初当選。以後連続当選4回。同年経済審議庁廃止に伴い、初代経済企画庁長官に就任。

            1958年、岸信介内閣でも通商産業大臣・経済企画庁長官・科学技術庁長官を兼任して入閣。

            1962年、中華人民共和国を訪問。廖承志との間で日中総合貿易(LT貿易)に関する覚え書きに調印した。

            この「高崎辰之助」が川南豊作の最初の就職先である東洋製缶の創業者高崎辰之助である。

            高崎辰之助は1955年バンドン会議には鳩山首相の代理で日本政府代表として出席し、ネルー、ナセルや周恩来などと親交を深め、1956年には日比賠償協定の首席全権として日比国交正常化の実現にあたっている。

            1962年には訪中経済使節団団長として北京へ渡り、廖承志アジア・アフリカ連帯委員会主席と会談し、「日中総合貿易に関する覚書」に調印した。

            それまで、友好商社間での取引に終始していた日中貿易は、署名者である廖(Liào Chéngzhì)と高碕のイニシャルからLT貿易と呼ばれるこの覚書の締結によって、半官半民の大規模な交易が日中国交正常化まで行われることになった。

            この高崎寅之助は戦時中、満州重工業開発初代総裁鮎川儀助(日産コンツェルン総裁)の片腕、満州重工業開発の副総裁であった。
            1942年より2代目総裁を譲り受けており、戦後には初代電源開発総裁でもある。

            さらに、満州重工業開発初代総裁、日産コンツェルン鮎川儀助は、戦中「財界3羽ガラス」と呼ばれた大資本家であり、その3羽烏の一人が野口遵、日窒コンツェルン総裁であった。

            私はこの日窒コンツェルンこそ、戦後の朝鮮問題の肝なのではないかと疑っている。

            日本が放棄したと言われている朝鮮半島に残した資産、その7割~8割は日窒コンツェルンの資産であったと言われている。

            前回、水豊ダムについて少し触れたが、これからもう少し日窒コンツェルンにおいて調べることにしたい。

  7. >で、「朝鮮文化における宗教の目的には、プラスの要素が無いのでは」と結論を出しました。「自分だけの利益を願うこと」をプラスの要素とは捉えない、という立場から見て、です。

    わたしはもともと、宗教は「自分だけの利益を願うこと」を目的とするものだと思っています。

    しかし、日本の(欧米の)善悪では、「自分だけの利益を願うこと」=悪なのです。さあ、この矛盾はどうやって解決されるのか。

    仏教の変遷でもそうだけど、自分だけの成仏を願う小乗仏教から、みんなを救う大乗仏教、みんなが救われるという阿弥陀仏の教えまでの変遷だね。

    キリスト教でもおなじ変遷があって、ユダヤ教=ユダヤ人のみが、最後まで戒律を守った選ばれしユダヤ人のみが救われる、から、貧しい人、見棄てられた人にこそ救い、迷える子羊にこそ救いがあるとした、イエスの説いたキリスト教への変遷だね。

    しかし、韓国人から見れば、これは偽善なのです。(建前=みんなを救いたい、本音=自分(だけ)が救われたい)になるわけですね。日本人の二面性、日本人は裏表がある、と韓国人は説くわけです。

    韓国人には、自分が救われて、他人も救われるという世界観がないわけですよ。自分が自分も他人も救われるように行動すれば、他人は必ず自分を谷に蹴落として、他人だけが救われる世界になるわけですから(ゲーム理論@ゴブリン世界)

    で、国際宗教が韓国にはいれば、必ず自分の現生利益を大声で叫ぶ、いわゆるカルト宗教になるわけです。これは必然なのですね。

    1. >他人は必ず自分を谷に蹴落として、他人だけが救われる世界になるわけですから(ゲーム理論@ゴブリン世界)

      これが明らかなのが、日本と韓国の関係ですね。

      日本が韓国に良くすればするほど、韓国との共栄(分業)を図ろうとすればするほど、韓国は日本経済を潰し、知的財産の技術窃盗や日本企業へのダンピングを仕掛け、ついに日本企業がつぶれると大喜びするわけです。

  8. さて、前回が27回目で、ようやく鹿児島のお寺の話に入れそうです(笑)

    それでは、28回目、始まり始まり(笑)

    最福寺・・・このお寺が、この朝鮮総連本部ビル売却問題において、2013年3月12日からの入札で、最初に落札したお寺です。

    2013年3月26日、1度目の競売・・・つまり最初の競売で、この鹿児島のお寺、最福寺が45億1900万円で落札した。
    このときの入札は全部で4件、下限額は21億3千万円であった。

    そもそも最福寺とはナニモノか?
    そこで、はい、出てきましたウィキペディア(笑)

    え~、ウィキによりますと、
    最福寺とは、公式の寺伝では室町時代の創立とするが、現在の最福寺は1988年に宗教法人として設立され、1989年(平成元年)に現在の住職でもある池口恵観により事実上新設された寺である・・・

    ・・・え~、なんとこの寺、1989年に新設された寺で、宗教法人としても1988年認可、とある。

    てことは、もうバリバリの新興宗教って事ですね、て言うか、こういう寺院を専門的には単立の寺院と言うそうで、
    包括宗教団体に属さない独立した宗教団体だというくくりでいいそうです。

    しかしながらこの最福寺、法主である池口は、アスリートら有名人に大人気で、プロ野球の清原和博、金本知憲、新井貴浩、他柏レイソルの選手達、作家の家田荘子がこの寺で護摩行をしたことがあるらしい。

    また、日本青年社など右翼団体での講演や機関紙への寄稿もしており、新右翼・一水会の機関紙「月刊レコンキスタ」などにも定期的に記事を執筆している。

    (なんだか、わけわかりませんね、いったい右翼なのか左翼なのか・・・さらに・・・)

    最福寺の池口はもともと北朝鮮との親交が深く、これまでも度々北朝鮮を訪問、「金日成主席観世音菩薩像」を同国に寄付するなどしている。

    北朝鮮への貢献によって池口は、同国から勲章の授与も受けている。

    朝鮮労働党・朝鮮総連の幹部とも親しい。

    が、安倍晋三とも親しい・・・て言うか「安倍総理は信徒である」と言っているらしい、本当にわけわかりませんね。

    そして、結局、納入期限までの資金調達に失敗し、納入済みの5億3000万円の供託金を没収され、2度目の競売にかけられたということなんですが、この最福寺住職の池口恵観 は、朝鮮総連議長、許宗萬に頼まれたとか、日朝関係を考えて朝鮮総連のビル退去を防ぐために落札したとか、言っていました。

    もう、ここまで来ると、1回の解説じゃ無理です。

    調べれば調べるほど、「三無事件」とか面白すぎる事件が、この川口恵観法主の周りで起きています。

    それでは、それらの解説は、また次回(笑)

    1. あ~すいません

      同じの2回投稿してしまいました。

      皆さんの邪魔にならないように、

      下の投稿に続けるようにしたつもりでしたのに、

      最上部に載ってしまいました。

      今後、気をつけます。

  9. とろいやゼミ:韓国は一個の哲学である、その3…だったかな より:

    さて、久しぶりに。
    「言葉数」のエントリーの中で、宗教観について述べました。

    この「宗教観」は、実は「宗教の目的」を示すつもりでした。
    「人は、何を求めて神に祈るのだろうか」ということです。
    ※「神」のところには、他の「ご本尊」が入ってもいいわけです。

    で、「朝鮮文化における宗教の目的には、プラスの要素が無いのでは」と結論を出しました。「自分だけの利益を願うこと」をプラスの要素とは捉えない、という立場から見て、です。
    そして「宗教観の内、目的以外のところまで広げても、無さそうだなあ」と感じて、脱線してしましました。
    「無責任」とか「デタラメ」とか「感謝知らず」とかは「宗教の目的」ではなくて「宗教行為の表現形式の構成要素」ですね。

    にゃなさんが「朝鮮文化の弁護」をしてくれて、話が広がったと感じます。
    なるほど、言われてみれば、プラスの要素として私が挙げた4つが、多少なりとも有る、と言えないこともなさそうです。
    弁護側のポイントとして、認めましょう。

    認めた上で、表現を変えます。
    「プラスの要素が、痕跡的にしか無い」と。

    思うに、この状況をもたらしたものは、小倉教授が「韓国は一個の哲学である」の中で述べておられるところの、
    「朝鮮文化は単なる理気二元論ではなくて、理と気とが表裏一体であるところに特徴がある」ということではないか、と思います。

    理と気の関係は、分かりやすく変換すると「建前」と「本音」でもあります。
    日本的思考では「建前と本音」をマジェマジェしません。
    いつ「本音」を出すか、というと、日本人は「なかなか本音は出さない」訳です。完全な二元論的立場です。

    同じ「本音と建前」でも、マジェマジェされてしまっているところが、朝鮮文化の特異性でしょう。
    「本音と建前」が渾然一体となると、「本音」が絶対的に優位に立つのだと思われます。
    「本音を抑制するべき建前」が、極めて貧弱ですから。
    「使い分ける」のでなくては「本音と建前」は役に立たないのです。ですから、本音は常に強力ですので、建前も同じぐらい強力じゃないといけない訳です。

    常に本音丸出し、という姿勢が、宗教の目的においても「狭量な利己主義」だけが目立つ状況をもたらしたのでしょう。
    言い換えると、その「本音」に「利己」しかなく、「利己」の幅が極めて狭いところが、状況を然らしめているのです。

    1. >とろいやさん
      更新ありがとうございます。
      えーと、空っぽの中に「反日」がすっぽりはまった…というのもお願いします。

    2. その4です。(笑)

      本音と建前がマジェマジェですか?

      その3の講義で、
      >>「あるべき自分=理」が「現実の自分=気」を、常に否定する。
      とあるのですが。

      現実を見ようとせず、理想( 妄想)だけを見ているから思考も深まらないし、自然科学も発展しないのかと思ったのですが、どうもそうではないのですね。

      >>「プラスの要素が、痕跡的にしか無い」
      ということなのですが、

      「健康な社会と言われましても」
      のコメントで、
      >> 「思考」という事を、したことが無い民族なのではないか、と考えてみて、その理由が「中華文明の妙な受容の仕方」にあるのだろう、という仮説にたどりつきました。
      今「朱子学」と「漢文」と「思考」と「言語」の関連性について考えているところです。
      と仰っておられます。
      中華文明を妙な仕方で受け入れた時、思考を放棄したのでしょうか?

      彼らの思考の浅さは何故なのだろう?
      と、また分からなくなっちゃいました。

      とは言え、病後とのこと。
      お身体第一で、無理なさいませんように。

      私の方は、怒濤の年末年始を乗り切って、とっくに通常モード入っているのですが、一旦コメント書かなくなると、なんか書かなくてもいいかなって。
      つまりモノグサです。(笑)

      とろいやさんの講義は楽しみにしていますが、呉々もご無理なさいませんようお願いします。

      1. 追記です。

        韓国には、宗教につきものの「死生観」も見当たらないように思いますが、その辺りどうなのでしょう?

    3. 補講
      講師が実に「ええ加減なやつ」なので、論旨が矛盾するように見える場合が有ります。
      それは事実なのですが、それ以上に「朝鮮文化」を考察すれば、諸々の矛盾が「トムとジェリーみたいに仲良くケンカしている」事に、直面します。

      朝鮮文化にずっぽり嵌っている人の言動は、
      「二元論的思考法がベースにあるみたいなのに、どれがエイドスでどれがヒュレーか、どこが理念でどこが生の現実なのか、全然分からない、謎の思考法」に支配されています。
      基礎は二元論なのです。

      理念がもっとも重要、という意識は有るみたいです。
      ところが、その肝腎な「理念」の意味が分からない。
      私が「理が空っぽ」と表現するのは、そういう意味です。
      そこが諸々の不合理の根幹でしょう。

      「己が空っぽである事」を自覚したわけではなく、「理」として偉そうにするために、朝鮮の「理」はいろんなキーワードを自分の中にはめ込むのです。

      で、その「空っぽの理」は、自分の中にはめ込んだキーワードを武器に暴れまくります。
      しかし、単なるキーワードであり「理」自身、それの内容が分かっていないので、「気」を攻撃して否定する働きしか生じません。
      「自分の中の気」と「気である他者」が攻撃対象です。

      「気」を攻撃して「それは理を体現してまへんなあ」と常にイケズをいいまくる。
      それしかやる事が、というかできる事がないので、無能で口だけは達者な姑が嫁をいびるみたいに、こうるさく動きます。
      それが、朝鮮においては「理」は「気」を否定する、という意味なのです。

      ところが、いびられている嫁の方も、実はろくでなしである事にかけては、姑に勝るとも劣りません。
      ごちゃごちゃになった心理の表面に出させられた「気≒本音」は、他者に対しては「本音らしく」図々しく「己の利」を要求しまくります。この時だけ「理」は「気」を肯定します。しかし、単なる肯定ではなく「否定」を伴う肯定です。
      「そうやねん、他人には何でも要求してええねん。なんちゅうたかて、ウリが『理の体現者』やねんからな」と。
      「そやけどな、あんたのやり方は、生ぬるいねん。もっと徹底的にやらんと『古代の聖人』のレベルには及ばんわなあ」と。
      で、「利己主義丸出し」になるわけです。

      「理の体現者」とか「古代の聖人」とかが何か、というのは、まったく考察されません。単なる「己を正当化するためのキーワード」ですので。

      おまけ
      朝鮮文化だけではなく、中華文明の基礎が「死生観」の浅薄なものである、という仮説も立てて、考察を続けています。
      「思考の放棄」というか「思考の困難さ」も「中華文明そのもの」に、その遠因があるのではないか、と。
      その「悪しき部分」をカリカチュアライズしたのが「朝鮮文化」という図式です。

      誰か、朝鮮文化のいいところも数え上げてやってください。
      例:ゴブリンより悪質なので、ゴブリンに負けない。

      1. 「理」が「裏」となり「利」に変じて「李」と化したわけです。
        今はそれが、さらに「離」となりつつあるところ。

        地口を思いつくと、言わずにいられない…発達障害の一種ですね。

        1. 朴さんの立場は、どーなるのでしょうかw

          チマタでは「朴+李=パクリ」となり、
          韓国(広く特亜)の状況を的確に表現している説が有力である!

          そして、「金(キム、オカネ)」も重要な位置を占める。
          「李(利)=金」
          である、というのも、
          「単なる二元論ではなく、表裏一体のものである」(小倉紀蔵センセ)
          とあるように、
          代表的姓の「朴、李、金」は、「三位一体」として実に韓国(広く特亜)を表現しているw、、、説w(by受験生センセ)

          1. 一方、「金の切れ目が縁の切れ目」といわれるように、
            「(存在しない、得られない)金→離(李)」
            もまた真実。

            朝鮮論法の「理」は、「利」そして「金」に通じ、「利」は「利益」「利用」、
            目的は「金」であり、その手段は「朴李(パクリ」である!

            と、無事に上手く収まったところで、なんかツマミ作るかなw

        2. 歴史進化の法則
          「はいり」から「はいきん」へ、そして「はいぼく」へと。

          かつての「拝李主義」が歴史的必然により進化して「拝金主義」になったのであります。
          この「金」をどのように解釈するかで、二つの派に分かれております。
          北派「もちろん、金王朝が正統ニダ」
          南派「もちろん、カネの世の中ニダ」
          今は、両派が再融合しようとしています。

          その次の段階では「拝朴主義」になる訳です。
          あらゆる闘争において「敗北する」のですね。
          そして、この最終的大敗北は「じぇんぶ、朴を拝んだ奴らのせいニダ」とされます。
          これが最終段階と想定されております。

          一部の先進的な論者は、すでに日本がその最終段階に達している、と指摘しております。
          いわく「ネトウヨはホルホルしてるけど、断交しない限り、必ず日本は負けるのです」

          この学説は、もちろん「断交は不可能」という前提で提示されておりますので、日本の敗北は歴史的必然である、
          そしてその原因は「朴政権と結んだ基本条約及び第二次朴政権と結んだ慰安婦合意にあった。つまり拝朴主義が元凶だ」という結論が導き出されます。
          一部の隙も無い見事な歴史の洞察と申せましょう。

          けれども、この説を最初に唱えた、セ・ブン・シー教授は、先進的過ぎて世に入れられず、ゴブリンの世界へ旅立ってしまった、と伝えられております。

          1. あ、「一分の隙」が「一部の隙」に誤変換されてる。

            まったく油断も隙もない…

      2. >朝鮮文化のいいところ…

        *調子づくと一気呵成に成し遂げる←パリパリ&ケンチャナヨな面もあるが、例えば稲刈りくらいの単純作業ならばスピード&パワーを発揮して中華民族などから龍のような民族だと思われることもある。
        ↑持続力よりは瞬発力がある?煽動されやすさでパワー爆発?

        *死者の出た家には近づかない。死者の遺品なども触ることさえおぞましいので形見分けなどとんでもない(呉善花さんの談より)。
        ↑死や死者を極端に忌避することで、疫病から身を守りやすい?

        1. めっちゃ出遅れてるのでこちらにぶら下がらせて頂いて。
          >宗教の目的
          >プラスの要素が、痕跡的にしか無い

          目的と痕跡ですか。プラスか否かは置いといて。

          痕跡というと何かと集まって歌と踊りやシュプレヒコールを交えてやる集会や無料で食事を配ることなんかがそれかもしれません。どんだけ禁じられても続いた水陸斎や施食の面影があります。

          どこから書いたらいいか分かんなくて申し訳ないんですが、朝鮮半島の一部宗教超概略。

          仏教と道教と儒教が混淆、変化し巫俗として収斂していきほぼ全てを巫堂が担うようになり、現在も残っているのですが、その中でも御霊信仰にも似た亡くなった人が鬼神となり祟るという概念が長く根強く残っているかと思われます。死後の帰趨や不幸の原因を仮託したものですね。これを避けることが目的の大きな部分を占めていると言えると思います。

          中でも非業の死を遂げたり無念の内に亡くなった人が鬼神となるとされるので、これを慰める為に供物をささげます。葬礼であり、供養、厄除けで招福祈願で娯楽といった要素が必要に応じて行われる訳ですが、この儀礼が主に「みんなで集まって供物をささげて歌舞音曲を交えて訴える」という構成になっています。

          悪さをする雑鬼に飯を与え満たし、諸神を勧請、死者に地獄落ちを避けさせ死者本人に心残りがなく往生すると語らせ、招福を願い禍福を占うのに祭られた鬼神(城隍神その他色々)や呪術を用いるといったものになります。これで、何は無くとも功徳を積んだ実績と祟られない安寧とが得られます。

          なんかに似てません?みんなで集まりささげて、訴え、願う。
          着物やら食べ物やらをささげて、心残りや「恨」が解消するようにすると訴え、願う。もひとつ。詳細な願望や回数と時間、大声をささげて、訴え、願う。

          実は痕跡なのではなく、今も現役バリバリで、信仰の対象が変転するものの、みんなで集まりささげて訴え、鬼神に、不幸や理不尽にあった人の悪意に害されないように願うことが目的なのではないかなと愚考します。

          現在は迷信だと排斥し廃れつつありますが、何もしなくても理不尽に不満を抱え「恨」が解かれる事なく亡くなる人に事欠かないのは高麗の昔から変わらないし、亡くならないまでも理不尽がまかり通る社会ですから、死んだら鬼神が否定しきれない実感を持ち、これを割けることか守護されることが期待されているのかもしれません。

          どうにも目的が定かでないのは、こういったことを期待しながら教義のなかの都合のいい所だけつまんで利用、なければ作るからかも。帰依しているようで実はしていない説とか如何でしょ。

      3. 補講の補講
        つまり「立場」としては「理」は極めて強いのです。
        ところが、「実力」が無い。

        極めて「実力=生命力」旺盛な「気」の方は「立場」が弱い。
        朱子学の構造だけを、そのまま、なぞっているからですね。

        ところで、「理」が強力であるためには、徹底的な「理とは何か」の解明が必要なのだと思うのです…
        …が、朱子学の解説書をいくら読んでも「屁理屈を積み重ねて理論武装している」だけにしか思えません。
        ですから「建前」として「役に立て」と言われても、役に立ちません。

        中華文明そのものに「思考の放棄」の原因が有る、と思ったのは、それゆえです。
        2500年間、延々と「バカの再生産」をしている、と思いました。

        ところが、その「バカの再生産」に本家以上に大成功したのが、ウリナラです。
        この「バカの再生産」を専門として人生を費やしてきた無念さが、小倉教授のこの本には、にじみ出ているようです。

        1. 「バカの再生産」
          感動したのである。
          一方、筆者は「バカの純粋培養とも言えるのでは?」と思い至ったw

          コレは、「(国土の)面積に反比例(韓、恨比例)する」(ウリの法則と名付けたい)、、、
          と常々考えていたことに密接に関連する。

          造船技術が乏しい当時、入り口は陸続きで背後は海となり、逃げ場がない「閉じた系(字は正しいかな)」としての半島で、
          「宗主国様がソウ決められたのであれば、諸手を挙げて導入せねばなるまい!!
          なんせ、『世界中心の華(中華さま)』であるから!!」
          と、ガッチガチにガワ(側)だけを無批判に受け入れるウリナラである。

          元がバカなので、「よりバカに、よりバカに!!」と進化(深化)した(=純粋培養)結果ではないだろうか。

          「宗主国(中華)さま!ウリナラはアナタの下僕であり正統後継者であり、背後のイルボンはアホだから、この正しさがじぇんじぇんわからない野蛮(東夷)国家ニダ!!
          だから虐めないでね、、否、もっと虐めて欲しいハセヨ!!」

          と、、、。

          1. 「バカの再生産」

            ・・・これって、「気≒本音」というより「気≒欲望」のがあってませんか?

            「気≒欲望」を「空っぽの理」が、人権やら民主主義やら善だの正義だのって言葉で目隠ししてる、という構造になっている。
            という理解であってますか?

            「理とは何か」の徹底的な追究・解明がないため、そこに便宜的に嵌められる様々なワードにももちろん明解な答えが無い。

            だから例えば、朴槿恵弾劾と香港事態が同じ「民主主義」というワードで括られて、違和感を感じないと。

            「民族統一」と言っても、「民族」とは何か、「統一」とは何か追究もせず、ただ追求しているだけだと。

            結構ショックです。
            分かってはいたんですけど、理論がつくと解明されちゃうから。

          2. 私、この間、
            一週間くらい前のことなのですが、「たき火」という歌を口ずさんでたんですよ。
            〽︎たき火だ たき火だ オチバタキ
            って所で、「あ、落ち葉、焚き だ。」って突然閃いたんですね。
            それまで「オチバタキ」はただぼんやりと井戸端とか道端とかの仲間っぽく思っていたような・・・。(笑)

            子供の頃に覚えた歌とか言葉とかって、意味とか考えることなく覚えちゃってるから、たまにこんな風に突然意味がやって来たりしませんか?
            「ユーラシア大陸」が「ユーロ・アジア大陸」だって気付くとか。

            ちょっと今の話題に合っているように思ったので、おまぬけエピソード紹介してみました。(笑)

  10. その6に切り替わったので、ご迷惑でしょうが、カニ太郎考察「朝銀破綻」もこちらに移動いたします。

    今回は26回目です。

    2007年7月における第166回国会で、河村たかし議員の行った「九州南西海工作船事件」「朝鮮総連本部ビル売却事件」について、考えているところです。

    今回で26回目です。
    今回は、重要人物である緒方重威氏について、河村たかし議員はかなり突っ込んだ質問をしています。

    しかしながら、公安調査庁の答弁は、残念なないようでしかありません。

    元公安調査庁長官であり、元高検検事長でもあった緒方重威氏が、何故2007年6月朝鮮総連本部ビル競売妨害を行ったのか、何故その問題が朝鮮総連による強制執行妨害ではなく朝鮮総連が被害者となる詐欺行為として立件され、裁かれなければならなかったのか?

    日本国民が知りたかったのは、はたして公安調査庁という国家の中枢が、総連の工作員に汚染されていたのか?ということです。

    それを検察は正面から論じようとはぜず、「朝鮮総連本部ビル売却問題」を、緒方重威氏、満井忠男氏、河江浩二氏、の3人による金銭目的の詐欺行為と結論付けてしまった事は、本当に正しかったのか?
    その事を、推理しようという試みです。
    長いシリーズではありますが、もし、ご意見があれば、どなたでもご参加ください。

    それでは、早速26回目、始めたいと思います。

    今回は、もう宝の山である、第166回国会での河村たかし議員の質問を、集中的に載せています。

    特に十三における質問で「梶浦祐史」なる公安調査庁現職職員は、緒方重威氏と満井忠男氏の間を取り持った、との噂があった。
    つまり、この朝鮮総連本部ビル競売逃れは、公安調査庁も最初から知っていた、むしろ計画したのは公安調査庁側ではないか、という事を暗に聞いているわけです。

    この公安調査庁の答弁をよく知ると、当時の第一次安倍政権が、何故、脆くも1年で崩壊したのか、違う面もわかるのではないかと思います。

    十二 (朝鮮総連本部ビル売却問題における)政治家の関与について

    質問1 緒方元長官が退職後、本件売却取引にあたって、特定政治家と接触・相談した事実はあるか。

    質問2 緒方元長官が退職後、政治家の顧問弁護士を務めた事実はあるか。あるとすればそれは誰か。

    十三 現職職員の関与について

     質問1 六月十七日付毎日新聞朝刊は「在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の中央本部の土地と建物の売却問題で、売買を仲介した元不動産会社社長の男性(七三)を緒方重威・元公安調査庁長官(七三)に紹介したのは、公安調査庁の現職職員だったことが関係者の話で分かった」と報道している。かかる報道は真実か。

     質問2 今回、報道機関が「現職職員」として把握しているのは「梶浦祐史」なるものである。梶浦氏は公安調査庁の職員か。

     質問3 梶浦氏作成にかかる資料があったとすれば、その資料名を明らかにされたい。

     質問4 梶浦氏が過去、緒方元長官と私的に連絡を取り合っていた事実はあるか。

     質問5 梶浦氏がその勤務時間中に、緒方元長官から連絡を受けた事実はあるか。

     質問6 毎日新聞の報道後、梶浦氏に対する事情聴取等の調査を行った事実はあるか。

     質問7 梶浦氏はどのように応答したか。

     質問8 梶浦氏は大東文化大学の出身か。

     質問9 梶浦氏が、元公安調査庁職員の西元祥二郎氏と連絡していた事実はあるか。

     質問10 緒方元長官が在職時、公安調査庁内のレクリエーション活動等に参加した事実はあるか。

     質問11 緒方元長官が在職時、公安調査庁職員から構成されるサークル活動に参加した事実はあるか。

     質問12 緒方元長官が参加するレクリエーション、サークル活動に梶浦氏が参加した事実はあるか。

     質問13 緒方元長官が在職時、公安調査庁職員と私的な旅行を行った事実はあるか。

    取りあえず、ここまで。
    ちょっと、わかりづらい面もあると思いますが、当時の状況をウィキペディア等で理解してからこの質問を読むと、河村たかし氏というのは、なかなか、鋭い指摘をするものだと思います。

    それでは、公安調査庁側の答弁は、次回に載せようと思います。

    1. それでは、2007年7月の第166回国会における、公安調査庁の答弁内容を転載します。

      何度も言いますが、この時期はちょうど「朝鮮総連本部ビル売却問題」において、東京地裁の競売許可の判決が6月18日に出る予定だった直前、2007年6月1日~6月18日までの間、朝鮮総連本部ビルの名義が、元公安調査庁長官緒方重威氏の所有する会社「ハーベスト投資顧問㈱」に移転登記された、あからさまな競売妨害があった直後の国会での質問に対しての公安調査庁の答弁です。

      ・質問12ー1について

      お尋ねについては、公安調査庁の調査の具体的内容にかかわる事柄である上、現在、東京地方検察庁において詐欺事件の捜査中であるので、お答えを差し控えたい。

      ・質問12ー2について
       
      公安調査庁として、退職した職員が弁護士の活動としていかなる顧問契約を結んでいるか、あるいは民間の者といかなる契約・取引関係にあるかについては、把握していない。

      ・質問13ー1について
       
      公安調査庁として、御指摘の報道のような事実はないと判断している。

      ・質問13ー2から9まで及び13ー12について

      御指摘の人物の公安調査庁での在職の有無及び在職することを前提としたお尋ねについては、公安調査庁の今後の調査の支障となるおそれがあるので、お答えを差し控えたい。

      ・質問13ー10及び11について
       
      お尋ねの事実を確認するための文書の保存期間が経過し、これが保存されていないため、お答えすることは困難である。

      ・質問13ー13について
       
      公安調査庁として、職員の私的な行為については把握していない。

      ・・・・・・・・・・・・・・・

      どうですか?

      呆れてしまいますよね、まず、自分のとこの元長官が、退職後に誰と顧問弁護契約してたかを、詐欺事件の最中だから答えられないって言ってるんですが、ここって調査が専門の役所なんですよね、国家機密漏洩事件です、国防の活動に疑惑があるのに、ナニが詐欺事件ですか(笑)

      更に公安調査庁の現職職員が、北朝鮮側の代理人同然である満井忠男氏に元長官である弁護士を紹介し、競売妨害の名義変更が行われたというのに、その現職職員といわれる人物の在職の有無すら明かせないとは、もう公安調査庁の内部の人間が朝鮮総連側と共謀してたと、認めたようなものじゃないですか?

      やましいところがないのなら「梶浦祐史氏」についての質問に、普通、在職の有無くらいは答えてしかるべきです。

      それを、何をトチ狂っているのか、『・・・在職の有無及び在職することを前提としたお尋ねについては、公安調査庁の今後の調査の支障となるおそれがあるので、お答えを差し控えたい』ですよ(笑)

      もう怪しさ全開なんですが、何故かネットですら、この後追い情報が出てきていない。
      どうも箝口令でもしかれたんでしょうか?
      それでも「梶浦祐史氏」の名を最初に報じた毎日新聞すら、その後、全くこの事に触れないのは、異常だとしか思えません。

      そして、この朝鮮総連本部ビル売却問題は、名義が再び朝鮮総連側に戻されたのですが、往復の登記にかかった費用1億6千万が緒方重威氏側から東京都に払われたそうです。

      いったいそんなお金、どこから出たのでしょうか?
      緒方重威氏はお金に困っていたから詐欺事件を起こしたはずなんですがね。

      そして、ここから、再び競売が施行されるまで、長い年月がかかった。

      朝鮮総連中央本部の土地と建物は朝鮮総連とは別の会社である朝鮮中央会館管理会の名義となり、整理回収機構は差し押さえに必要な手続きの認定を求める裁判を起こした。

      しかし、2010年6月29日、最高裁は貸付金を回収する目的での差し押さえは現時点では不可能と訴えを棄却し整理回収機構の敗訴が確定した。

      しかし、最高裁は「名義は違っても施設が実質的に朝鮮総連の資産であることを認める裁判所の判決があれば、差し押さえも可能」との意見も示した。

      そして、『総連資産認定裁判』がRCCから起こされた。

      朝鮮総連中央本部の土地と建物が、実質的に朝鮮総連の資産であることの認定を求める裁判で、一審・東京地裁では勝訴。

      総連側は控訴したが2012年6月27日に最高裁判所で棄却され、実質的に朝鮮総連中央本部の土地と建物が朝鮮総連の資産であることが認定された。

      2012年7月10日、整理回収機構は朝鮮総連中央本部の土地と建物の競売を申し立てた。

      総連側は最高裁判決後も競売回避のための返済交渉を続けていたが、2013年3月12日から入札が開始された。

      ・・・・・・・・・

      とまあ、このような流れになっている。

      しかしここからがまた面白い。

      落札者に、鹿児島のお寺や、朝青龍の会社が出てきます。

      それは、また次回(笑)

      1. さて、前回が27回目で、ようやく鹿児島のお寺の話に入れそうです(笑)

        それでは、28回目、始まり始まり(笑)

        最福寺・・・このお寺が、この朝鮮総連本部ビル売却問題において、2013年3月12日からの入札で、最初に落札したお寺です。

        2013年3月26日、1度目の競売・・・つまり最初の競売で、この鹿児島のお寺、最福寺が45億1900万円で落札した。
        このときの入札は全部で4件、下限額は21億3千万円であった。

        そもそも最福寺とはナニモノか?
        そこで、はい、出てきましたウィキペディア(笑)

        え~、ウィキによりますと、
        最福寺とは、公式の寺伝では室町時代の創立とするが、現在の最福寺は1988年に宗教法人として設立され、1989年(平成元年)に現在の住職でもある池口恵観により事実上新設された寺である・・・

        ・・・え~、なんとこの寺、1989年に新設された寺で、宗教法人としても1988年認可、とある。

        てことは、もうバリバリの新興宗教って事ですね、て言うか、こういう寺院を専門的には単立の寺院と言うそうで、
        包括宗教団体に属さない独立した宗教団体だというくくりでいいそうです。

        しかしながらこの最福寺、法主である池口は、アスリートら有名人に大人気で、プロ野球の清原和博、金本知憲、新井貴浩、他柏レイソルの選手達、作家の家田荘子がこの寺で護摩行をしたことがあるらしい。

        また、日本青年社など右翼団体での講演や機関紙への寄稿もしており、新右翼・一水会の機関紙「月刊レコンキスタ」などにも定期的に記事を執筆している。

        (なんだか、わけわかりませんね、いったい右翼なのか左翼なのか・・・さらに・・・)

        最福寺の池口はもともと北朝鮮との親交が深く、これまでも度々北朝鮮を訪問、「金日成主席観世音菩薩像」を同国に寄付するなどしている。

        北朝鮮への貢献によって池口は、同国から勲章の授与も受けている。

        朝鮮労働党・朝鮮総連の幹部とも親しい。

        が、安倍晋三とも親しい・・・て言うか「安倍総理は信徒である」と言っているらしい、本当にわけわかりませんね。

        そして、結局、納入期限までの資金調達に失敗し、納入済みの5億3000万円の供託金を没収され、2度目の競売にかけられたということなんですが、この最福寺住職の池口恵観 は、朝鮮総連議長、許宗萬に頼まれたとか、日朝関係を考えて朝鮮総連のビル退去を防ぐために落札したとか、言っていました。

        もう、ここまで来ると、1回の解説じゃ無理です。

        調べれば調べるほど、「三無事件」とか面白すぎる事件が、この川口恵観法主の周りで起きています。

        それでは、それらの解説は、また次回(笑)

        1. さて、29回目です。

          思えば、ここで朝銀破綻について分析したいと思い、調べていくうちに、鹿児島最福寺について、調べているはめに陥りました。

          この話、どこに向かうのか私自身想像つかず、今は、なんとか面白く書こうと、悪戦苦闘の最中です(笑)

          さて、それでは始めたいと思います。
          朝鮮総連本部ビル売却問題で、2013年3月26日、競売で最福寺が落札したところからですね。

          それで、考えたのですが、このお寺さん、めちゃくちゃディープな事情が満載で、漠然とこの鹿児島の最福寺について書いても、全く焦点が合いません。

          結果、全然まとまらないだけなので、ここの住職、池口恵観法主、について、掘り下げるところから、始めたいと思います。

          まずは、例によって、ウィキペディア(笑)

          池口 恵観(いけぐち えかん、1936年11月15日 – )は、単立烏帽子山最福寺法主。
          高野山真言宗・鹿児島高野山・最福寺 住職。高野山真言宗大僧正・伝灯大阿闍梨。
          俗名・鮫島 正純(さめじま まさずみ)。
          現総理である安倍晋三など多くの政治家と親交があることから永田町の怪僧の渾名がある。

          と、まあ、ざっとこんな説明から、入っています。
          更に、ウィキペディアではこう続きます。

          鹿児島県肝属郡東串良町で醤油屋の息子として生まれた。
          町立柏原小学校、町立東串良中学校、鹿児島県立志布志高等学校を経て、1959年(昭和34年)高野山大学文学部密教学科卒業後、俳優を目指して上京し、広告代理店勤務をしていた。

          1961年(昭和36年)、三無事件に関わり逮捕される。
          1967年(昭和42年)、宗教法人「波切り不動最福寺」を設立。
          1971年(昭和46年)、学校法人最福学園を設立し幼稚園等を経営。
          1989年(平成元年)、「百万枚護摩行」達成行者となる。
          ロシア、フィリピン、日本の数多くの大学の客員教授・非常勤講師の肩書きを持つ。
          1999年(平成11年)、山口大学博士(医学)号を取得。

          さて、もう突っ込みどころ満載ですが、まずは誰でも思うことから、山口大学博士(医学)って、医学博士って事???

          なんと、高野山大学で坊主になる勉強しかしてないのに、医学博士って(笑)
          もう、胡散臭さ満載ですな(笑)
          怪しい健康食品のコマーシャルではよく医学博士が出てきますが、あのレベルというか感じなんですかね(笑)

          更に、つっこむと、高野山大学密教学科出て、俳優目指して上京して、広告代理店勤務って・・・どう考えても俗物一直線のルートですね(笑)

          更に、1961年っていうから、卒業2年後、25才の時に、三無事件に関与しています。

          たぶん最初から仏門に入る気なんてなかったんでしょう。

          三無事件に関与したとき、池口恵観は政治家の秘書だったそうです。

          さて、ここで、まずはこの「三無事件」というものを紐解いていこうと思います。

          いったい、どのような事件だったのでしょうか?

          例によって、ウィキペディア(笑)

          三無事件(さんゆうじけん)は、1961年(昭和36年)12月12日に日本で発覚したクーデター未遂事件。
          世間一般的には「さんむじけん」と呼ばれている。

          川南工業社長の川南豊作を首謀者として、
          旧大日本帝国陸軍出身者らが日本政府の要人の暗殺を計画し、未遂に終わり警視庁により逮捕された。

          1961年12月12日から1962年2月3日まで警視庁等が32箇所を捜索、川南豊作ら22人が逮捕され、12人が起訴された裁判では、破壊活動防止法違反が初めて適用され、8人に有罪判決が下された。

          二審有罪上告中に川南が死亡して公訴棄却となったほかは、上告棄却により7人の有罪が確定した。

          三無(さんゆう)とは無税・無失業・無戦争の三つの無の主張である。
          彼らは老子の「無は有に転じる」という格言から、「さんむ」ではなく「さんゆう」と読んでいた。

          主な参加者
          ・川南豊作 – 首謀者 元川南工業代表
          ・桜井徳太郎 – 元陸軍少将
          ・三上卓 – 元海軍中尉。五・一五事件に関与
          ・小池一臣 – 陸軍士官学校第60期、「国史会」主宰者
          ・篠田英悟 – 日本学生改新会会長、元菊旗同志会中央委員
          ・川下佳節 – 三無塾塾長、のち市川市議会議長。2006年12月死去
          ・池口恵観 – 事件当時・鮫島正純(事件後母方の姓に改姓)・・・だそうです。

          池口は検察側証人として出廷し、事件発覚の二ヶ月前の10月はじめに川南の紹介で衆議院議員・馬場元治の秘書になり、国会議事堂内の電源・通信機器の配置や警備員の数の調査を依頼されたこと、200人で国会を襲撃するに際しては議員秘書の池口が国会内部から突入のタイミングの合図を送る役割だった、と証言している。池口本人は関与の度合いが薄いとして不起訴、釈放されている。

          ・・・・・・・・・・・・・・・・・

          まあ、私の印象としては、大した事件じゃないですね。

          しかしながら、わずか25才の若さで、このような事件に参加したということは、どう考えても、普通の人生じゃないですね。

          そこで、ネットで噂されてるのが、その出自です。

          池口恵観・・・本名、鮫島正純。

          これ、あんまり真面目に書くと、私なんかは引くのですが、なんでも小泉純一郎元総理大臣の従兄弟らしいのです(笑)

          なんでも、小泉総裁のお父さん小泉純也さん、養子に出される前は、鮫島純也さんといったそうな。

          ちょっとここら辺が、面白いと思いまして、もう少し調べたいと思います

          1. さて、30回目の始まりです。

            私は保守でもリベラルでも、右翼でも左翼でもない、もちろん自民党でも、共産、立憲民主、維新でもない、草加?なんか大嫌いです(笑)

            しかしながら、普通に鹿児島の最福寺の調査をやっていくうちに、本当に触りたくないワードに触らないといけなくなってしまいました。

            私は普通の不動産屋で、お金とお酒が好きな、まっとうな俗物ですから、都市伝説の類いは、ホントにホント、嫌いなんですが・・・

            ・・・言いたいことはわかりますか?

            前回触れた、この最福寺の和尚、池口恵観氏と小泉純一郎氏が、従兄弟(いとこ)なんじゃないかって噂のことです。

            まあ、くだらない都市伝説だとは思うんですが、これが本当だと、朝銀破綻において、公的資金が投入されたのが、ほとんど小泉政権の時期と重なるわけで、やはりハッキリさせとかないと私自身が気持ち悪い。

            もう嫌なんですけど、これも、こんなブログ始めた宿命です。

            どうせ暇なんだし(笑)、まあ適当にダラダラ調べていく事にしました。

            え~、まず、私の中で、物事の整理がつかなくなったのは、2013年3月26日、鹿児島の最福寺が総連ビルを落札してからです。

            この事によって、右翼と左翼の区別がつかなくなった。

            私の先入観では、普通のお寺さんって、だいたい右翼だと思ってましたから(笑)
            なんで、北朝鮮に肩入れするんやろ?と思ってしまったわけです。

            この最福寺、池口恵観さんという方が、1989年から宗教法人の認可を取って始められたお寺です。

            さて、そこで、池口恵観さんという方を調べていくと、「三無事件」というものに出くわしました。

            これで、またわからなくなった、この事件、右翼の起こした事件です。
            日本で戦後始めて破防法を適用されたクーデター事件でもあります。
            このときの池口恵観さんが25歳。
            大学卒業してまだ2年です。
            たしか、俳優目指して上京し、広告代理店に勤務したはずなんですが、何故か政治家秘書になってた(笑)

            これはちょっと、世間擦れするには、普通の若者にしては、早すぎる、と思ったわけです。
            だいたい高野山大学密教学科を出て、わずか2年しか経っていないのに、現職大臣の秘書になってクーデターに関与って、どうやったらそういう人脈ができるんでしょうか(笑)

            ゆえに、元々、政治家とのコネがあったのじゃないか?と思ったわけです。

            ゆえに調べていくと、本名「鮫島正純」がクローズアップされてきました。

            さて、ここで小泉純一郎の父親、小泉純也さんですが、旧姓、鮫島純也という名前だったというのはご存じでしょうか?

            そして、ここからが気持ち悪いのですが、この小泉純也(旧姓鮫島純也)氏、出身地が鹿児島なのです。

            鮫島純也氏は鹿児島県川辺郡東加世田村で1904年に生まれています。

            1969年8月10日(65歳没)

            さて、ここから、私こんな作業は好きじゃないのですが、ネットで皆が呟かれていますから、仕方なく調べましたよ、この東加世田村の事を。

            まあ、分かりやすく言うと、ネットでは、小泉純也氏は朝鮮部落の出身なのではないか???ということなんですな。

            そこで出てくるワードが「田布施」という地名なのです。

            はい、ここまでいったら、陰謀論に詳しい人ならわかるでしょう(笑)
            昔の私なら、すぐネットを閉じてます(笑)

            しかしながら、今の私は暇だから、調べましたよ、この「田布施」と「東加世田」の事を。

            さて、鹿児島県田布施村というところは、確かに昭和31年までありました(驚)

            昭和31年に隣の阿多村と合併して金峰町になっています。

            さて、ここからが重要なんですが、小泉純也氏の出身地、川辺郡東加世田村はどこなのかというと、この田布施村と隣接した北側に位置していたのです。
            う~ん、微妙ですな、これだからネット情報は当てにならない。
            ほとんどのネット陰謀論は、小泉純也氏は鹿児島県田布施村出身となっています。
            でも、実際は隣村の東加世田村です。
            田布施村と東加世田村は隣接はしてますが、同じじゃない。

            確かに、どっちも今じゃ「南さつま市」となっておりますが、厳密にいうと違うんじゃないでしょうか?

            さて、ところで、最福寺の池口恵観さんについても調べてるので、池口恵観さんの出身地もどこにあるのか気になります。

            鹿児島県肝属郡東串良町とあります。
            (きもつきぐん)と読みます。

            さて、ここはどこか?
            と探してみると、大隅半島の南側一帯でした。

            どうやら、小泉純也氏と池口恵観氏は同郷ではなかった、ということですね。
            ちょっと安心しました。

            でも、遠縁の可能性はあります。

            まだまだ面白くなりそうなので、まだまだ掘りたいと思います(笑)

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