1938年朝鮮半島の営業税納付額、上位25%の52%は朝鮮人

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2月のものですが、訳したついでに更新しちゃいます。イ・ヨンフン教授の「韓国経済史」からの引用となります。

1930年代の話になりますが、当時の「営業税」は国税の一種で、簡単に言えば営業収益に対する税金でした。

朝鮮半島で営業税をたくさん納付した人となると、それは朝鮮半島で相応の営業利益を出していた、いわば「稼げるビジネスマン」だったと思っていいでしょう。

1938年、朝鮮半島の営業税(営業税納付額)を見てみると、上位10%は日本人だったことがわかります。しかし、上位25%まで範囲を広げてみると、なんと、半数以上の52%の納税者が、朝鮮人でした。

 

(ここから「続きを読む」の後になります)

<・・民族間の所得分配に関しては、データが不足して詳細に知るのは難しい。経済成長が日本人の主導で行われただけ、朝鮮人の分け前は相対的に小さくなったものである。農村人口の多くは農民であり、日本人地主の土地はますます多くなった。

都市部に関しては、京城で営業税を納付した商工人を母集団にして営業税の大きさ(※納付額)、民族別区分(※日本人なのか朝鮮人なのか)、資本形態、業種などの相関関係を分析した研究がある。資本形態は、個人か会社かの違いをいう。営業税の格差を発生させた主な要因は、資本の形態と業種の違いであった。資本形態が会社でありながら、製造業と土建業に従事する場合、所得が最も高かった。意外なことに、朝鮮人か日本人かの民族の要因は意味がなかった

 

要するに民族間の所得分配が悪化したのは、日本からの製造に従事している会社形態の大資本が流入したことが最大の原因であった。日本人営業者の25%が会社形態だったのに比べて、朝鮮人、営業者のそれは9%に過ぎなかった。朝鮮人は、資本と技術の不足で製造従事者の割合が低かった。

民族間の所得分配が悪化したからといって、朝鮮人の所得水準が低くなったわけではない。全国範囲の営業税納付者のうち、朝鮮人の割合は、1930年64%から1938年に72%に増加した。営業税納付者の上位25%の朝鮮人の割合は42%から52%に増えた。問題は、上位10%以上の最高所得区間がまるごと日本人だということにあった。日帝下の経済成長の果実がすべて日本人だけのものだったと主張するのは、聞くにはそれっぽいかもしれないが、実際の歴史とは距離がある・・>

https://news.v.daum.net/v/20190208171901970

 

資本とか土地とかの話は、日本人と朝鮮人に差があって当然でしょう。「資本が日本から入るしか能がない」から朝鮮という国が併合されたのです。

都市部といっても、併合から30年経った時点で、営業税上位25%の52%が朝鮮人だったとすると、それは朝鮮人たちにとって言葉に出来ないほどの恵みの雨だったと言えます。

 

余談ですが、2009年の、韓国の所得税(総合所得税といいます)データによると・・総合所得税の納付額で上位10%の課税者は、全体課税者の7.17%になります。この7.17%の人たちが、2009年韓国の総合所得税全体の85.5%を払っています。上位20%までの課税者は全体課税者の14.34%になりますが、この14.34%の人たちが2009年韓国の総合所得税全体の約93.6%を払っています。

データとして比べるには無理がありますが、1938年の「民族間の格差」より、2009年の「甲乙間の格差」のほうがよっぽどヒドイ気もします(笑

 

 

 

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44 Replies to “1938年朝鮮半島の営業税納付額、上位25%の52%は朝鮮人”

  1. 財閥の問題はIMFで外資に乗っ取られてもまだあるんでしょうね。
    大企業と中小企業に賃金格差がかなりありますし。
    私はDaehoun AnというYoutuberが最近お気に入りですが、彼が言うには、「日本の方が格差社会」「日本では慶応のような一貫私学があり階級が違うと一生接点がないこともある」 「一方韓国は兵役で全国民が同じ釜の飯を食う」という意見でした。

    彼は高麗大、ソウル大を出てみずほ銀行で働いたエリートですが、一理あるものの韓国の所得格差は否定できないのではないでしょうか。

    兵役は医者歯医者なら軍医、公衆保健医で済ませることができるわけですし、財閥の子弟は兵役逃れしてませんか?
    学校関連でも不正入学はあるはずですし、An氏の個人的な意見としても納得がいかないところでした。

  2. っていうか、朝鮮総督府ができるまで、この種の統計データを国が収集するなどという発想も方法も、自分達じゃ全然できなかったということに、気付けよ。

  3. こういった資料は、例えば台湾はどうだったのか、ドイツに併合されたオーストリアはどうだったのか、ベルギーはどうだったのかとか、また仏領インドシナ(ベトナム)はどうだったのか蘭領東インド(インドネシア)はどうだったのか。英領ビルマやシンガポールの状況はどうだったのかという同時期の「併合されたところ」と「植民地だったところ」と比較することでの日韓併合の本当の価値がわかるんだと思うんです。

    今の反日に支配されて目や脳が曇った韓国人たちに説いても一切理解されることはないでしょうが。

  4. 何となく

    (・∀・)地主とか小作人とか出てきていますがw
    minaQさんのブログを見れば
    そんなレベルの状況では無かった言う事が
    良く分かりますよ
    当時の小作人でさえ
    超超高級市民だった訳ですからねぇ……

    1. 日本の地主は不在地主、自分で耕作するわけではありません。プランテーション的な大規模農場経営です。

      細川護煕の祖父の代、細川公爵家は明治37年日露戦争中、日韓議定書が締結されるや否や朝鮮に進出開始して朝鮮農場を設立、全羅道で最終的に2000町歩の大地主にのしあがった。
      群山から輸出された朝鮮米の利益は、地元熊本での収益も上回ったといいます。
      日本では地租改正後、税金を金納出来ない農家が小作人となり、大地主化が進んで彼らが資本家になって行ったといいますが、日本の地主と朝鮮の地主では資金力が違った。

      熊本でも1500町歩の大地主だったから、日本でやったことを朝鮮でやっただけとも言えます。
      しかし朝鮮の土地は朝鮮人の物であるべきだと思うのが自然ではないでしょうか。

      1. > しかし朝鮮の土地は朝鮮人の物であるべきだと思うのが自然ではないでしょうか。

        国土の一部として併合しちまったんだから、朝鮮人の土地も日本人の土地も原則として区別はなかった訳だ。同じように、朝鮮人が、日本の土地を買収したり、(終戦直後のドサクサでは)不法に収奪した例もたくさんあった。
        「朝鮮人の土地は朝鮮人の物であるべき」という考え方に立脚するなら、そもそも併合という方針はあり得ない。昔の事実や歴史を否定したってしょうがない。それ歴史を直視できない韓国人の考え方だから。

        1. 朝鮮の日本人地主は日韓併合前に既に進出していて、彼ら居留民や既得権益者が権利保護を求めて日韓併合を歓迎したという面があります。

          相手国が弱体化したどさくさで土地というナショナリズムを喚起しやすい定着物を買い占めて、自ら耕作せず農場経営をするという行為は良い印象でないことは確かです。

          1. > 相手国が弱体化したどさくさで土地というナショナリズムを喚起しやすい定着物を買い占めて、自ら耕作せず農場経営をするという行為は良い印象でない

            そんなの、今でも、現代日本人が米国大都市の優良不動産を買い取って収益を上げたり、日本の農業法人に外国資本が出資したり、日本の優良な水資源山林を中国資本が買い占めたりするのと同じじゃん。海外資本に国内不動産へ投資されるのが嫌だったら、独立国として鎖国政策を取るか、あるいは何らか法的制限をかけるより他に手はない。
            明治期の、帝国資本主義が勃興してくる時代に乗り遅れて、国として独自の開国と運営ができなかった弱小国は、ツイてなかったとは思うけど。
            起きてしまった過去のことはどのように評価しようが変わらない。いくら非難しても無かったことにはならないよ。

      2. 併合が1910年だろ
        ブラジルへの本格的な移民が始まるのが1908年

        半島への入植の条件は、決して「安易」なものではなかったんだろ
        だから、わざわざ、南米のジャングルを選ぶ人の方が多かった

        土地の買取の話をすると
        当時の日本人の金貸しは、キムチを漬け込む時期の直前に半島に渡った。
        朝鮮人は家の敷地にキムチ壺を並べる伝統があって、借金をしてまでもキムチ壺を並べた。
        壺は居間や客間からよく見える場所(盗まれないように)で、壺の数がその家の裕福さ、格を表していた。
        だから、簡単に朝鮮人の土地は手に入ったみたいだよ

        1. 併合前の朝鮮の水田は日本の1/10以下の価格で売られていたようです。
          しかも収益/土地価格の利回りが日本よりずっと高い。

          利回りの良い土地の価格が割安であり続けた理由はわかりませんが(困窮した売り手が多かったのではないかと)、朝鮮の水田価格は日本の水田と比べて昭和6年でも2割、昭和12年でも4割程度で、一貫して日本より安くて利回りが良い儲かる物件だったようです。

          土地買収の方法は、村落の有力者を通して土地を売りたいものを募り、応じた者は土地所有の証明となる文記を書き換えて終わり。

          本来外国人に売ることは禁止されていたが、事実上有名無実となって売買されるようになり、統監府時代に所有権を確立する法律が出来て追認されたということです。

          朝鮮の日本人大地主はほとんどが併合前に地主になっているので、その時代が簡単に売り買い出来たビジネスチャンスだったのでしょう。

  5. シンシアリーさんは忘れていますね。
    日本人と朝鮮人は対立概念ではありません。対立するのは、日本人&親日派朝鮮人(ナム)と朝鮮人(ウリ)でしょ。
    だから、

    納税者の上位25%の52%の朝鮮人=日帝に協力して同胞を搾取していた親日派

    韓国人はこう思うに決まっています。
    そして、完全に間違っているわけではおそらくありません。
    日本本土ですら政商の問題が大きかったのですから。

  6. シンシアリーさんだけでなく、小さな工場を経営する親族がいて植民地時代は富裕層だったという方結構おられますね。
    営業税上位25%以下なら、朝鮮人の零細事業者は山ほどいたでしょう。
    斗山グループが未だ残ってますしね。

    問題は、日本人は永久併合のつもりで永住するつもりで朝鮮に渡って行ったということです。
    日本人は朝鮮の農地を購入して地主になることができたし、100%日本資本で投資ができた。
    今も東南アジアでは自国民産業保護のために外国人の土地所有制限があり、外資が会社を作る際には51%が自国資本でなければならないとか、色々規制があります。

    実際1910年に会社令が出来た時には日朝合弁で起業することが多かったわけですが、朝鮮の農地の買い占め(併合前から日本人が投資として買い占めていた)を容認したことは失敗だったと思います。
    売るものがいて、買うものがいる。だとしても日本人が朝鮮で小作料を取る大地主になったら朝鮮人にどう思われますか。

    朝鮮で公共事業が行われるようになれば、それを目当てに日本企業が渡っていき、日本企業で経験を積んだ朝鮮人が新たに土建会社を起業するといったこともありましょうが、大資本と技術の必要な製造業ともなると100%日本資本であって、いくら製造業が発展したとしても自分達の手による発展ではないとそれは韓国人は言うでしょう。

    1. 土地も、ただの土地では肥沃な農地にはならないんだよ。

      「東洋拓殖株式會社」を作り
      灌漑やらで農地改良し、肥料や種子を提供しながらの農業指導をし、適正価格で生産物を買い取ってやらないと。
      当時の朝鮮の農地が著しく生産性が悪いのは誰でも知ってる事でしょ。
      日本人が入植をしたおかげで、多くの土地改良が進み、最新の農業技術が伝搬した。
      今の韓国のコメの品種はすべてが日本から。半島独自のコメの品種はすでに存在すらしない。
      日帝時代に半島の農業レベルが著しく発展を遂げたのは事実なんだが・・・・
      彼らの妬み恨みはどこまであるよ。
      彼らは「恨の民族」なんだから。

  7. >要するに民族間の所得分配が悪化したのは、日本からの製造に従事している会社形態の大資本が流入したことが最大の原因であった。

    ムン派「要するに、日帝支配があったから民族間の所得配分が悪化したんだろ?やっぱり日帝の所為だ。イ・ヨンフンも認めたな。それに、25%の52%が朝鮮人と言っても、彼らの納めた税金は日帝に収奪されたんだろ?やっぱり、収奪支配だ!」

  8. 併合後10年間は無税の特権でしたしね
    1919年の3.1暴動も特権廃止が遠因でしょ。

    1. そうなの?あまりしっくりこないけど、可能性大ならおもしろいね。

      1. 名前が無いので「創氏改名」でしょ。
        まともな戸籍も無かったから
        多くの朝鮮人が戸籍上で管理できていないんだから
        10年間の徴収免除は仕方がないよ。
        半島自体が貧しかったから関税等も免除されて優遇されていたし
        1919年になって、翌年から重税が課せられると噂が流れての3.1暴動。(この辺ところは、韓国側の資料にもほとんど出てこないけど、少しは出てくるよ)

        併合前は奴隷制みたいなもんで、
        日韓併合で「奴隷解放」、解放された連中にとっては税も払わなけくて良いパラダイスみたいな時代があったんだろ。
        両班からしてみれば、併合で財産(奴隷)を奪われ、没落していくわけだから、多くが抗日活動家、独立運動に
        以前の奴隷制度の朝鮮に戻したかったんだろうな。

      2. > 名前が無いので「創氏改名」

        正確に言うと、自分達自身で相手を呼び合っている時の「呼び名」は当然あった訳ですけれども、一般国民の大部分が文盲で字が書けないものだから、その「呼び名」を文字として記述する方法がなかった。なので、日本風の姓名を新たに名乗ることを許し、それを戸籍に登録したということです。
        実際に手続きを開始してみると希望者続出で行政手続きが追いつかなかったくらい。それどころか、元々の朝鮮姓を持っていた両班階級まで(皇国民になりたくて)我れ先にと創氏改名へ走った。
        当然、朝鮮姓名を貫いた(反日ではない)民族主義者もいたし、その存在を許されてもいた。軍隊内部の高級将校でさえもね。
        決して強制した訳じゃないのに、それを今頃なんだと言うのか。
        歴史的事実を正視しない民族に未来はないですよ。

  9. 今の韓国見てると、同じことの繰り返しなんだろーなって思うな。
    経済失敗してIMFのお世話になった国。

    朝鮮を併合した理由って、当時朝鮮が経済失敗してロシアに借金しまくって、どうしようもなくなって日本にお願いしたってわけでしょ?
    当時IMFなかったし、どっかの物になるしかなかった(国がカラダで返せよって時代)中で、朝鮮の共産化をヨシとしなかった日本とかアメリカとかイギリスとかの思惑でそれを了承した。

    日本の侵略だーなんだーって騒いでる韓国人いっぱいいるけど、結局今の状態と同じ(日本の併合で奴隷解放されて韓国全体が両班になったような感じだし)

    経済の失敗で併合(韓国人曰く植民地)された、戦って敗れたとかじゃない情けない国が韓国で、それを現代にいたるまで繰り返してる(IMFがどっかの国との併合の代わり)情けない国が韓国なんじゃないかなぁ。

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