雑談エントリーその6

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403 Replies to “雑談エントリーその6”

  1. せっかくの4月1日なので、一つ、入れておきますか。

    ショートコント「ウソ」
    「今日も、ウソをつかなかったニダ」

    1. >とろいやさん
      ショートコント「ウソ」2.
      「ウリナラには嘘という文字は無いニダ」
      「ウリナラには嘘という概念は無いニダ」
      「ウリナラには嘘というハングルも無いニダ」

    2. ショートコント「ウソ」3
      「ウリナラという国が、そもそも無いニダ」
      「アイヤー、そうして欲しいアルか?」

    3. サムスン電子、新技術「monKIコンピューティング」を発表 世界最速の虚実転換速度活かす
      2020.4.1 ソウル

      サムスン電子は1日、世界初となる高速データ転送技術「monKIテレポート」を発表した。
      これは韓国において、一個人が苦し紛れについた嘘が国民的共通認識になるまでの速度が最速であることを利用し、嘘と真実を高速で入れ替えることで超高速データ通信を可能にする技術。
      量子テレポートに対抗する、第2の高速データ転送技術として注目を集めることになりそうだ。
      サムスン電子は2020年末までの実証試験完了を目指しており……

      1. # ちょっと発展させてみた

        韓国政府は1日、量子テレポートの完全実用化に成功したと発表した。
        韓国人が苦し紛れについた嘘が瞬時に他の韓国人と共有されるという性質を利用したものであり、韓国人ペアを所有すれば量子テレポートによる超光速通信が可能というものである。

        発表では、明日より韓国人ペアの輸出を始めるとのことで、これによる外貨獲得により経済成長を見込んでいるとのこと。なお、朝鮮半島外で生育した韓国人にはこの性質はないとのことで、韓国による独占供給体制となる。

        また、世界初の輸出ペアは文大統領夫妻自身であることも発表された。しかし、輸出先として日本を希望していることから韓国内では論難が予想される。

        PS.
        ちなみに生体超光速通信のアイデアは『宇宙を駆ける呪詛』で既出だったり。

        1. やがて「情報だけではなくて、物質も転移可能」となり、「韓国人に限り、生体も転移可能」となった。
          こうして、韓国人が宇宙に続々と進出した。
          いまや、全宇宙に韓国人が充満している。

          「う~ん…う~ん…」
          「神様、何にうなされておられるのですか」
          「いやあ、酷い夢をみた…」

  2. 医師協会の新聞「ドクターサーベイ」で全国の医師会員1589人を対象に全般的な政府のコロナ対応についての意見をアンケート調査した結果、39.1%が「正しい対応が全く行われていない」と回答した。
    http://kankokunohannou.org/blog-entry-14083.html

    「正しい対応が全く行われていない」 全く全く全く

  3. さて、神様の話、再開します。
    「アクエンアテンの宗教改革がなぜ失敗したか」を、方法論から見ています。

    「新しい宗教観の受容」がなされるためには、まず「慣習を改める必要性」がなければなりません。これは分かりやすいです。
    昔からのやり方でうまく行っている内は「新しいもの」を人はなかなか受け入れませんから。

    そして、もう一つが「合理性」です。
    「新しい考え方」が提示されても、それが合理的なものでない場合、多数派はそれを受容しません。
    この場合の「合理性」とは、時代状況に応じて「なるほど、理屈は合ってるなあ」と人が認めるかどうか、という程度の意味です。
    哲学的に「合理的であるかどうか」ではありません。

    その意味で、アクエンアテンの改革は「非合理」でした。
    まず「神の本質論」が未熟。

    次に、政治闘争として始めたのに、神官勢力を徹底的に粛清したか、というと、それもしない。つまり「それまでの社会構造の矛盾を解明して、もっと合理的なシステムに置き換える」という「政治的合理性」が欠けていました。

    最大の失敗は「神への祈り方」を、大衆が受容できるように体系化しなかった点だと思います。
    古代エジプトの宗教観のポイントは「冥界からの蘇り」です。
    オシリスにきちんと仕える事によって、冥界から現世に「復活できる(かも知れない)」というのが、古代エジプト人の死生観のもっとも重要なところだったのに、
    アクエンアテンは「アテン以外の神に仕える事」を禁じました。
    おまけ、というか、とどめに「自分以外は、アテンに祈る事はできない」と決めました。
    そして「唯一の神アテンと同一化した自分:アクエンアテン」を礼拝せよ、と。

    民衆は「オシリス神に祈らんで、どないしたら、あの世で巧く行くように出来るねん?」と混乱しました。
    その他の分野も同じです。
    それぞれの分野を担当する神様がいるのに「アテン神だけで、大丈夫なんやろか?」
    彼らには、王様の新しい宗教観は、とても「不合理なもの」と受け取られたでしょう。

    これに、現実の「首都移転」の混乱、「新神殿建設」の経費膨張、「平和政策」による属領喪失、という「実損」=「ものすごい不合理」が加わります。
    あと3年ぐらい生きていたら、生きている内にクーデターを起こされたのではないでしょうか。
    あるいは29才での死は、暗殺だったのかも。

    1. 「神様ぁ、助けてぇ!」
      「呼んだ?」
      「神様ですか?」
      「おれぁ、神様だよ」
      「アレ、何とかしてください!」
      「ああ、おれの手にゃあ負えんわ。ああ!神様ぁ!」
      「はぁ?」
      「神様ですか?」
      「あんだって?」
      「神様ですね?」
      「とんでもねぇ、あたしゃ、神様だよ」

      こういうコントが成立するのは、日本だけかも知れません。
      ご冥福をお祈りします。
      新型コロナ対策は、別の神様に担当していただきます。

      1. ホントに神さまにしちゃえばいいですよね。
        「シムケン神社。」

        で、芸人さんたちが、M1(まだやってるかな? ) だとか、オーディションの前にお祈りして、「あんだって?」って言われちゃうの。

        鈴のところにはタライがあって、鈴緒を引っ張って落ちて来た人は、
        「ダメだこりゃ。」って、ご利益ないじゃん!www
        ご冥福をお祈りします。

    2. 「オシリス神による死後の再生」について、誤りが含まれていましたので、訂正します。
      死後の再生は、「現世に蘇る」のではなくて「楽園への生まれ変わり」でした。
      誰かに指摘される前に、自分で訂正します。

      もっとも、一般大衆が、これをきちんと理解していたかどうかは、不明です。
      「ミイラを残せる身分なら、現世に蘇る事ができる」などと思っていた人もいたのではないかと思われます。
      「ミイラになってからこの世に復活した例が無いので、信仰の形態が変化した」という可能性を指摘している解説書もあります。

      どのように受け取られていたかはともかく、アクエンアテンの頃には「オシリス信仰=楽園への再生の希望」は教義の要だったでしょう。

      大衆は常に、宗教に「救済」を求めるのです。
      ですから「あの世で楽園に生まれ変わる方法」が否定されると、大衆には不満が高まります。
      この「大衆の不満」は中間管理職である神官に当たって来る訳です。ゆえに、神官階級が「めんどくさい事になった」と感じるようになり、後に「もとに戻してしまえ」と行動に出たのでしょう。

      つまり、アクエンアテンは「オシリスは、アテンの別名や。お祈りやお供え物は、今までと同じでええねん。本地がアテンで垂迹がオシリスや」とでも、適当に言いくるめておけば良かったのです。
      それが「合理性」です。
      しかし、彼の眼中に「大衆」は無かったでしょうし、彼は自分の信念に忠実過ぎたようです。

      1. ・ファラオの専有物だった死後復活が大衆化した
        ・現世復活ではなく、楽園での永遠の暮らしに変わった
        どちらも新王国時代初期、第17~第18王朝のできごとです。
        アクエンアテンのころには、すでにこのように変わっていました。

        大衆化した死後復活ですが、儀式には多額の費用がかかりましたので、おそらく実行できたのはローマ帝国でいう市民階級、つまり上澄み1~3割だったと思われます。(それでも大部分廉価版の儀式しかできない)
        そして死後復活の儀式の恩恵にあずかっていたのは、アクエンアテンの政敵である神官団だったことは間違いありませんね。
        現代風に言うなら「るるぶ楽園」である「死者の書」の販売益は、神殿の重要な収入源だったはずです。どの時代でもサイフに手を突っ込まれた利権集団は、手を出したやつを滅ぼそうと試みます。

        アクエンアテンが、とろいや先生の言うような「死後復活信仰の受け皿」を作ることは不可能だったでしょう。葬儀業務を行う行政組織とは、すなわち神殿と教団であり、アクエンアテンが一神教信仰で財布に手を突っ込んで怒らせている張本人ですから。
        アメン神官団の勢力をそぐためにアテン一神教を利用するなら、アメンのライバル神を取り込んで利権を与える必要がありました。
        (もちろんそうすれば、数十年後にライバル神の神官団が、第2のアメン教団になります)
        宗教勢力の実力を削ぐというドグマにとらわれたアクエンアテンの改革は、始めた時点で失敗することが約束されていたともいえます。

    3. 「一神教」という視点から。

      ブログ本編の方でも、宗教的な話しが続いたので、改めてキリスト教について考えました。
      並行して、こちらで、アクエンアテンのアマルナ改革の話しをして ( 頂いて ) いて、「一神教」について思ったことがあるので、それを話します。

      「唯一神」とは、その人の理想の反映であり、それを人々と共有し ( 押し付け ) ようとしたものが「一神教」なのだと思います。

      だから、神と交信できる者は、一人だけなのです。
      誰もが交信できるとしてしまうと、それぞれが別々の理想を掲げてバラバラになってしまうので、一神教は成立し得ません。

      後々の話しになりますが、宗教改革でカトリックと別れたプロテスタントは、一人一人が神と向き合うとしたために、新しい教派が雨後の筍のように、次々に誕生してしまいます。( キリスト教系新興宗教もその流れ。)
      それに賛同する人々が現れて、一定数の集団を作れたのは、既にカトリックによって、「唯一神」という概念が定着していたからだと思います。

      翻ってエジプトでは、「アテン神」とは何ぞや? と、ぼんやりとした掴み所のない、新手の神でした。
      アクエンアテンという人物が、ボンボンだったのではないかというのは、短絡的に過ぎましたが、
      ただこの人は、「他者」を持たなかった人なのではないか、と想像します。
      ある意味、とても孤独な人ではなかっただろうかと。
      周りに、どれだけ沢山の人がいようとも、親しい者も思いやる者も、特別な誰か「他者」を持つことは、終ぞ無かった人なのでは? と想像してしまいます。
      彼に見えていたのは理想であって、現実ではなかったのではないでしょうか。

      その点で、後のヘブライ人の一神教は、地に足がついていたと思います。( 計算とは思えませんが。)
      預言者たちは、所属する部族集団の命運を賭けての理想を掲げ、民を率いました。
      元々の部族神から、唯一神への昇格なので、はっきりとした概念化も成っていました。

      安定した社会システムを持つ大国での、孤独な個人の理想と、不安定な小集団の生き残りを賭けた理想。
      宗教の成功を定着と考えるなら、違いはやはり、「民・大衆」に支持されるか否か。なのでしょうね。

      1. >周りに、どれだけ沢山の人がいようとも、親しい者も思いやる者も、特別な誰か「他者」を持つことは、終ぞ無かった人なのでは?

        ふむ。王者の孤独がそうですね。
        有能であればあるほどそうなります。現人神として神の機能を兼ねるために、臣民を「平等に」扱わねばなりませんから、特別な誰かを持てません。

        >彼に見えていたのは理想であって、現実ではなかったのではないでしょうか。

        有能であれば、逆だったり。
        王者には臣民のあらゆる理想を現実に結びつける責務がありますから。

        これを真面目にやると辛い(雍正帝やケマル、ナポレオンがよい例)ので、自分の上位として神を創ると楽ができます。
        神の子孫や代行者や預言者を名乗ったりして。

        1. この人、アクエンアテンの有能さは、カッコ付きだと思うんですよ。
          「( ある意味 ) 有能」みたいな感じで。
          本当の意味で有能なら、アマルナ改革なんてしないんじゃないかと。

          お陰で色々残ってて、後世の者としては面白いし、助かるんですけどね。

      2. >唯一神とは、その人の理想の反映
        その通りだと思います。

        「一神教についての知識」を整理しようと思って、先週から、アウグスティヌスとトマス・アクィナスについての「一般向けの解説書」を読んでいます。
        暇が有ったら、ラテン語を勉強して原書を読んでみたいですがww

        中に「欧州では、アウグスティヌスの時代に、個人の『自我』というものが芽生えて、神を考える事・神との対峙は『自分を見つめる作業』になった。アウグスティヌスの世界観も、その文脈で理解する事ができる」というものが有りました…というか、そのように読み取りました。

        「唯信論」という用語を自分で思いついたので、「信」とは何ぞや、とそれも考えていましたが、
        そこで、二つの要素が結びつきました。
        「神を受け入れる事」は、ある意味「自分を受け入れる事」でもありますね。

        私が、自分にとっての「受け入れるべきもの」とは何だろう、と考えてたどり着いたのは、「理想」ではなくて「矛盾」でした、「限界」とも言えます。
        そこは、人それぞれだと思われます。

        私にとって「信」とは「自分の中の、そして世界の、本質的矛盾と限界を、ありのままのものとして、受容する事」でした。
        言い方を変えれば「ありのままに世界を受容する、という理想」なのかも知れません。
        「それに思い至っても、実践は難しい」という意味で。

        ※「ありのままに世界を受容する」とは「諦め」ではありません。
        「自分の(例えば、世界を少しでも良くしたい、という)意思」を保ちながら、です。
        「自分にもできる事がある、と信じて、頑張る」のも、「ありのままの受容」ですね。

        1. とろいやさん、待ってぇ。 行き過ぎですよ〜。

          それだと、唯一「神」ではなくなってしまいます。
          矛盾や限界を受け入れる段階になった「時」には、神は神であることをやめてしまいます。
          今話しているのは「一神教」なので、「理想」なのです。
          「ありのままではならない世界」です。

          アウグスティヌスもトマス・アクィナスも、転換期に生を受けた人物なので、矛盾を抱えて、それを解消する必要がありました。
          彼らは、自分の矮小さを受け入れるのに、神の偉大さを強調しました。
          ありのままを受け入れるために、ありのままではない世界を構築しました。
          西洋人は建築家です。理論を構築して世界を作ります。

          キリスト教が語るのは「理想」です。

          1. >ありのままを受け入れるために、ありのままではない世界を構築しました。
            でも、その理想を構築するためには「ありのままの世界」を見ることが必要です。簡単なことではありません。みた結果、きわどい自己否定もありえます。
            アウグスティヌスもトマス・アクィナスも夢想した原理から理想を述べたわけではないと思います。
            韓国人じゃあるまいし。

        2. >ありのままを受け入れるために、ありのままではない世界を構築した
          なるほど、巧い言い方で、説得力が有ります。

          私は、ちょっと「涅槃」へ近づきすぎたみたいです。
          では、現実に近いところに戻りましょう。
          夜、酔っ払っていなかったら、そろそろ「ゾロアスターの話」に移行します。
          これも、紀元前1200年頃、という事になってます。
          古代世界は、深いですねえ。
          いつになったら、現世に戻れるやら…古代を逍遥してるのは、楽しいですけど。

        3. とろいや 様
          >「唯信論」
          細かい引用は避けますが、よくわかります。
          確かに人それぞれながら、多くの日本人が共感できるスタンスかとも思います。

      3. cieさん
        全くの想像ですが。アクエンアテンが初めて得た「他者」がネフェルティティだった、というのはないでしょうかね。そして彼女が持ってきたのがアテン信仰だったとしたら。ネフェルティティに入れ込んだアクエンアテンがアテン信仰を「国教」化し、軋轢の中で倒れると、今度は自分自身がスメンクカーラーと名乗って即位してさらに徹底しようとしたとか。

        あかん、アクエンアテンをぼんくら以下にしてもうた。。。

        1. あら、ロマンティカ。
          ちょっと歪んだ、哀切なラブストーリーで映画ができちゃいますね。
          巨匠とろいや先生に、脚本をお願いしなきゃ。
          また全米が涙しちゃう。

          ぼんくらでもいいよ、愛があれば。

    4. とろいやさん
      まとめていただきありがとうございます。
      なんだか皆様のご説明を拝見していて、逆にわからなくなってきました。

      まず、ヲチャーさんがお詳しいようですので、もしご存知ならご教示ください。この時代の墓ではオシリス神でなくアテン神が主役になるのでしょうか。アテン神のもとの復活を描いた死者の書などもあるのでしょうか。

      というのは、ひょっとして彼はアテン神の化身たる自分を現人神扱いするなら、王家以外は旧来の信仰でもよかったのではないかという気がしたのです。もちろん根拠はありません。

      もう一つの疑問は、とろいやさん、ヲチャーさんが言及されている「大衆」とは誰か、という点です。死後の復活とか何とか言っても、その対象になれるのは一般の民衆ではなく、文字の読める層、高級官僚か神官しかいなかったのではないかと思うのです。

      私は日本史の出身ですからどうしても日本史に偏ってしまうのですが、日本史で言えば6世紀頃に仏教の受容があります。しかし、この時の仏教はあくまでも大陸文化の一つとして、「仏像」というそれまで日本人が見たこともない「きらきらしい」ものとして、一般民衆への教化を想定しない、豪族の受容だけが問題となります。中央だけでなく地方の豪族も競って仏教を受容する中、8世紀にはその対象も「百姓(おおみたから)」と呼ばれた一般民衆も含まれるようになり、百姓をもっぱら教化の対象とした行基のような人物が出現します。庶民に受け入れられていく様は「日本霊異記」から始まる仏教説話集によって知ることができます。

      エジプトの歴史はマネトの残した記録の断片と、あとは発掘された壁画などの考古資料によって復元されたものと思うのです。当然、一般民衆の視点はどこにもありません。妄想ではありますが、私はアクエンアテンのアテン教は、まだ民衆を対象に整備する前の段階、日本で言えば仏教受容の初期、崇仏派と廃仏派が争った頃に相当するのではないかと思うのです。

      それを体系づけて構築した人物が、エジプトを脱出したヘブライ人のリーダーのモーセだったのでかもしれませんね。

      1. あ、なるほど。
        確かに「大衆」の意味は、各国で違うでしょうね。

        ヘブライ人のような小部族集団と、エジプトのような大国では、一人一人の密度というか重要度が違って来ますね。
        激戦区かどうかにもよりますし、ローマのように選挙制度があると、また違って来ますね。
        時代によっても違って来るか。
        その頃のエジプトでの「大衆」。

        出エジプトの方なのですが、
        私は、ここでの話しを受けて、アマルナ改革とは関係ないものと結論づけました。

        この時期に、カナン地方で戦っていた母集団に、エジプト出稼ぎ組が合流。
        実際に起こったのは、この程度の事だったのだろうと。
        それを盛りに盛って出来上がったのが、「出エジプト記」でしょう。

        それなりに立派になった後、出自を盛った神話を作るのは、古代では当たり前です。
        ローマ人も、アエネアスの子孫になりました。荒くれ羊飼いのくせに。w

        神話の作り方は、現代でも隣国が実践しているので、実地に見る事ができますね。
        韓国が日本を利用するように、古代イスラエルは「大帝国エジプト」を利用して、自分たちの出自としたのでしょう。

        逆に言ったら、韓国人の古代性の証明にもなるんじゃないかな。w

      2. >大衆とは誰か
        これは、重要なご指摘ですね。
        思うに、私たちは「古代」を考える時、二つの方向で「偏見」を持ちます。
        一つは「今と比べて、ずっと野蛮だっただろう」という無根拠な思い込み。
        もう一つは「今の『言語習慣』で、古代世界の構造を捉えてしまう」という想像力の欠如。

        キサラギ=アリスさんの、今回のご指摘は、後者への懸念ですね。

        私は「大衆」とか「民衆」は、常に在る、と考えます。
        生活水準とか識字率とか教養とか余暇などは、現在の大衆とは全然違っていても、その時代時代の水準で「ふつうの暮らし」を送る人々が。
        例えば、エジプトなら「神殿やピラミッドを造るために動員された人々」の内「ちゃんと給与を受け取っていた人々」です。
        奴隷でも、上層階級でもなくて、何かさせられるときは「反対給付」を受けるのが正当、とされた階級です。
        古代社会の「大衆」として、一つは、その辺りを想定しています。

        宗教は、その「中間層」の「需要」に応えるものじゃないと、「固定的な社会構造においては」存在意義が明確でなかった、と思います。
        上層階級は、神殿に供え物をして儀式を執り行なって、来世の楽園行が約束される。
        では、その次の層は?

        そこを、上層階級が「巧く言いくるめないと」支配構造は安定しません。
        なので「安物でもいいから、ちゃんとお供えして、心を込めて祈れば、神様も悪いようにはせえへんで」と「グリーン車は無理でも、自由席に乗れるかも」と期待を持たせる必要が生じます。
        その「自由席に乗る方法」を、きちんと提示するのが「神官階級の大切な仕事」だったでしょう。

        もう一つは、さらにその下、奴隷階級。
        奴隷だから宗教を与えられない、という事はないだろう、と思います。
        なぜかと言うと、奴隷階級は「部族間戦争の敗者」や「生活困窮による債務奴隷」や「略取されてきた被害者」です。
        ※「階級」と「部族・民族」は、この意味で同義語です。
        つまり「教養や宗教心」に縁があるかどうかは、「どの階級の構成員であるか」によってのみ決定する訳ではない。

        そのような境遇でも、というか、そういう境遇ならなおさら、人は「神」を求めるでしょう。
        つまり、どのような階級も、常に「神」を求める訳で、古代にはそれぞれの階級に、それぞれの神が在った、と考える方が合理的だと思います。
        「固定的でない社会構造においては」神は、そういうものでしょう。

        その階級の「宗教の実態」が記録に残るかどうか、それは、その当時の支配階級の「記録というものへの考え方」と「その後の展開」によります。

        1. とろいやさん
          わかりやすくまとめていただきありがとうございます。

          ご意見を拝読していてちょっと思ったのですが、受容されるためには多くの場合神も変質していったのではないか、ということです。

          大きく離れてしまいますが、一番わかりやすいのがインドだと思うのです。

          明らかに支配階層のものであったバラモン教に対して、身分に関係なしに、今はだめでも善行を積めば来世にはより良い身分に生まれ変わる、とした上で、従来の神をも仏法を守護する存在にしたのが仏教でした(極論ですよ)。それでも生と死の回転、輪廻から抜け出せるのは僧侶だけでした。そしてそうじゃない、誰でも解脱できる、と説いた大乗仏教が成立します。

          バラモン教もこの状況に変質し、支配者だけでなくシュードラであっても現世利益が得られるという、ようになり、来世での救済を説く仏教に対して現世利益を説くヒンドゥー教になります。危機を覚えた仏教はそれまでのあまたの如来の上位に如来の王、大日如来を据え、特殊な儀式による現世利益をうたう密教を登場させますが、結局インド本国では釈尊さえも主神の一柱に据えたヒンドゥー教の前に淘汰されてしまいます。

          もしアテン信仰とユダヤ教に始まる一神教が一続きのものであれば、その間に「王一人を守る神」から「信仰を同じくする者全部を守る神」に変質していた、ということになります。

          当時のエジプトでは外来の労働者であるヘブライ人は奴隷と変わらない身分であったでしょう。彼らが、滅びゆくアテン神の像を見て、この触手は王だけではなく我々全部を救うものではないか、と考え、エジプトの神と接点がなかった彼らがその信仰を承継した、と考えるのは・・・やはり妄想でしょうかね。

          1. ヘブライ人は「元々はおおいに栄えていた王国」を、エジプト人に滅ぼされて「奴隷的労働」を「強制」された訳です。
            旧約聖書をそのまま読めば、そうですよね。

            韓国人の主張に似ていると思いませんかwww
            そうすると、次は「宗教の強制」ですね。
            「エジプト各地の神社に強制的に参拝させられた」でしょう。しかも「旭日模様」を拝まされたのです。
            しかし、彼らは「自分たちの神」を捨てなかった。
            そこが「韓国人と違うところ」です。
            ※韓国人、というか朝鮮民族は「思想」を次々に変えますから、その時々の宗主国に迎合するために。

            ヘブライ人は「本当は、ウリにはヤハウェ様と言う『世界最優秀の神様』がついてるニダ」と思って、エジプトを恨んで生きていた訳です。

            そこに至るまでに、アテン神のきらびやかさを見て「ウリ神様も、アテンさんと同じような偉い神様に違いないニダ」と考えて、
            ヤハウェを「民族の守護神」⇒「世界の最高神」⇒「唯一神」と祭り上げて行った過程があるのかも知れません。

            以下、真面目な話
            本当は、シナイ半島の片隅でひっそりと命脈を保ち、援助してくれないエジプトを恨んでいたのだと思われますが。
            有能なリーダーが現われて、勢力を盛り返したときに「アテンの論理」を借用した、というのは、おおいに有りそうに思えます。

            「大衆にとっての宗教」を考える時、
            「部族の守護神」というレベルであれば、上層階級も下層階級も、「祭祀の方法」も「それで受けるご利益」も、その「本質」において似たようなものだとしか想定できません。

            ですから、上層階級と下層階級で「宗教の意味」が変わって来るのは、その社会に相当のゆとりが出来て「神の本質論」が進化してから、になると思います。
            しかも、これは「民族的に同質性を保ったまま、その社会において階級分化が進んだ場合」です。
            世界的に、そういう例は、あまり無いのでは。

            多部族・多民族混住社会だと、別の構造になるでしょう。
            というか、文明が進化した社会は、ほぼそうですね。
            ツァラトゥストラかく語りき、に行く前に、今夜はそこを考えてみましょう。

          2. >>旧約聖書をそのまま読めば、そうですよね。

            おりょりょ? 違いますよ。
            彼らの王国が繁栄するのは、出エジプトのずっと後です。
            師匠、もしかして、バビロン捕囚と混ざっちゃってませんか?

            『創世記』は、エデンの園、ノアの方舟、バベルの塔の後、セムの系図とあって、アブラムの召命へと続きます。
            アブラム( 高められた父という意味 ) は神の言葉に従い、カルデアのウルを出て、名を「アブラハム ( 多くの民の高められた父 ) 」と改め、ヘブライ人の始祖となります。

            彼の息子がイサク。
            生贄の話しが有名です。
            これにより、「人」を生贄として捧げることがなくなったとされています。

            その息子がヤコブ。彼は、ヤボクの渡しという場所で、夜通し神と格闘し、
            「イスラエル:イシャラー( 勝つ者 ) エル ( 神 ) 」という名を貰います。

            そのヤコブ・イスラエルに10人の息子があり、その中のヨセフという子供が、やたらと特別扱いなのです。( メンドイので、理由は省きます。)
            そのため兄弟たちの嫉妬を買い、置き去りにされた上、奴隷商人に見つかってエジプトに売り飛ばされてしまいます。
            彼はこの地で、運と才覚によって、宰相にまでなり、飢饉の際に再会した家族をエジプトに呼び寄せます。

            その際、ファラオに謁見したヨセフの兄弟たちは、
            「自分たちは先祖代々羊飼いですが、カナン地方は飢饉が酷く羊を飼う草もありません。
            どうかこの国に寄留させてください。ゴシェンの地に住まわせてください。」と懇願しています。
            繁栄とは、無縁な話しです。

            そして、ヤコブ・イスラエルの10人の息子たちに、ヨセフの息子2人を加えたのが、「イスラエル12部族」と呼ばれる者たちの祖です。
            めでたくエジプトの住民となって17年後、創世記47、48章には、死期の迫ったヤコブ・イスラエルの、12人への祝福と、その死が描かれ、50章のヨセフの死で幕を閉じます。
            因みに、イスラエルもヨセフも、防腐処置をしたと書かれています。

            その後すぐ、「出エジプト記」になってしまうのです。
            宰相ヨセフの死 → 奴隷
            は? なんで??? なわけです。
            それで考えたのが「ユダヤ陰謀説」だったのですが。www

            出エジプトの後、歴代預言者に率いられる時代 ( 士師記 ) を経て、ヘブライ人も王政を敷きます。サムエル、ダビデ、ソロモンときて、次の王で、南北に分裂。
            北イスラエル王国は、紀元前722年、アッシリアに、南ユダ王国は、紀元前586年、新バビロニアに滅ぼされます。
            ( サムエル、ダビデの物語は「サムエル記上下」にソロモンから、ユダ王国陥落までは「列王記」に記されています。)

            繁栄したとされているのは、ソロモン王の時ですね。
            聖書によると、ソロモン王には多くの外国人の妃があり、その影響で晩年の彼は、信仰が揺らいだため、王国の分裂が起こったとなっています。

            聖書の記述は、こんな感じです。

          3. ついでながら、「創世記・ヨセフ」と「出エジプト記・モーセ」の間には、200年ぐらいの開きがあることになっています。

            王政となってからも、預言者はいます。
            色々うるさいので、煙たがられています。
            エレミヤという預言者は、エルサレム陥落の時の預言者なので、泣いてばかりいて、とても可哀想です。
            預言者は、「だから、あれほど言ったのにぃ。」っていう存在です。

            あ、因みに、エルサレムはユダ王国の首都です。

          4. cieさん ありがとうございます。
            とろいやさんの仰る、ヘブライ人の王国がエジプトに滅ぼされたという話が思い当たらずに悩んでおりました。私が聖書を読んだのは中学のころですから、そもそももう記憶のかなた、細部まで覚えてらっしゃるのをいつも感心しております。

            で、もしエジプト脱出組が定住地を見つけた組に合流したならば、そこにはきっとひと悶着も二悶着もあって、記録されない争いがあったのだろうなとか思っています。

            アテン、ヤハウェ、アッラー、それぞれ別の神の名を有しているというのも興味深いです。最初アッラーはエジプトの太陽神ラーと同じかとも思ったのですが、エジプトはRでアラビアはLなのでありえないのですよね。ご存知でしょうが、アブラハムの子イサクの兄イシュマイルがアラブ人の祖先(ということになっている)です。

          5. キサラギ=アリスさん

            私、元カトリック信者なんです。
            しかも修道院にいたこともある、ゴリゴリの一神教徒でした。www
            何度か言及してるので、ご存知の方もいらっしゃいます。とろいやさんとか。

            修道院は、誓願を立てる前に出たので、正式なものではなく、シスター見習いの段階でしたが、それでも2年ちょいいたので、組織としてのカトリック教会も、内側から語れちゃいますよ。

            現在は、キリスト教徒ではないキリスト者といったところです。w
            教会には通ってないけど、キリスト教の考え方は染みついています。

            そういう目で見るに、アテン神→ユダヤ教というのは、たぶん無いですね。
            逆は有りと思ったんですけど。
            ここは、もうちょっと考える必要はあると思うのですけど、
            どうも、アリスさんもとろいやさんも、見方が多神教的過ぎるように感じます。
            仕方ないのです。
            体験としての一神教がないですから。

            アリスさんは、おじいさんと伯父さんが神職でいらっしゃるのですよね。
            出雲の話しが出ていた時に読みました。
            祝詞は簡易な方で行っときます。www

          6. ちょっと、要約が大雑把過ぎました。
            「繁栄していたヘブライ人の王国が」じゃなくて、
            「エジプト王国で出世したヘブライ人のヨセフ一家が」が、正しい要約でしたね。

            才覚で宰相の地位に上り詰めたヨセフ、カナンの飢饉をよそに我が春を謳歌するヨセフ一家、そしてなぜかエジプト王にもヨセフにも許されて栄華に連なる事となったヨセフの兄弟たちとその一族、しかしなぜか分からぬ理由で、あっという間に「奴隷」にされる。
            これは「日帝のせい」としか思えません。
            アテンに帰依して「旭日模様」を拝んだから、です。

            という「ネタ」でした。

          7. もう一つ、言い訳を兼ねて、妄想を。
            「ヘブライ人の王国」が、エジプトに滅ぼされた可能性について。
            エジプト人は、ヒクソスの支配を打倒した後、積極的にアジア方面に進出しました。
            ヒクソスのエジプト王朝の傘下で、ヘブライ人が優遇されていた、を史実と仮定してみます。
            また、パレスティナに様々な小王朝が有って、それがヒクソス・エジプトの衛星国家だった、という想定は妥当かな、と思います。
            (ヒクソス・エジプトで、有能なヘブライ人が重用された、というのも有りそうで、それが「ヨセフ宰相伝説」になったのかも知れませんね)

            となれば、エジプト第18王朝に征服され支配されたパレスティナの弱小国家群の中に、ヘブライ人の王朝があっても不思議ではないです。

            旧約聖書に関する基本知識は、主にちくま学芸文庫の「旧約聖書の誕生」で仕入れましたが、まだ消化し切れておりません。
            創世記だけは、中学生の頃、読みましたが。
            高校生の時、ノアの伝説を下敷きにして、SF短編を一本書こうとしました(未完成)。

          8. cieさん
            意外に思われるかもしれませんが、私は中学高校と6年間イタリア系の修道会が運営するミッションスクールに通いました。そのころに聖書を読んだのもその影響です。そしてやがてキリスト教が嫌いになったのも、そこで出会ったかなりとんでもない神父さんの影響が大きかったです。簡単に言えば金の亡者の破戒僧なのですが。それを別にしても、聖書の教えには違和感がありました。逆にその違和感から聖書に続けて読んだ論語では共感することが多く、今でも大好きな本です。それだけに、あの国を「儒教の影響」とか「儒教の呪縛」とか言うのは違うのではないか、とずっと疑問に思ってきたのですが、最近になってやっと気づきました。あの国では四書五経どころか孔子も消えて、朝鮮朱子学の教えの一部だけがあるのだと。

            それからほかの孟子大学中庸荀子、老子荘子、法華経浄土三部経般若心経涅槃経スッタニパータ、コーランと言った思想・宗教的な書物を読み漁りました。モルモン経も読んでみたかったのですが、買うともれなく勧誘がついてくると聞いて諦めました。

            コーランは面白かった(共感はしない)です。例えば、三つのものを一つだと言ったり、預言者を救世主と言ってはいけない、ということをイーサー(イエス)が何度も(ムハンマドの口を借りて)説くのです。また、大天使シャイターンが神に逆らい堕天使となったときに、最後に全能の神が勝つのはわかっているが、それまでに何人を堕落させられるか見て欲しい、と言って袂を分かつのです。シャイターンはもちろんサタンですね。恐らく当時もあったキリスト教や一神教への批判を取り込んでいったものなのでしょう。

            cieさんやとろいやさんたちのような深いお話についていけるかは怪しいですが、今後ともよろしくお願いします。

          9. とろいやさん
            もしアマルナ文書にあるという、パレスティナの同盟国を襲っている集団がヘブライ人集団であれば、それは成り立ちにくいのではないでしょうか。ヘブライ人の小国があっても同様に同盟国、保護国として残されたでしょうから。

            ただ、ちょっと恐ろしいものを思い出しました。松原正さんのご本だったと思うのですが、ご存知かどうか、彼は保守派の論客で、渡部昇一さんのような同じ保守派の論客まで激しく批判して干された方なのですが、彼がこんなことを言っています。「もし将来、キリスト教に改宗した天皇が現れたらどうするのか」と。
            彼は「それはもはや天皇でさえない」と言い切るのですが、考えれば恐ろしいことです。国家と国民全部の平安を祈ってくださるのが天皇なら、確かにそれはもはや天皇ではありません。
            そう考えるとき、エジプトの人々にとってのアクエンアテンも、そうだったのではないか。ふとそんなことを思いました。

          10. キサラギ=アリスさんへ
            「天皇陛下が、キリスト教に改宗したら」というのは、何かで読んだ覚えがありましたが、
            確かに、「日本の天皇である事」と「クリスチャンである事」は、両立できないでしょうね。

            しかし「クリスチャンになるぐらい真面目な人」が天皇の地位にあれば、その人は、天皇の地位に在る事を優先し、クリスチャンにはならないでしょうけどwww。

            多神教の究極である「日本教」は、表面的にはキリスト教を許容しているように見えますが、許しているのは実は「どうでもいい部分だけ」であって、一神教という思想を「絶対に、許容しない」。
            そして、キリスト教の側は表面上さえも、日本教を許容する事はできないだろう、と思います。

            アクエンアテンは「キリスト教に改宗した天皇」だった。
            そうかも知れません。
            韓国の大統領が「親日教に改宗する」のは、これから有りそうです。上っ面だけですが。
            嫌ですね。

          11. 補論
            日本教と一神教の相性の悪さは、「突き詰めれば」です。
            日本教の「どうでもいい部分」というのは、ものすごく広いので。
            そして、一神教の側も、日本においては「どうでもいい部分」が相当に広くなってて、ほとんど「日本教化」している点が多いのではないか、と思います。

            で、その日本教側の「どうでもいい部分ではない肝腎な所」の一つが「天皇」です。
            天皇陛下と言う「日本の総本家」が世の泰平を「日本の神様」にお祈りしてくださる、というのが基本ですから。
            そして、現在の皇室は、そういう日本人の心性に照らして「ご立派に務めを果たそうとしておられる」訳です。

            日本人を怒らせる方法
            1、安倍総理の悪口を言う×
            2、日の丸を焼く×
            3、原爆を落とす×
            4、借金を踏み倒す×
            5、食べ物を粗末にする△
            6、トイレの後、手を洗わない〇
            7、天皇陛下を悪く言う◎
            8、まだ他にも◎がいくつか有りそうですね。

          12. とろいやさん
            あとは、恩知らずを通り越して恩を仇で返す、死んだ人(歴史的人物は別にして)のことを遺族の前で悪く言う、とかがそうでしょうかね。

            景行紀に、日本武尊に蝦夷(えみし)征討を命ずるところで、蝦夷のことを「恩を受けてもすぐ忘れるが恨みを含むと決して忘れない」という記述がありますが・・・さて、今あの半島に蟠踞する人々ってまんまそうですけど。

          13. キサラギ=アリスさん

            あはは。
            神父はねぇ。困ったジジイがいっぱいいますからねぇ。
            お前が入り口を塞いでどうするんじゃ!!って思います。
            逆に、私はローマの街角で、ちょっと色々あって泣いてたところ、アンジェラ ( 天使 ) と名乗る女性からロザリオを貰ったという、お伽話のようなエピソードを持ってます。w
            「大丈夫よ。教会に行ってお祈りしてください。私もあなたのためにお祈りします。」って。

            宗教の入り口は「人」ですからね。
            しょうもない神父に出会ったアリスさんには、幸いにして、キリストの召命がなかったのです。
            イエスに掴まるとウザいですよ。www

            ユダヤ、キリスト、イスラームはねぇ。
            ムハンマドも最初は、同じ神同士仲良くやろうや。という感じだったのですが、結局、険悪になっちゃう。
            なったらなったで徹底的に批判する。
            イエスが言ったことにするから、キリスト者の方は余計に腹が立つんですよね。w
            困ったもんです。

            イスラームは、棄教が一番重い罪だとしているところが、あかんと思うのです。
            子供の頃にムスリムにしておいて、合わんから辞めるは許さない。

            でも、難しいんですよね。
            キリスト教は苦難に耐えるための装置で、イスラームの方は、逆に奢りを抑えるための仕掛けが、随所に盛り込まれています。
            宗教が生まれた時代背景と、現実が逆転した今、上手く回らないのは当然だと思うのです。
            と、先走り過ぎですね。

            でも、さらに先走ってしまうと、
            「日本教」と「キリスト教」のことは、「公」と「個」のバランスの話しになって来ると思うのです。

            私は、一神教の最終形態は、完全に個人のものになると思っています。
            個人が、「唯一の自己」と向き合うためのツールですね。

            あ、ついでに。
            アッラーフは、神さまの名前ではないですよ。
            「神」というアラビア語、イラーフに定冠詞 アル がついて、最高神を表しています。
            アル イラーフで「アッラーフ」です。
            イスラーム以前からの言葉です。
            アラビア地方に住み、アラビア語を母語とする、ユダヤ教徒やキリスト教徒も使っているはずです。

          14. cieさん
            一つ補足しなければなりません。
            その生臭坊主のほかにも多くの神父さんを知りましたが、中にはもちろん尊敬できる方もいらっしゃいました。そんなおひとりとは親しくなって、ある日話が26聖人のことになりました。すると、彼はちょっと声を潜めて「大きな声では言えないけれど」と言います。聖人と言いながら、中にはとてもほめられたものではない、あくどいことをした人もいる、と。特に最初来たイエズス会はまだしもおとなしかったが、後から来たフランシスコ会の布教は強引でしばしば対立をもたらした、と。

            まぁそんなことまで話せるのですから、結構深いおつきあいだったのですけどね。cieさんのような、美少女と聖女の宿命の出会いのような華やかさはありませんわ。

            しかしイスラームもお詳しいとはすごいですね。説話文学が好きな私はアラビアンナイトも大好きで、そこに出てくる祈りの言葉、まだ覚えていますが、ラー・イラーハ・イッラ・アッラーフ、アラーのほかに神なし、なのですが、このイラーハっていうのが神だと今初めて気づきました。ありがとうございます。ほかのことはちょっととろいや塾の議題としては先走り過ぎるので、ここまでにしておきますね。
            ありがとうございました。

          15. >>美少女と聖女の宿命の出会い…。

            ふふっ。夢見といてください。
            でも、アンジェラさんは、明るめの鳶色の髪がくるくるっとした、ホントに天使な女の子でしたよ。w

            イスラームは詳しいとまでは言えません。
            私が詳しいと、自負を持って言えるのは、キリスト教 ( カトリック ) だけです。
            ユダヤ、イスラームと、ローマ、ギリシャ、つまり、キリスト教周辺が手の届く範囲です。
            日本に詳しくない残念な日本人です。w

            アリスさんこそ、守備範囲も広いし、目の付け所も面白くて感心してしまいます。
            とろいやさんやmottonさんの守備範囲は、呆れるばかりに広いですが。www( 師匠、尊敬してます。)
            ヲチャーさんが、またいいですよね。
            カッコいい文章を書かれます。
            と、脱線し過ぎですね。

            すいません師匠、まとめて仕切り直してください!( 他力本願「唯信論」)

    5. >「唯一の神アテンと同一化した自分:アクエンアテン」を礼拝せよ
      王権神授説ですか? いや違うなぁ。
      政治的ヘゲモニーのためとも言えないし、、、
      唯一神を求める心的性向の一つのサンプルなのかも。
      「神」を殺そうとしたら、たいてい暗殺されますね。

  4. ネットは根も葉もない噂だらけです。
    でも、事実は「不要不急」するだけの事ができない人で溢れています。
    本当に恥ずかしい日本人だらけです。
    今日も何も変わらず飲み屋で若者やおっさんが騒いでました。
    志村さんの訃報があっても、彼らは何も変わらない、実に恥ずかしい日本人だらけです。
    どうぞ、左翼の方々は勝手にデモでもなんでもやればいいんです。そして、さっさとこの世から去ってください。
    おっさんの愚痴でした。
    シムラ後ろ後ろってもう言えないんだな。
    ありがとう。安らかに。
    どう言えばいいんだろうな?
    あんたらが好きなだけ人混み作れば、誰かの身内が死ぬって思ったら、災害時の様に大人しくできますか?葬式すらできないんだよ

    1. コロナの感染経路が不明な事例に、夜間の飲み屋があると都知事は発表しました。

      「夜間の酒場 出入り控えて」
      東京都 小池知事 緊急会見 冒頭発言全文
       https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/tokyo/remark_0330.html

  5. BCG(結核予防接種)をしている国は、コロナ感染者が低い。日本で死亡した高齢者は、1951年にBCGワクチン接種開始で、前の世代(70歳以上)にあたります。但しBCG株がソ連から導入された日本型でなくては、いけない。ドイツでは旧東ドイツ地域は日本型なので感染率が低く、旧西ドイツは新しいタイプなので高い。池田信夫氏より。韓国のワクチンは日本型らしいです。

    1. 日本の感染者の4人に1人は外国籍の人だそうです。何故か報道されませんが…

      最初は里帰りした在日が感染したのだろうと思っていましたが、在日の比率が2%と言われているのに感染者の30%近くを在日が占めるのは不自然すぎると思っていました。
      BCGの接種により感染率に差異が生じるのであれば、この現象も無理なく説明が付くように思います。

      https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_10555.html

      1. 人から聞いた話ですが、喘息の薬(商品オルベスコ)でクルーズ船の3人が劇的に回復したようです。ただし、この薬は処方箋がいります。

  6. 『日本人は約束を、韓国人は拘束を望む』を読んでたときに
    どうしても引っ掛かった部分があったのでその旨について
    新刊エントリーがコメ受付期限切れなのでこっちで書きます。

    カルロス・ゴーン逃亡事件の時に一部の韓国メディアの論調に
    「これで日本人もバカ正直な遵法精神から少しは目が覚めるだろう」
    とするものがあったとあります。文中にはその論調についての
    具体的な解説がなく自分には意味がまるでわかりませんでした。

    今はまだ記憶に残ってるからまだいいけど、もし十年後以降に
    文章を読んだ時に日産の外国人会長とやらが何で逃げたの?
    って背景までわからなくなると余計に混乱しそうです。多少
    冗長になっても簡単な背景説明は必要かもしれません。

    遵法精神への疑問と逃亡事件の関連が結びつかない話ですが、
    「不正な金儲けで捕まりそうになった時は遵法精神を遵守して
    大人しくお縄を頂戴するより高跳びする方が利口」みたいな
    論調だろうか?と自分は時間かけてそう推理しましたが
    いくら韓国社会のモラルがアレでもメディアという立場で
    そんなこと主張するものなのかという違和感もありました。
    韓国メディアに関する知識が薄ければ韓国メディアなら
    それくらい壊れててもおかしくないとか受け入れそうです。

    しばらくページを読み進めてそうじゃないとわかるんですが
    あの論調から司法批判を連想するってのは難しい気がします。
    法を軽視する韓国人の話を読んでいた後だと尚更というか。

    日本人的にルールと法律と司法はそれぞれ別だと思います。
    検察も裁判も人間のやることなんだからミスは大前提です。
    だから弁護士もいるし控訴だってあるんだろうに。
    でも韓国人の考える遵法精神ってのには法廷闘争の放棄、
    国家権力への無条件服従まで含まれているっぽいのが
    どうしても理解できなかったからこその混乱でした。

    1. 私は禿正義が嫌いです
      法律スレスレや過剰なアピール、グーグルマップほら口と組んだりと投資家としては優秀なんでしょうけど私の倫理観には合いませんでした
      金儲けして何が悪い!と叫んだ村上ファンド社長も居たけどね
      私の倫理観はグローバルスタンダードから見れば馬鹿なんでしょうけど私はこれで良いと思ってます
      他人を蹴落として上にたつより自分の納得できる生き方で過ごしたいと

      1. 日本を貶め、外圧を利用して、自分は日本の電波帯を占拠してボロ儲け、東日本大震災では、日本人は犯罪者とツイートする朝鮮人の何処が好きになる要素があるのか。

    2.  やっぱり、韓国は、良い言葉で言えば「徳治主義(人治主義)」なんじゃないかと思います。だから、法治主義がないがしろにされている。
       「こうあるべきだ」というものが、韓国マスコミを通じて韓国世論として形作られている。(※ 実は嘘がいっぱいなのだが。)
       人々は、この「こうあるべき」に従うべきだと考えている。「こうあるべき」を主張する自分たちは、道徳的優位に立っていると考えている。
       「こうあるべき」は、法律よりも優先するから、法治主義がないがしろになっている。

      1. 私はどっちかと言えば、あの国では支配層は法律は作っても自分では守らず、下のもの、弱いものだけが従うという構造にあったせいではないかと思うのです。だから国が「世界10位圏」になった今は法律も条約も守る必要はない、と考えているのではないかなと。

        今の大統領が外交の天才と的外れな評価をされているのも、外国との条約や約束を守らずにいる(実際にはただごねているだけ)ことを、大国になったから外国との約束などには縛られなくていい、そういう考えの反映のような気がするのです。

        そもそも、人治と言えるような名君に一度も巡り合ったことがない国だと認識しています。

        1. 人治徳治はカリスマや道徳による統治を意味するのではなく
          正当性を持たない為政者への造反を禁ずる思想なのでは

          序列が上の人間は徳が高くあらねばならないというよりは
          徳の高い相手に逆らってはいけないって考え方だと思います

          徳は悪を裁くことによって加算される仕組みっぽいですね

  7. 話が進んで来たので、上げましょう。

    「アクエンアテンの宗教改革は、なぜ失敗したか」というのは、実は「後世から見ての疑問」なのです。
    本人は「朕の思いを、神官たちも、民草も、快く受け入れて、世は平和になった。めでたしめでたし」と思いながら、29才の生涯を終えた可能性さえ有るかも知れません。
    当時は、29才で死ぬのは、珍しくは有りませんし、彼の死の状況はよく分かりません。

    アクエンアテンが、治世の5年目から、エジプト中に軍隊を派遣して、他の神々の彫像などを削らせるなどして、宗教改革を「過激に」進行させようとしたのは、史実のようです。
    「神の絵姿を削る」のは、エジプトの従来の宗教観では、考えられないぐらいの「冒瀆」です。

    なのに、民衆も、神官たちも、これを受け入れ、新都へ移住し、表面的にはきらびやかな文化を演出しました。
    アテンの祭壇の裏側に「他の神」を祭る道具が隠されていた遺物も発掘されている、という事です。「マリア観音」みたいですね。

    つまり、生前は「アクエンアテンに逆らおうとする者」はいなかった。という事は、アクエンアテンは、かなり有能で信望も有る王だったのだとも思われます。
    加えて、この王家の威信、つまり「アメンホテップ3世の成功の遺産」が非常に強かったのでしょう。

    一方で、下々の不満は溜まりに溜まっていました。

    平和主義者のアクエンアテンが、植民地維持に消極的だったので、シリアやパレスティナを失って、国力が落ちました。
    もちろん「軍」も不満だったでしょう。
    「どうやって神に祈ればいいのか」が分からんようになって、民衆の不安が増大していました。
    政治的権力が「アテンの化身である王」に一本化されて、神官たちは大いに不満を抱えておりました。
    これらが、アクエンアテン死後に、爆発します。

    以上は
    「ユダヤ組におだてあげられたアホが、先代と違うことをやりたくて、おだてに乗った」
    「先代から盃を受けていた幹部連は、この跳ねっかえりのアホが、早よ死んだらええんじゃがのぉ、と思いながら、機を伺っていた」
    「アホや言うても、先代には世話になったけぇ、辛抱しちゃる。じゃけんど、次の代になったら、先代の頃のしきたりに戻させんといかん」
    「しきたりを変えい、言うて若親分に吹き込んだ連中は、きちっとカタにはめてやるけぇ」
    「こうして、抗争が始まった」
    という「ユダヤの陰謀説激闘編」を採用しなくても、充分に描ける「穏当な」ストーリーで、史実はその程度の「ごく普通のもの」だったのではないか、と思います。

    「ユダヤの陰謀」の方が、面白いですけど。

    1. 「ユダヤの陰謀説激闘編」を採用すると、カチっと嵌るのはここですね。

      >>「神の絵姿を削る」のは、エジプトの従来の宗教観では、考えられないぐらいの「冒瀆」です。

      ユダヤ教徒ならやりますよ。

      1. ユダヤ教徒じゃなくても、メソポタミアの諸民族は、敵対する民族の守護神を貶めるために、やってました。

        ※そういう「メソポタミア的な考え方」が、ヒクソスの支配によって当時のエジプトに移入されて、「エジプトの宗教観」が変化したのだ、という想定もできます。

        つまり「一神教的な思想」を持ち出さなくても、「神の序列思想」で説明しても、充分に合理的だと思われるのですね。
        どちらで説明しても、理屈は合います。

        今の韓国人が日本で神社仏閣を汚損しようとするのに、似てると思います。
        どんな神様でも大切にする今の日本人には、感覚的に受け入れられないですが、
        日本人だって、明治維新の頃は、廃仏毀釈でそういう事をやってたのです。

    2. さて、「アマルナ革命は、実は、ユダヤの陰謀だった説」から、少し離れて、専門家の解説書を見てみましょう。

      レザー・アスランの近著「人類はなぜ『神』を生み出したのか?」の中に、興味深い解説が有ります。
      「ユダヤ人は、エジプトで、奴隷だった」という「出エジプト記」の記述に対して、「エジプト人は記録マニアだったのに、この時代、後にユダヤ人と呼ばれる部族の奴隷としての立場(3種類の奴隷の内のどれだったのか)などに関する記録が無い」という指摘です。
      考古学的に、その時代に「ユダヤ人が、奴隷として、エジプトにいた」という証拠が無いのだそうです。

      そこから推測できるのは、ユダヤ人の立場に同情的に解釈すれば、「エジプト人にとっては、取るに足らない異邦人の小集団が、エジプトを離れただけだった」
      又は、エジプトから出て来たというのが「まったくのフィクション」だった可能性も。ユダヤ人と呼ばれるようになった彼らの子孫が「先祖の箔付け」のために、古代の大帝国エジプトと戦って独立を勝ち取ったという「お話」をでっち上げたのかも知れません。

      パレスティナで、他の部族との抗争に勝利して国を建てた訳ですから、箔付けとしては絶好の題材だったであろう、と。
      今の韓国人が、日本との激烈な厳しい独立戦争の末に、見事に独立を勝ち取った、という「神話」をでっち上げているのと似ている、と言うのは、ユダヤ人には気の毒でしょうか…

      出エジプト記には、いろいろ矛盾が多いので、この辺りのお話は、それほど真に受けなくてもいいんじゃないか、と思います。

      そろそろ、アクエンアテンの失敗を「神学的要素」と「政治的要素」に分けて、細かく考察しましょう。
      「宗教改革の一般的難しさ」と「それが一神教の確立を目指すものである場合、なぜ、さらに難度が上がるのか」の2つが論点になります。

      そこを押さえておくと、後で「ゾロアスター教の光と闇」を考察するための、充分な準備運動になります。

      1. いろいろとありがとうございます。すみません、明日も早起きですのでちらっとだけ。

        まず、ユダヤ人のお話の元としたのは多分吉村さんの著作だったと思うのです。cieさんが仰るように、時系列的な矛盾があります。が、この事件と同時に、当時エジプトには多数のユダヤ人が働きに来ていたというのです。もちろん当時ユダヤ人というくくりはありませんし、そも同じ民族だとどうやって判断したのかの記述はあった記憶がありません。

        像の改変ですが、エジプトではちょいちょいあります。一番多いのは名前の書き換えです。例えばトトメス三世は母ハトシェプスト女王の奉献物の奉献者の名前を書き換えて自分の奉献物にしています。彫像の顔の入れ替えもあったと記憶します。

        で。素朴な疑問です。彼が神像破壊などをしたのであれば、それはどこに記録されているのでしょうか。記録から消されたのに。カルナック大神殿などには彼以前の多数の神像が残されています。破壊された痕跡はあるのでしょうか。

        記録から消されたのはアクエンアテン以降、第18王朝滅亡までです。アメンホテップ4世が第18王朝最後の王です。そう、改名以前の彼は消されていません。

        そしてそれほど憎まれたのであれば、復活を防ぐためにはミイラを何とかするでしょう。ところが、彼のミイラは現存します。(未調査ですが)

        彼の事績は結局テル=エル=アマルナの発掘によってはじめて明らかになったものです。神像の破壊、他の神の信仰の禁止、他の宗教の弾圧。キリスト教がやったことがそのまま投影されているのではないか。私にはそう思えてならないのです。

        もう本も手元になく、確認は困難ですので、もし詳しい書物があればご教示くださいませ。

        1. 早起きですか。ご苦労さまです。

          私は、そこまで早起きというわけではありませんが、明日は顔を出せそうにないので ( 読む時間はあるだろうけど、書くのは無理そう。) 、今夜中に「ユダヤ陰謀論」を閉めちゃいます。
          ヲチャーさんと、とろいやさんへの返信も、纏めた形でしちゃいますね。

          まず、私の話しは妄想です。
          エジプトを勉強したことが無く、ここと、ネット内の情報と、聖書の記述を直感で繋ぎ合わせただけのものです。
          結構、辻褄が合ってしまったので、実は、ちょっと本気だったりしましたが。
          これ以上は、押せるネタがありません。
          聖書原理主義者ではないので、さっさと引っ込めます。

          ユダヤ人 ( 記録は「ヘブライ人」となっているのではないかな? ) が、奴隷だったという記録がエジプトには無く、中東で戦っているとアマルナ文書にあるのなら、その時期彼らは、エジプトには居なかったということでしょうね。
          アリスさんの仰るように、多数の働きに来ていたユダヤ人はいたかもしれませんが、母集団は居なかったと、考えていいということでしょう。

          気になったのは、アリスさんの仰る、ここです。

          >>キリスト教がやったことがそのまま投影されているのではないか。//

          そうかも。

          つい最近まで、エジプトを調査して来たのは西洋人です。
          エジプト人自身も、現在はイスラーム、つまり一神教徒です。
          投影や思い込みが、あってもおかしくないと思います。
          そう、「ユダヤ陰謀論」がなかなか具合良く嵌ってしまったのも、もしかしたら、そのせいかもしれません。

          今後、色々覆る可能性もありますね。
          楽しいですねぇ。(´∀`*)

      2. 妄想を、もう一つ。
        「後にユダヤ人と呼ばれる民族」は、紀元前15世紀頃、シナイ半島を主な勢力圏にしていた、と想定すると、辻褄が合います。

        シリアからパレスティナにかけては、文化が早くから開けたところで、セム系の諸部族が雑居して抗争や連合を繰り返していた、これは史実です。

        そこで「良い場所」の争奪戦に破れた部族が、どこへ行ったか。
        候補
        1「他の部族に吸収される:奴隷又は下層民」
        2「滅亡:男は皆殺し、女は性奴隷」
        3「移住①先進地:エジプト・メソポタミア」
        4「移住②荒れ地:シナイ半島・ネゲブ砂漠・アラビア」

        シナイ半島でなんとか生き延びたのが、ユダヤ人の先祖なのでは。
        厳しい環境を生き抜くには「部族の掟」を厳格化する必要があって、いろいろな慣習が「戒律」となった。
        で、失地回復を図って、エジプト王に援助を求める。
        エジプトへ出稼ぎに行った親戚とも連携を図る。
        ※ここでエジプトの外交政策が、重要になります。
        やがて、何かのきっかけで、パレスティナの失地回復に成功した。
        そのあたりの伝承が「ええ加減に」まとめられて「出エジプト記」になったのでは…

        そのうち「ユダヤ教の成立」を細かく考察することになるでしょうから、今のところは、この辺で。

        1. >シナイ半島でなんとか生き延びたのが、ユダヤ人の先祖なのでは。
          ありえますね。YHVHはもともとシナイ山の山神だったという話を聞いたことがあります。

    3. 今日は、宗教改革の難しさを、一般論として考えてみます。
      「ある宗教観」を、人は、何故「受容」するのか。

      始めの頃、共通了解として提示したように、
      「人の力の及ばぬものを、どう考えるか?」に尽きます。
      この「どう考えるか?」を、考えてみると、結局、先に提示した3つの要素になります。
      大きく分ければ「本質論」と「方法論」ですが、方法論は「神をどう受容するか」という受動的要素と、「神とどう交信するか」という能動的要素に分けた方が、考えやすいので、3つ。

      そして、そのいずれの要素も、「『どういうふうに考えるのか』の対象」は「人の力の及ばぬもの」です。
      そこには「恐怖」が有ります。
      この「自分たちより強大なものへの恐怖」を、どう処理するか。
      そこに「宗教の本質」が有ります。

      様々な試行の末に、古代人は「神とは、こういうもので」「神の前では、このように頭を垂れて」「何か願い事をするときは、これこれこういうふうに」という「慣習」を形成しました。
      「宗教観」を人が受容する理由の一つは、「慣習」です。

      この「慣習」は「やり方を間違えると」死にます。
      しかも「祈り方を間違えた本人」だけじゃなくて「部族全員」が、死にます。

      ですから、古代人は、「神殿の前で土下座する時の、頭の角度」とか「生贄のさばき方」とか「呪文の唱え方」に、ものすごく気を遣ったでしょう。なにしろ「部族の命運」が、かかっていますから。

      宗教改革というのは、そういう「命に係わる慣習」を「これじゃ、だめだ」と決めつけて「別のやり方を押し付ける事」なのです。
      「非常事態宣言」を出さないと、うまく行かないのは、当たり前ですね。
      つまり「非常事態:それまでに積み重ねてきた経験が役に立たない状況」が出来して、はじめて「改革」は世に受け入れられる準備が整います。

      そして、もう一つの理由は、「合理性」です。
      結局「経験論:判例主義」と「合理論:制定法主義」の並立と同じような事になります。
      これは、長くなりそうなので、あらためて。

      1. 今晩もちょこっとだけ失礼します。

        とろいやさんのように深く考えたわけではありませんが、ちょっと思うところを申しますと、宗教改革が成功するかどうかは、受容状況もあると思うのです。

        早い話、いきなり「これが正しい教えだからほかは禁止しろ」とやっても受け入れられないわけです。これ、そのまま日蓮がやったことですね。

        キリスト教は個人の救済を目指しているとすれば(違っていればごめんなさい)、これはギリシャやローマ、エジプト、それに日本神道のような共同体を守る宗教とは相いれず、極端に融和的な神道以外のそれら自然発生した宗教は、当初は共同体内部に発生したキリスト教徒という異端分子を荒っぽく排除するしかなかったでしょう。この段階で宗教改革とか言っても同様に排除されるだけです。もちろん日蓮も排除されました。

        しかし、その異端分子が増えてくると、共同体の祭祀に支障が出てきます。共同体の祭祀である以上、ご利益はもちろん、災厄も共同体全員にかかってきます。当然共同体祭祀を守る側と、そこに参加することを拒否する側で激しい軋轢が生じます。

        ここで、力のある者が新しい側についたときに発生するのが宗教改革ではないでしょうか。キリスト教国教化がその一つでしょうし、力で一方をねじ伏せたのがイスラム教のメッカ制圧でしょう。逆に力が足りずに失敗したのが日本の天文法華の乱、といったところではないかと思うのです。

        共同体の祭祀である伝統宗教にとって、キリスト教のように伝統宗教を否定して共同祭祀への参加を拒否するものの登場は大きな問題だったでしょう。まして権力者がその新しい祭祀の側についたとき、伝統宗教は静かにその幕を閉じてしまいました。ただ、日本だけはそうはならず、権力者は伝統宗教の側に立ち、ギリシャでもエジプトでも廃墟でしかない古代祭祀遺跡が今も生きています。本当にありがたいことだと思います。

        1. 需要と供給ですね。

          俗な例えで言うと、
          需要のないものを、いくら供給したところで、ヒット商品もロングラン商品も生まれない。という事でしょう。w
          宗教もやはり、需要と供給がカチリと嵌った時にだけ、定着するものなのだと思います。

          アクエンアテンも、日蓮も、彼らのやろうとした改革は、民の需要を満たすものではなかった。

          王が神官団と対立して、その力を削ぐために別の神を奉じると命令を下したところで、今まで上手く行っていたなら、神を乗り換える必要など、民の側にはないわけです。

          日蓮が感じていた危機感を、共有する集団も生まれませんでした。

          ローマは、キリスト教が伝えられてから、国教になり定着するまで、300年掛かっています。
          キリスト者は、「その時」( 需要と供給がカチリと嵌る時 ) まで、地道な地下活動を続けていました。

          でも、日蓮やキリスト教の話しは、まだ早いですね。

          とろいやさんの仰っているのは、古代人の宗教観です。
          負ければ、死、隷属、追放、の世界で、ある特定の「神」を奉じ、集団の命運を懸けるとはどういうことか?

          「良い場所」の争奪戦が激しかった、シリア〜パレスチナでは、神と「契約」を結んでいたのは、ユダヤ ( ヘブライ ) 人だけではない筈です。
          宗教改革とは、集団の命運を懸けて、神との「契約」を結び直すということなのだと思います。
          そりゃあ、民の側からしたら「そんな勝手な」ですよね。

          とは言え、日蓮の時代はモンゴルの、ローマではアッティラの襲来で、死と隣り合わせの状態なので、やはり同じことですね。
          ローマの方は、実際蹂躙されているから危機感が強く、神の交代が起こった。

          # この時代のユダヤ人の祖のことは、「ヘブライ人」としませんか?
          聖書でも、そう呼ばれているので、たぶんその呼び名が一般的だったのだと思います。

    4. とろいやさん、cieさん、ヲチャーさんに触発され、かれこれ四半世紀前の知識であったアクエンアテンなどに関することを、手許に資料がないためぐぐったりして調べてみました。情報の信頼性は少々心許ないことをお含みおきください。

      まず、ちょっとショックを受けたのは、アマルナ遺跡において、大量の若い男性の遺体が発掘されていたそうです。それも埋葬、というより投げ込まれた、という感じの乱暴な状態で、背骨に損傷のあるなど過酷な労働を物語る痕跡があったそうで。
      確かに、壮大なアケート・アテンの都を突貫工事で建設したのであれば、相当な無理が発生しますよね。ピラミッド建設に奴隷労働が云々という、昔は当然と思われた情景が否定されていることは知っていましたが、まさかここで復活するとは。

      次に、アテンの触手(?)というか恩恵はアクエンアテンただ一人に注がれ、民衆が拝むべきなのはアテン神ではなくアテン神の化身ともいうべきアクエンアテン王だ、というのです。一神教ではなく言ってみれば二神教だ、と。

      ここで、なんか呆然としてしまいました。これって「キリストの生まれ変わり」が蟠踞するウリスト教そのものやんか、と。
      半島の北では理想の共産主義社会のはずがいつの間にか奴隷制社会が誕生し、南では博愛の世界宗教のはずが先祖返りしてアクエンアテン王の時代の原初一神教になる。すべてが先祖返りって、これはこれですごいかも…。

      そういうアテン教が王だけでなく民衆に対する救済を神が直接施す、という大きな進化を遂げるには、第18王朝の崩壊と、ヘブライ人による受容発展が必須だったのでしょうね。

      1. えっ?

        ここまでの話しを総合すると、なんか、とても残念な人物像が浮かび上がりませんか?

        父、アメンホテップ3世が、その栄華に満ちた40年の治世を終えた後、「覇権国家の皇帝」となった世間知らずのボンボン?
        もしかしたら、本当に「新興宗教にはまった」だけで、父 ( と王家 ) の威光が有効であったために、色々やれてしまっただけかも。

        アマルナ文書にある、中東での戦いに「親征しなかった」ことについても、政治的な判断ができなかった ( 興味がなかった。) だけ、なのかもしれないと思ってしまいました。
        ( 源実朝とか、マリー・アントワネットとかみたいな感じ?)

        アメン神官団との対立なんて、実際には、「あいつら色々煩いなあ。気に入らない。」ぐらいのものだったとか。
        それなら、アクエンアテンの死後、臣下達が急ピッチで国を元に戻しただけ、だった可能性も出てきますね。

        一神教の萌芽に見えるものは、ただ幼児性の強い皇帝の、お遊びみたいなものだったのかもしれませんね。
        でもそれこそ、ある意味「唯一の神」なのかもしれません。
        他者を思いやることなど、無いただの「力」。

        1. ただのボンボンが、自分が死ぬまでのあいだ、宗教革命などという過激な政策を破綻させず保持できるわけがありません。
          アクエンアテンが有能な権力者であったことは間違いないと思います。

          もちろん能力と人格はべつのものですから、アクエンアテンの幼児性という論まで否定するものではありません。
          一方でアマルナ時代の記録は多くが抹殺されているわけですから、アメン神官団の功罪のうち「罪」の部分がどのようなものであったかも抹消されていると考えるべきです。

  8. 韓国が恩知らずなのは知っているけど、『野田スワップが日本の産業を破壊』したとは知らなかったよ。
    安倍首相の後任候補はいずれも売国奴っぽいので、気軽に通貨スワップに応じそうだ。

    新型肺炎発の韓国の通貨危機 米国の助けも不発で日本にスワップ要求…23年前のデジャブ 
    ttps://www.dailyshincho.jp/article/2020/03241730/?all=1

  9. 東京五輪、21年夏に延期 IOCが首相提案を承認
    ttps://www.nikkei.com/article/DGXMZO57173390U0A320C2000000/
    安倍晋三首相は24日夜、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長と電話で協議し、今夏の東京五輪・パラリンピックを1年程度延期することで合意した。遅くても2021年夏までに開催すると確認した。「東京2020」の大会名称は維持する。新型コロナウイルス感染の収束が見通せず、選手らの準備期間も踏まえ判断した。

    仕方ないでしょうね

  10. 神様の話。
    ゾロアスター教のところで、また沼にハマっております。
    調べ直したら、面白くなってしまって、学術文庫のかなり分厚いのを、読み直してる最中です(けっこう前に買い込んで、積読状態でした)。

    これで、古代アーリア系の「宗教観」が、少し読み解けます。
    ペルシャとインドと、どのあたりが分岐点だったのか。

    で、例によって、ずっと前に突っついていた話題が関連して来ますが、アーリア系って、元々「牧畜民(一部は草原に残って、技術を進歩させて遊牧民になった)」だった訳で。
    トルコ系もそうです。
    シュメール人も、そうだったとみる説が有力です。
    エジプト人も、そうだったかも知れません。サハラが砂漠化する過程で、恵まれた土地であるナイル流域に定着して農耕民化した北アフリカ諸民族の総体が「エジプト人」だったのならば。

    いずれも、文明を形成する過程のどこで「農耕民化」したか、によって、その後の文明の展開が違って来ます。
    しかも「元は同族」だった遊牧民と、どのぐらいの距離を置けるか、によっても違います。
    そこが面白い。

    つまり「遊牧民の文明」と「農耕民の文明」の相克が、もちろん宗教観にも反映するのですね。

    今日の夜は、アクエンアテンの失敗を考えてみましょう。

    1. アクエンアテンの、「宗教改革」というか「一神教の萌芽」というか「一人ぼっちの反乱」というべきか、「大失敗」。

      それは、後世の私たちの暦で見れば、だいたい紀元前1350年頃の出来事でありました。
      エジプト第18王朝、エジプトが「神の恩寵であるナイルの恵みの及ぶところ」から、さらに勢力を伸ばして、シリア辺りまでを版図とし「オリエント全域でもっとも強大な帝国となった」時代です。

      父、アメンホテップ3世が、その栄華に満ちた40年の治世を終えた後、若きアメンホテップ4世は「覇権国家の皇帝」となりました。
      ※「皇帝」という用語は比喩的なものです。「ファラオ」というよりも、この方が以下の叙述が分かりやすそうなので。

      多分、この若き皇帝は「向上心が強く」「自意識が強く」「知的に優れていて」「実行力に溢れていた」のでしょう。
      それが、改革の失敗の元でした。
      最大の失敗の原因は「皇帝であった事」だと、思われます。

      宗教改革を成し遂げて「神との新しい向き合い方」を確立するためには、何が必要でしょうか。
      「宗教観の3つの要素」を思い出しましょう。
      1「本質論:神とは何か」
      2「受容論:神と、どのような姿勢で向き合い、受容するべきか」
      3「コミュニケーション論:神との意思の疎通をどうするか」
      ここを、徹底的に練らなければなりません。
      神学的に必要なのが、それです。

      そして、人の世の常として、
      宗教観とはまったく別の要素であるにも関わらず、決定的な要素として「政治力」が関わって来ます。
      「神学」を「民衆」に受け入れてもらわないと、宗教改革は成立しない訳です。

      言い換えると、
      個人的に神と向き合うには、本質論を突き詰めて受容論として何か「自分自身を納得させる方法」が見いだせれば良い訳です。
      ところが、それを「社会改革」に」結び付けようとすると「政治的要素」が決定的になります。

      アメンホテップ4世改めアクエンアテンは、皇帝なるがゆえに、政治改革と宗教改革を、同時にやってしまったのです。
      しかも「本質論の突き詰め方」も「受容論の提示」も、中途半端なままで、「自分の政治力による押し付け」という最悪の形で。
      動機が「政治的求心力の独占」だったから、です。

      1. とろいや先生は「ファラオ」を「皇帝」と読み替えて論を出されましたが、
        私としては、あえて言葉を戻して「彼がファラオだったこと」を失敗の原因にあげたいと思います。

        ファラオとはなにか。
        太陽神と交信する資格を持ち、その意志を人間に伝える通信ケーブルです。
        つまるところファラオは最高神官であるわけです。

        「宗教観の3つの要素」に立ち戻り、アマルナ改革の意図を見ればこうなります。

        1「本質論:神とは何か」
         神アテンとは太陽である。アテンはエジプトに平和と恵みをもたらす。

        2「受容論:神と、どのような姿勢で向き合い、受容するべきか」
         人は、万人に恵みをもたらすアテンをただあがめよ。ほかの神をあがめてはならない。
         アテンの光に照らされるもののみが真実である。偶像はこれを認めない。

        3「コミュニケーション論:神との意思の疎通をどうするか」
         アテンとの交信はファラオの役目である。民はただアテンを崇めよ。

        アクエンアテンは、ファラオが最高神官であることを過信しすぎたのではないでしょうか。
        神と交信するのはファラオだけだから、ファラオがほかの神を禁じればアメン信仰は滅び、アメン神官団の権力は消滅するという甘い見積もりを感じます。
        アメン神官団という内憂に圧迫され、目が曇ったのか、それとも博打をうったのかは今ではわかりません。
        現在でもはっきりわかるのは、神はファラオの前ではなく、エジプト人の心の中に住んでいるということです。
        心に住む神を、政治で殺すのは困難です。
        アクエンアテンがやったように、信仰を禁じ、偶像を破壊しても、短期間で効果を上げることはできないでしょう。

        メインテーマに立ち戻ると、一神教の確立とは、
        人々の心に住む(唯一神以外の)神を、あらゆる手段で殺す作業ということになります。

      2. ヲチャーさんへ
        アクエンアテンの「宗教改革」の失敗をまとめると、ご意見のとおりだと思います。異議は有りません。

        で、私が論点にしようと思ったのは、「一神教への移行」が神学的に中途半端だった事、だけではなく。
        神学的には大きなインパクトであるはずの「一神教というアイディア」なのに、後世への影響が小さかった、それは「政治改革」の部分で明らかに失敗して、改革全体が次の王朝によって葬り去られたからだろう、という事です。

        なので、わざと「皇帝」という言い方をしてみました。

        1. なるほど、一神教への移行が後世に顧みられなかった理由として、「彼が支配者であった」ことは大きな原因ですね。
          「支配者による宗教改革」が成功した例は、ちょっと思い出してみましたがほとんど見当たりません。
          神と宗教が「属人的」というか、「属欲望的」である証左であろうと思います。

        2. もう一つ、思い付きを。
          エジプト第18王朝は、それ以前の、異人種である「ヒクソス」の支配を破って「エジプト人の手」に支配権を取り戻した時代です。
          と、なると「従前の支配者:ヒクソス」はどこに行ったのか?

          征服王朝が倒れると、一部は故地に戻り、一部は新支配者の下に隷属します。

          ユダヤ人の起源が「出エジプト:エジプトは第19王朝の時代」なのは、この「ヒクソス」のうちの「エジプトに留まって隷属民となった部族」がエジプト支配から脱出できた、という事なのではないかなあ…と。
          で、それも「アクエンアテンの唱えた一神教に共鳴した者たち」だったら、面白いだろう、と。
          おおむね、妄想レベルです。

          フロイトの「モーセと一神教」は未読なのですが、解説書によれば、この中で「一神教の起源としてのアクエンアテンの宗教改革」をフロイトが高く評価している、と有りますので、ユダヤ人の起源についてフロイトがどう考えていたか、読んでみたいと思います。
          と、言う訳で「読むべき本」が、また増えましたwww

          1. >「アクエンアテンの唱えた一神教に共鳴した者たち」だったら、面白いだろう、と。
            その妄想、とっても面白い。
            前に、アーリア系って出てきますが、実のところよくわからない。コーカソイドの一派であることは間違いないとしても(どっちが先だ?)、印欧語族との関係は?
            まあ、全く視点の違う概念なんだろうけど。

          2. 八木さんへ
            「アーリア系」は、「『インド・ヨーロッパ語族』の内、ヨーロッパへ向かわずに、中央アジアに残るかインド・イランに進出した民族の総称」とでも捉えておいてください。
            インドへ向かった民族以外は、「ペルシャ系」と呼び、『狭義のペルシャ人(イラン高原で帝国を築いた民族)』の他に、ソグド人なども含むことが多いようです。

            「民族」という用語そのものが「便宜的なもの」です。

            現代の民族学では、従来の「コーカソイド」「ネグロイド」「モンゴロイド」という分類は使わなくなっています。ゲノム分析の技術が進んで、その分類は「民族ごとの遺伝子型の遠近」を反映していない事が明らかになったから、です。

            言語による分類も、どこまで正確に「民族間の距離」を測れるかは、分からなくなっています。

            血統・言語・文化・習俗・居住地など、どれを取っても、各民族は「いろいろな要素がミックスされている」ので、「民族という概念そのもの」が曖昧なものである事、が明らかになっていると思っていいのではないでしょうか。

            それでも「民族」という括りがないと、話がしにくい、便宜的というのは、そういう意味です。

          3. 補足
            ナチスドイツは「アーリア人」という言葉が「高貴な人々」という意味であることを利用して、「ドイツ人こそ、アーリア系の最高峰」みたいなキャンペーンを繰り広げて「悪い意味のナショナリズム」を煽りました。
            「インド・ヨーロッパ語族の総称」=「アーリア系」という使い方もされたから、です。

            今のところ、私たちの雑談では、ヨーロッパ人はまだ出てきませんから、アーリア系は「インド人とペルシャ人と中央アジア(黒海北岸辺りまで含む)に残ったその人たちの親戚」として使用します。

            ヒッタイトなんかは「インド・ヨーロッパ語族」らしいですけど、何系なのか(ペルシャ系なのかスキタイ系なのかそれともそれ以外系か)不明ですから、そういうのも「アーリア系」に含める事になるかも知れません。

      3. とろいやさん
        ちょっとほっとします。実は最近ここの宗教がらみの雑談にちょっと滅入っております。いろいろなご意見はともかく、かなりの数の方が明らかに神道などに対して著しく知識を欠き、ただの妄想をこうだ、と言ってらっしゃる、シンシアリーさんが真摯に日本の神々に向き合おうとしてらっしゃるのにこれはあまりにも失礼ではないかと思ってしまうのです。でもとろいやさんの文には確かな知識の裏打ちがあり、教えられることが多いです。

        と言いながら、私自身はもともとは日本史が専攻であり、エジプトを含めた外国は門外漢、もちろんヒエログリフも読めませんし信頼できる文献をちゃんと読んだわけではありませんから、あくまでも吉村先生はじめとする日本語の教養書を読んで得た知識をもとに私見を述べさせていただきます。

        まず、皇帝、という呼称について。私はかねてから彼らは皇帝と呼ぶべきだと思っています。なぜなら、ナルメル王以来の彼らはあくまでも「上下エジプト王」です。ナイル中流域の上エジプトとデルタ地帯の下エジプトを統一した者が初めて上下エジプト王を名乗り、二重王冠を身に着けることができるのです。彼らの自称でもなければ彼らの言葉でもない「ファラオ」はどこかの半島のものが我が国の陛下を貶めて呼称するあれと違いはないと思うのです。

        話が飛びますが。ユダヤ人がヒクソスのなれの果て、というのはとても面白いとは思いますが、残念ながらそのアマルナ文書にユダヤ人が登場しますので、それはないでしょう。アマルナ文書に含まれる、中東諸国からの楔形文字による外交文書、その中に、です。聖書に記された、「約束の地」を得てその地にある富をごっそり手にするユダヤ人が、逆の立場から記されています。そうです、もともとその地に住んでいた人々から見れば、ユダヤ人は侵略者であり殺戮者です。トトメス3世以来の同盟を信じて、彼らは必死にエジプトに救援を求めます。アクエンアテン(混乱を防ぐため呼称をあわせます)は「イブンバツータ・スカラベルージュ」と唱えて変身して助けに行った(謎)のではなく、こう答えます。「神に祈った」と。そして最後の文書にはこう記されていたそうです。「援軍は、もう要らない。時はもう遅すぎる。」

        私は、彼は一神教を全国民に強要するつもりもなければ従来の信仰を禁止するつもりもなかったのではないかと思っています。それは、それこそ一神教は多神教より優れているという思い込みというか、欧米人の傲慢な考えではないかと。先の外交文書を見ても、彼は単に「新興宗教にはまった」だけではないかと思えるのです。それこそアテン神の加護を見せつけるためにも親征すべき場面だったのにもかかわらず。そして従来の信仰を禁止しなかったからこそ、神官団は健在だったわけです。アテン信仰を捨てたツタンカーメンは二度にわたって襲撃され、一度目は重傷を負いながらも助かりますが、二度目は落命したと見られています。もし強硬な政策をとればアクエンアテンも襲われたでしょう。

        ・・・などと言ってしまうと一神教云々の話が先に進まなくなってしまうのですけど。でも、西欧的な「一神教は正しい、優れている」という前提に立って物事を見るのは危険だと思っています。

        とりとめがなくて申し訳ありません。

        1. >>聖書に記された、「約束の地」を得てその地にある富をごっそり手にするユダヤ人が、逆の立場から記されています。//

          アマルナ文書にユダヤ人 ( ヘブライ人?) が登場するなら、出エジプトは「その前」ということになりませんか?
          アテン信仰を受けての一神教、という話しは成り立たなくなります。

          「ユダヤ人」という呼称は、まだないですよね。
          何と呼ばれているのでしょうか?

        2. キサラギ=アリスさんへの質問を兼ねて、
          その辺を整理しましょう。

          cieさんの疑問
          「ユダヤ人」の起源が「出エジプト」とすれば、それ以前の歴史資料に「ユダヤ人」が出て来るのは、おかしい。

          その通りです、が。
          それは「ユダヤ人」を「出エジプト」によって形成された民族名、と見る立場から、ですね。

          「出エジプト記」が「元々、繁栄していた民族だった我々が、エジプト人によって奴隷とされたので、そこから逃げ出した」という物語です。
          なので、その一派が「ユダヤ人」と呼ばれるようになる前の「アブラハムの民族」は「元々繁栄していた勢力」として有った、と主張している訳です。
          (その「アブラハム一家の一部」が「ヒクソス連合の構成員」だったりしたかも知れない、というのが、私の妄想です)

          ですから、アブラハムの民族が分かれて「カナンの支配者である小王朝」だったり「エジプトの奴隷」だったり「アラビアの遊牧民」だったりするのでしょう。

          で、カナンを支配していたその一派が、エジプトと外交交渉をしていた、というのも有りそうです。その勢力をエジプト側が「ユダヤ人」に該当する呼び方をしていた、というのも。

          (その後、エジプト組の傘下の末端組織とされてしまった「武闘派集団」が、エジプト組に反旗を翻して独立を試み、激しい抗争の末に、カナンをシマとして「イスラエル組」を名乗り始めた。もちろん先行する「カナン組」とも、血みどろの抗争が有ったのだが…
          やがて、そのイスラエル組が内部抗争で、イスラエル組とユダ組に分かれ、相次いで最大の広域暴力団「メソポタミア連合」に潰された)

          ですから「ユダヤ人」という呼称について、
          「今はユダヤ人と総称される民族の先祖にあたる集団のどれか」と定義を広げれば、まあ、どこでだれが「ユダヤ人」と呼ばれてても不思議はないです。

          アマルナ文書では、その「カナンの小王国」を「何」と呼んでるのでしょうか。そこまでは詳しくないので。
          もしかすると「アブラハムの末裔」みたいな呼び方ではないのでしょうか。
          「エルサレムの王」と呼ばれているのが、それですか?
          それとも、ストレートに「ユダヤ人」なんでしょうか?

          1. >>「出エジプト記」が「元々、繁栄していた民族だった我々が、エジプト人によって奴隷とされたので、そこから逃げ出した」という物語です。

            ここ、違います。

            その後の記述は、仰る通りだと思うのです。
            アブラハムの子は、イシュマエルとイサク。
            イサクがユダヤ人の祖で、イシュマエルの方は、アラブ人の祖になったとされています。
            だから、同祖の部族が、他にもいたということはあり得ます。
            出エジプト後に、「イスラエル組」に加わったチームもあっただろうし。
            そのチームを、ユダヤ人( ? ) と呼んでいるとも考えられますが。

            以下、ざっと行きます。
            イサクの息子が、ヤコブ・イスラエルです。
            そのヤコブの息子のヨセフが、兄弟たちの嫉妬を買い、置き去りにされた上、奴隷商人に見つかって売る飛ばされた先がエジプトです。
            彼はこの地で、運と才覚によって、宰相にまでなり、飢饉の際に再開した家族をエジプトに呼び寄せます。
            そのヤコブ・イスラエルの10人の息子たちに、ヨセフの息子2人を加えたのが、「イスラエル12部族」と呼ばれる者たちです。
            なので聖書によれば、エジプトにいたのです。

            エジプトの飢饉を救った宰相ヨセフの部族が、出エジプトの時点では、奴隷に落ちているのは何故か?
            という疑問からの、連想を膨らませた妄想を書こうと思っていたのですが、ユダヤ人が外にいると出鼻を挫かれてしまうんですよね。www

            エジプトについて、勉強不足で心許ない限りですが、この頃のエジプトには、今のような「民族」意識はまだないですよね。
            多部族の集合体ではないですか?
            その中で、奴隷とされる部族は、主に戦争に負けた者たちだったろう、とは推測できるのですが、それ以外は?

            考えていた妄想を、ぶっちゃけますと。
            「政争に負けた」のではないか。と思ったのです。

            アテン( アトン ) 神が、転化して、「アドナイ ( 主 )」なのではないか?
            という記述を、ネット内で見つけたのですが、それだと不自然です。
            「アドナイ」は、「YHWH」の名をみだりに唱えないための、呼びかけの言葉です。
            だから、逆ではないかと思ったのです。
            「アドナイ」が「アテン」に転化した。

            イスラエルの部族神を、エジプトの唯一の神にしようとしたのが、アマルナ改革だったのではないか?
            アメンホテップ4世( 改革前なので) に、アテン神を勧めたネフェルティティとは何者なのか?
            何故、全ての記録が消されてしまったのか?

            アテン神のフォルムは、エジプトの神には異質です。
            でも、偶像を拝んではならないイスラエルの神なら、あるかもしれない。
            太陽から伸びた「手」は、イスラエル12部族に向けられてはいないだろうか?
            だとしたら、一神教は多神教が進化したものではない。
            多神教が進化しても、一神教にはならない。

            もし、イスラエルとアメン神団の政争だったとしたら?
            失敗したのは、イスラエルによるエジプトの乗っ取りだった。

            まさかね。
            妄想です。www

          2. 訂正と追記。

            タイプミスが酷いですね。恥ずかしい。
            売「り」飛ばされた
            「再会」した家族
            そして、
            「イスラエル12部族」と呼ばれる者たち「の祖」です。www

            さて、
            ヨセフを買ったのは、エジプト王宮の近衛兵長であるポティファルです。

            Wikipedia のポティファルのページの、「宗教的影響」の項目にこうあります。

            >>ヨセフやポティファルの生きていた年代を特定するのは難しいが、ユダヤ暦では、ヨセフは2216年(紀元前1544年)に買われており、エジプト第2中間期の終わりか、新王国のごく初期頃にあたるとされる。//

            アマルナ改革までは、ざっと200年。
            この間の記録はありませんが、イスラエル12部族は、数を増やしているはずです。

          3. cieさんへ

            1、旧約聖書を正確に読み取れば、そうなりますね。了解。

            2、なるほど、それは面白い。
            アマルナ革命の裏に「ユダヤ(と後に言われるようになった勢力)の陰謀」が…。
            これで、映画が1シリーズできそう。

            ところで「アテン神の意匠」って、旭日旗じゃないですか。
            この「エジプトを支配しようとした邪悪なユダヤ人」の正体は「日帝」ですねwww

            古代エジプトに魔の手を及ぼした日帝は、傾国の美女ネフェルティティを、若きファラオ・アメンホテップ4世のもとに送り込み、旭日旗による世界支配を企んだ。
            そして邪悪な神官が「アメン信仰は、間違い!あなたたちはアテン神を、理解するべき!」と説くのだった。

            しかし、この陰謀に気付いた主人公(韓国人)は、タイムマシンを駆って、古代エジプトに急行する。
            得意のテコンドーを駆使して、時を超えてやってくる日帝の刺客を次々に倒し、古代の平和を守り抜く。
            やがてエジプトの将軍に取り立てられた主人公は、邪悪なアテンの神殿と旭日模様を、完膚なきまでに破壊し、ついには帝位に昇ってエジプト第19王朝を開くのであった。

            これで、ネフェルティティが若くして死んだ理由も解明されます。めでたしめでたし。

          4. 敗北したユダヤ人が東方に逃れ、アマルナ → アマテル(天照)→ 日帝 になったと。

            「アマルナ 天照」ってググると既出ですね。。。

          5. mottonさんへ
            ありゃ、ホントだ。
            あの飛鳥昭雄さんのネタにもあるではないですか。

            けっこう、思いつきそうなネタ、なんですね。

            しかし「タイムパトロール韓国支部」や「暗躍する七誌教」や「テコンドー軍団の活躍」を加味すれば、まだまだネタが広がりますwww

          6. 「超時空太閤秀吉」も混ぜてあげてください。www

            と。
            ここから、マジなんですけど。
            皆さんの説を読み返して、私の妄想は、あながち間違ってないのではないかと思うのです。

            アマルナ改革が、イスラエルとアメン神官団の政争だったのだと仮定した場合、色々腑に落ちてしまうのです。

            ヲチャーさんが上げていらっしゃる、
            2の「受容論」も、3の「コミュニケーション論」もユダヤ教のものと同じです。
            3でファラオに当たるのは預言者ですね。
            そして1なのですが、
            神アテンは、「太陽」となっているけれど、実はそうではないのではないか?
            偶像を禁止する、イスラエルの神の姿は描けない。だから「空白」。
            そこから恵の手が伸びている。という意匠なのではないでしょうか?
            それを、便宜上「太陽」とした。

            とろいやさんの仰る、

            >>神学的には大きなインパクトであるはずの「一神教というアイディア」なのに、後世への影響が小さかった//

            というのも、もしもアテン神がイスラエルの神だったなら、影響は無くて当然ですよね。
            「多神教から、一神教は生まれない。」ということなのですから。

            後は、キサラギ=アリスさんのここ。

            >>彼は単に「新興宗教にはまった」だけではないかと思えるのです。

            もっと大変な事件だったはずです。
            そうじゃないと、王の彫像の顔面部など、記念物が破壊されたり、記録が抹消された意味が通らない。
            記録抹殺刑は、とても重い刑罰だったのではないですか?
            勉強不足で、エジプトのことははっきりと分かりませんが、ローマではそうです。
            生前の存在を抹殺されるのは、最も不名誉な刑罰でした。

            アクエンアテンもトゥトゥアンクアメンも、その死後に、「エジプトの支配者として不適格」と見做された。ということですよね。
            それは何故?
            「イスラエルの神を祀ろうとしたから。」

            どうでしょう?

          7. エジプト神話に中東のパンテオンの影響があるのは明らかです。中王国時代にアナト、新王国時代にアスタルテという女神が、エジプトに伝わっています。よって、ユダヤ人の祖がアクエンアテン3世と手を組んでいたというのは荒唐無稽とは言い切れない話だと思います。

            >神アテンは、「太陽」となっているけれど、実はそうではないのではないか?

            エジプト各王朝のファラオの守護神は、一部の例外を除きつねに太陽神です。
            (ラー、アトゥム、ホルス、アメンなど。例外はセト)
            ですので、ファラオが崇拝する神が太陽神でなければ世間体が悪すぎると思います。
            たとえアテン神の正体がYHVHだったとしても、それをエジプトにローカライズする際にYHVHを太陽神に改造する必要があるはずです。なので因果関係や証拠としては弱いかなと。

          8. >>エジプト各王朝のファラオの守護神は、一部の例外を除きつねに太陽神です。

            そうなのです。
            言葉が足りませんでした。少し足します。

            偶像を禁止する、イスラエルの神の姿は描けない。だから「空白」。
            そこから恵の手が伸びている。という「太陽に似せた」あの意匠なのではないでしょうか?

            アテン神のデザインは、円から下方に伸びる十数本の触手です。
            これなら太陽光線に見えます。
            でも、太陽光線なら、何故下方にだけ伸びているのでしょう?
            人間が太陽の下にいるから、と言うこともできますが、私は直観的に「YHWH」を「太陽神」に改造したものではないかと思ったのです。

            触手の数は定まっていないそうですが、本当は12本なのではないか?
            でも、常に12本では、何かと都合がよろしくなかったのではないか?
            と、思うわけです。

          9. エジプトは昔いろいろ調べたので、レスしたいところがたくさん出てきてしまいます。

            >記録抹殺刑は、とても重い刑罰だったのではないですか?
             エジプトにおける記録抹殺は、ローマどころではない過酷な刑罰です。これはエジプト宗教の根幹である死後復活を不可能にするための措置です。
             エジプトの死生観では、死んで肉体から抜け出した魂が生き続けるためには、来るべき復活の日まで、死者の存在を知る者により礼拝と供物が捧げられつづける必要があります。儒教の祖先崇拝と似た概念です。
             礼拝が途絶えると魂は餓死し、肉体が保存されていても復活することができません。
             アメン神官団は、彫像を破壊し名前を削り取ることで、アクエンアテンの復活を阻止しようとしたわけです。

             余談となりますが、古代のファラオが誰も復活してこないことから死者復活思想が廃れ、死者は冥界神オシリスが運営する死後の世界で安息に暮らすという思想が広まったのが、何をかくそう、この第18王朝のころからだそうです。アマルナ革命との因果関係はあったんでしょうか? 実に面白いですねこの時代。

            >アテン神の光の腕の本数
             12本というのがユダヤ12氏族をあらわしているとしたら大変なことです。
             アクエンアテンは上下エジプトの王です。上下エジプトのほとんどの民はユダヤ氏族ではないのですから、
             「12氏族にちなんで腕を12本描く=自分は原住エジプト人のファラオではない」という宣言になります。さすがにそれはないでしょう。
             もしあったとしたら、古ユダヤ人によるファラオへの重大な裏切りですね。

             再度言いますが、ユダヤ人の祖がアクエンアテンと手を組んでいたというのは荒唐無稽とは言い切れない話だと思います。
             ですがcieさんの論は、少々細部をこじつけすぎかと。飛鳥昭雄ネタとしては完璧ですがw
             そしてとろいや先生、ここからどうします?w

        3. キサラギ=アリスさんへのレスです。

          >それこそアテン神の加護を見せつけるためにも親征すべき場面だったのにもかかわらず。

          そこはちがうと思われます。
          そもそもテーベのアメン=ラー神官団は、なぜ強力になったのか。それはアメン=ラーが、国家主神であるのと同時に、対外遠征の勝利をもたらす神とされていたからです。
          エジプト第18王朝はエジプト史上まれに見る外征王朝であり、中東方面への遠征と勝利を繰り返しました。そして勝利するたびに、テーベのアメン=ラー神殿に莫大な寄進が行われたのです。アメン=ラー神官団がファラオをしのぐほど強大な政治権力となったのは、これが原因。経済力です。

          ひるがえってアテン神は、平和と恵みの神とされました。これはあきらかに侵略戦争で強大化したアメン=ラー神殿に対する反発でしょう。
          つまりアクエンアテンにとって、戦争はアメン信仰を肯定する政治的メッセージとなるため、実行できなかったはずです。

          >そして従来の信仰を禁止しなかったからこそ、神官団は健在だったわけです。
          アクエンアテンは神像の破壊を行ったとされています。
          (無論、アメン神官団によるねつ造の可能性もあります)
          信仰を禁止するといわれて滅ぶような脆弱な神官団だったなら、「ファラオの権力をすらしのぐ」と言われることはなかったでしょう。
          なのでアメン神官団が健在だったことは、アクエンアテンが多神崇拝を禁止した証拠にはなりません。

          1. 最後の最後でミスってる。
            アクエンアテンが多神崇拝を禁止し「なかった」証拠にはなりません。

    2.  私の理解では、農耕化→文明化、になってます。
       穀物を蓄積できるようになって、農耕作業から解放される者が出て来て、身分が分かれる。分業によって、高度に組織化された社会が生まれる(=文明化)。
       ナイル川沿いにいくつもの都市国家(主に農耕)が出来て、この都市国家をまとめて大きな国家になっていった。
       シュメールでも小麦の農耕を主体として都市国家が出来ていったと理解しています。

      1. 迦具さんへ
        ご指摘ありがとうございます。

        私は、用語を幅を持たせて使う癖がありますので、
        「統治機構の確立」や「農耕の進歩による穀物備蓄の充実」や「都市国家の成立」など、とは異なる「文明をやがてもたらす文化的萌芽」まで「文明」と書いてしまう事があります。
        また、そういう「文化の傾向・特徴」を「文明」と書いてしまう事もあります。
        「定着民ではない民族の文化が高度に発達した場合」も同様です。

        なるべく気を付けますが、どうか「忖度」してお読みください。

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