雑談エントリーその7

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“雑談エントリーその7” への602件の返信

  1. 気持ち悪い記事だな
    「韓国の防疫システムを見る欧州の視線」東亜日報
    ttp://www.donga.com/jp/home/article/all/20200413/2036562/1/%E9%9F%93%E5%9B%BD%E3%81%AE%E9%98%B2%E7%96%AB%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%A0%E3%82%92%E8%A6%8B%E3%82%8B%E6%AC%A7%E5%B7%9E%E3%81%AE%E8%A6%96%E7%B7%9A
    BFMテレビも8日、韓国の事例を紹介し、「感染者の移動経路の公開、接触者の検査、自宅隔離などの措置が効果があった」と報じた。

    このようなメディアの報道には、欧州人の様々な心理と感情が混ざっている。被害が少ない韓国に対する関心と学ばなければならないという思い、うらやましい気持ちが含まれている。さらに、自分たちより「一段階下」と考えていたアジアの国家が新型コロナウイルスで明確に防疫システムの優位を見せたことへの妬みと認めたくない感情もにじみ出ている。フランスの知人たちは、韓国を称賛しながらも、話の最後には「それでも様々な基礎分野などで欧州の底力はある」と自らを慰める。

  2. 他サイトで見たのですがコロナ対策として
    三密×ではなく“しゅうきんぺい×”

    しゅう(集)・きん(近)・ぺい(閉)
    大きな声では言えませんが、言い得て妙なるもの。なんてね…

  3. NHKBS1リアル・ボイス韓国編再放送を、今朝ちょっと横目で見てしまいました。初回放送は2月14日。
    No Japan については、日本に気がついて欲しいからだ、そうです。
    まあ「日韓が仲良くするにはどうすればいいですか?」という質問そのものも、いまいちで不毛。
    これくらい相性の良くない隣国なのだから、無理に仲良くしようとか、しないほうがいい、と日本人は思いはじめてますから。
    でも、歴史問題は、っていうか、たぶん韓国人が学校で習う歴史の半分近くは日本関連のものなのに、日本人が習う歴史には韓国関連はほぼゼロに等しい、という…。
    だって、日本史って膨大過ぎて、受験には近代史は出てこないのでやらないから、ねー。だから朝鮮半島や台湾が日本だったことがあったなんて、若い人はほぼ知らなくて当たり前。
    その意味では、憎き日帝の末裔が、日帝をこれほど恨みぬいているウリナラの存在さえ知らない!って怒りは、出るでしょうねー。
    去年のNHK大河「いだてん」でも、朝鮮関連は一切合切スルーだったし、ねー。
    ついでに続けてリアル・ボイス台湾編もやってたので見たけど、台湾の人々は朗らかなのが印象的でした。
    でも、それとは対照的に、韓国の人々って一様に不機嫌な表情だったなー、と思いました。

    1. >No Japan については、日本に気がついて欲しいからだ、そうです。

      日本人は、日本が韓国にどんなに迷惑を掛け、悪いことをしてきたか理解して、韓国人にひざまずかねばならないって、これは昔からそうだからね。

    2. ちかのさんへ

      私も視聴しました。年齢が若い人ほど洗脳度合いが酷いな、、と思いました。

      台湾編で1番印象に残っている子は16歳の高校生男子でした、彼女が欲しいと言うまでの姿が可愛かった。おばさんはニパニパしながら見てしまいました。

  4. 緊急事態宣言のあった都府県人民に対しては
    地方への移動を禁ずる措置を取ってほしいものだ

    1. テレ朝のアナウンサーが感染したみたいですね。
      症状が出ていたのに、会社に報告せずに出勤していたとか。
      まさにテロ朝です。

  5. 東京住まいですが、緊急事態宣言に前後して、職場の近くで感染者が出てきました。2月下旬に知人の職場で感染者が出た話を聞いていたときとは違って切迫感があります。
    リモートワークの他は手洗いマスクしか防御策がないのは心許ないですが、治療法が確立されるまで、粘りに粘って何とか持ちこたえなくてはなりませんね。

    1. 東京都江戸川区在住です。近辺では感染者は今の所ありません。
      アルバイト先の塾は無期限閉鎖になりました。
      幸い、スタッフ、生徒家庭に感染はありませんでした。
      母子ともリモートワーク。
      外出が多い私はマスクとアルコールを携帯しています。
      原稿書きなど仕事は溜まっていますが、無理をせず免疫力を落とさないよう、食事、運動など気を使っています。
      却って健康にいいかもしれません。
      長帳場になるでしょう。
      みなさまのご健康をお祈りしています。

  6. まだ「議論ルーム」は「コロナ戦争」の戦場になってますので、
    「善悪の最終戦争」の勉強は、こっちでやりましょう。

    「そういう訳で、あっちは大変なんです」と賢者に事情を説明して、さらに5本目の封を切ると、賢者は台所から何か持ってきてくれた。
    「こんなのも、いいつまみになりそうだが、どうだね」と言って、彼が出してくれたのは、どうやら木の実と魚卵らしい。
    「!」
    「美味いかい?」
    「これ、キャビアじゃないですか」
    「ああ、裏海の方で獲れるんだ。塩漬けにしたのを、知り合いが送ってくれたやつだ」
    「こっちは、アーモンド、ですか…」
    「それは、西の方の果樹園で、よく作ってる…」
    「ところで、今って、何世紀頃ですか?」
    「前7世紀頃だとしたら、辻褄は合うだろさ。前13世紀でも、これぐらいの食い物は有ったかも知れん。どっちにしても、ここにはペストもエイズもコロナ19も、まだ無いよ」
    そういうと、賢者は愉快そうに笑って、またウィスキーをぐびりと呑みほした。

    「で、肝心な話ですけど、先生は『唯一の神』っておっしゃってますよね」
    「うむ、後世に、断片ぐらいは伝わったようだな」

    「アヴェスター」に、こういう箇所が有るそうです。メアリー・ボイスの解説書にあるので間違いないでしょう。
    「唯一の神から、善霊と悪霊の両方が生まれた」
    これを「一神教の萌芽」と解釈できる訳です。

    さらに、宇宙観としては、唯一神から生じた善霊が「悪霊と戦うための場所として、この世界を造った」という、アクロバティックな二重構造になっています。

    ところが、いつの間にか「善霊である造物主」が「唯一神」であるはずのアフラ・マズダと混同されてしまいます。
    で、「善悪二元論」が強調されてしまいました。
    それ故、支配階級にも民衆にも受容されて行きましたが、一神教的要素は忘れ去られてしまいます。

    一方で「造物主」「最後の審判」「天使と悪魔」「善霊の約束された勝利」「救世主」などの概念は、他の宗教にも影響を与えます。
    古代アーリア人の信仰を再構成して体系付けたのが、裏目に出たというのか、成功したというのか、微妙なところです。

    1. 全く関係のないレスになりますが。

      私は料理の歴史などにとても興味があります。で、学術文庫にあった世界の料理の本を見つけて購入、読み始めたのですが。日本から始まってアジア、欧州、という順序なのです。でアジアの最初が半島。そこに、大略こんなことが書かれていました。「半島の料理を調べていて、日本人の彼らに対する差別に怒りがこみあげてきた。半島の料理に関する書籍は、李朝から終戦まで、日本語・ハングルあわせても十指に満たないのだ。なんというひどい差別か」

      多分説明は不要でしょう。差別があるとしたら、彼らの中での料理人への差別であり、また彼ら実労働者は読み書きができなかったということでしかなく、そんな中で半島の料理を収集し本にまとめた先人の苦労に対する思いが皆無という点にあきれ果ててその本をうっちゃって読むのをやめてしまいました。
      どう差別すれば李朝に遡って料理本をなくすことができるんでしょうね。

      ということで、実はこのお話でも、キャビアが当時あったのか、アーモンドはどうか、そもそも恐らく蒸留酒のなかった当時の人にウイスキーが受け入れられたか、「台所」というものがあったのか、くだらないところに目が行ってしまいます・・・。

      1. その本は、私も読みましたが…
        朝日・岩波のみならず、平凡社・講談社・ちくま・角川あたりの本でも「特亜」がからむと妙な記述が出てくることが有ります。
        そういう所は「読み飛ばし」ましょう。

        私は、どんな本を読むときも、自分の脳内で「再構成」しながら読みます。そうしないと「読む本が無くなる」ので。
        小説でさえ、変な描写を自分で再構成して辻褄を合わせてしまうので、著者の書き間違いに気付かなかったりしますwww

        キャビアはカスピ海(裏海とはカスピ海の事)名産ですし、アーモンドは実際ペルシャ辺りが原産地らしいので、ザラ先生も食べてたかも、です。アーモンドはほぼ食べてたと思いますが、魚卵の塩漬けがその時代に有ったか、が問題ですね。

      2. 追加
        本を読んでいて、そういう箇所にぶち当たったら、「どこが捏造」で「どういう経路で話が捻じ曲げられているか」そして「自分が書評を書くとすれば、どう批判するか」などを考えながら読むと、ネタができて、本を読む楽しみが増えます。

        「敵を知り己を知らば百戦危うからず」は、裏返すと「敵を知らなければ戦えない」になります。批判するためにこそ「しっかりと読み込み」ましょう。

        だいたい「自虐史観」に汚染されている学者さんは、そこを割り引けば「良い研究者」である場合も多いと感じます。
        割り引いたら「ゼロ」になってしまう事もありますがwww

        1. とろいやさん
          さすがです、あの本までお読みでしたか。
          私の場合は読みたいので購入したのに未読の本があまりにも多く、そういう本はさっさとスキップして次の本に進んでいるのが現状です。あんまり読み替えてしまうと、あらゆる意見をことごとく読み替え、自分の妄想の世界で罵倒を楽しむというアレの同類になってしまいそうですし。
          まぁ自分の専門だと自負している分野については仰る通りの読み方をしていると思います。しかし近代以降はもうね・・・。

          今はこの状態ですから、積読の山を少しでも片づけたいと思っています。それにしても、昨日よんどころない事情で街に出ましたが、電車の中で若い子に限ってマスクもしないでどう見ても遊びに行く様子。若い子はあかんな、と思っていたら、結構高齢者もマスクなしがいて。じいさん、無警戒で競馬新聞片手にうろつくのはやめなはれ・・・

        2. 戦後、日本人は多かれ少なかれ「自虐史観」に侵されています。でもそれに埋没して鬱々する人はいません。
          「自虐史観」的発想での言論は結局自らも被害者とする発想の裏返しでしかありませんでした。
          自らを被害者とするから日帝への非難でスーっとする。被害者の立場に自分を置いて他を裁く、安易な道です。
          多くの日本人は「自虐史観」に安住しませんでした。自尊心があるから。「絶対的な」被害者であると自らを規定したら、そこにはもうプライドはありません。
          従順な日本人と言われますが、そこには逆説的ながら自らのプライドがかかっていると思うんですよ。

      3. キサラギ=アリスさん

        相変わらず目の付け所が面白いですね。w

        アーモンドは旧約聖書にも出てきますよ。
        ヤコブ・イスラエルが、エジプトの宰相 ( まだ息子ヨセフとは知らず ) に、贈り物として持って行くように指示した、土地の名産の品として、ピスタチオやアーモンドの実が出てきます。

        カナン地方とペルシャでは、結構距離はありますが、アーモンドの原種は天山山脈の西方からユーフラテス辺りまで、広く分布していたようです。
        実はアーモンド栽培の歴史は古くて、前4000年ぐらいに、人類が樹木の栽培を始めるようになった頃まで遡る事が出来るのです。
        それをまた、遊牧民が広めたとか。

        今でもパレスチナは、アーモンドの産地ですよ。
        でも、その古くからのアーモンド畑を、入植ユダヤ人が潰して、アラブ人を追い出したりしたのですが…。

        キャビアに関しては、こんな記事がありました。

        ttps://www.bonappetitonline.org/cooking/食材-ingredients/キャビア-caviar-2012年12月/index.html

        ちょっとだけ引用します。
        >>ルクソールのハトシェプスト女王の葬祭殿の壁にはチョウザメのレリーフが見られるように、エジプト人やフェニキア人はチョウザメを塩漬けにして、長い航海の間の食料にしていた。//

        チョウザメのレリーフは、探したけど見つかりませんでした。残念。

        学者さんが書いたものではないし、どれほど信憑性のあるものかは分かりませんが、ちょっと面白かったので、よかったらご覧下さい。
        魚卵についての最初の記述は、前3世紀のギリシャらしいです。

        でもキャビアの語源をググッてみると、

        >>卵を産むものの意のペルシア語「khaviyar」に基づき、トルコ語「カハービヤ(khaviar)」が、イタリア語に入って「caviaro」「caviale」となり、さらに英語で「caviar」となった。//

        とあります。
        ペルシャ語なんですね。
        これで、ザラ先生が食べていた可能性が広がりましたね。w

        1. cieさん
          アーモンドは納得したのですけど、キャビアは・・・それ、恐らくですが、魚卵だけでなくチョウザメごと干物にしたものではないでしょうか。古代に「嗜好品」が成立していたとはあまり思えないのです。そもそも、酒も基本的には祭事用で、家飲みなんて許されないのではないかと。まぁ、夏になると買ってきた酒が翌朝には酢になるという日本の酒とは違うのかもしれませんが。

          一度だけ、どぶろくを飲んだことがあります。濁り酒、と言って売っているのとは違う(あれは清酒)、ほんものです。ラベルには「祭事用濁酒」と書いてありました。伯父に神社で使うものを飲ませてもらったのです。度数は高くないのですが、めっちゃ飲みやすくておいしかったです。
          ・・・飲みやすい分、翌朝きっちり二日酔いでした。。。

          1. キャビアは、半分冗談です。
            エジプトで食されていたのは、仰る通り、魚卵じゃなくて魚肉の塩漬けです。
            でも、ペルシャ方面でどうだったかは分かっていないので、細ーい糸のような可能性でも、あったら楽しいかなと思って。ww

            「祭事用濁酒」なんかいいですねぇ。
            ミサワインみたいな感じかな?
            神さまは、みんなお酒好きですからね。
            どぶろくは、白川郷のどぶろく祭りで呑んだことがあると言えばあるかな。
            運転手だったので、舐める程度だけ。
            めちゃくちゃ弱いから、その程度で十分なのです。

            ザラ先生ととろいや師匠のようには行きません。www

          2. どぶろくは、私もよく呑んでました。
            田舎には、どぶろく造りが許可されている地域が有って、そういうところの住民の相談にのってあげると、季節になると「どぶろく」を持ってきてくれるのです。
            だいたい、一升瓶の3分の1ぐらいは「澱(おり)」。

            「先生、これは明後日呑んでくれろ。明日では早すぎるし、明々後日になると酸っぱくなるから」
            タイミングが合うと、とても美味しいのです。
            上澄みの「清酒化しかけてる部分」だけ呑んでも美味いし、澱を一緒に呑んでも美味い。
            まさに「神の恩寵」です。
            しかし、その恩寵は1日しか持たないのですね。

            さて、時代を前13世紀とすると、エジプトやメソポタミアのような先進地なら、家飲みができていた可能性はありそうですが、ペルシャ…と言うか中央アジアだと、どうでしょうかねえ、やっぱり無理があるかなあ…。
            神官でも上層で裕福な一族なら、有るかも。
            しかし「修行生活中」は、無理でしょうね。
            ですから「未来からきた人」が「それまで見た事もない酒」を差し出したら、思わず呑んでしまうかも。
            毒かどうかは、匂いを嗅げば分かるでしょうwww

            まあ、そこはファンタジーですから「何でも有り」と。
            あるときは「SF」あるときは「ファンタジー」あるときは「論考」あるときは「与太噺」という事で。

          3. とろいやさん、cieさん
            お二人が飲まれたものももちろんれっきとしたどぶろくです。が、実は私の飲んだものは灘の酒造業者が醸造した、火入れもされたものでした。ですから数日たてば酢になるということもありません。火入れは戦国末期に奈良で始まりました。やがてより水の良い伏見や池田、後には灘に酒造の中心はうつりますが、酒かすを使った漬物「奈良漬」が今でも名物なのはかつて酒造が盛んだった名残です。

            福島であれば、確か陸奥一宮都々古別神社にそういう行事があったと記憶しますが、とろいやさんが飲まれたのは別の場所でしょうか。

            エジプトやメソポタミアであれば当然ビールでしょうけど、古代ペルシャだとどんなお酒だったのでしょうか。恐らく古代の酒ですから度数も低かったでしょうが、一度飲んでみたいです。
            もっとも、炭酸も含まず生ぬるいビールを飲みたいとは思いませんが。

          4. 多分、よその地域の人には何の話をしているのか、分からないでしょう。
            なので補論を兼ねて。

            「陸奥一宮都々古別神社」は、
            「むついちのみや つつこわけ じんじゃ」と読みます。
            福島県棚倉町に有ります。白河から南へ、茨城県境に近い街です。私の生活圏からは、けっこう遠いです。
            そんな辺境(棚倉の人には失礼ですけど)に「陸奥一宮」が有る、という事が、大和政権の奥羽進出の様子を物語っていますね。

            私が呑んだどぶろくは、そこのものではなくて、飯舘村や葛尾村や浪江町津島地区の人が持ってきてくれたもの、です。
            阿武隈山間部だから、棚倉と文化は共通しているでしょう。
            昔は、誰でも、どぶろくを勝手に造っていた、と津島辺りの年寄りは言ってました。
            勝手に造っていた世代は、すでに死に絶えたでしょうから、酒税法違反の問題は起きませんwww

    2. とろいやさん
      改めて、疑問なのですが。
      それは唯一神から善神と悪神が生まれた、とするから一神教の萌芽と取ることができるわけで、それを善神と悪神が先にあって、そのもとは唯一神だという考えだとすれば、ギリシャ神話のカオスやシナ神話の盤古、日本神話のアメノミナカヌシなどと同様に、多神教がその根源を説明しているのと違いはなくなるように思うのです。
      ですから、善神と悪神こそが彼の考えた世界の中心であり、唯一神は後から架上されたものとも見えるわけで、やがて忘れられていくのも他の神話の原初の神と同じ運命に見えてしまいます。

      そのあたり、アヴェスターではどう説明されているのでしょうか。一度読んでみたいです。

      1. キサラギ=アリスさんへ
        私も、アヴェスターの原典までは読んでいません。
        ちくま文庫に有るので、暇が有れば読んでみたいですが。

        解説書では、そこの部分が克明には説明されていません。
        なので、
        1「『唯一神』から善霊と悪霊が生まれた説」
        2「善霊と悪霊の大元を説明するために『唯一神』を架上した説」
        の内、1を採ったのは「断片的な解説書の記述の読解」です。
        じゃないと、ゾロアスター教が「一神教の萌芽」という話が成り立たないので。
        しかし、その後の歴史を見ると、「他の神話の原初の神」と同じ運命になります。

        アテン教とゾロアスター教の話をするのは「一神教という思考様式が、なかなか成立しない事」を理解するため、です。
        その理解が無いと、西洋の思考の特性が、よく分からないからです。

    3. 「神様というものは、どういうものか?それを、荒野を彷徨いながら、10年間考え続けた」
      遠い日を思い出しながら、賢者は何かを懐かしむようにつぶやいた。
      「そして、それまでの『神』という考え方では、どうしても矛盾が起きる、という論理に突き当たって…」
      そう言って、アーモンドをポリポリとかじっては、またウィスキーを呷るのだった。
      「神に、人のような性格付けをするから、そういう矛盾が起きるのだと思い至った」
      「しかし『性格の無い神格』というのは、分かってもらえない、と?」
      「そう、神の姿は人が見えるような見え方では、けして見えないのだと分かってから、10年間その話を、あちこちで、いろんな人に、説いた」
      「で、たった一人…」
      「そう、従弟のマイドヨーイマンハ以外には、全く伝わらなかった」
      「そこで、諦めたんですか?」
      「いや、諦めはしなかった。神についての教えを説く事には、別の意味も有る」
      そう言って、賢者はさみし気に微笑んだ。
      「倫理。救済。生きる意味。厳粛なものを感じ取って、その前に頭を垂れる、そういう生き方の裏付けだよ」
      木のへらでキャビアを一口頬張ると、酒臭い息とともに、賢者は貯まり溜まっていたものを吐き出そうとした。
      「世界を、善霊が造った。善霊の導きに従って、日々の務めに励む事が光と闇の戦いにおいて、光の側の力になる。そうすれば最後の審判の日に裁きの神に認められ天国へ行ける。火を大切にする私たちの先祖代々の習慣を活かすために、火を礼拝せよ、と私は民に教えた」
      一気に言葉を紡ぎだすと、賢者は、いびきをかいて、眠り込んでしまった。
      後には、空になったウィスキーの瓶が6本残っていた。
      私も、そのうちの1本ぐらいは呑んだだろうか。
      流石に酔いが回ってきて、祭壇で揺らめく聖なる火をながめながら、いつしか私も眠りに落ちて行った。

      1. > 従弟のマイドヨーイマンハ以外には、全く伝わらなかった
        つまり、とろいやさんとアレとの会話みたいなことが延々と繰り返されたのですね。きついな~

    4. 一つ、訂正とお詫びを。
      アヴェスターの中の「唯一の神から、善霊と悪霊の両方が生まれた」という内容の頌歌を紹介して、
      この部分を「一神教的思想の萌芽」と説明しているのは、
      ボイス教授ではなくて、
      「世界哲学史第2巻」でゾロアスター教を担当している青木健教授でした(アスラン教授もこの説を採っているのは、『人類はなぜ神を…』の記述から見て間違いないと思います)。

      いろんな解説書をあちこちつまみ食いしていると、こういう事が起きます。信仰が浅いからですね。
      次回は自壊しないように、自戒します。

    5. 目が覚めた。
      日は東の空、7分目あたりにかかっている。さしずめ朝の9時頃か。
      頭が痛い。
      ボトル1本呑んでしまったのだから、まあ、こんなもんだろう。
      ザラ先生が、心配そうに私を見ている。
      「きみたちは、みんな、酒に弱いのかね?」
      「…いや…先生が…強すぎるんだと…思いますが…水をいただけますか?」
      「おお、聖なる水をきみに与えよう。すべての病気に効くよ」
      いたずらっぽく笑って、先生は素焼きの深皿に一杯の水を持ってきてくれた。
      「!!!」五臓六腑に、水が染み渡る。
      確かに、ザラ先生が説くように、火と水は、聖なるものだ。
      今は特に、水が尊い。

      水をもう一杯もらって、半刻ほど休んでいると、頭痛もかなり緩くなった。
      「朝飯を食いながら、昨日の続きを話そう」
      「ぜひとも」
      水と素朴なパンとイチジクを干したもの、私にはそれが、とても贅沢な朝食に思えた。
      「パンとか、イチジクとか、どうやって手に入れるんですか?」
      「麓の村に行って、祭事の指導をして、替わりにもらってくる」
      「修行だけしてるんじゃあ?」
      「何をしたって、それが善霊の心に適えば、修行にもなり、闇との戦いでの戦果にもなるのだよ」
      「なるほどねえ…」
      「私は元々、神官だから、それしか出来ないしな」

      「先生!ミルクは要らんか?」
      カメを持った村人が、坂を上ってきて、庭で朝飯を食べている私たちに声をかけた。
      「おお、ありがたい」
      「次の月は、収穫の祭りだから、またお願いしますよ」
      「じゃあ、明後日あたり、祭具が整っているか、見に行ってやろう」
      「ありがとうございます。ところで、奥さんのところには、時々帰ってるんですか?」
      「いやあ、子供ももう大きくなったし…」
      「まだ奥さんだってお若いんですから、たまには…」
      「まあ…それも、そうかな」

      ゾロアスター教は、世俗的行為のすべてを「善霊の戦いに資するもの」として肯定している、と言っても良いようです。ザラスシュトラは、3回結婚した、と伝わっています。
      倫理的に高水準に有りますが、その体系は実に「世俗肯定的」なのです。

      教えを説いて回るにも、食い物が無ければ始まらないだろう。
      神官としての仕事で日銭を稼いでいたんじゃないか。
      というのは、私の勝手な想像。
      修業中に、奥さんのところに時々帰っていたのかどうかも、解説書には説明が有りません…って言うか、そういう解説は、ふつうしなでしょうねえ。

      1. あ、「ふつうしないでしょうねえ」の「い」が抜けた。
        脱字補完願います。

        それと、村人がミルクを持ってきてくれるとしたら、カメじゃあ重いから、皮袋の方が有りそうです。家畜の膀胱は便利ですから、それかな。
        多分、私はその「生ミルク」を呑んで腹を下して、またザラ先生に呆れられる、と思います。
        まあ、時間旅行には「正露丸」は必携ですね。

        1. ミルクを運んでいて、偶然チーズが出来たということから考えて、使っていたのは胃袋でしょう。

          チーズが出来るには、レンネットという凝乳酵素が必要で、それは、偶蹄目(ウシ、ヒツジ、ヤギ)の哺乳期間中の第4胃袋(ギアラ)にあります。
          哺乳期間だけなのは、母乳を消化するための酵素だからだそうです。

          前回 ( 昨日 ) ザラ先生がつまみに出してくれた、ヤギのチーズも小ヤギの胃袋で作られたはずですよ。w

      2. とろいやさん
        相変わらずどうでもいいところにつっこみますが。。。

        やはり修行中は托鉢ではないでしょうか。祭事の指導、なんて日常的にあるとは思えませんし。日本の神社で言えば江戸時代までほとんどの神社に常勤の神主はおらず、祭事の際に勤める神主は普段は普通の農民でした。・・・まぁ今でもほとんどの神社は神主不在(祭事の時だけ他の神社と兼務の神主さんが来る)ですけど。エジプトなどのように王権と結びついた神官が成立しているところは別でしょうが、そうでなければ専業の神官はいたとすれば托鉢で生計を立てていたのではないでしょうか。

        次に・・・そのころ朝食があったのでしょうか。古代なら多くの地域では一日二食であったと思うのですが。

        これも日本の古代ですが、牛一頭から採れる牛乳は今の乳牛の1/6ほど、そうそうは飲めなかったのではないでしょうか。容器は革袋でしょうね。19世紀になっても曲げ物を作る技術がなくて液体はみんな陶器に入れたどこぞの民族とは違うでしょう。
        でも日本人なら牛乳の前に硬水で腹壊すと思います・・・。

        1. 酪農の歴史も、もの凄く古いのです。

          Wikipedia から引用すると、
          >>紀元前3100年ごろになるとサハラやメソポタミアの牧草地帯でエジプト人とシュメール人によって酪農が営まれていたという有力な証拠が存在する。//

          https://ja.m.wikipedia.org/wiki/チーズの歴史

          もちろん遊牧なら、もっとずっと古くから行われて来た生活形態です。
          農耕よりも古いです。
          だから、中央アジアの人々は、普段からミルクを飲んでいたと思います。
          ミルクは、牛のものとは限りません。
          ヤギか羊、ラクダとかかな。
          ラクダミルク美味しいらしいですよ。w
          羊乳は、美味しくないけどチーズにするとイケるので、各地で作られています。

          チーズ作りの最も古い証拠は、中欧のポーランドで発見された、紀元前5500年ごろのチーズづくりの道具だそうですよ。

          中央アジアはやっぱり、遊牧とオアシス農耕が基本ですかね。
          日本とは、生活形態が全く違うと考えた方がいいです。

          神事についても、持ち回りではない神官がいました。ザラスシュトラもそういう家系に生まれています。
          だから祭事の指導は、あってもおかしくないんじゃないかなぁ(?)。

          1. >酪農の歴史も、もの凄く古いのです。

            cieさん、酪農の歴史なんていうのは、本当に100年ぐらいしかないのです。
            牛の乳なんて、人間同様に妊娠して子育てのわずか数カ月しか出ない。

            酪農で牛乳が継続的に供給されるようになったのは、ホルモン剤と人工授精、そして機械栽培による穀物による牛の飼料の確保ができるようになった近代からですよ。

            もちろん、牛の肉や乳は古代から利用されてきました。
            しかし、それらは常に非常な貴重品だったのですよ。

          2. cieさん
            私の疑問はそこではありません。遊牧民が乳製品を利用するのは有史以前からのお話で、そこに疑問はありません。が、チーズにするといける、ではなくて、チーズにするのが主目的であって、その余りを飲むことはあっても日常的に気軽に飲むことはできなかったのではないかと。もちろん村娘スジャータが釈尊にミルク粥を捧げたように飲用や調理に使うことはあったでしょうが。火を入れないと足が速すぎると思いますし。

            ご承知かと思いますが、日本の古代にも蘇と呼ばれたチーズがありました。しかし、それ以外の牛乳の利用は知られていません。蘇も平安後期にはなくなったと見られています。

            で、すみません、「持ち回りではない神官」の意味が分からなかったのですがどういう意味でしょうか。私の疑問はそもそも一か所に定住していれば行動範囲にある村や遊牧集団なんて片手程度、その人たちが日常的に祭事の指導を受ける・・・という構図です。

            私の従兄弟(伯父の跡を継いだ)の神社は地方の小さな神社ですが、日常的に周辺の農家や漁師の方からいただきものをします。食料はそれである程度は足りますが、現金がないとどうしようもないので、結局外で給料もらう仕事をすることになってしまいます。

          3. 七誌さん

            厳密に酪農というと、確かに歴史はそれ程古くはありません。
            でも100年ってことはないです。
            今のような酪農の形態は、13世紀ぐらいのオランダが原点だそうです。
            そこから徐々に発展して来ました。

            人類は、家畜を飼い始めた頃から、乳の利用はしていました。
            遊牧という程移動せず、乳製品を主として生産する農業形態は、紀元前まで遡ることができます。
            上でも引用しましたが、
            紀元前3100年ごろになるとサハラやメソポタミアの牧草地帯にその証拠が見られるのです。
            もちろん、乳だけではなく、肉も皮も骨も利用していたでしょうけど。

          4. キサラギ=アリスさん

            >>その人たちが日常的に祭事の指導を受ける…//

            「日常的」とは読まなかったということです。
            とろいやさんご本人に確認するしかありませんが、「次の月は、収穫の祭りだから」というセリフから、大事な祭りの際に呼ばれるのは、ありかなと。

            イランの原多神教については、分かっていないことも多く、( 私など全く分かっていないから本当は、何も言えないのですが、) 神官階級が存在していたことは分かっています。
            ザラ先生もその家系の出身。

            ミルクに関しては、確かに気軽に飲めるものではなかったでしょうが、祭事の指導を仰ぐような有力な家なら、余剰分を聖者に施すぐらいのことはあったのではないかな。ぐらいに思いました。

          5. >チーズにするといける、ではなくて、チーズにするのが主目的であって、その余りを飲むことはあっても日常的に気軽に飲むことはできなかったのではないかと。

            近代まで、チーズの生産量はレンネットの供給量によって上限が定められていましたので、獲得できる獣乳のうちチーズにできたのはごく一部だと思われます。
            実際、モンゴルの遊牧民の水分供給源は馬乳酒です。
            獣の乳を日常的に飲めなければ、水分を手に入れられないのが遊牧民です。ペルシャ北部乾燥地帯の遊牧民でも同じだったのでは?

          6. ヲチャーさん
            とても納得できます。
            やはり牛乳のままでは腐敗が早いと思うのです。地理に疎くあのあたりの気候を知らないのですが、イメージとしては日本より暑そうですから。
            ありがとうございました。

          7. >キサラギ=アリスさん
            >牛乳は腐りやすい
            これまたユーラシア北部遊牧民の話になりますが、
            当然ながら獣の乳は妊娠後にしか出ないのが普通です。(乳牛は異常)
            なので彼らは、365日つねに獣乳を獲得できるように、獣の妊娠周期を管理するそうです。季節にあわせて南北に移動する彼らだからできる行動ですね。
            一日で飲みきれないぶんはチーズやヨーグルトにする。
            なかでも馬の乳は、そのまま発酵させて酒になる唯一の獣乳なので、馬乳酒にしてしばらく飲みます。
            今回のテーマであるザラ先生にミルクを献上した定住酪農民も、似たようなことはやっていたかもしれません。

          8. ラクダも乳酒作りますよ。
            モンゴルだとゴビ地方は、ラクダも飼っているので、作っている家族も多いみたいです。
            馬乳酒が「グーニーアイラグ」で、ラクダ乳酒は「インゲニーホールモグ」というそうです。

            天山山脈の西方でも同じような感じみたいです。
            ちなみにカザフ語では、「クムズ ( 馬乳酒 )」「シュバット ( ラクダ乳酒 )」だそうです。
            モンゴルはフタコブ、天山山脈西方はヒトコブです。

            キサラギ=アリスさん

            >>地理に疎くあのあたりの気候を知らないのですが、イメージとしては日本より暑そうですから。//

            むしろ涼しいかも。
            テヘランで、東京と同じぐらいの気候らしいです。夏冬の寒暖差は東京より大きいけど、湿気がないので夏でも、日陰に入ってしまえば涼しいみたいです。
            ちゃんと四季もあって、冬には雪が降ることもあるみたいですよ。

            ザラ先生がいた場所は、もっと北東だから、「ステップ気候」か、荒れ野だと「低温砂漠気候」になります。
            両方とも、昼夜の寒暖差が激しく、降雨量が少ないです。
            ステップの方では、雨季には雨が降るので、黒や栗色の土壌に、ステップとよばれる丈の短い草が生えた草原が広がっています。

            雨季がなくて、ステップが生えてないのが砂漠。w
            砂漠と言っても、サハラのような一面の砂原というわけではなく、ゴツゴツとした正に荒れ野という感じです。
            所々に硬〜い草も生えています。
            そして、オアシスがある。
            遊牧の土地です。

            ラクダの馴化が始まったのは、この辺りらしいです。

          9. そもそも定住酪農民なんて存在がありえないのです。

            こんな馬鹿なことを語っている人々は、酪農が化学肥料による穀物栽培で成り立っていることを理解していないのです。

            遊牧民が定住しないのは何故か。一所に留まれば、あっという間に土地が回復不能ななでに砂漠化するからなのですよね。

            ましてや16世紀オランダの、農業生産性なんてね。

          10. 前にも出て来ましたが、
            七誌さんは「原初的な半農半牧」と「古代型の牧畜」と「牧畜の進化型である遊牧」と「灌漑農耕」と「近代的酪農」をごちゃ混ぜにしていますので、辻褄が合いません。聞き流してください。

            七誌さんへ
            ファンタジーにツッコむにしても、知識を整理してからにしてください。
            表土の維持・再生ができない土地で「灌漑農耕」を続けると、塩分が上がってきて、農耕ができなくなるのです。
            又は、乾燥した草原を無理に「耕地」にすると、表土が流出して使用不可能になるのです。
            遊牧であれ、定住型の移牧であれ、「家畜が、草地を、使用不可能になるまで、食い荒らすに任せるような事」は、牧畜民はしません。

          11. >七誌氏
            古代と中世の定住農民が、
            乳と肉の獲得を目的とした家畜飼育をしていたのかしていなかったのか学んでから出直しておいで。

        2. 実は、実在のザラ先生が、修業時代にどうやって生計を立てていたのかは、いろいろ考えてみました。
          1、托鉢説:托鉢という習慣は、古代ペルシャでは成立していなかったのではないだろうか。
          2、乞食説:これは有りそうだけど。
          3、隠者説:完全に世俗との交際を絶って、庵の周辺に畑を作り、後は採集生活。これは魅力的な仮説です。ザラ先生は、野草や野生動物の採り方・食い方に詳しくなっていたかも知れません。
          4、実家説:実家から援助を受けていた、これも有りそう。もしかしたら、奥さんの実家からだったかも。マイやんから、かもね。
          5、労務説:定期的に里に下りて働き、なにがしかのものを得ると、また山籠もりする。どこの誰だか里人は知らない、良く働く良い人、というのは分かっている。
          6、交流説:本編では、これを採りました。労務説と似たようなものですが、里人と頻繁に交際が有った、ある程度身元を明かしているので神官としての務めを頼まれる事が有る、と仮定しました。

          古代ペルシャ人の信仰生活は、けっこう儀式が多かったようなので、田舎の方なら、流れ者の神官が「良い人」ならば、儀式の際は頼りにする事もあったのではないか、と。
          いずれにせよ、まだ貨幣経済は無さそうなので、生活必需品と祭具は基本的に持って歩いたでしょう。食料はやはり「採集」が主だったかも。縄文人の生活みたいなものでしょうか。

          とても倫理観の強い人だったらしいので、他人の家畜を盗むような事はしなかったでしょう。
          「そういう事をしてはいけない」を体系化した人ですし。

          1. とろいやさん
            私は宗教が成立・持続するためにはそれを可能にする社会が必要だと思います。その意味で、私は上記の1と2(これは同じものだと思うのですが)、または6で民衆と接触することが重要だと思うのです。逆に言えば3~5は孤立しているので教えが残ることはなかったのではないかと。

            布教者が権力そのものであったアテン教はアクエンアテンが薨ずると(民衆に受け入れられるような変容がない限り)根無し草として消えていくしかなかったのでしょうが、ザラ先生の教えは受容・発展していった。王権の受容は後のことでしょうから別にして、継承されるためには受け入れられるための社会的基盤が必要だと思います。具体的にはそういう宗教者を扶養できる社会がなかったら、どんなすぐれた思想も残らなかっただろうな、と。

            あの半島にまともな宗教が残らず、高麗朝まで厚く保護された仏教も李朝の弾圧によって簡単に事実上消滅したのは、民衆の側に宗教者を扶養できる社会がなかったためだと思っています。今の怪しい宗教の乱立はやっとそういうものを受容できる社会になったということなのかも知れませんが。

          2. あの半島では「宗教」は「式神を操る手段」でしかなくて、その意味の「シュウキョウ:巫術」は、民衆の扶養を受けて、ずっと存在していました。
            ウリナラ新宗教は、その流れでしょう。

            今でも、半島では、あらゆる思想・宗教が「巫術」に変質してしまいますから、まだ「宗教」つまり「人を超越する概念としての神」を、受容できないのではないか、と。

            中華も似たようなものですが。
            中華文明はもっと「神霊そのもの」を下に見るようなところが有ると思います。

          3. とろいやさん
            いやー あの巫術を宗教と呼ぶのはなんだか宗教に対する冒涜のような気がします。それだったらコックリさんでさえも宗教になってまうやんって。

            と言いながら妖怪アマビエに祈りたい私がいますが。

          4. ↑に書いた部分と、托鉢の可否以外には、ご意見に異論は有りません。

            1と2を分けたのは、
            「1:托鉢」は、「修行者に施す」という習慣が成立している社会でなければ出来ない暮らし方だから、です。
            「修行者に施す事」が俗人の宗教行為として意味づけられ社会習慣化したのは、前7世紀のインドあたりが端緒でしょう。

            次に、
            「2:字義どおりの『乞食』」が、出来るか?
            まず、神官だった人が「乞食」をやる気になるだろうか。
            やったかも知れないけど、無理がありそう。
            そもそも、その頃のペルシャは「乞食」が職業になるほど余裕のある社会だろうか、それが大問題です。
            メソポタミアやエジプトならともかく…

            なので、1と2は採用しませんでした。

          5. とろいやさん
            全然知らないのに横入りm(_ _;)m
            あの半島でムーダン(巫俗)シャーマニズムのことでしょうか
            結構ごちゃまぜのシャーマニズムみたいに思っています
            泣き女や祈祷が表向きだったそうですが売春や堕胎を請け負う事もあったとか
            韓国の祭事があまり洗練されてない感じがするのは
            私の無知識と偏見でしょうけど
            ローマ法王が訪韓したとき最初に向かったのは水子や幼児が埋葬されてる墓だったとか
            李氏朝鮮では水子は藁に包んで木にぶら下げたとも聞いてます。関係ない話m(_ _;)m

          6. とろいやさん
            納得しました。そうですね、喜捨が宗教的行為になるのと、そうでないのは大きな違いですね。
            ありがとうございました。

      3. 「じゃあ、村長さんによろしくな」
        ミルクを持ってきてくれた男に声をかけると、賢者は、こちらに向き直り、頬張っていた干しイチジクを飲み込んで、話を再開した。

        「私は、唯一の神アフラ・マズダから、すべての存在の源が生じる、と考えた。それは、始め『善霊と悪霊の併存』という構造で生じる」そういうと、翻訳機をいじって、賢者は言葉を探した。
        「ああ、これが近いかな。正のエネルギーと負のエネルギーが、対生成する、と。きみたちの時代の言語は、便利だな。
        私には、それを表す言葉が無かったので、善霊をスプンタ・マインユ、悪霊をアングラ・マインユと呼ぶことにした。それが、世界の対構造だ」
        「その後は、どう展開するんですか?」
        「やがて善霊と悪霊とが交わる事により、様々な事象が生じる。その事象のイメージを『人と同じような姿かたちにしたもの』が、つまり『昔から言うところの神々』だ。そして上位の神は、下位の事象つまり神々を生み出す。それが世界の階層構造だ。
        そして、何が善霊に属すのか、悪霊に属すのか、実ははっきりした境界は、無い」
        賢者は、難しい顔になって、目を瞑った。

        「でも、それじゃあ…」
        「そう、それでは『倫理についての教え』になりにくい…」
        「じゃあ、どうやって?」
        「そこで、私は、堕落したのだよ」
        そう言って、賢者は笑った。
        「世界の原初的生成は、棚上げした」
        「え?では、どこから…」
        「世界の最初に、善悪2霊が有った、というところから、話を始めることにしたのさ」
        ミルクを飲んで息をつぎ、賢者は、私に問いかけた。
        「そもそも、善悪とは、何だね?」

        ゾロアスター教を、このように解釈するのは、多分、私のオリジナルだと思いますが、もう少し話にお付き合いください。

    6. とろいや様へ

      U1-NEUS(U1-速報)に、韓国が日本の宗教に関する本を出版したと記事が有ります。
      とろいや様は宗教に大変造詣が深い方のようですから、感想を聞きたくなりました。

      1. せっかく話を振ってくれたので、返信を。
        まず「韓国で出版された『日本の宗教』に関する本」は、多分、韓国語で書かれたものでしょうから、私には読めません。
        日本語版が出たら、シンシアリーさんが話題として取り上げてくれそうですから、そうしたら「立ち読み」してみたいと思います。
        おそらく「斜め上」の解釈のオンパレードになってる、と予想されます。それはそれで「トンデモ本」として面白いですけど。

        次に、
        私は「宗教に造詣が深く」は有りません。
        どこででも手に入る「一般向けの概要解説書」を読んでるだけです。
        哲学書と歴史書とその他の分野の本を読み漁るのが趣味なので、宗教学の本を読むのも、趣味の延長です。
        造詣が有る、と言える分野も有りますが、深くはないです。
        ※大学の一般教養で教える事ができる程度=造詣が有る。
         大学院生を指導できるレベル=造詣が深い。

      2. 念のために、
        「大学の一般教養で教える事ができるレベル」には、哲学も史学も、もちろん宗教学も、達していませんので、誤解無きように。

    1. ところでブログ主はイルベとかDCインサイドとかの住人をどう思っているのだろう?
      あと親日YouTube主とか。

      なんとなくそう思っただけ。

      あ、逆張りで金慶珠氏とかも。

  7. ウリ達、大統領閣下のために戦いますニダ!
    たとえそれが恥も外聞も捨てた戦いであっても
    ウリ達は1ウォンも、まけないニダ!
    それがソウル過激団なのニダ!

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