和には道徳があり、情(ジョン)には道徳が無い

ツイッター経由でいらした方々、コメント欄や「いいね(曇るね)」ボタンが無いなど、スマホやタブレットなどモバイル機器での表示に何か不具合があった場合、ここをクリックしてください

 

韓国は、日本のことで「和」という表現は使いません。なぜなら、韓国語では「和」は「和睦」として認識されるからです。だから日本を表す表記としては、いつも「日」です。単に国名の前の字を使っているだけです。

唯一、和式トイレという表現だけが残っていましたが、その言葉もいまでは使わなくなりました。

和という字を避けて日本を考えるのは、なかなか難しいことです。でも、韓国じゃどうしても日本と「和」を繋げようとしません。

 

(ここから「続きを読む」の後になります)

日本が「和」として表現されることを、韓国は許しません。韓国が反日(抗日)から生まれた国である以上、反日というものが「日本が悪であってこそ韓国が善」になれる構造の幼稚なものである以上、韓国は日本と和睦の関係にあってはいけません。悪であるべき存在と、善であるべき存在が和睦にするわけにはいかないのです。

 

ただ、これもまたすべての反日思想がそうですが、劣等感の現れもあります。ここからはかなり邪推入っています。

韓国人が「韓国は~~だから素晴らしい国だ」とするものは、実は韓国ではなく日本にあり、韓国人が「日本は~~だから悪い国だ」とするものは、実は日本ではなく韓国にあります。いつだったか、「韓国は、日本というブランド品が欲しい。でも買えないから(≒日本になれないから)怒る」と書いたことがありますが、それも同じ趣旨です。

 

韓国人が「民族情緒として素晴らしいもの」としている「情(ジョン)」なども、理想と現実がかけ離れているのは周知の事実。実際のジョンは、単にウリとナムを分け、ウリを違法行為からかばい、最終的には「貸し借り」関係になってしまう、人を縛る道具になってしまいました。

それでも、いまでも韓国人は「情は素晴らしい!」と主張します。どこがどう素晴らしいのかと聞くと、「うまくいえないけど、そのおかげで社会に和睦があふれる」という趣旨で答えます。

ここでいう「和睦」ですが、大まかな意味ではありますが、実は、それも日本の「和」にはあって、韓国の「情」からはなかなか見つけることができません。なぜなら、日本(和)には道徳があって、韓国(情)には道徳が無いからです(同じ名称の別物ならあります)。

 

韓国社会は「上下の厳格な適用こそが道徳」だと信じられているため、情も和睦も、結局は上下関係に帰結します。韓国人がもっとも和睦であるべきだとする家庭(家族)からしてそうです。一部の外国人ジャーナリストから「家族こそが韓国の上下関係の始まり」という指摘が出ているのも、そのためです。儒教思想の影響があるのも一因でありましょう。

でも、結局は「甲乙」になってしまうのが韓国人の上下関係。韓国人の道徳も結局は甲乙の確立になってしまうため、その中に、和睦はありえません。韓国人の理想の中では、確かに韓国にあるはずなのに、実際には韓国には無く、日本にはあります。

 

そこから目をそらしたいのか、それとも誰かの目をそらさせたいのか、韓国人は日本のいう「和」から、本来の意味とは全然別のことを主張します。

「『昭和』に和があったから、戦争のことが心配だ」とか。「和は排他的なものだ」とか。「和は島国根性の負の側面だ」とか。「日本人は黙って上に従うことを和と言う」とか。

 

ヘンリー・S・ストークス氏の『日本が世界から尊敬される本当の理由』という本を読んでいますが、その中に「日本で言う道徳は、欧米でいうモラルとは違う」「感謝の気持ちこそが道徳の根本」という内容がありました。

和は尊重無しでは生まれず、尊重は「有り難い(感謝)の気持ち」無しでは生まれないと書いたこともあるし、私は「あ、それすこし分かります(・∀・)」とつい声を出しました。

韓国社会に、和はありません。だから韓国は「日本には和は無い」と言います。日本という国を表すときにも、和の字は絶対に用いません。

 

 

 

以下、ドール写真がありますので苦手な方はご注意を。

間を置きます。

間間

間間間

間間間間

間間間間間

間間間間間間

間間間間間間間

 

 

 

 著書関連のお知らせ ♨

※書籍のリンクはAMAZONページとなります(アフィではありません)※

・新刊「なぜ韓国人は借りたお金を返さないのか~韓国人による日韓比較論~」が2月10日に発売です!韓国には無かった、平等という価値観。それこそが、日本人とお金の間の共存関係に妙な品位を作り出していること、皆さんはお気づきでしょうか。

・新刊「人を楽にしてくれる国・日本~韓国人による日韓比較論~ (扶桑社新書) 」が3月2日に発売です!姪の病気の話を聞いたときの、私の「中」の動揺と、そのときに、私が思ったこと。その中で気づいたこと、私が書きたかった「楽」という言葉の真の意味などを考察し、大幅な追記を加えました。他の本に比べて、日本に来て私が感じた「神様」関連の話が多くなっています。

・新刊<「徴用工」の悪心>が、発売中です。韓国で言う「強制徴用問題」は、歴史問題ではなく戦後国際秩序の問題であり、善悪論ではなく国際法の合法・違法で語るべき問題であります。韓国のいう良心とは、日本への悪心(害を及ぼす悪しき心)です。ぜひご一読を!

・他にも韓国の反日思想に対する考察をまとめたシリーズがございます。それぞれ、重点を置いた部分が違います。今までのシンシアリーの拙著については、書籍紹介ページをご覧ください。

・シンシアリーはツイッターをやっています。他のSNSはいまのところやっていません。ほとんどが更新報告ですが、たまに旅行先の写真をツイートする時もあります。よかったらチェックしてみてください。https://twitter.com/sincereleeblog

170+

179 Replies to “和には道徳があり、情(ジョン)には道徳が無い”

  1. へー

    ttp://news.chosun.com/site/data/html_dir/2019/04/25/2019042503865.html
    >鎖国を命じる斥和碑が朝鮮八道のあちこちに建てられたのは1871年辛未洋擾直後だった。

    ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%A5%E5%92%8C%E7%A2%91
    >洋夷侵犯 非戦則和 主和売国(洋夷侵犯するに戦いを非とするは則ち和なり。和を主するは売国なり)

    「和」のニュアンスが日本と韓国とは違うみたいだね。

  2. 「上下の厳格な適用こそが道徳」

    それはもはや「道徳」では無く韓国的な「何か」で当てはめるのは無理があるでしょう

    1. いや、そうでもないでしょう。
      むしろ「上下関係を重視しない道徳」の方が、近代、特に戦後民主主義とともに広まった考え方だと思う。
      戦前ならば、「上下の厳格な適用こそが道徳」という考え方に賛同する日本人もかなり多かっただろうと推定します。

  3. >>ノブスケさん

    >シンシアリーさんへ
    >日本人、特に武士がなぜ腹を切ってきたのか、その理由がわかりますかね?
>”切腹”は日本人の思考のベクトルを理解する上で、とても分かり易い対象です。日本人も理解している人>は少ないかもしれませんので、誰かの意見を参考にするのではなく、自分の頭で考えてください。
>非常に合理的で、日本人の精神そのものですよ。

    むちゃですよ。ネットでぐぐっても、切腹は自決のひとつくらいの説明しかでてきません。
    ノブスケさんが、いわんとしていることは、
    戦争において、トップが責任をとって自決することで、部下や家族の命の保証をしてもらえる
    など、被害最小にして早期講和が結べることを指していると思いますが、
    そこにある思想は、
    日本式の儒学で、「親は子供を守る為に死ぬ。そのほうが未来がある」
    「子供が親より先に死ぬのは最大の親不孝」があります。
    中国と韓国の儒教は「子供は親を守る為に死ぬ。それは最大の親孝行」と、日本と真逆なわけですが。

    この日本的な「親は子供を守る為に死ぬ」「トップは責任をとって自決する」と
    切腹の関連を、シンシアリーさんに理解を求めたいなら、参考になる書物をいくつか提示しないと
    ヒントがないと調べようがないと思いますよ。

    で、私からのヒントとして「切腹を拒否したらどうなるか?」を説明します。
    あくまでも戦争に負けた場合の切腹ですが、トップの大名は腹を切らずに逃げ出すと、
    妻、子供、親、兄弟などの一族全員が、みせしめのために磔にされて公開処刑されます。
    切腹と違って、磔は介錯がないので、絶滅までに5〜6時間はかかったというとても残酷な処刑です。
    その次に、数百人単位の、直参の部下達、数百名が処刑されていきます。
    そして、逃げた大名にも追っ手がかかって、捕まればむごたらしく処刑されます。
    もちろん、家族や部下を犠牲にして、逃げ出した武将は、世間から軽蔑されますので、社会生命も終わりです。
    切腹を受け入れて、潔く死ぬことで(戦争で負けた汚名をそそいで、名誉の回復を行い、死後は尊敬される)そして、トップが自刃することで(妻、子供、親、部下一同)は、命を助けてもらえる。
    日本の昔の戦争は将棋に似ているんですよ。トップの王将を落としたら終わりです。
    戦争に勝ち目がないと思ったら、早めに(投了)します。これが実社会での切腹なわけです。

    戦国時代の負けた武将の子供達は、その後、秀吉の愛人になったり、徳川2代将軍の正妻になったりしていますし
    部下達も、敵側の武将に雇用したりしています。
    戦国時代に、戦国一強いといわれた武田軍が、織田信長、徳川家康の連合軍に負けたときの話ですが、
    織田信長、徳川家康は、武田家は名家ですので、家までは潰さないんですね。武田秀頼の兄が、盲目で出家していたのですが、
    これを還俗させて、武田家の跡継ぎにして存続させ、武田軍のみを消滅させました。
    そして、失業した元武田軍の武士達を、徳川家康の家臣の井伊直政が雇用しました。
    武田軍の中でも、とくに強いエリート武士達は、レッドショルダーならぬ「武田の赤備え」として
    派手な赤い鎧をきてたそうですが、井伊直政はこの旧武田軍達を「井伊の赤備え」として起用したそうです。※赤い鎧は武勇を認められた武士が、武将から貰うものだそうです。
    将棋では、落とした敵の駒を自分の駒として使いますが、日本の戦国時代も「かっての敵の大将に雇われる」世界。チェスではなくまさに将棋の世界観だったのです。

    あと、切腹の場面には色々あって、例えば「直訴」といって、一般民衆や下級武士が、手続きを無視して直接将軍や幕閣などに訴状を渡す行為を行なった際は、必ず切腹いたしました。
    自分の命と引き換えに、みんなのために訴えを起こすわけです。

    このように、切腹というのは、自分の名誉の回復のためだけでなく、大切な人達の命を守るために、かわりに自分の命を差し出すケースが多い。と、踏まえないと、単なる自殺との違いがわからないかと思います。

    1. 頭だけで考えないで、皮膚感覚で感じないと難しくない?

      日本に住んで居ないなら兎も角、日本在住者ならば下手に参考文献なんて紹介すると固定してしまう人もいるでしょう?
      最短距離で移住先を理解するより、日々の暮らしやチョットした事の積み重ねで
      ゆっくり理解する事も必要だと思います。

      「和」に対しての理解が人それぞれで、様々な見解が出て来ることは良い事だよね。
      日本人に「貴方の宗教は?」と聞かれて明確に答えられる人は少ないでしょ?そして明確に答える必要ってあるのですか?八百万の神様は丸い物を四角い噐に入れる事を強要していない。自然災害の宝庫である日本列島に住み着き逃げ場の無い(遠い昔)土地で私達が生きて行くた為に何を選択して来たのでしょう?

      私は「眠り猫」さんの反証やお返事を要求(想像つくし〜)していません。貴方は貴方の「和」と日本史の見識があり、私は貴方の見識を尊重ています、しかし、、過去の書き込みから読み取れる「眠り猫」さんは、ふゎっと書いていますが、誘導してる?と思われる書き込みが多くない?と、これ又「人の心に寄り添う事を理解出来ない人はシンシアリーさんのブログに来るべきではない!」(細かいてにおはの間違いはあると思うけど、眠り猫さんの環境が全てではないからね?)と迄言われたアホからの意見でした。

      1. あ!
        「このブログに来て欲しくない」と言われた事に怒りも怨みも持ってなあですよ
        ^_^
        眠り猫さんに誰か認識して頂く為に書いただけです。
        だったら匿名で書くな!と、、自分に突っ込み入れておきます。

      2. 割り込むのどうかと思ったんですが、いろいろ話が広がってるようなので…
        切腹には色々解釈あると思いますけど
        復讐の連鎖(家と家の関係)を防ぎ(目には目を)、当事者同士、本人が切腹することによって「家:一族」に類が及ばない(この場合は親→子とか子→親とかでなく単に家)ようにする為だったというのを見た記憶があります
        更に時代が進むと喧嘩両成敗が道理(法の支配でなく納得いく決着、現在でいう和解決着)として問題を最小化するためにとられたという解釈です
        (哲学というよりテクニカルな方面からの考察だとおもいますが。※ちなみに切腹にもシャーマニズム的起源説があったりします)

        1. 切腹もシンシアリーさんが興味を持てば自ら調べてね?だと思うのよ。
          シンシアリーさんにはそれだけの能力あるもん。

          1. まぁ..そこはわかりますが、能力云々というより日本人の専門家の間でも諸説あって(更に精神的なものと、儀式的なもの、宗教的な観点等色々)、哲学や宗教的も絡んでくるので、もちろん興味があるならば言われなくても知的探究心からご自分でいろいろと考察すると思いますが、日本人でもいろいろ解釈(切り口)がわかれるものと(私は思うので)ちょっとおせっかいしたまでのことです
            紋切のなら武士道や葉隠から入ればいいのでしょうが、シンシアリーさんが求めるのはそこではないでしょ ということです

          2. シンシアリーさんは日本人の思考のベクトル、感性のベクトルが理解できないから、
            今のところ、日本人・日本社会の捉え方が綺麗ごと過ぎます。

            日本人だって、自分の深層心理を説明できる人は少ないから、口で説明できる人は少なく、分からん人も多いでしょう。しかし、日本人の血が濃く、日本育ちなら日本人の思考のベクトルは知らないうちに身に宿っている。
            シンシアリーさんは、それらが身に宿っていないし、観察者で発信者だ。だから、ちゃんと気付く必要がある、と私は考える。

            ”和”も理解されていないようなので、”和”を読み解くのに”切腹”を考える事は非常に役立つ。”切腹”は特徴的で、”和”の精神と根が同じだから。

          3. ヒント

            はっきり答えが分かるわけではないのに偉そうに書くと、

            このエントリーであえて語っていること。
            切腹が非常に合理的であると言っていること。
            これらは最初に与えられているヒントとみなせます。

            さらには眠り猫さんの回答に対して、2つ足りない要素があると語っていること。ですから眠り猫さんが語っていない部分で、和に通ずるキーワードが2つ存在し、和に関する解説は「やわら」「やわらぎ」「柔軟性」であると述べていること。

            思考を巡らすためのヒントは、段階的に示されているような気がします。

            ノブスケさんは意地悪なんだか親切なんだかよくわからないw

          4. >観察者で発信者だ。だから、ちゃんと気付く必要がある、と私は考える

            あ、なるほどね 納得しました

    2. >眠り猫さん

      私は答を書きませんよ。ちなみにあなたのその解釈は少なくとも2つの点が足りません。
      知識で説明できる範囲で考えるのではなく、人間としてどういう深層心理や社会的心理を背負って切腹するのかを考えてください。

      シンシアリーさんが自身で感性を張り巡らせて考える事です。自分で気付いて理解できた時に、見える風景も変わります。

      教えてもらっても身に付きません。

      1. ノブスケさんの言っていないことは間違いだと思うな、言っていないから想定でしかないが。

        切腹が合理的という説にも、本来わたしは反対なんですね。合理的なら、何故世界中に切腹はないのかね。

        1. >七誌さん

          日本人は、日本人同士で分かり合える一種の社会契約を遺伝的に持ってるんですよ。
          もちろん、朝鮮人も、朝鮮人同士で分かり合える一種の社会契約を遺伝的に持っています。

          その一種の社会契約が前提条件になっていて、合理的な最適解が決まるんです。
          前提が違うのだから、他の人種や民族の社会で合理的な選択肢にはならなくても何ら不思議はないのです。

          その社会契約とは、人間とはこういうものだろう、、という自分を通した上で人や社会を接した時に抱く感じ方や理解を起源とします。

          答は書かんよ。考えて、気付かない限り、人は賢くなれない。教わって得るものではないから。

          1. 遺伝的な社会契約ってのが、論理的に意味不明。
            蟻ですら、群れへの忠誠は後天的なんだけどね。

            日本人にそういった遺伝子があるとは、真に愚かしい。

          2. >七誌さん

            社会契約とは、無自覚に、社会の構成員の全体の間でなされている合意の事ですよ。
            遺伝的に同質的な者同士が集まった社会において、遺伝的同質性によってそのような合意が存在するのは全くおかしなことではありません。
            契約と遺伝を単語として繋がらないと考えるのではなく、全体の意味で考えたら良いのではないかな?

            あと、考えるべきなのはあなたでも私でもなく、シンシアリーさんだ。
            あなたは別に正解に辿り着かなくても構わないだろうし、私も正解に辿り着かなくても構わない。なぜなら物書きではないからね。シンシアリーさんは、物書きなのでより正解に近い場所に辿り着いた方が良いだろう。

          3. 物書きのシンシアリーに物を教えてやろうってあんたの上から目線が大変カンに触りますな。まさにルサンチマンの発揮しどころか。

    3. 眠り猫さん

      切腹は、室町時代までは、農民も女もしていました。
      武士だけのものになったのは、江戸時代からです。
      つまり刀や袴と同じように、武士の特権になっていったものです。

      皆さんがそうしているので、私も書籍紹介は控えますが、読んで「腑に落ちる」ことはあると思います。
      頭ではなく、腑とか、腹に落ちるという感覚が腹で分かるといいのかな。

      これを言うとまた皆さん色々思うところがあると思いますが、
      私は神風特攻隊は、形を変えた切腹だと思っています。
      作戦が、ではなく、特攻に参加した者たちの精神がです。
      つまり、一般民衆まで切腹の精神は備わっていると思います。
      もちろん腹にです。

      1. >cieさん

        なんとなくですが、今回の話題においては切腹と神風特攻隊は関連が薄いかな…自己犠牲くらいしか思い当たらないです。

        和が柔軟性であるなら、日本人が目指すところは調和。調和が「バランスをを取るための柔軟性」であるなら、切腹から見えるのは、調和のための対価は、個人の命と等しく、社会的にも個人的にも、そうあるべきと感じる感性や思考につながるのでは?

        1. はい、これは送信してから「しまった」と思うタイプのヤツです。w
          ちょっと考えが浅かったです。 すみません。

          元のノブスケさんのコメントの合理性からは、離れちゃってますね。
          ただ、室町時代までの切腹をみてみると、合理性というよりも呪術的な部分の方が大きいように思うのです。

          そこから社会的なもの、合理性へと発展して行った?

          シンシアリーさんだけではなく、私も、もう少し思い巡らす必要がありそうです。

  4. 管理人様は「上下の厳格な適用こそが道徳」と述べておられますが、であれば韓国にとっての『道徳』の『徳』とは何ぞや?…と…

    少なくとも我々の考える『徳』とは明らかに違う事は理解できますな。

    1. >>さいたまさん

      >管理人様は「上下の厳格な適用こそが道徳」と述べておられますが、
      >であれば韓国にとっての『道徳』の『徳』とは何ぞや?…と…
      >少なくとも我々の考える『徳』とは明らかに違う事は理解できますな。

      韓国の徳とは、貧しいものに施しをすることです。
      えらい人が、目下のものに、おごってやることも人徳となります。

      このへんもずいぶん、日本人と感性が違うのですが、でも日本人のほうが、
      少数派なもかも知れません。
      「おなかをすかせた人に食べ物をあげる事は良い事ではない。食べ物を得る方法を教えてあげることが良い事だ」と考えるのが日本です。が、

      キリスト教では、富めるものは、貧しい者に寄付することが天国への道とといていますし、仏教でも、「ずたぎょう」という修業がありまして、托鉢にいった坊さんが
      ずたと呼ばれる、つぎはぎのボロい袋(ずた袋)に、喜捨をもらうのですが、
      お坊さんに物をあげると、あげた人は善行を施したことになるわけで、
      つまりは、お坊さんは、信者達が善行を施すためのお手伝いをしている。それが托鉢というわけです。
      すなわち、寄付が徳という考えかたです。ですが、現在は「貧しいものに物をあげると、
      物をもらいたいがために、貧しい境地から努力して抜け出そうとしなくなる。
      すなわち寄付は、モラルハザードを起こすから、貧しいものに施しをするのは良くないことである」という発想が、世界に広がりつつあります。
      世界のモラルの基準が、だんだん日本に近づいてきているようなんですよ。
      ※韓国は除きますが。

  5. このスレは面白くなったねぇ  私になかった興味深い視点もあって,いま一度『和』を考え直す機会ともなった.

    さて『和』の意味するところは別として 十七条憲法に記されたことを考えるならば,当時 それを示さなければならない状況があった と思う.例えば 日本には日本語を公用語とする法は無い.裁判所においては日本語を用いる とし,必要が想定される箇所に指定があるだけだ.

    それから千何百年を経て,我々は現代の日本人が感じている『和』を語っている.それは 幾代にも積み重ねられて形となった 集団的概念なのだろう.

    個々人の想いが 全て重なる必要はない.大きなボヤッとした塊の 共有できる 部分が『和』の本質だろうねぇ

  6. 論語(元ネタは多分春秋左氏伝の晏嬰と景公と梁丘拠の話)

    晏嬰の逸話だと、君子(君主・卿・大夫含む)は(臣は)社稷に仕えるべきであって、君主が道を誤った場合それを臣下の礼を以て正すべきで、同は(ざっくりいえば)付和雷同って言ってるので、ちょっと違うニュアンスの話になっていますが

  7. レナちゃんの清楚な後ろ姿を載っけてくれてありがとーさんです。
    レナちゃんがどこを見ているのか気になるもんで。
    令和って最初は『スター・ウォーズ』のお姫様の名前かと思いましたよ。

    1. 後ろ姿、かわいいですよね。♡
      なに考えてるのかなぁ? って思います。

      1. cieさん

        しょーもない感想にコメントありがとうございます。
        レナちゃんの後ろ姿可愛いですよね。
        何見てるのかな、何考えているのかなって想像してしまう。
        いつも視線の先には優しいパパがいるのでしょうね。
        現実の世界が悲惨なテロやら事故やらアレなんで、レナちゃんスレが必要なのですよ。ふぅ…。

  8. 和について諸説、考察が花盛りですね。
    こういった状態を喧嘩や諍いにすることがないように志しましょう、その為にみんなで考え話合いましょう。

    という基本理念の元、話の中身は限定されないし、健康の為なら死んでもいいという極論にも似た話し合いの為にはぶん殴る事も厭わず手段は話で済まない事もままありますが、それでも目指すところは話し合いによる賛同を得ることなのではないでしょうか。

    だからこそ賛同を得て決められたことは、それが新たな話し合いによって変えられるまでは守るべき決まりになりますし、決めるのは自分達でその結果は自分たちの責であり、どのようにでも変えて行くことが出来るものなのかなと思います。天災とは違って。

    定義や形が決まっているようで決まっていない、けれどもみんながみんなで良いようにしましょという十人十色を認めつつ一色を目指そうとそれに類する共通項を集め続けてきたのが「和」かな、とかつらつら考えた次第。

    で、これを継続する為にも諸説の一つを定説以上に扱ったり、物事は変えられないと思い込んだり、独りよがりを「続けない」様に務める事などが大事かなと主張してみるのです。
    うん。十七条の憲法の一条と十七条ですね。

    あと「話を聞かない」「正しいのはひとつ」なんてことを是としていると停滞や硬直が避けがたいのも宜なるかなとも。

    1. ここでにゃなさんの言っていることは全くの間違い。

      にゃなさん達は、話し合いの目的が、賛同を得てルールを決める、つまりルールに従わない奴は排除する。ことになっているのですよ。

      一方でわたしが話す目的は、あなたとわたしの言っていることの違いがあることを明確にする事。あなたとわたしが違うこと、合意しないことを目的に話すのですね。

      小人は同じて和せず、君子は和して同ぜず。

      (賛)同ずることを求めるあなた方とは、わたしは目指すところが最初から違うのですよ、最初からね。

      1. 御自分が誰とも和することができないのと、他人が全て同じていると妄想することは全く別のことですが…

        誰も同ずることを求めてなどいません。
        他人が同ずることを求めているように見えるのは、七誌さんが(少なくともここでは)誰とも和することができないことの裏返しが、そう思わせているだけではないでしょうか?

        1. わたしはあんたらとは同じないが、あんたら嫌がらせをする不快な人々が発言する権利は守る。

          一方であんたらは、七誌の言う事は間違いだ、だから奴に何も言わせるな!奴を黙らせろ、追放しろ!と叫ぶわけです。

          小人同じて和せず、ですなww

          1. と、「皆が自分を排除しようとしている!」という妄想が具体例です。

            にゃなさんに叱られる前にやめますw

          2. >わたしはあんたらとは同じないが、あんたら嫌がらせをする不快な人々が発言する権利は守る。

            ほぉw
            では先日、「くっだらない漫才をやめてくれ」と言っていたが、
            「くっだらない漫才」をする権利を、アンタは守るわけだな?
            矛盾してないか?

          3. > 七誌の言う事は間違いだ、だから奴に何も言わせるな!奴を黙らせろ、追放しろ!と叫ぶわけです。

            そんな奴いるのか?どこで叫んでる?被害妄想じゃないの?
            まあ、アンタの言う「全くの間違い」は、結局のところ「自分自身の(ユニークな)見解とは全く異なる」というだけだからな。日本語で「間違い」というのは、普通「正解ではない」って意味なんだが。

      2. あ、駄目な例が(・∀・)ヨンデルヒトムケ
        このように否定の為の否定を是として憚らないということは、おのずから話の中身がありませんと言うに等しいことを暴露しているのに聞いただけの言葉の上っ面を並べて衆目に晒してご満悦になるのが駄目な独りよがりですね。

        こういった話が成り立たない場合がもっとも参加できないのが「和」かもしれません。決まりを知らなくても知ろうとすること、賛同できないことがあっても、賛同できないことを納得してもらう努力をする、別の賛同を得るべく努めることが出来れば、また賛同できないままでも進んで諍うことさえなければ、それは「和」の内ですから。

        1. 全くの間違い。

          そもそも何故韓国人が争い続けるのか。
          それはね、同ずることを求めるからなのですよ。

          同じた存在がウリであり、同じない存在がナムなのですよ。で、ここにも七誌というナムの存在を認める人と、「七誌は和を乱すから、改めさせるか追放しろそれが和だ!」って2種類の人々がいるって訳ですよ。

          わかってる人と、わかってない人の違いですな。

          1. 七誌さんいに尋ねたいなぁw

            もし仮に、こういう人がいたら、貴方ならどうするか?
            という質問だw

            「事実認識が間違っていて、その間違った認識で意見を言い、間違いを指摘されたら罵詈雑言を吐き、言い返せなくなると逃げる奴」

            どうする?

          2. 受験生さんへ。

            「事実認識が間違っていて、その間違った認識で意見を言い、間違いを指摘されたら罵詈雑言を吐き、言い返せなくなると逃げる奴」

            これを自分のことだとは七誌は認識できないでしょう。

          3. 他者の意見を「全くの間違い」と否定するのは、七誌さんだけです。

          4. >cieさん

            スレというのはね、全くの間違い!って言う奴が居らなきゃ、このように面白くは成らないのですね。

            でも同じることこそが和だ!和に従わない奴を排除せよ!と主張する小人は、全くの間違いというのは侮辱!奴を許すな!みんなで奴を叩け!ってやり始める訳ですな。

            あなたのような楽しい説を貶された恨みを持ってね。

          5. ん?
            >>同じることこそが和だ!
            なんて、誰も言ってないと思うけど。
            もう一度、読み返してみたらどうですか?

            >>あなたのような楽しい説を貶された恨みを持ってね。

            この一文の意味が分かりません。
            (・・?) ???

          6. >スレというのはね、全くの間違い!って言う奴が居らなきゃ、このように面白くは成らないのですね。

            その「全くの間違い」の根拠を示してから言えやw
            「七誌個人の意見」だけで、なぜ「全くの間違い」と言い切れるんだ?
            そここそが問題なのだw

            「私は違う意見だ」
            ならまだ、納得もできる、議論もできるといっているんだw
            それさえも理解できていないだろ?
            だから「日本語が不自由」と言ってるんだよw

            事実認識が間違っていて、それを指摘されると罵詈雑言、言い返せなくなると逃げる七誌さんw

          7. >Cie さん

            最初の一文を理解して頂けたのなら、あとは余談なので解らなくてもいいですヨ。

          8. >cieさん

            まあ単に七誌さんが、スレを面白くするために「全くの間違い」と言ってるだけなので、後の言葉にたいした意味などないと言うことです。
            たしかにいつも「全くの間違い」とか言ってから考えているから、相手と同じこと言って、呆れさせるのですよね。

            「バカがいたら面白くなる」と同じ内容で、「バカです」と自己申告してみました、という感じかと思います。

            >楽しい説を(以下略)

            雑談(議論ルーム)で一生懸命ケチをつけててみました。でも相手には通じていませんでした。
            内容の理解が浅く、農耕が悪だ!とか言って嫌がらせをしたのですが、cieさんの人が良すぎて、それすら議論内の会話と思っていたということ。

            まあ自覚しているなら、ゲスです。
            それがわかる私も同類です。(´ー`)=3

          9. わかっているいない、うんぬん言っておられるので、七誌さんをわかっている範囲で説明。

            ・人が「議論で楽しんでいるなら、貶めて不快にさせる」ことをする。(完全に間違いなど)
            ・日々、上下の生活闘争、声闘の実践。
            ・責められれば、可哀想な被害者のフリ。
            ・かばってくれる人がいれば、いかに自分が酷いことをされているかのアピール。
            ・正義感あふれる人が参戦すれば盾にする。その人ボロボロにされて、コメント覧荒れる。
            ・何事もなかったかのように七誌さんは最初に戻る。

            まあ常人ではないのです。
            簡単な理解として一番早いのが、韓国の掲示板で見られる「日本ガー」の人を「韓国ガー」に入れ替えたようなマインドです。
            わりと近いと思うのですよ。

          10. >みかげ

            下衆なのはあんただけだろ、自覚してるなら世話ないが。

          11. いえ、ここの掲示板で知を深めたり、議論を真面目にする人間にとって、面白くするために「全くの間違い」と言ってみたり、議論に加わる目的が貶めであったり、否定するだけ(根拠はない。妄想が根拠が大半)であったり、それは下衆の行為なのです。

          12. 真面目な話、一つのコミニュティで、人に嫌がらせをすることを楽しむ(世界で言えば「反日」かな?)人がいると、その人との付き合いをどうするか、ということでもあります。
            近づく反日ではありませんが、議論の場で嫌がらせや本人の上下闘争のために、人のコメントに積極的に関わってくるのです。

            さて、どうしますか? と言うことですね。
            七誌さんは素のままで実践していますが、わりとどうしようもないものですね。
            世界という場には警察はなく、強制力がない場合(ここのコメント覧のように)、ここでの姿も日本と韓国といった印象ですね。
            七誌さんの妄想を韓国の「反日思想」と置き換えた場合、その妄想は修正もされず、日々形を変えていくような状況です。
            日本人の作るコミュニティではたまったものではないですね。

            それでも結局は、原理原則を貫くしかないのですよね。世界の中の日本も。

          13. 今日もどうしてかなーおかしいなあーと延々と言いに来る。うんざり。 より:

            自分で全部嘘と釣りだった事を自白しましたね。
            「七誌は悪のソースが多すぎて弾かれた」てのも大嘘をぶちかましたんでしょう。

            そんな奴(七誌)とはまともに会話出来ないって事をみなさんお見通しって事ですw
            そんな奴は他のサイトじゃ出禁対象ですよ。

            七誌さんはあなたを排除しない優しいブログ主に感謝しなければなりませんね。

          14. そういえば、去年ぐらいまでは、間違ったことを言って責められると「断交を黙らせようとしているー」とかを事あるごとに言っていましたね。
            妄想の内容は変化すれど、一度だって修正もなく、「お前は断交を黙らせようとするのか!ネトウヨガー、大東亜主義者ガー、朝鮮人ガー」とか盛んにレッテル貼りをしてきましたね。
            人を黙らせるためでしょうが、そんな人が「人の意見を守る」ような事を言ってきたのは驚きです。
            自分の明確な事実誤認すら認めず、人の意見を聞き入れず、やっている事は「全くの間違い」ととりあえず否定し、人を貶めることを優先している、と。
            始末の悪いことに、自分が掲示板を面白くしていると考えているのですね。
            でも漫才は、俺が面白くないから止めろ、しかし俺は場を面白くするために「全くの間違い」を言い続けるって、もうね。

            綺麗事は言えるけど、一番実践していないし、するつもりもないのですよね。

          15. えー、ホントに嫌がらせなの?
            無駄な方向にエネルギー使ってるなぁ。

          16. >みかげさん

            最近なんとなく思ったことは、

            つまりは、ヒーローごっこなんじゃないかと。

            仮面ライダーを始めとする特撮ヒーローを馬鹿にするわけではないけど、孤高のヒーローが悪に侵された世界で、孤独に戦うシナリオ。時々心強いパートナーが現れたり、窮地に立たされたりね。

            最期にはヒーローが勝つ事だけは、シナリオ上確定しているので、時々トンデモファンタジー論理でドンデン返ししないといけないし、ヒーローが勝つためには当たり前。

            悪党一味として、それに付き合わされてるのかもね…

  9. たとえばシンシアリーさんも遊んだことがあるかもしれないけど、日本で結構ヒットしている、女神転生のシリーズなんていうのは欧米では難しいんですよね。悪魔は共存できないものだから。

    悪とも、シンシアリーさんのいう、「和という輪の」外とも共存共栄しよう、西洋のいう悪魔とも共存しようというのが「和」なのです。

    しかしこれは、わたしは特亜にだけは通用しないと考えています。

    いっぽうで「和が特亜に通用する」いずれ理解してもらえると考え特亜に施し続けるのが、大アジア主義者なんですよね。

    1. 今日もどうしてかなーおかしいなあーと延々と言いに来る。うんざり。 より:

      そういう設定のゲームは大昔から欧米の方が多いんですがね

  10. 他の方のコメントにありましたが、日本の「和」の解釈は「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」の「和」でほぼ合っていると思います。
    もしかすると、君主道徳と奴隷道徳に対応するのかもしれません。

    中国では「和」を君子に求めました。実現したのは光武帝や宋太祖くらいでしょうが。
    しかし、日本では「和を以て尊しと為す」と臣民にも君子であれと求めたのです。君臣共治のために。

コメントは受け付けていません。