秋夕(チュソク)2018

韓国は、チュソク連休に入りました。旧暦8月15日のことです。ソル(旧暦1月1日)とともに韓国では最大の名節(ホリデーシーズン)とされています。

ええと・・いろいろあって、今回も姉と姪は家(日本)に来ることができませんでした。なにかあったのか?というと、それは、ま、ありましたけど、ブログとは関係ないことです。

韓国にいた時は間違いなく「それでは、日本に行ってきます」というエントリーを書いていたはずですが、今年のチュソクは録画しておいた映画やアニメを恐ろしいスピードで消化するシンシアリーであります。

そんな中、今朝の「ゲゲゲの鬼太郎」を見ましたが、呪いの手紙のアプリ版みたいなものが流行って、主人公が巻き込まれる内容でした。そこに、「人を呪わば穴二つ」という諺が出てきて、ふっと、「韓国にも同じ意味の諺があるのだろうか?」と思って、調べてみました。

 

(ここから「続きを読む」の後になります)

沈韓論でしたっけ?「汝、己をしれ」について書いたことがあります。

これはソクラテスの名言として有名ですが、実はギリシャの古い格言でして。神託(神様のお告げ)が聞けることで有名だった、デルポイにあるアポロンの神殿。その入口周辺にも、「汝己をしれ」と刻まれています。いまでは想像も出来ないほど「長距離移動」が命がけだった頃、古代ギリシャ。わざわざ遠くから神託を求めてきた人たちに「汝、己をしれ」と言っておく理由はなんでしょうか。

日本では神棚の前など神聖な場所に「かがみ」を置くことがありますが、それも同じ趣旨によるものではないでしょうか。考えてみるほど、興味が尽きないことであります。

 

様々な考え方ができますが、先の「人を呪わば穴二つ」に繋げて考えてみると、「汝己をしれ」は、「汝の願いは、自分が祝福されるためなのか、それとも誰かが呪われることなのか?その2つを同じだと考えてはいないか」という問いにも取れます。

さらに、ある古い本で読んだ話ですが、昔々、魔女と言われた人たちの間にも、同じ教えがありました。誰かに害を与えるための魔法は、3倍になって自分に返ってくる、と。かがみは反射するものです。祈りは、自分に帰ってくるもの。誰かを呪えば、その呪いは自分に返ってきます。

 

そういう教えを示す何か、例えば諺とかが韓国にもあるのだろうがと思って調べてみましたが、ヒットするものはありませんでした。「孔叢子」に出てくるという「罪を憎んで人を憎まず」は韓国でも普通に使いますが、それ以外は、これといってありませんでした。ただ、「自分の糞の匂いに気づかない(人の悪いところを言うまえに自分を直せ、という意味)」が・・本文の趣旨的には合ってるような合ってないような、微妙でした。

 

でも、諺を探している途中、面白いもの(面白くないけど)を見つけました。諺を現代風(どこがだ)に変えたものです。私は知りませんでしたが、2~3年前にはまとめた本が出るほど人気だったそうです。

例えば、「物乞いがドスンジの心配をする」という諺。これを現代風に変えるとどうなるのでしょうか。ドスンジとは都承旨のことで、昔の官職の一つですが、職位が高いわけではなく、大雨の日でも寒い日でも、朝早く出勤しないといけませんでした。物乞いがそれを見て心配するという諺ですから、「自分の心配しろ」という意味になります。それの現代風が、「ニートがブラック企業の社員を心配する」です。冗談ですから、面白ければ笑えばいいし、下らなかったら笑えばいいです。あ、どっちも笑いか。

「名筆(名筆家)は筆のせいにしない」の現代風は「バスケットボールは身長じゃなく心臓でやるものだ」。

「ペ(引くこと)もバク(押すこと)もできない」は「仕事に行くと殺したくなる、仕事やめると死にたくなる」。

「牛を失って牛小屋を直す」は「別れた恋人を検索してどうする」。

「うまく行ったことは自分の手柄、うまくいかなかったことは先祖のせい」は「うまく行ったことはノウハウ、うまくいかなかったことは不景気」。

「兄ほどの弟はない」は「1より面白い続編はない」。

「自分の糞の匂いに気づかない」は「私がやれが義理、他人がやれば非理」。

最後のは、本ブログでも紹介したことがある「私がやればロマン、他人がやれば不倫」にも似ていますね(笑

 

そんな中、こんなものがありました。

「ズェを憎んで人を憎まず」の現代風、「ジェを憎んで人を憎まず」。

罪はズェと読みます。ジェは、「あいつ」という意味です。発音が似ていますね。すなわち、「罪を憎んで人を憎まず」の現代風が「あいつを憎んで、他の人を憎まず」ということになります。または、「あいつ」は人のカテゴリーにも入らないから憎んでいい、という解釈もできます。

 

冗談で作ったものでしょう。本ブログで扱った洞窟の話とか、不安の話とか、そんなものとどことなく繋がっているように思えるのも、多分偶然でしょう。冗談にマジレスはしたくありません。

でも、時代は違えど、「人を呪わば穴二つ」の真逆の立ち位置にある言葉を見つけた気はします。

「人を呪わば穴二つ」の存在意味を完全に潰す言葉があるなら、それは、「人を呪え」ではありません。そんな言葉をすぐ肯定する人って、そういません。

でも、「そうです。人を呪うのはよくありません。でも、あいつだけは呪っていいですよ」というささやきには、負ける人がいるかもしれません。

冗談にマジレスしないといいつつ長文で冗談にマジレスして終わる、チュソクエントリーでした。

ではでは、明日また。

 

 

 

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“秋夕(チュソク)2018” への72件の返信

  1. お姉様と姪っ子さん、残念でしたね。

    お姉様の健康上の理由でないことを願っております。

    いつかまた日本に遊びに来られますように。

  2. >国産キムチおいしいですさん
    >汝己を知れと人を呪わば穴2つという格言箴言2つをなんで結び付けられるのかがまず理解できない。
    おそらく、シンシアリーさんは、「日本神道」についてはいくらか勉強されたと思うのですが、
    日本人に大きな影響を与えている「日本の仏教」については知らないような気がします。

    >でも、時代は違えど、「人を呪わば穴二つ」の真逆の立ち位置にある言葉を見つけた気はします。
    >「人を呪わば穴二つ」の存在意味を完全に潰す言葉があるなら、それは、「人を呪え」ではありません。そんな言葉をすぐ肯定する人って、そういません。

    そもそもこの言葉をシンシアリーさんがどういう意味の言葉で使っているのか?が気になります。
    アニメの地獄少女から知った言葉ではないでしょうか?
    【人を呪わば穴二つ】 他人を呪い殺そうとして墓穴を掘れば、その報いを受けて死ぬ自分の墓穴も掘らねばならない。

    まんまアニメの地獄少女のテーマですが(人を呪えば身を呪う=人を陥れようとすれば自分 にも悪いことが起こるという例え)です。
    「人を恨んだり、憎んだりしてはいけない」ではなく、
    「悪意を持って他人を傷つけようとする人は、自分自身もその報いを受ける」

    【人を呪わば穴二つ】に似た言葉は【諸刃の剣/もろはのやいば】でしょう。

    諸刃の剣は両側に刃がついているので、相手を切ろうとして 振り上げると、自分をも同じくらいの傷を受ける、危険性がある。

    どちらも「自分を傷つける、危険な行為ですよ」の意味です。

    【人を呪わば穴二つ】の反対の諺なら【情けは人のためらず】
    情けをかけると、相手のためだけじゃなく、巡り巡って自分にも恩恵が返ってくる。

    これらは、鏡ではなく、仏教の「因果応報」の思想です。
    全てのものには「原因、行い」と「結果」がある

    因果応報とは。意味や解説。人はよい行いをすればよい報いがあり、悪い行いをすれば 悪い報いがあるということ。

    日本神道には、地獄の概念がありません。
    アニメの地獄少女のベースは「日本の仏教の因果応報思想」なのです。

    1. どうもブログ主はギリシャの神殿で神託を受けることと日本の神社に願い事を祈願に行く事とを同種同類の事柄と考えてるのではないかと思われます。

      望みが叶うかどうかを知るために神に祈りその声を聞くのと望みを叶える為に神に祈るのとではあまりにも真逆なベクトルの行為だとは思うのですが。

      とはいえ確かに神社には運勢占いのおみくじが付き物なのでこりゃ混同するかもw

      まぁ単なる文化的背景の違いによる解釈の齟齬だとは思いますけどね。

      でもやっぱ自分の幸せを願うことと他人の不幸を願うことをナチュラルに同列に並べられるのはいかにもというかなんと言うかだなぁと。

  3. 汝己を知れと人を呪わば穴2つという格言箴言2つをなんで結び付けられるのかがまず理解できない。

    韓国人の願いというのは自分が幸せになる以上に他人が自分以上に不幸になることなのか?

    まぁ身内を日本に呼び込もうとするブログ主は結局韓国人としての業からは抜け出せないんだろうからしょうがないか。

  4. 「汝己をしれ」そして「鏡」
    これが自分自身と対面することを現していているのなら、誰もが通らなきゃいけない成長過程の大事なステップなのが興味深い。
    そして朝鮮の人はそのステップを経ているのか疑問だった(民族性を色濃く残しているなら無理だろうとも)。
    思春期の壁。

  5. あと、宗教の祭祀で使う道具と、人が日常で実用的に使うものとは、形も用途も異なります。

    三種の神器のうち、
    ●八咫鏡(やたのかがみ) は太陽を表す。だから丸の形であることが常用なのです。
    『古事記』では、高天原の八百万の神々が天の安河に集まって、川上の堅石(かたしは)を金敷にして、金山の鉄を用いて作らせた」と記されている。
    ですが、「平原遺跡」において出土した国宝に指定されている直径46.5cmの大型内行花文鏡は、八咫鏡そのものともいわれています。
    こちらは図象のみの大型の青銅鏡です。

    ●八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)は財宝、宝を意味します。勾玉は瑪瑙(メノウ)やヒスイで作られていましたが、当時は日本の技術のみのハイテク加工技術だったからと、古代ではヒスイの原石はほとんど日本のみで産出し、当時はまるでダイヤモンドのような希少性のある宝石であったからだそうです。
    天叢雲剣(あまのむらくもの つるぎ)別名草薙剣は、八岐大蛇の体内から出て来た宝の剣で、
    敵を斬る為の武器というよりも魔法のつるぎです。
    この剣をふると、風雲雷雨が起きて、天候が自分に味方し、敵から守ってくれる。

    日本神道における古代の神具は
    古事記や日本書紀に色々と書かれているので、現代の価値観や感覚では推し量れないと思えます。

    神代(かみよ)の時代(日本神話では、天地開闢から神武天皇の在位するまでの時代(紀元前660年以前)のことをさす)は、
    魔法も呪い神も化け物も、人が本気で信じていた時代ですから。

  6. >日本では神棚の前など神聖な場所に「かがみ」を置くことがありますが、それも同じ趣旨によるものではないでしょうか。考えてみるほど、興味が尽きないことであります。

    それは違います。古代の鏡は銅鏡といって、
    銅板を磨いたもので、光は反射するけど
    己の顔は、現在のガラス製の鏡ほどには映りません。
    天体はよく映るけど、人面はよく映らなかったそうです。
    銅鏡には魔鏡と呼ばれるものが多く、肉眼では判別しにくい凹凸があって
    特定の角度で光を反射すると、絵柄がでてくる仕組みになっていたそうです。
    古代の銅鏡は文様がある方が凹面で、裏の鏡の面が凸面なので、人面を見ると豚鼻になるそうです。
    古代ではあくまでも太陽の鏡として崇拝していたのです。
    で、奈良時代から平安時代(8世紀〜11世紀)頃に、平らの銅鏡を作る様になって
    宗教的な祭器から、実用的な人面を写す現在の鏡と同じ使い方をしたそうです。
    日本の中世の銅鏡ならば、よく顔が映ったそうです。

    1. 銅鏡だと「魔鏡」もありますね
      古墳時代の三角縁神獣鏡で魔鏡の現象が確認されているそうです
      隠れキリシタンがマリア像を浮かび上がらせたとか

      世界の反射式望遠鏡は「大双眼望遠鏡」アリゾナに8.4m×2
      日本の「すばる」ハワイに8.3m
      鏡も色々

  7. >うまく行ったことは自分の手柄、うまくいかなかったことは先祖のせい

    韓国左翼紙による現代訳:
    「経済の好転はお月さま、経済の悪化は積弊」

  8. 「人を呪わば穴二つ」は正確には「人を呪わば穴二つ掘れ」で
    本来は人を呪うならその呪いが返される覚悟をしろということなんですよね。
    平安時代の陰陽師が相手を呪う時にその呪いが返されることを考えて
    自分の墓穴も掘ったというのが語源だそうです。
    当時の呪(シュ)というのは必ずしも「のろい」ではなく
    力ある言葉を口に出して敵を倒す→言葉で相手を物理的に傷つける
    ということから悪い意味の言葉になったようです。
    言霊信仰のある日本ならではな気はします。
    そういや韓国にも呪い返しとかって考えはあるんですかね?

  9. 人を呪わば穴二つ。確かにその通りです。
    いい事なんてなにも無い。
    しかし、例えば学校で受けた理不尽なイジメで苦痛を受けた方は立ち直るために途方も無い努力を必要とします。
    一方、イジメた方は「あの時は未熟だったから」とこれからはそんな事はしないと決意しそのように行動する人もいるでしょう。こちらには立ち直るための努力はさほど必要ではない。
    例えばの話をしましたがもちろんイジメの話と韓国の歴史がイコールではありませんし、ねつ造や歪曲、事実を時系列に沿って考えることも出来ない人たちに同情の余地などない。
    恨みが身に付いたら振りほどくのはなかなか厄介です。たとえ受け入れ難い事実でも勇気を持って受け入れないといいことなんてなにも無い。それどころか自らに降りかかる災難となって現れるでしょう。

  10. >なにかあったのか?というと、それは、ま、ありましたけど、ブログとは関係ないことです。

    こういう一言って、読者は普通に心配するよね(*´∇`*)
    余計な〜とは、思わないけど、関係ないと思うなら書かない方がアレコレと心配せずに済むと思ったりする。

    1. 「人にはいろいろあるんだろうなくらいで
      片付けて、それ以上他人に干渉するのは野暮
      と言うもの。」と、江戸っ子の婆ちゃんに
      よく言われたなあ。

      1. みっちゃんさんの言っているのは、余計なことは書かなけりゃいいんじゃないの、ってことで詮索するのは野暮というのは指摘がズレてますね。詮索してないし。

          1. 誘い受けっていうか、普通「何があった」って言われたら、干渉する気も詮索する気もないけど、やっぱり心配はしちゃうでしょ?
            ちょい前に、お姉さんの体調が良くなかったとかあったし。
            そんな、別に絶対ダメだ!とか、そういう事じゃなくて、やっぱり他人に心配掛けたくないじゃん!程度の意味だと思って下さいな。
            勝手に心配しちゃうだけなんだけどね(´∀`)

          2. 何があったじゃなくて、何かあった。だよ。誤字だらけだよまったくw
            ちなみに、どうしたの?何があったの?とか、聞く気は無いですよ!
            言わなきゃいけない事なら、シンちゃんも言うだろうしね(//∇//)
            まだ、言う時でない。
            または、言う気がないなら、書かなくていいんじゃね?って思っただけだったりして。
            こんな反応あるとは思ってなかったw

    2. シンシアリーさんのは
      「奥歯にものが挟まったような言い方」。
      ということですね。
      元歯医者だけに。

      なので、余計気になる。
      最初から言わなきゃよかったのにー。

      だと思います。

        1. コメ数多いから気付かないんじゃないw
          それもたま、仕方ないことよ(^-^)
          種さんもだけど、分かる人にはちゃんと意味が伝わってるんだから、それで良いと思うことにするよ( ´∀`)

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