万人が万人と戦う社会

元ソース確認して書きたいところですが、ニッテイ(日程)のせいでまた出かけないといけません。韓国側の記事からの引用だけにします。

OECDの「よぅどうだい?」・・じゃなかった「生活の質(韓国での訳です。原文は『How’s life』)」は本でも出ていますがオンラインでも読めますので、興味のある方は検索してみてください。でも、前はオンライン版で検索が使えないのでかなり不便だった記憶が・・

とりあえず、京郷新聞の週刊版「週間京郷」の記事から、部分引用します。

 

(ここから「続きを読む」の後になります)

<・・今年1月に発表されたOECDの「2017生活の質(How’s life)」レポートを見ると、韓国は過去1年間の社会生活の中で、様々な紛争を経験したことがあると回答した割合が34%で、調査対象国のうち最も高かった。犯罪による紛争を経験した割合は1%で、他の加盟国よりも低かったが、特に「事業と雇用」の問題と「隣人と住居環境」問題に紛争を経験した割合がそれぞれ10%、6%で、他の国よりも高く、韓国社会の最も主要な日常の葛藤要因となった。

一方、危機に直面した場合に助けてくれる人間関係があるのか​​を問う応答では、全体の75.9%だけがそうだと答えて、全加盟国のうち最下位を占めた。 4人のうち1人は難しいことをされた時に役立つ家族や親戚、友人などが全くないと答えたわけだ。これらの結果を反映したように、韓国人の生活の満足度は10点満点中5.9点で、OECDで最下位だった。仕事をする職場でも、仕事を終えて帰って生活する生活空間でも、大小の葛藤と争いにストレスを受けることは多いものの、そのための社会的支援は受けられない社会という点を端的に現われたのだ・・>

http://v.media.daum.net/v/20180214102723423?rcmd=rn

 

こういうのは韓国側が提出したデータで調べることになるので、実際とはかなり違うのでは・・な気もしますが、手元にあるデータだけでも「最下位」と。

後半は、前にも旧データを紹介したことがありますが(あの時は下から4位か5位だったけど、いまは最下位だそうですね)、「助けてくれる人」に「家族」も含まれるのがポイントです。この項目に「そんな人いない」と答えたということは、親友がいないというならともかく、そんな家族もいないという意味です。儒教思想が強い(ということになっている)韓国で、イザという時に力になってくれると・・言い換えれば「信頼できる」人が、家族すらいないと答えた人がOECDでもっとも多いというのは、どういうことか、と。

 

いままでシンシアリーのブログで書いてきたことと妙に一致する内容のようで、エントリーしてみました。記事の題は、「万人が万人と戦う・・各自生きるだけの韓国社会」です。題も本ブログにありそうな書き方ですね(笑

 

最近、更新遅くてすみません。

 

 

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“万人が万人と戦う社会” への71件の返信

  1. 日本のお年寄りを見ていると「他人に迷惑をか掛けたくない」と自立心が強い反面、映画寅さんの「しょうがないお兄ちゃんね」に代表されるはみ出し家族への優しさに共感する人も多いように見受けらます。(厳しい人もいるがあの映画のタテマエに共感する人は多い)
    ただ、時代は昭和から平成になり、タテマエよりホンネの「自立しやがれ!」が主流になりつつあると感じるこの頃です。
    原因は人種よりも時代(古き良き時代vs現代)なのではないかと思っています。

  2.  おそらく、次の3つが混じり合って今の韓国社会になっているんだろうと思います。
    ① 儒教的序列社会の崩壊
    ② 資本主義的な競争社会の拡散(含:社会保障の不足)
    ③ 韓国経済の衰退(中進国の罠)

    1. えと、ウリとナムの単位が
      小さく砕けてきているせいではないかと。
      なので、身近でもナムが増える。

      まあ敵か味方しかいない世界で、
      アイツは敵という情報だけが増えるのでは。

  3. 紛争の経験データは見つからなかったが,開示されている社会的支援データから引用してみる.新ブログで等幅フォントになり,表が作り易くなったのにポストしてなかったし.

    【OECD社会的支援の水平格差】(身近で相談する人の変化)
          日本  韓国  OECD     [算出方法]
     男女別  1.07  1.05  1.01     女性 / 男性
     年齢別  1.05  1.18  1.05  (15-29才) / (30-49才)
     学歴別  1.00  0.93  0.97   中・高卒 / 大卒
     剥奪率  10%   19%   8.5%  (必要だが無い人の割合)

    日本は男女格差が最も大きく,韓国も2番目に大きい.両国とも男性より女性の方が社会的繋がりが強いのが特徴.

    一般的に相談相手が年齢が高くなるほど少なくなるが,韓国の低下率は突出する.年を重ねる毎に孤独化が急激に進む社会?

    日本は学歴による差が見られない,韓国は3番目に低い数値.両国とも学歴社会といわれるが,別の指標である時給格差が日本は小さい.投票率も逆の傾向を示し質的な違いがある.

    相談相手を必要としながらもいない人の割合が,韓国はギリシャ(20%)に次いで高い.3番目がチリ(16%),4番目以降は12%以下なので,この3カ国が断然に高い.

    んー,既に散々言われてるのだけれど,いわゆる先進国とは違うじゃないかと・・.考え方の違いが数字に表れる部分もあると思ふ.

  4. 助けてくれる人がいないのは高齢化の影響もありそう。我が家は祖父母や両親の兄弟が亡くなるにつれ、親戚づきあいが減りましたよ。法事もだんだんとこじんまりとしたものにしています。昔は大勢で何かにつけ集まったものでした。さみしいですね。

  5. 「万人の万人に対する闘争」
    これは、ホッブスのリバイアサンにある言葉です。おそらく記者はこの言葉を意識してタイトルに使用したのでしょう。ただ、ホッブスがこの言葉を使った意味とはかなり乖離があるようですが・・・

    1. いいえ、わたしはホッブスの言葉の意味が正しく韓国の社会を指しているように思うんです。

      個人と社会の契約のない社会があったなら、社会契約のない社会が存在したなら、それはどういった社会になるでしょうか?

      1. 社会契約のない社会が存在したなら、勝つために(生き残るために)仲間を作ります。
        「お前が俺を守るなら俺もお前を守る。」という仲間。それこそが契約であり社会。

        仲間を裏切った場合、周囲がその裏切りを認知すれば、信用を失った裏切者はもはや誰とも仲間を作ることができない。ゆえに裏切りは抑制される。(借金から軍事同盟まで契約の基本。)

        ところが、韓国は(国内でも外交でも)これが成り立たない。信用を失うことを理解せずに”裏切る”。
        理由を非常に単純にいうと、韓国(中華圏)では対等の関係での契約がなく、上位者に共に従属することで初めて社会関係を持つから。ゆえに従属者が別の従属者を”裏切って”も上位者が許せば問題ない。
        また、”法”というのは上位者からの命令なので、上位者から制裁されない限り”法”を破ることは問題ない。もちろん、上位者は自分の命令である”法”に支配されないが、支配者として社会を維持する責任はある。従属者にはその責任はない。

  6. 他の方も言及されてますが、
    「序列社会」と「恨」という情緒を肯定的に認識している人達の
    作る社会としては、当然の帰結という感じがしますね。
    「お互い様」で「許し合える」社会でなければ、
    「恨」は解消されないまま蓄積され続け、
    序列の最下層に汚泥の如く溜まり続ける。
    常に誰もがストレスの中で鬱憤を溜め、
    火病による発散への期待すら持っていそうです。
    火病を起こすための言い訳を探している人達がすぐ隣にいる社会。
    争いが絶えるはずがないでしょうね。

  7. お主は文筆家である。
    始まりはブログではあるのかもしれないが、更新の頻度など問題ではない。
    全ては本業に尽くされるのがよかろうと思う。

    個人的に思うのだが、この手の質問は愚かな者が問う内容だ。
    韓国においてはウリはウリ、ナムはナムの集団に分かれ、ウリの中のナム、ナムの中のウリに分裂し、大騒ぎすることは火を見るよりも明らかだと考える。そして、この記事が示すのは、ウリにもナムにも属さない人間が居て、しかしそれはウリとナムを構成する要員に過ぎないことを示している。

    結局のところ、人は人によって命をつなぎ、人がいるから人が生きているということになるのだが、この記事はウリがナムを推し量った程度の内容であって、問題提起には程遠い。
    大災害の経験などしないに越したことはないが、地球の環境が変わりつつある現在においては韓国も経験するかもしれない。
    韓国では人が人の命をつなぐ行為はウリとナムで区別されるのだろうか。そして、火事場泥棒が横行するばかりで荒むに任せるのであろうか。その答えは今の社会を見れば容易に答えを得ることが出来る。
    尤も、更なる報道があるのだとすれば、中国と同じような報道になるであろうことは容易に想像できる。

  8. おのれニッテイめ。忙しい時に限ってあれやこれやと用事や仕事は重なるものなのです。あああ放り投げたい。

    これ、実際がどうかはともかく、主観では所謂、剥奪感や不足感が増してきていると取れる資料ですね。霊悪たれと独り勝ち推奨で、持ってる者に全力でぶら下がる傾向と相まって質の低下(感)の加速が止まらないといったところでしょうか。

    あ、あと「あなたが先ずしろ」なんかも加速要因に数えられそうですかね。あれこれ聞く話だと、そらそうだろうなぁと思うのです。

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