もうすぐ完成

原稿を書きながら、いつも重複する部分で悩まされます。巻数が増えると、どうしても重複する内容が出来てしまいまして。重複しないように書くのが一番いいとは思いますが、だからといって「前の本を読んでない人を置いてけぼりにして話を進める」わけにもいきません。

内容なら、たとえ重複しても「自分で書く」から、少しは気が楽です。他の本からの引用部分などは、前にも引用した内容なのに、それをコピペみたいにまた使っていいのかどうか、いつも気になります。あるときは、著者として「罪」に似たものを感じてしまいます。とりあえず、そんな部分は、「相応の必要がある時だけ、1ページを超えないように」と心がけています。

 

(ここから「続きを読む」の後になります)

今日書いた「内容」(引用ではなく)の中で、これもまた重複する内容ですが・・こういうのがあります。

 

<敵対勢力は、いつも相手のマスコミと学校を狙います。A国とB国が敵対しているとします。AはBの学校(教員労働組合、教科書執筆基準など)とマスコミに、「Bは悪い」と扇動する策をしかけます。決して「Aは良い」とまでは言いません。そこまですると簡単にバレてしまうからです。B国の中では「Bは悪い」という意見がまるで自己反省、教養のある意見であるように広がることになります。

そのまま時間が流れると、Aは何もしなくても、「敵国」Bの中で、B嫌いの少年少女たちがすくすく育ちます。「使えるバカ(useful idiot:特定思想の扇動に利用されているだけなのに、自分では善良な活動をしていると信じ込んでいる人を意味する言葉)」の量産です。A国からすると、大してお金もかからないし、騒ぎになった時の負担も少ない(相手国の国内問題のように見せかけることが出来る)、まさにコストパフォーマン抜群の戦略です>。

 

韓国の民族主義において、民衆運動勢力の存在はとても重要です。彼らこそ、「国家としての民族」たる軍事政権と、「民族としての国家」たる親北思想で戦い、結果的には勝利した勢力でもありますので。

彼らが韓国の教科書を「占領する」過程を書きながら、どうしても↑の内容が必要になって、

「前にも書いた内容だけど、前に読んでくれた読者さんにも満足してもらえるように」を心がけて書きました。

 

そんなこんなで、もうすぐ完成です。「韓国人による◯韓論」ではなく、別のタイトルの本になりそうです。

できたらまた子供みたいにはしゃぎながら紹介しますので、少しだけお待ち下さい。

 

 

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今回は2018年になってからの出来事、北朝鮮の非核化問題、南北首脳会談のこと、韓国社会の親北化、韓国社会にあふれている市民団体の政治権力化と直接民主主義への渇望、そして慰安婦合意不履行宣言のことなどを扱っております。

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“もうすぐ完成” への33件の返信

  1. 巻が違えば、ある程度の重複は仕方がないですよ。「前述したとおりに」は使えない。全巻揃えて一気読みするような本とも違う感じがします。
    故淀川長治さん(映画評論家)なんて酷いです。あれだけ長く映画評論をすると、同じ映画のことを何度も取り上げざるを得ない。「三歳の時にみた映画をハッキリ覚えている」と記憶力を誇っていましたが、言うことが違っていたり、映画にないシーン(原作にはあるが映画にはない)まで話す。映画を観た後、資料を調べて記憶が上書きされたり、長い間に他の人の意見に影響されたりするようです。
    同じエッセイストの本も3冊ぐらい読むとマンネリが出てきます。エピソードも尽きてくる。著者も自覚していて、ネタ探しで苦労していますね。
    読者に(またか)と思われるか(一貫性がある)と思われるかの境目。プロの腕の見せ所と割り切っていきましょう。

  2. 日本が憲法改正して軍と名称変更し
    核武装し拉致被害者を強制奪還し
    何時でも殴れる国になれれば
    何もしなくても土下座してくるアホが
    いるんだな

  3. ><敵対勢力は、いつも相手のマスコミと学校を狙います。A国とB国が敵対しているとします。AはBの学校(教員労働組合、教科書執筆基準など)とマスコミに、「Bは悪い」と扇動する策をしかけます。決して「Aは良い」とまでは言いません。

    これソースはありますか?
    教科書に事実と異なる、あるいは事実誤認しかねない表記があるならトンでもないことですよ。
    それのソースが欲しいです。
    できれば韓国の小中学校の教科書を入手して、本のタイトルとページを述べて
    原文のハングルを表記し日本語訳も併記
    画像があったらそれはもう、日本政府関係者達が経費で買う程
    価値のある一級資料ですが、画像がなくとも事実確認ができるソースがあるなら

    ただの読み物から、価値ある資料へと昇格します。
    日本では(論より証拠)といいまして、単なる危機感を煽る一説よりも
    目の前にある事実のほうが心に届きます。

    そんな教科書までは流石に無かったとしても、韓国の教師達が子供達にとんでもない事を
    教えている事実があるなら、画像か証拠となりうるものが欲しいです。

  4. 政治的活動もしていないので使える馬鹿とまではいきませんが、日本の学校教育とマスコミのイメージ操作、そして韓国の日本に対する憎悪のせいで、「併合中日本は朝鮮人にひどい事をした」イメージは今だに健在のようです。

    そして日本では今もそのイメージを広める活動が日本全国で堂々と行われています。宇野重吉が始めた劇団「民藝」が朝鮮陶器の博物館を作った日本人を題材にしたSOETSUという出し物で全国公演を昨年から今年にかけてしていました。
    その中身は正に朝鮮を蹂躙する日本と被害者の朝鮮人というストーリーで、舞台はあくまで朝鮮の町なのに、御丁寧にも関東大震災で日本人に殺される若い朝鮮人女性のシーンまで挿入されていました。

    実在の人をテーマにしているので、そこで語られる話を全て事実だと思う人が沢山いるようで、劇を見た感想として「朝鮮でそんな悪いことをしたなんて、日本人として申し訳ない」「書きにくい内容を書いてくれた脚本家の方に感謝します」というのが紹介されていました。

    これが私の住む市だけならともかく日本全国回る訳ですからね。嫌韓本が売れて嫌韓が増えたと言っても、それは都市中心の話で田舎はまだ全く広まってないと思います。
    (使えない)バカは健在です。むしろ量産されているかも知れない。
    多趣味で交友関係がとても広い人が近所にいるのですが、その人のネットワーク内では韓国旅行も当然の行為のようです。

  5. こういったシンシアリーさんのコンテンツや文体や言葉の選択に対する実直な姿勢やこだわりは、とても好きです。

    あと内容がわかりやすくて魅力的なタイトルなら、『◯韓論』にこだわる必要はないと思います。
    間違えて末韓論2冊買っちゃいましたから。

  6. 「使えるバカ」としてすくすく育つ少年少女たち。文化大革命と紅衛兵を思い出しますね。

    日本では「使えるバカ」としてすくすく育った少年少女たちが野党になったりデモ活動やってます。
    バカすぎて国民の指示が得られないため韓国のお役に立ってるかどうかは…。

    1. 壊す事しかできないバカには何かを作ることはできない。
      アカの限界というか宿命ですね。未来に発展がない。

      仮に有能でも競争相手となる存在は難癖で総括対象だし、
      無能が奇跡的に任務に成功したところで穀潰しとして
      処分される運命しか待ってない。

      とはいえバカをチヤホヤしてくれる稀有な居場所なんて
      反社会的集団以外にないから抜け出せないでしょう。

  7. なぜ、一般的な南朝鮮人には
    【良心の呵責】
    を感じないんですかねぇ?ww

    1. そもそも、良心という願念が希薄だからじゃないかな?ウリとナムでモノを考えるなら、そもそも良心など必要じゃないしね

  8. 似たような(?)話として、アメリカで 「進化論を教えるかどうか」 が議論されたりするのを見ると、思わず(゜д゜)ポカーン としてしまいます。
    子供が「神父様! 人は猿から進化したんですよね? 神が作ったのでないのなら、別に特別でも何でもないのでは?」とか言い出して困ったんでしょう。
    でも、「答えにくいから教えない」っていうのは最もアホな解決策じゃないでしょうか。

    私がかつて学んだ歴史教科書も割と自虐的だったと思いますが、その論拠が随分と少ない上にむしろ(教科書では無視されてた)反論の方が証拠があるという事実を知って愕然としました。
    教科書でキッパリ言い切っていいのは、論拠があって、定説があって、議論の余地が(ほとんど)無い物だけです。
    それでも鎌倉幕府は1192じゃなくなりましたし、冥王星は惑星じゃなくなりました。これはまあ、仕方が無い。
    でも論拠も薄弱で定説でもないことを、まるで唯一無二の事実だというフリをして教えないで欲しいものです。
    そういうのはチャペルかモスクかシナゴーグか、金一族の肖像画を掲げた朝鮮学校でやってくれ。

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