議論エントリーその7

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“議論エントリーその7” への1,028件の返信

  1. 「朝銀破綻の謎」を長い間、分析してきましたが、
    やればやるほど、わからなくなる。
    ネットには、嫌韓サイトは多いが、
    参考になるサイトはほとんどない。
    戦後日本の日韓、日朝、の対立が、
    公的資金1兆3453億円「朝銀破綻」を産んだのだが、
    総連破綻申請すら未だに出来ず、全く回収できてない。
    そこで、一旦これまでの解説は第1章ということで下記に纏め、
    https://ncode.syosetu.com/n7996gg/
    そこらネットの朝鮮解説より、ワンランク深いところで、
    「朝銀破綻の謎」第2章を始めることにしました。
    自己満足解説かもしれませんが、
    今回は戦後の日韓、日朝対立の原因究明も含めて、
    結論まで、行きつきたいと思います。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    1945年8月10日、午前2時過ぎ、御前会議において議長の鈴木から、昭和天皇に聖断を仰ぐ奏上が為された。

    日本がポツダム宣言受諾を実質的に決定した瞬間である。

    この頃、朝鮮半島において、日本人及び朝鮮総督府の最大関心事は、日本が敗戦した後の、朝鮮半島の治安であった。

    朝鮮総督府は、日本の敗戦後、朝鮮民族の反日暴動を避けるため、統治権を朝鮮人指導者へ譲るという方針を固めていたように思える。

    京城で、朝鮮総督府政務総監遠藤柳作は、朝鮮独立運動家呂運亨に、行政権委譲の申し出をした。

    平壌では平安南道の古川兼秀知事が、曺晩植に行政権の委譲を申し出た。

    しかし、何故か今日、この時期の朝鮮総督府や、古川兼秀平安南道知事の行動が、正確に伝わっていない。

    そこで、京城、平壌における、終戦直後の朝鮮総督府、平安南道の動きを、整理してみたいと思う。

    主な登場人物は、

    ①朝鮮総督府総監、阿部信行、
    ②朝鮮総督府政務総監、遠藤柳作、
    ③朝鮮総督府警務局長、西広忠雄、
    ④朝鮮軍管区司令官、上月良夫、
    ⑤古川兼秀平安南道知事
    ⑥呂運亨、
    ⑦安在鴻、
    ⑧宋鎮禹、
    ⑨曺晩植
    ⑩第24軍団指揮官ジョン・リード・ホッジ中将、

    以上の10人である。

    1945年8月10日、西広忠雄警務局長は短波放送を通じて、日本政府がポツダム宣言を受託することを知った。

    西広忠雄警務局長は、治安維持の観点から、有力な朝鮮民族指導者を立てれないかと考えていた。

    1945年8月14日午後11時、西広忠雄警務局長は同盟通信京城支局にて、日本がポツダム宣言を無条件で受託する事を知り、遠藤柳作政務総監官邸を訪た。

    1945年8月15日午前6時、呂運亨を政務総監官邸へ呼び出した。

    1945年8月15日午前8時、呂運亨、官邸到着。

    日本側の記録によると、遠藤柳作政務総監は呂運亨に、
    「連合軍上陸までの治安維持は総督府が当たるので、側面から協力を要請したい」と話した。

    呂運亨は「ご期待に沿うよう協力したい」と答えたとある。

    しかし、ウィキペディアによると、
    『朝鮮総督府政務総監遠藤柳作が呂と接触し、解放後の治安維持のため行政権の委譲を持ちかけたため、政治犯の釈放と独立運動への不干渉などを条件に受諾した』とある。

    どうも、ここが、ハッキリしない部分である。

    朝鮮総督府が呂運亨へ「側面からの協力要請」をしたのと、
    朝鮮総督府が呂運亨に「行政権の委譲」をしたのとでは、大きな違いがある。

    朝鮮総督府は、日本人の安全を守るため、呂運亨に権限を譲ったのでしょうか?

    色々調べてみましたが、資料証言がイマイチ曖昧で、どれが正解なのか、事実は全くわかりません。

    朝鮮総督府政務総監遠藤柳作が12年後に証言して、事実らしきものはあるにはあるのですが、これもどうも私の目から見たら、遠藤自身に都合よすぎる内容となっていて眉唾物です。

    結局、真相は藪の中、ということなので、当時の状況で推測するしかないと思い、整理していこうと思います。

    まず、呂運亨についてだが、彼は当時、朝鮮の主要な独立指導者が海外で活動していたため、朝鮮半島における数少ない大物朝鮮独立運動指導者の一人でした。

    この呂運亨が、終戦間近に朝鮮総督府からの「側面からの協力要請」を承諾したことになっていますが、まずこれが疑問その1です。

    当時、日本の敗戦は誰の目にも明らかだったのに、呂運亨は何故、日本に協力する道を選んだのだろうか。

    呂運亨が日本の工作員とするならば、朝鮮総督府からの行政権譲渡は、すんなり受け入れられるが、呂運亨が本当の民族主義者で朝鮮独立運動の指導者だったなら、呂運亨は朝鮮総督府の要請を受けなかったという事になる。

    呂運亨にとって日本の敗戦が確実なこの時期に、朝鮮総督府に協力する事は、全くメリットがない。

    朝鮮総督府に協力すれば、日本の傀儡だと自ら認めるようなものだからだ。

    そうなると呂運亨が朝鮮総督府の協力要請を承諾したのは何故だろうか。

    1つの推測として、朝鮮総督府と呂運亨は繋がっていたと考えられる。

    行政権の確実な委譲が前々から約束されていたのならば納得できる。

    資料では出てこないが、呂運亨は日本が敗戦した場合の朝鮮統治を前もって約束されていたのではないだろうか。

    呂運亨が今でも「親日派の傀儡」と呼ばれてることの原因がここにある。

    呂運亨と遠藤柳作が会合を持ったのが1945年8月15日朝8時である。

    玉音放送が1945年8月15日正午だから、わずか4時間前だった。

    朝鮮総督府にとって、治安対策ができるギリギリの時で、朝鮮総督府は、朝鮮治安維持のために呂運亨に引き受けてもらう形をとった。

    もし呂運亨が協力を断っていたら、正午の玉音放送を聞いた後、朝鮮民族は、暴徒と化して、間違いなく多くの日本人を襲っていただろう。

    こう考えると、呂運亨の「治安維持請け負い」は一見男気溢れる行動のように見えるが、実は違うという根拠になる。

    ソビエト軍は、北緯38度で南進するのを止めてはいたため、京城ではソビエト兵による暴虐は避けることができた

    8/15日正午、玉音放送の後、朝鮮総督府は行政権を朝鮮人に委ねる計画で、水面下で用意していたから、呂運亨はすんなり朝鮮総督府から権力委譲を受けた。

    そして朝鮮総督府の協力があったから、戦後僅か2週間で「建国準備委員会」145支部を立ち上げれた、という事になる。

    しかし、ご存じのように、呂運亨は、そのまますんなり戦後の指導者には、なれなかった。

    呂運亨は何故すんなり指導者になれなかったのかを考えてみたいと思う。

    《続く》

    1. 何故、呂運亨はすんなり傀儡政権の指導者になれなかったのか。

      まず考えられるのは、資金不足です。
      新国家建設のためには、莫大な資金が必要です。
      仮説ですが、私は最初、呂運亨はバックに日窒コンツェルンがついていたと考えています、それが途中から日窒コンツェルンが手を引いたのではないでしょうか。

      ご存じのように日窒コンツェルンと朝鮮総督府は双子のような存在です。
      呂運亨が朝鮮総督府の傀儡政権だとしたら、当然バックに日窒コンツェルンがつくことになる。

      8/15呂運亨は朝鮮総督府から治安維持を要請され、メリットもないのに請け負った。
      呂運亨は人道的な人物だと連合国に印象づけ、その後に作る朝鮮人新国家は呂運亨が指導者でもいいと、既成事実を作るためです。
      そしてその計画は前々から、朝鮮総督府と一緒に計画されていた。

      これこそが、日本が敗戦後に計画してた朝鮮半島における傀儡国家計画であった。黒幕は朝鮮総督府、日窒コンツェルン、朝銀、朝鮮軍、だったと思われる。

      呂運亨は朝鮮民族指導者として他の独立運動家より一歩抜きん出ていた、それはバックでこのような親日派が活動していたからでしょう。

      終戦時、重慶の臨時政府の指導者の面々は、誰も朝鮮に帰ってきていなかった。

      李承晩もアメリカに足止めされたままであった。

      この時点で、呂運亨は、たとえ朝鮮総督府に協力した傀儡だと思われようが、朝鮮独立のための有力指導者になれたわけです。

      しかし、結局、呂運亨は失敗してしまった。

      建国準備委員会副委員長の安在鴻と対立し、結局、内部分裂を起こしてしまう。

      呂運亨は9/6朝朝鮮人民共和国を建国。

      このときの閣僚名簿は、主席李承晩、副主席呂運亨、となっている。

      主席に右派李承晩を据えたにも関わらず、安在鴻、宋鎮禹、といった中道右派の指導者は朝鮮人民共和国を支持しなかった。

      宋鎮禹は、9/16韓国民主党を結成し朝鮮人民共和国に対抗した。

      呂運亨は前もって朝鮮総督府と十分な話し合いを持っていたのに、安在鴻、宋鎮禹が欠けたということは、計画通りにはいかなかった、ということだ。

      呂運亨は終戦時に朝鮮総督府と繋がっていた唯一の民族指導者だったからこそ、8/15日に朝鮮の治安維持を引き受けたし、建国準備委員会を立ち上げて、145の地域に支部を作り上げることもできた。
      しかし、日本の傀儡という批判は大きく、すんなりとはかわせなかった。

      建国準備委員会は朝鮮人民共和国へと大きく育ったが、僅か9/6~10/10日までの35日間しかもたなかった。

      朝鮮人民共和国は日本の傀儡国家ではあったが、もし呂運亨と安在鴻が仲たがいせず、宋鎮禹が協力していたら、北朝鮮のように後々認められる国家になっていたかも知れなかった。

      しかし、12年後、元朝鮮総督府政務総監遠藤柳作は、朝鮮人民共和国樹立の、きっかけとなった、朝鮮総督府から呂運亨への行政権の委譲は、あくまで治安維持の側面からの「協力要請」だったと述べている。

      私は遠藤柳作のこの証言は嘘だと思っているが、戦後12年たっても遠藤柳作元朝鮮総督府政務総監が、事実を隠す理由はなんなのだろうか。

      ここで、1つの仮説が成り立つ。

      朝鮮総督府、朝銀、日窒コンツェルン、朝鮮軍、が中心となって、朝鮮半島傀儡国家建設の秘密計画があったからなのではないのか。

      終戦時、呂運亨に朝鮮の治安要請を請け負う合理的理由は何もなかった、しかし呂運亨は引き受けた。

      玉音放送が流れる4時間前まで会見すらもたなかったのに、簡単に引き受けたのは予め計画があったからではないのか。
      もう話は出来上がっていたのだろう。

      8/17日に共産主義者、反日主義者に扇動された朝鮮人暴動が起こった、朝鮮神宮焼き討ちである。

      呂運亨が「青年治安維持隊」を組織していなかったら、安在鴻がラジオ放送をしていなかったら、反日暴動に歯止めがかからなかった可能性は十分にある。

      朝鮮総督府から呂運亨への権力委譲は、綿密に前々から計画されていたからこそ、有効に機能したと言えるのではないだろうか。

      朝鮮軍管区司令官上月良夫は朝鮮人暴徒に対して発砲を許さなかった。

      まだ武装解除していなかった朝鮮軍の、この統率された行動は呂運亨への権力委譲が朝鮮軍上層部にまで徹底されていたからだろう。

      呂運亨が治安維持を行い、安在鴻がラジオ放送で朝鮮民族に自制を求めて、
      警察官への暴行はなんと朝鮮全土で10数件で収まった。
      日本人警官の死者は僅か2名だった。
      実に見事な政権交代だった。

      しかし米軍はこの権力委譲を最後まで認めなかった。
      何故米軍はこの政権交代を認めなかったのか。
      米軍の責任者は第24軍ホッジ中将であった。

      ソビエト軍は北部朝鮮の管理を、すぐに朝鮮人組織に任せた。
      それは建国準備委員会が人民委員会で組織されており、共産色が強かったからだけではないだろう。
      平安南道知事古川兼秀が行政能力の欠如をソビエト軍に表明したからだろう。

      しかし、米軍は南朝鮮の管理を、絶対に呂運亨の建国準備委員会には任せようとはしなかった。
      つまり、朝鮮総督府は行政能力の欠如を表明しなかった。
      ここに日窒コンツェルンの誤算があった。

      南朝鮮でも北朝鮮でも、人民委員会が国民に自制心を求めたがゆえ、大きな社会的混乱は起こらなかった。
      ただその組織、人民委員会が、左に片寄りすぎたのは問題だった。
      左傾化し過ぎた組織だったゆえ、米軍はソビエトとは違う印象を人民委員会に持った。
      米軍は、一旦、朝鮮人に渡った行政権を、朝鮮総督府に再摂取させるという無茶を強行し、再び朝鮮人に委譲しようとしなかった。

      そこで、一つ疑問点がある、朝鮮総督府は行政能力の欠如を理由に、行政権の再摂取を断ることも出来たはずである。
      げんに北部朝鮮では平安南道知事は断っている、しかし朝鮮総督府は断らなかった。

      朝鮮総督府と日窒コンツェルンは朝鮮人独立国家建設に呂運亨を担ぐことで一致していたはずなのに、何故、呂運亨を見限ってしまったのだろうか。

      《続く》

      1. 1945年8月15日、呂運亨は朝鮮総督府政務総監遠藤柳作より行政権の委譲を受けた。
        しかし、朝鮮総督府は8/18に呂運亨から行政権を再接収した。
        呂運亨は実質3日間しか朝鮮統治はできなかった。
        何故このような醜態になってしまったのか考えてみよう。
        だいたい2つの理由が考えられる。

        第1に米第24軍ホッジ中将の命令があった。
        第2に呂運亨らが朝鮮総督府との約束をたがえたから。

        まず、問題視されたのが、8/16安在鴻が行ったラジオ放送である。

        この放送で安在鴻は遠藤流作との約束の範囲を越え、朝鮮民族に独立を扇動してしまったという人がいる。

        「国民の皆さんは格別に留意され、日本の居留民の感情を刺激しないようにしてください、40年間の総督府の統治は既に過去のものとなりました。両国民の政治形態がどう変わろうとも、両国民は同じアジア民族として結ばれている国際条件の下で自主互譲の精神で各自の使命を遂行すべき運命におかれている事を正しく認識しなければなりません。日本にいる500万の同胞が日本で全く同じような受難の生活をしていることを思い致せば、朝鮮にいる百数十万の日本人住民の生命と財産を安全に守るということが必要だと言うのは聡明な国民の皆さんが十分に理解してくださると疑いません」

        実に人道的な、いい演説だと思います。
        しっかり在留邦人の生命財産を守るという約束を果たしてるうえ、朝鮮国民に広く日本統治が終わったことを知らせている。
        この演説に建国準備委員会の朝鮮総督府に対する約束違反は見当たらない。

        結局、安在鴻は左派勢力が強くなった建国準備委員会に見切りをつけ副委員長を辞したが、このラジオ放送が朝鮮総督府との約束違反だとは思えない。

        もう1つの理由は、米軍ホッジ中将から命令されたから、となっている。

        確かに事実だが、北部朝鮮ではソビエト軍は自ら行政権を行使しようとはせず、人民委員会に行政を委譲している。

        何故ソビエトが直接統治をすぐに諦めたのかというと、平安南道知事古川兼秀が行政能力の欠如を理由にソビエト軍に行政権の再摂取を拒否したからである。

        つまり平壌で行政権は、平安南道知事→曺晩植→ソビエト軍→曺晩植、という流れで委譲されていった。

        ソビエトは朝鮮は朝鮮人に間接統治させた方が上手くいくと判断したのだ。

        しかし、米軍はそう考えなかった。
        朝鮮を直接統治するため呂運亨から行政権を取り上げた。
        それも米軍が取り上げるのではなく、日本にその役目をやらせた。
        つまり京城で行政権は、朝鮮総督府→呂運亨→朝鮮総督府→米軍、という流れで委譲された。

        呂運亨擁立による日本の傀儡新国家建国計画は狂ってしまった。

        私は、呂運亨擁立失敗の原因は朝鮮総督府が行政権の再摂取を拒否しなかった事にあると思う。

        つまり総督府の方針が最初と変わったのが原因である。

        それでは何故、朝鮮総督府の方針が変わったのか。
        それは、8/16米ソにおいて北緯38度線による分割統治が成立してしまったからである。

        この事で南部朝鮮は米軍の力が強くなり、中道左派の呂運亨は、動きづらくなってしまった。

        逆に北部朝鮮では、ソビエト軍占領地域は戦前から重工業地帯であったため、共産党への対策が十分練られていた。

        北部朝鮮は日窒コンツェルンの企業城下町が多く、労働組合対策のための地下組織が整っていた、曺晩植はその組織を自由に使えたゆえ、活動がしやすかった。

        戦時中、日窒コンツェルンは地域住民の間に草の根のような密告組織を整備していた。地下工作員は迷路のように張り巡らされた連絡網を使って、わずかな共産主義者の活動も見逃さなかった。

        つまり共産主義者に対するスパイ網が発達していたので、逆にソビエトに協力する動きもできたわけである。

        日窒コンツェルンにソビエト軍の動きは完全に読めていた。

        ソビエトにとっても、日窒コンツェルンの組織網は、北部朝鮮の間接統治を行うのに都合がよかった。

        元山、興南、といった重工業都市では、日窒コンツェルンは住民の隅々にまで連絡網を構築していた。

        対労働組合の戦中教育は徹底されており、その事は逆にソビエト軍への理解も容易にした。

        日窒コンツェルンの描いた共産主義国家ソビエトに対しての裏工作は上手くいったわけだ。

        一方、南部朝鮮は農業中心で北部ほど反共対策が進んでいなかった。

        人民委員会は北部ほど住民に支持されず、米軍は朝鮮民族を理解していなかった。

        マッカーサー布告第1号(9/8)では、朝鮮人を解放人民ではなく、敵国人民として対処する、としている。

        全羅道を本拠地とする湖南財閥が再大財閥であったが、呂運亨ではなく金性洙を支持していた。

        金性洙は宋鎮禹と反呂運亨で同調し、多くの親日派が、宋鎮禹・金性洙が結成した韓国民主党を支持してしまった。

        何はともあれ、朝鮮総督府は、治安能力の欠如を理由に、行政権の放棄はしなかった。道義的に考えるなら、最初の約束通り、呂運亨に行政権を譲ったままにしておくべきであった。

        建国準備委員会は終戦直後の日本人の生命財産を守り、安在鴻は素晴らしいラジオ演説をしたのだから、建国準備委員会に行政を全て任せた方がスマートだったと私は思う。

        そもそも、8/15、呂運亨に行政権を委譲したとき、遠藤柳作は呂運亨に全てを委譲する気だったはずである。

        それでは、何故、遠藤柳作の気が変わったのだろうか。

        米軍ホッジ中将の命令が絶対だったからか?

        いや違う、私は朝鮮総督府内で、何か問題が発生したからだと思う。

        つまり第3の理由だ。

        あまり知られていないことだが、大日本帝国陸軍は、ちょうど北緯38度線付近で、関東軍と大本営とに、管轄を分けていたらしい。それが米ソ南北分割統治と深く関わってくる。

        朝鮮総督府の中にもキナ臭い南北対立があったということである。

        《続く》

        1. さて、呂運亨の考察から、少しずれて朝鮮半島における帝国陸軍の南北の温度差について少し考えて見よう。
          朝鮮北部は日窒コンツェルンの本拠地である。

          咸鏡南道咸興郡では合成アンモニアを原料にした硫安、硫燐安、油脂、石炭低温乾留、アルカリ、カーバイド、火薬、金属精錬などが生産され、興南地区では、朝鮮窒素肥料など10社を超える子会社、関連会社が操業していた、従業員は4万5千人、家族を含めた総人口は18万人に達していた。

          日窒コンツェルン創設者野口遵は自分の本籍を咸興へ移したほどの朝鮮贔屓きで、政治家で陸軍大将でもあった宇垣一成は、朝鮮総督時代に朝鮮銀行の融資枠1/3を使って、日窒コンツェルンの事業を助けた。

          日窒コンツェルン総帥、野口遵が1944年1月15日に死去したとき、宇垣一成の落胆ぶりたるや相当なものであった。

          納棺に立ち合い、死者の手を握り、無言のまま大粒の涙をポロポロと流したという。

          日窒コンツェルン、その総資産は三菱、日本製鉄に匹敵し、
          死の直前、野口遵は私財3000万円(現代で800億円)を朝鮮総督府と野口財団に寄付した。

          その一部は現代まで続いている朝鮮奨学会となっている。
          新宿西口の地上9階地下3階の奨学会ビルは野口遵の遺産である。
          彼の朝鮮への思い入れの強さが伝わる。

          日窒コンツェルンのバックには関東軍と朝鮮軍がおり、その巨大財力の源は朝銀であった。

          関東軍の戦争遂行のための予算は、朝鮮銀行の「圓」にあった。

          当時日本は、異なる3つの「圓」を発行していた。
          本土では日本銀行券、植民地の台湾銀行券と朝鮮銀行券、
          それぞれが同じ価値で交換出来た。
          万一植民地の経済が悪化した場合、本土から切り離す為に、
          敢えて別々に「圓」を発行していた。
          自由に「圓」が発行出来たことが、朝鮮銀行の独断で関東軍への資金提供を可能にしていた。
          関東軍が大本営の支持に従わず暴走できたのも、朝銀があったからである。

          宇垣一成は大日本帝国陸軍に宇垣閥を作ったほどの大物で、クーデター未遂事件も何度か起こしている。
          宇垣一成の朝鮮総督時代(1931~1936)、
          陸軍のクーデター事件は頻発し、

          3月事件(1931,3,20)、
          10月事件(1931,10)、
          血盟団事件(1932,2~3)、
          5・15事件(1932)、
          226事件(1936)へと続く。

          この中で3月事件と10月事件を企てたのが「桜会」である。

          現代、陸上自衛隊OBが作る親睦団体で、偕行社というものがある。
          大日本帝国陸軍の元将校・士官候補生・将校生徒・軍属高等官および、陸上自衛隊と航空自衛隊の元幹部の親睦組織である。
          歴史は古く帝国陸軍の創建まもない1877年(明治10年)陸軍将校の集会所・将校倶楽部や一種の迎賓館として東京府九段に集会所が設立されたことに始まり、以降各地の師団司令部所在地に偕行社が設立された。

          大日本帝国時代、偕行社は一種の企業としても一大組織であり、将校准士官および見習士官を対象とする軍服を筆頭とする各種軍装品、軍帽・略帽・正帽、手套・シャツ・パンツ・袴下・襟布・袖布・カフリンクス、軍靴、脚絆・革脚絆、軍刀・指揮刀・刀帯、拳銃・拳銃嚢・双眼鏡から、陸軍記念日や陸軍特別大演習といった行事記念品などの製作・販売、および陸軍将校や関係者用の喫茶店・旅館、学校の経営なども広く手がけていた。

          つまり巨大な利権の塊であった。
          当然の陸軍関係の秘密会合の舞台となっている。

          「桜会」はそんな偕行社内で1930年秘密結社として生まれた。
          「支那通」と呼ばれる佐官、尉官が多く在籍しており、石原莞爾の盟友参謀本部ロシア班長、橋本欣五郎がリーダーであった。
          3月事件で宇垣一成を首班とする国家を作ろうとしたクーデター未遂事件を主導した。

          3月事件は、大川周明が立案し、桜会が中心となり計画した、宇垣一成陸相を首班指名させるクーデター未遂事件である。

          10月事件は3月事件を更に大きくしたクーデター未遂事件で、
          宇垣一成の代わりに荒木貞夫が首班指名された。

          この計画の驚くべき箇所は、関東軍が日本から分離独立する旨の電報を政府に打ち、それをきっかけにクーデターに突入するというもので、出口王仁三郎の大本教信者40万人も支援していたという所であった。

          関東軍の独立などということが、現実にクーデターの材料として語られるほど、当時、関東軍と大本営の仲は悪かった。

          10月事件の失敗後、桜会は解散したが「ただ私利私欲のみに没頭し国防を軽視し国利民福を思わない極悪人」として標的を選定し、配下の暗殺団メンバーに対し「一人一殺」を指令した「血盟団事件」が起こった。

          血盟団事件は民間のテロだが、首謀者井上日召を頭山満が匿ったように、黒龍会とも深い繋がりがある右翼団体であった。

          血盟団事件では三井の総帥団琢磨が殺され、三井出身の日銀頭取池田成彬も標的にされた。

          そして5・15事件では犬養毅首相、226事件では朝銀の通貨発行権の停止を目論んだ高橋是清蔵が殺され、血盟団の残党は三菱銀行に手榴弾を投げ込んだ。

          戦後、第1章で述べたように「三無事件」というクーデター未遂事件が1961年に起きている。

          この事件で5・15事件で犬養毅を撃った三上卓が逮捕された。
          戦後、源田実など右翼国粋主義者の世話をした川南豊作が逮捕され、
          池口恵観も逮捕された。

          第1章にも書いたが、要するに右翼活動の源流は、この混沌とした時代にあるのだ。

          池口恵観は朝鮮総連ビル競売の時の第1落札者、鹿児島最福寺の池口恵観である。

          やっと朝銀破綻問題に繋がってきた。

          《続く》

  2. 以前このブログのコメントに”三峡ダムが決壊”とかあって
    google earthで見てみたら、堰堤がこんなに曲がってたら
    さすがに、もう決壊してるんじゃネ?写真の歪みか何かかな?
    と思ってたんですが、今日、再度google earthで三峡ダムを
    見てみてビックリ!ダムだけ写真じゃなくて、堰堤が一直線の
    ”絵”に変わってたんだよね(画像取得日20/6/4の表示)。
    google mapの航空写真と、スマホでのgoogle earthは
    相変わらずグニャグニャです。
    前回見てから、google earth更新してないんだけど、
    何でかな?分かる人教えて下さい。

  3. >八木淳一さん
    >「黙示的」というのですかね

    「ドブ(沼)にはまる」と言うのではないでしょうか。
    膝下ぐらいだと良いのですけど、腰まで嵌ったら抜けられませんよ、周辺に沢山いらっしゃるでしょ。
    腰まで嵌ると脱いでいても判りませんからね、胸まで嵌ったら男か女かも判りません。口から泥を吐くようになったら助かりません。

  4. 七誌さん
    の知見では、最近のアビガンの状況をどうみますか?
    当時の対症療法しかないの救急の状況では、自然治癒なのかアビガンが効いたのか判然としてなかったとも言われていますが。

    1. 消極的にしか使われていないのでよくわからないというのが結論だね。

      そもそもの死亡率があまり高くないので、患者が少ないうちは対症療法でも治癒はするので、アビガンで治癒したのか、自然治癒したのかよくわからない。

      が、それなら何故あんなにレムデシビル推しなんだかよくわからない。品不足で日本に売らないとか言われているのに。

  5. シンシアリーさんの本を読み始めて、このブログを閲覧し始めてから韓国にはまっています。
    韓国男子のYOUTUBEに始まって韓国映画、ドラマ。
    今、李承晩TVを観ています。
    特に新しい知見はないのですが、こういうのを「黙示的」というのですかね? とろいやさん。

    1. 「黙示」というのは、
      「超越的存在:神」が「聖霊や天使」を遣わして、「預言者」に「神レベルじゃないと理解できない世界の秘密」を「神秘的な表現だけど、人間にも分かるように、かみ砕いて」教える事、ですよね。

      「韓国」が「何らかの超越的存在」であれば、聖霊を遣わし、その導きによって「超越者じゃないと本質を理解できないレベルの【韓国の真実】」を、八木さんに教えようとしている、という訳です。

      「神様」にも「韓国」は理解できません。
      何となれば「理解したら負け」である。
      そして「神は負けない」。
      ゆえに「韓国は、神を超えるものである」。
      「韓国」は「超越者」ですね。
      証明終わり。

      これは…「新たな黙示録」が与えられようとしているのか…

  6. 最近、いつもの連中がこぞって、七誌は視野が狭い、もっと世界を見よ、韓国だけを見るな。と唱えていますよね。

    韓国は、実は日本にとって取るに足らない国なのですよ。だからこそ、日本は韓国に負け続ける。
    取るに足りないゴブリンの被害が大きいのは、ゴブリンが取るに足りないが故に放置されるからなのです。

    韓国側は日本を世界中で貶めるのに最優先、利益以上の異常なリソースを割くが、日本側は、韓国の反日なんて4の次5の次、国を挙げて取り組むことではないのですよ。

    それで韓国は遥かに実力で上の日本に必ず勝つ。

    ようやく韓国の話が真面目にされるようになったのは、韓国の実力が昔に比べて増したからだと言えなくはないですがね。

    結局、韓国に注目するな、もっと世界を見よという人々が、韓国の反日を、やりたい放題を支えているのですよ。

    1. 今日もどうしてかなーおかしいなあーと延々と言いに来る。ちょっとどうにかしてくれませんか「ね?」うんざり。 より:

      視野が狭いんじゃなくて、言ってることが「お・か・し・い」

      1. 今日も肩にちっちゃいゴブリン乗せてどうしてかなーおかしいなあーと延々と言いに来る。ちょっとどうにかしてくれませんか「ね?」うんざり。 より:

        で、結局何を言いたいの?

    2. 「韓国だけを見るな」という意見が、いつのまにか、
      「韓国を見るな」に変換されてる。

      柔らかく言えば、そこが、あなたの「論法の欠陥」。
      分かりやすく言えば「頭がおかしい」。

    3. 視野が狭いというか、なんというか、例をあげるとするなら…

      ・日韓の関係は、2国間だけの関係である。
      ・日本は独立国なので、韓国と断交したければ、日本の判断でそれはできる。

      これ。
      七誌さんは、十数年?韓国との断交を唱え続けてるのに、米国の要素を考えることができなかったのです。つまり視野が狭いのです。というか見るべきものを見ようとしなかったのです。
      日本にとり世界は韓国だけでなかったということだけ。
      当たり前の話です。

      >結局、韓国に注目するな、もっと世界を見よという人々

      へーそんな人いるのですね。
      そこでなら七誌さんは「韓国がー!ゴブリンがー!」ができますね。警笛が鳴らせてよいではないですか。
      もしここで「韓国に注目するな!」という人が多いなら、私からもちゃんといいますのでご心配なく。

      「ここって韓国に注目しているブログだよ」って。

      1. ついでに。
        米国と韓国の関係、重要性、あと中国との関係、北朝鮮問題と
        それらが組み合わさって今の日韓の関係もあるのです。

        何も日本が好きで譲歩や配慮し続けたわけでなく、すべての負の要因が日本にあったわけでないのです。(これを言い訳にしたらダメで、日本もまたきちんとした意思をもって外交をしていかなければならないのです)
        でもそれらが抜けていると、今の情勢をよくわからずに「またもとにもどって日本は韓国に配慮し続けるであろう」「こうなった原因は日本が韓国を軽んじていたため」など、二国間でしかものをみていないことになるのです。

        日本の今の憲法も自衛隊などの国のありかたも、日韓関係も、悲しいくらいに極東のパワーバランスや情勢の影響を受けているのです。
        (あと日韓基本条約などでの日本側の譲歩は、李承晩ラインによる日本人の殺害や拿捕のためであり、韓国を「軽んじていた」からではないのです。)

        というわけで、韓国の失点による米国の定めた枠組みの破壊(への見せかけや挑戦)の結末は、「今日もまた韓国は日本に勝つ」という単純なものではなかったりするのです。
        今後、経済的に日本がバックアップすることになったとしても、それは韓国国民や政府にとっては完全敗北ですし、日本にとっては敗北だったり勝利だったり、まあいろいろなのです。

        1. >今後、経済的に日本がバックアップすることになったとしても、それは韓国国民や政府にとっては完全敗北ですし、日本にとっては敗北だったり勝利だったり、まあいろいろなのです。

          今後、経済的に韓国を日本がバックアップすることになったとしたら、日本の完敗、韓国大勝利じゃん。

          ここらへんミカゲの言うこと、さっぱりわかんないよな。
          誰か説明して?

          1. >さっぱりわかんないよな。

            あ、わからないんだ。
            韓国政府、国民にとり経済破綻やそれに近い状況になって、日本から援助を受けるとなると、それは「敗北」です。
            少なくても韓国側ではそれを勝利としないでしょう。
            わかりやすく言うと日本側が「頭を下げ、お願いをするなら考えなくもない」と言っても、それを受け入れなければならない状況なのです。
            日本の「完敗」とはならないのです。
            そして資金の援助をすることにより、政府は、より日本にとり都合の良い状況を作ることもできますが、そこまでは期待しすぎないほうがいいでしょう。
            とりあえず、何もかもが「日本の負け」とはならないのです。

            少しは考えましょう。

          2. 七誌さん的にわかりやすく言うなら、
            「資金で期間限定の肉の盾を購入する」
            ようなものかな。

            ただこの資金を中国が出すとなると、あるいは本当に日本の負けになるかもしれませんね。
            まあ米国がそんなことさせないでしょうが。

            ここでの勝ちも負けも表裏一体で、韓国が中国圏に急速に飲み込まれるなら、日本の防衛もまた急速に進むし、そうした場合、米中の軍事力が拮抗する前に事が起これば、まだブルーチームは優勢に事を進めれるでしょうし…。

            とにかく、「今日も韓国の勝ち!明日も完全勝利!」などホルホルとしてばかりはいられないのです。

          3. あまり良い案ではないのですが、韓国が経済破綻して
            日本が援助するかわりに「竹島の不法占拠をすぐに止め、日本の領土として認めること」を条件に出すこともまたできるのです。
            で、相手がそれはできないというなら「日本の領土と認めること」は取り下げて、不法占拠は止めさせる、という程度には妥協させられるかもしれません。

            まあとにかく、経済破綻して援助を受ける韓国が「大勝利」するというのは、普通におかしな話なのです。

          4. 七誌さんらしくもない
            韓国人にとって必要なのは、精神勝利

            どれだけ日本がバックアップしても、
            ダメだ
            信じられない謎発想で、自分たちの勝利と言い出す

            朝鮮には、係わらないのが正解だ

        2. >李承晩ラインによる日本人の殺害や拿捕のためであり、
          →李承晩ラインによる日本人の殺害や拿捕のため「も」あり、

          クネパパの活躍(用日)も忘れてはならないと思うのです。
          反日教育や個人補償金の使い込みなど、この人も思いっきり日韓関係に禍根を残すようなことをしていますが、私には李承晩などよりはるかにわかりやすい韓国の偉人です。

          1. >李承晩などよりはるかにわかりやすい韓国の偉人です。
            にビビっと反応してしまいました。
            これまでシンさんの本他を通じて戦後の大統領について勉強させてもらいました。李承晩以後から金大中くらいまでがリアルタイムでいろいろ見聞きしていましたが、シンさんの本でなーるほど、うん、うん、などとのんきに構えていましたが、今晩、というか朝までちょっと李承晩辺りの話をググってみました。
            突然ですが「李承晩TV」というのがありますね。なぜ「反日種族主義」の著者サイトが「李承晩」なのか?よーくわかりました。
            李承晩、この人何者ですか、調べれば調べるほど気持ち悪くなってきました。で、その後の大統領は比べれば小物です(キムデジョンは李承晩を追いおとした?学生代表の一人でした—このからみも実は気持ち悪い)。
            李承晩はその経歴とアメリカのバックアップで初代大統領になりました。60歳でした。大統領の任期中、経済対策を含めその後の大統領たちのお手本というかろくなことしかやっていません。縮図です。
            気持ち悪さってどんな? うまく言えないのですが「これでも人か!」というしかありません。主義主張や人格はよくわかりません。あってみればいい人なのかもしれません。だから「気持ち悪い」のです。
            なんて言ったらいいのでしょうか。昭和に入ってからの日本軍部の高官の中のあるタイプ(誤解なきよう、終戦になってころっとヘコヘコした連中ではありません)、例えば石原莞爾、東條英機、辻政信。そして瀬島龍三、この人は関東軍の師団参謀でした。中堅としてアジア太平洋戦線のほとんどの作戦立案に関わっています。それがソ連との交渉役後11年間シベリアに抑留されます。が、帰国後伊藤忠に入社、たった3年で常務になります。その後は財界の「参謀長」として君臨。今にいたるも太平洋戦争突入の経緯についての理解はこの瀬島の言説が大きな影響を与えています。また韓国の軍事政権とも参謀時代の人脈から裏でつながっていたということです(もちろん本当かどうかわかりませんが)。
            李承晩が気持ち悪いのは一つには「無能」ながら多くの犠牲を出した。で、学生に迫られただけでさっさと亡命した。何これ?
            石原莞爾、東條英機、辻政信、瀬島龍三。そして李承晩。共通点はなきに等しい。あるとすれば皆「省みて恥じるところなし」とシラっと言い切るだろうということです(現に言い切っています)。
            一度だけ司馬遼太郎さんが瀬島龍三と対談したことがあります。その対談は活字になっていません。ただしある本の中でわずかに触れています。一言で代弁、紹介すると「これは人間か」ということでした。
            「気持ち悪い」をうまく説明できていません。
            もう一つ、石原莞爾、東條英機、辻政信他は昭和天皇がもっとも嫌っていた連中でした(平成のちの資料公開でわかったことです)。何が悪いとうまく言えないのです。
            だから「気持ち悪い」としか。
            李承晩。ひたすら保身だけに走った人、と言ってしまえれば楽なんですが、違うのです。

          2. 李承晩は袁世凱のような中華圏の梟雄であって、まあ普通です。蒋介石も孫文も毛沢東もまあ似たようなもの。
            彼らは、人を家畜だと認識していると思うくらいでいいかと思います。自分の財産でしかないから、犠牲が出ても平気なのです。彼らは、人を同胞だと認識する日本人の感性からは「人」ではないのです。

            これは、中華圏では権力者に限りません。
            例えば、彼らは「従軍慰安婦」や「南京大虐殺」で何万人もの愛する人々を奪われたと訴えます。しかし、彼らはその愛する人々の名前すら知らないのです。だから、家畜を何万頭も奪われたと訴えているだけなのです。

            もちろん、彼らも家族のような小さな集団内では我々と同じ「人」です。だから、中華圏の権力者はこう考えます。「その集団の口さえ封じれば(族滅すれば)問題ない」と。

            (昭和天皇は、東條英機については臣として一定の評価をしています。石原や松岡は嫌っています。彼らは梟雄ではなく愛国心もある「人」ですが、自らを過信して臣として分をわきまえず無責任に権力を使ったことで嫌われたと思っています。瀬島龍三あたりは梟雄かもしれません。小物ですが。)

          3. mottonさんの見解に、少し付け加えたいと思います。

            その人たちの「気持ち悪さ」の理由は、
            一つは、mottonさんの言う「人を人と思わない事」です。
            もう一つは、「現実を見ない事」ですね。

            戦前の日本のエリートは「儒教的思考法」に長けた人たちでした。つまり「理念」だけが有って「現実」を見ないのです。「勉強だけ出来るバカ」の典型の一つです。
            軍の上層部がそういう「バカ」ばかりになったのが、日本の敗戦の原因です。朝鮮王朝は言うに及ばず、ですね。

            三つ目は、
            彼らが「西欧的エリート」のつもりでいた、にも関わらず、もっとも重要な「責任感」が無かった事です。
            「ノブレス・オブリージュを弁えないエリート」です。

            この三つを、李承晩は「完璧に備えている」訳です。朝鮮文化500年が西欧文明と出会って生まれた「完璧な化け物・最終形態」です。

            「人を人と見ない」
            「現実を見ない」
            「責任感皆無」
            これだけ揃えば「役満:気持ち悪い大三元」です。
            李承晩は「トリプル役満」でしょうね。

            東条英機は東京裁判のとき、自殺しようとしました。何らかの「責任を取るべき、という意識」が有ったのかも知れませんから、まだ「マシ」なのかも。
            しかし、その「責任感」は「斜め上を向いていた」と思います。「死んでお詫び」じゃ済まない事態だろうに。
            「小三元」ぐらい…ですかね。

          4. >とろいやさん
            本来、梟雄と儒教的思考法は相容れません。儒教を支配の道具と理解している者が梟雄になれるというべきかもしれません。梟雄の中で現実を正しく見ることができた者が天下を取ってきました。
            (あと、文天祥のように儒教的エリートだけれどもバカではなくて絶望的な現実を理解した上で殉じたような人もいます。朝鮮では金弘集などもそういう感じです。)

            李承晩が、アメリカに住んでいたにも関わらず国民国家を理解できず「民に対する」責任感が無いのは、中華的梟雄としての限界です。彼らにとり、国は牧場であり民は家畜ですから。
            しかし、朝鮮末期の王家や閔氏一族は、中華的ながら中華ではない朝鮮の最終形態でした。彼らには、家畜を殖産する意志すらなかったのです。貪ることしか考えていませんでした。

            それに比べて、李承晩が露館播遷や独立協会への弾圧から朝鮮王室に絶望したことは真っ当です。これが、大韓”民”国臨時政府まで繋がります。
            日本に対しても、対等合併の夢を見ていた一進会よりは現実を見ていました。(日本が国民国家であることは理解できていなかったが。)

            ただし、王室からの正統な主権移譲の重要性を理解できずに独裁に走ったのは袁世凱と同じで、「無能」な梟雄であったとは言えるでしょう。(李王家の分家なので、王家の帰国を許すと自らの権威失墜に繋がることを恐れたとも言われますが。)
            ただし、長寿を全うした程度には「有能」です。自分自身に対しては責任感があり現実が見えていたというわけで。(亡命しなければ処刑か暗殺されていたでしょうから。)

          5. mottonさんへ
            なるほど、納得しました。
            李承晩でさえ「王族・両班の最終形態」ではない、と。

            確かに「王族の最終形態」にしては「良く働き」ますね。
            「本物の家格の高い王族」から見れば「あんな者は、しょせん分家の末端のさらに末端」なのでしょう。

            「悪だくみ」も手下にやらせずに「自分でやった」かも知れませんね。
            「自分でやる」なんて、王族にあるまじき、浅ましさ。
            そう言えば、英語も自分でしゃべっていた。
            西洋に毒された哀れな半端者ですね。

            本物の王族なら「息さえも、自分では、しない」。
            委員長陛下も、それを意識して「何でも、妹に言わせている」のかも。
            「息も、自分では、していない」かも。

            おまけ
            ショートコント:金八先生と委員長陛下
            「みんな、ちゃんと覚えておくんだぞ!人間は、自分一人の力だけでは、何にも出来ないんだ!」
            「その通りニダ!ウェ~~ハッハッハッハッハ!」

          6. >東条英機は東京裁判のとき、自殺しようとしました。何らかの「責任を取るべき、という意識」が有ったのかも知れませんから、まだ「マシ」なのかも。
            しかし、その「責任感」は「斜め上を向いていた」と思います。「死んでお詫び」じゃ済まない事態だろうに。

            とろいやは、東京裁判の記録を一回でいいからつぶさに読むべきだと思うのよ。東條ほど、あるいみきちんと責任を理解して取った責任者は、大戦時に居ないから。

          7. そう、独裁者は「良く働く」のです。
            中華皇帝の最終形態は雍正帝です。

          8. 東條英機が自殺しようとしたのは責任の放棄。
            「日本国の臣民が、陛下の御意思に反してかれこれするということはあり得ぬことであります」と言ってしまったのも理解していない証拠。しかし、その発言の修正を迫られて、責任とその取り方を理解した。
            # 人は成長するのだよ。

          9. 七誌さんへ
            例によって、論点がずれてるね。
            「東條が、責任を感じていたであろう事」は、否定していません。

            戦前のいわゆる「能吏」が、「責任の取り方」において「斜め上だ」と批判しているのです。
            (本当に無責任な連中もたくさんいました。腐れ儒教の影響です。そういうのは論外です)
            東條英機は、可哀そうだけど、「責任感が斜め上の人たち」の象徴的立場なのです。
            大戦期に権力の頂点にあった訳ですから。

            本人が東京裁判において、しっかりと論陣を張り、連合軍を批判した事は、賞賛に値します。
            しかし、それなら尚更、裁判が始まる前に自殺しようとしたのは「責任というものの捉え方として、斜め上」でしょ。
            「死んでお詫び、じゃ済まない」のだから、生きられるだけ生きて「連合軍の悪逆」を糾弾しないと、おかしい。
            一つは、そこの矛盾を指摘してるのです。

            そして、酷だけど。
            部下には「戦場で死ね」と言ったとしても、最高司令官は「何が有ろうと、自ら死ぬ事は、許されない」のです。
            「いざという時は、殺されるのが、仕事」という事を指摘しています。

            七誌さんに論点を把握しろ、と言うのも酷だけど。

  7. アメリカのデモ。非常に気になります。
    トランプは軍を出すべきではないと思います。最悪でも州兵でどうにか抑えて欲しい。
    中国が香港武力制圧を本気で考えている証拠ではないかと思えてなりません。
    まずアメリカにデモ隊を軍で抑えた実績を作らせておいて、中共御得意の「おまえだってやってるじゃないか」が炸裂しそうで。
    派手なプロバガンダで相対化、矮小化されてしまいそう。
    渋谷警察のクルド人の件も無関係ではないように思えます。
    あくまで素人の憶測で証拠もなにもなく、妄想と言われてしまいそうですが。

    1. トランプは軍を出して暴動を終止すべき。

      これは自由を守るための戦いではない。暴動が中国やパヨクに利用されるのは変わらない。

      1. 光州事件を知っていますか?
        アメリカのかつてのロス暴動でも今回でもそうですが、軍隊を出してしまうとあとあと禍根が残ります。
        単に犠牲というだけではないのです。
        軍隊の兵士は国と国民を守るために忠誠を誓います。
        派兵されて戦場にいきますから覚悟が入ります。
        州兵でも基本的には同様です。
        これが国内の暴動に出動した時、すぐに鎮圧できますが2つ問題がおきます。
        1つは暴徒から見て、「軍が自分たちに銃を向けた」
        2つは兵士から見て「自国民に銃を向けた」
        です。
        これがモラルハザードのきっかけになります。そこまで行かなくても、トランプが連呼するLaw & Orderを信用できなくなります。
        わかります?
        なお、光州事件では学生と市民が銃をとりました。勇気ある行動なのですが今からみるととても軽率で何も考えていません。騒ぎが大きくなれば米国が介入してくれると思ったという甘すぎる証言もありました。
        そして今当時の学生たち(光州事件に参加したかは別として)が今のムンムンたちです。

        1. 光州事件は、その2つの問題を引き起こして軍事政権の権威を貶め自らが復権するために金大中が意図的に煽動した、と考えています。金大中の背後に北がいた可能性も高く、軍事政権の認識は正しかったのかもしれません。
          しかし、軍を使った結果、軍事政権は致命傷を負いました。

          暴力を伴うデモ(暴動)を煽る勢力の目論見は、掲げる要求を達成することではありません。暴動の鎮圧で流血を強いて、国や軍の権威を貶めその信用を失わせることにあります。 無知で純情な人々を生贄にして。

          日本でも安保闘争で自衛隊を使っていたらどうなっていたか。

      2. >Law & Orderを信用できなくなります。

        Law & Orderを言うならば、暴徒から市民の財産を守るべきだ。
        中華マスゴミと民主党が、トランプ退陣のためだけに暴動を起こして善良な市民の生命財産を脅かしている。民主主義は守られるべきですね。

        香港の自由を守るための闘いとは、根本的に違うのです。
        これを混同させるのが、中華の望み。

    2. 同じく心配です。香港武力制圧を本気で考えている勢力が台頭してきたか。中共は韓国に比べたらはるかにしたたかです。が、だから話し合いはできます。が、やっぱり利用できるものはすべて利用します。中国と付き合うなら、幫になる覚悟で。
      クルド人の件は直接の関係はないと思います。押しかけたのは確かにアメリカのデモが影響しているとは思いますが。いや、はっきりアメリカでのデモの尻馬に載ったのでしょう。
      ん? これがコンバトラーVさんが心配している点かな?
      それなら当たりかもしれません。
      でもこれから日本も移民社会(他国と同じ道にはならないとはいえ)になっていくので、こうしたことが増えていくと思います。日本の警察も頭が痛い。
      東京でも新宿区(特に大久保辺り)では大変そう。学校の先生たち、子供のこと以外でも頑張っています。警察というか派出所レベルですが苦労しています。
      今回デモがおきましたが、あの程度でデモが組織できるとわかったら、これから増えるでしょう。
      あ、今改めてデモ前後の動画を観ました。なーんだ「市民団体」と石川参議院議員も一緒じゃん。
      じっくり調べようとして損した。
      これ、中国というより韓国が利用するレベルのネタですね。
      香港の保安法、中国は香港で「暴動」が起きることを期待しているのでしょう。

      1. >>クルド人の件は直接の関係はないと思います。
        はい。わたしもそう思います。ただ、深読みすると日本でデモ(暴動)を起こした場合にどのようなことが起きるのかをシミュレーションしていたとも考えられないかなと。あくまで可能性の話です。
        どの程度刺激すればデモを発生させることができて、どの程度押せば暴動になるのか、デモ(暴動)が起きた時の政府、警察組織などの動き方、動きの早さ、警察は外国人のデモに対してどのような扱いをするのかなどなど。
        中国は尖閣などで本当にことを起こすのであれば、国防動員法発令で同時、もしくは先に日本国内で大規模デモ~暴動を起こすと思うのです。平たくいえば今回のクルド人の件は練習というわけです。

        >>香港の保安法、中国は香港で「暴動」が起きることを期待しているのでしょう。
        中国はコロナのせいでアメリカの貧困層が鬱屈としていることはもちろんわかっていたと思います。なにか切っ掛けがあれば暴発すると予見していたようにも思えます。
        暴動のトリガーを引いたのが中国だとまでは言いませんが、この情勢を中国が利用しないはずはないと思います。
        アメリカが軍を出して死者が出るようなら、中共の大プロパガンダで「アメリカ版天安門事件」扱いされかねません。
        ※中共は天安門とは口が裂けても言わないでしょうが。

  8. 『肺炎「超過死亡」の把握推進 抗原検査活用法も検討』
    ttps://www.sankei.com/life/news/200522/lif2005220005-n1.html

    やっという感じで、さすがに遅いよね。
    専門外の私でも 3/9 には使えると考えたのに。(当時「超過死亡」という言葉も知らなかった。)
    ttps://sincereleeblog.com/2020/03/22/議論エントリーその6/comment-page-7/#comment-194635

    完全なシステム構築には時間がかかるかもしれないが、死亡者数の速報値でいいから自治体から吸い上げて「超過死亡はありません」と3月から言っていれば、不安を和らげて政府批判を抑えることもできたであろうに。

    次(第2派や新たな感染症)の時に今回の欧米と同じようにならない保証はないので、それまでにシステムが立ち上がっていればいいのだが。
    (2009年新型インフルエンザを総括したものを読むと、今回とよく似ていて進歩が無いことに気づく。まあ人間そんなものかもしれない。)

  9. 滅ぼさなくっちゃいけないのは、中国共産党ではなく、中国人なんですよ。

    中国人がこのままである限り、共産党を滅ぼしてもおんなじような腐敗した政権が出来上がるだけですから。

    で、mottonのような、共産党を倒して日本が中国人を指揮し指導すれば、全て上手く行くって大アジア主義者が出来上がる。

    これは韓国でも同じ。

    日韓併合でもそうだし、日中戦争でもそうだし。
    ゴブリンやオークを飼い馴らそうって、そんなの上手くいきっこないのですよ。

    1. 1「中国共産党政権を倒すべきだ(アメリカが)」
      2「中共を倒した後は、日本が中国人を指導する」
      3「日本が中国を飼いならせば、すべてうまく行く」

      1を言っている人に、勝手に2と3をくっ付けて、くっつけた部分(2と3)を攻撃する。
      それは「ストローマン論法」の一種です。

      肝腎の1の話は、どうするの?

    2. 七誌が言うゴブリン(「ゴブリンスレイヤー」などのゴブリン)は共存不可能だから殲滅(皆殺し)するしかない相手だ。
      以前、七誌に「韓国人を殲滅すればいいのでは」と言ったら「手を汚したくない」と言った。
      自ら手を汚す覚悟もない奴が「○○人を滅ぼす」とか言うんじゃない。

      1. 中国人と韓国人の民族浄化を目指す七誌さん。(ただし汚れるので手は下さない)

        七「あなたの考えはナチズムです」
        「オマエモナー」

        冗談のようで本当の話。

  10. 麦・大麦の芽の粉から金属性異物、大腸菌などが基準値以上で検出された件。どっかで報道してます?
    その商品そのものが売られていたら避けることもできますが、材料としてシリアル等に混ぜられたら見分けることが難しくなりますが…
    最近CMやってる韓国の果実酢『美酢(ミチョ)』とやらも大丈夫なんですかね?

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