文在寅政権と臨時政府の共通点・・「民主主義」の前に『自由』の字が無い

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1919年を3月1日に「政府ができたから」という理屈で3月1日を建国した日だと主張している大韓民国ですが、実は臨時政府の樹立記念日というのが別にあります。いままでは4月13日とされていましたが、なにか資料が見つかったそうで、「実は11日でした(テヘッ)」ということで、今年から4月11日となりました。

で、韓国大統領付が、今年の4月11日を「臨時政府樹立記念日」として、臨時の祝日(公休日)にする、とのことです。

 

(ここから「続きを読む」の後になります)

<・・奪われた領土のあちこちで自主独立を宣言した万歳運動が起き、3.1万歳運動の精神は、4月11日、上海臨時政府樹立に繋がりました。国号を「大韓民国」と定め、「大韓民国は民主共和制とする」は、臨時憲章を公布した日です。

ムン・ジェイン大統領も2017年12月に「(憲法は)臨時政府の法統を継承するとそのように明示をしています。臨時政府樹立を大韓民国の建国に、建国の始まりだと見ています」と話しました。

青瓦台(※大統領府)が、今年の臨時政府樹立の仕事を一時的公休日に指定する案を推進することにしました。

3.1運動と臨時政府100周年を迎え、大韓民国の根は臨時政府という点を明確にし、無駄な建国節論争を終結させるという意味を込めました・・>

https://news.v.daum.net/v/20190220193041145?rcmd=rn

 

さて、どうでしょう。

臨時政府もまた、「自由民主主義」とは言っていません。臨時政府の綱領(規定)を見ると、「社会各層の知力と権力と富力の所有を均等にして国を振興し、太平を保全、維持」、「(私たちの国の土地制度は)私有制度を国有に還元しろという土地革命である。我が国は、昔の規則と新しい法を考慮して土地制度を国有に確定したものである」、「(臨時政府の独立宣言は)新しい民主制度を確立し、社会の階級を無くす第一歩の着手であった」となっています。

1945年12月17日の東亜日報より

 

皆さん、ご存知でしょう。北朝鮮も「民主主義」を主張していること。しかし、「自由民主主義」ではありません。現文在寅政権になってから、韓国の憲法から「自由民主主義」を「民主主義」に変えようとしている件も、前にお伝えしました。

韓国の憲法から「臨時政府」関連を消した人は、いままで朴正煕氏だけです(全斗煥大統領任期末に、いわゆる民主化勢力の猛攻で、復活しました)。朴正煕氏への評価は人それぞれだとしても・・なぜ彼が臨時政府を消さなければならなかったのか。すこし、わかる気もします。

 

 

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76 Replies to “文在寅政権と臨時政府の共通点・・「民主主義」の前に『自由』の字が無い”

  1. 日本への劣等感に囚われている限り、彼らの心が自由を感じることは永久にないだろう。そんなことにも気付かない愚かな者たち。

  2. 私は、朝鮮人は「精神は自由」なのだと思います。
    そうでなければ、ここまで自分に都合よく考えることはできません。
    ここまで、人の迷惑も考えずに、自分勝手の振舞うことはできません。
     余りに多くの人達が自由に自分勝手に考えて振舞うので、権力者が従わないモノは許さないとして、粛清するのではないでしょうか。
     即ち、強権的な独裁政権でなければ、統一が保てないのは、国民の大多数がね自分勝手に考える自由を満喫しているからであると、私は思います。

  3. 余りに惨めな歴史隠蔽、ファンタジー歴史固定化画策
    日本には〝民主〟の無い自由党が…恐らく〝市民〟なんでしょう

  4. 朝鮮民主主義人民共和国は別に民主主義ではないし、自由という言葉が入っていても実態がそうでないのなら、なんら価値のあるものとは思えません。
    法律も約束も破るのが賢い人、偉い人とされる国の言葉になんの価値があるのでしょう。

    ただなんとなく、削られた自由は民主主義よりも経済のほうにかかっているのではないかと。いろいろ統制してキレイな韓国にしたいのではないですかね。実態は泥水ですが。

  5. 彼の国では、「自由」という言葉のイメージが結構悪いんじゃないの?
    「自由」が国民にとってどれだけ貴重で、使いこなすのがどれだけ難しいか、朝鮮半島人民のレベルじゃ理解するのはまだ無理でしょう。
    漢字を撤廃してしまったものだから、そういう抽象的な学術用語や文化用語の放棄・喪失に余計に拍車がかかる。

  6. 「金独裁」の北
    「文独裁」の南

    このまま統一すると「金文の時代」になりますね。
    だいたい2,300年ぐらい前。

    1. 年年歳歳花相似    年年歳歳 花相似たり、  
      裁裁年年人不同    裁裁年々 人同じからず

      (大意)
      年ごとに咲く花は変わらぬが
      年ごとに花見る独裁者は変わってゆく

      1. 空言全盛厚顔子
        應憐半死白頭山
        (大意)
        面の皮の厚いやつらが、空言を言い募って今を盛りのつもりでいるが
        まさに憐れむべきは、白頭山をいただく民族が半死状態であることだ

        1. 韓人無復漢城都     
          鮮人大笑落花風   
          (大意)
          昔ソウルで花に興じた人が帰って来るところはもうない
          北の人々の笑い声に花は舞い、そこにはただ風が吹いているだけ

          by ボブ・ディラン

        2. とろいや 様
          <空言全盛厚顔子、應憐半死白頭山>
          反日の為、日本語由来漢字を総てた
          表音文字のハングル愚民には、チンプンカンプンで、
          まったく理解できません!
          両親が命名してくれた名前すら、書けない「機能的文盲」ですから、それが、ソウル大学の学生の半分が、「機能的文盲」ですよ!漢文、漢詩など、理解するはずがありません!

          1. 私たちは、ソウルに向けてコメントしてるわけではなくて、
            詩文のパロディを交換して遊んでいるだけなのです。

            この遊びを、韓国の人たちが理解できなかろうが、知った事ではありません。
            漢字を読めない人たちと、この遊びとは、元々関係ないので、心配ご無用。

  7. 私の理解では、

    1 大韓民国は、1948年に新たに作られた憲法を作り、新たに作られた大統領職に李承晩を選出した。すべてが新しい制度だ。大韓民国臨時政府とは全く関係ない。

    2 大韓民国臨時政府は、かなり左翼的だ。当時の朝鮮独立運動家も、かなり左翼的だ。共産主義を利用した民族独立運動家だったと思う。毛沢東・ホーチミン・ポルポトも同様であろう。

    3 民主主義と自由主義は、本来は別のものだと思う。王権から権力を奪うのが西欧の民主主義で、民主主義に基づいて市民革命を行った。ロシアでは共産主義に基づいて王権から権力を奪った。なので、フランス革命とロシア革命には似た側面がある。
     自由主義(本来の意味でのリべラリズム)は、国家からの統制を減らして個人の意思決定に委ねようという思想。これは、民主国家に対しても主張できる。普通は、民主主義の前提として自由主義が必要である。
     共産主義の場合は、表向きは自由主義を標榜したとしても、実態はそうではない。共産主義は独裁制であるから、体制批判の自由は決して認めない。この点は、右翼の独裁(ファシズムを含む)とも共通である。

    1. 民主主義には、国民に自由(権利)があるという自由主義の面と、国民に他の国民の自由(権利)を制限する権利があるという面があります。

      完全に自由だと、人々の間で互いの自由が干渉して争いになります。だから、ルール(法)を設けて互いの自由を制限しなければならない、というのが社会の基本だと思います。

      日本のようなある程度価値観が似通った人々しかいない地域では、その「法」の根拠を慣習とすることができます。「法」は古来からのルールを明記したものに過ぎません。だから「法」の制定者といえども「法」に従います(法の支配)。古来からのルールはみんなで作ってきたものなので、民主制との親和性があります。

      ところが、異民族をまとめなければならない地域においては、「法」の根拠を慣習にすることができません。この場合、支配者の理想と権威を「法」の根拠として従わせるしかありません。「法」は支配者の命令であり、支配者はそれに従う必要がありません。

      さて、どちらの社会でも互いの自由は制限されているわけですが、環境の変化などでそれが理不尽だとみなが考えるようになると、後者の社会では自由を求めて反乱が起こります。(前者はルールを変えればいいだけ。)
      特に経済的自由権が制限されている(税金が高すぎる、富を搾取されている)と考える状況においてそれが起こります。
      でもって、支配者を倒すと革命が成功するわけなのですが、そうなると一番最初に戻ります。互いの自由が干渉して混乱が生じます。(当たり前だろと、イギリスはフランス革命をバカにするわけですが。)

      フランスは前者の社会を経験しているので、ナポレオンが出て国民国家(民主主義)に向かうことができました。
      ロシアや中国は後者の社会だったので、元に戻りました。
      支配者の理想が共産主義という理論になったことで(その理論を最も正しく理解している者が指導するという建前になったことで)、その独裁が強化されてしまいました。血統主義なら政策への批判は許されますが、理論による政策への批判は権威そのものを否定するので許されなくなりました。

  8. 「自由」なんて入れない方がまだマシですよ。

    日欧米先進国なら、自由には自己責任が付随するのは当たり前です。
    でも、韓国の自由は「赤ん坊の自由」でしょ。責任を負わずに好き勝手にできるのが韓国の自由。

    民主主義も全く同じ。国民に全ての権利があるなら国民が全ての責任を負うしかない。独裁国家は、独裁者に全ての権利があるから独裁者が全ての責任を負う。他者の庇護下に入って責任から逃げたら、権利は庇護者のものになる。

    この全世界で(おそらく群れを作る動物にも)理解されていることが朝鮮においては理解が怪しい。シンシアリーさんでも怪しい気がする。

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