まだまだ続く、韓国の「対馬は韓国の領土」主張

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韓国では一応「対馬専門家」とされる人が、「日本が独島(竹島)領有権を主張するのは、対馬を守るためだ」と主張しました。

ニュース1の記事から部分引用します。

<「日本の相次ぐ独島領有権主張の場合には、「独島を囲碁の捨て石とし、対馬を守ろう」という日本の計略が隠れている」という主張が出た。

韓米連合司令部企画将校、陸軍士官学校企画処長を務めた対馬歴史専門家のキム・サンフン予備役大佐は、これまで一度も公開していない資料を公開すると、17日、昌原市が明らかにした。キム大佐は19日午後3時、昌原文化院で開かれる第15回「対馬の日」記念式で、このような内容が含まれている特別講義をする。

 

(ここから「続きを読む」の後になります)

対馬の日は島根県議会が竹島の日条例を制定したことに対抗して、2005年に馬山(マサン)議会が1419年イ・ジョンム将軍が対馬征伐のために馬山浦(現昌原市馬山合浦区)を出征した6月19日とし、昌原市が毎年記念式を開いている。

キム大佐は、これまで、論文、特別講義、放送などを通じて、日本政府の継続した独島挑発は、私たち国民の視線を独島にのみ固着させ、対馬の領有権問題と日本の大規模な太平洋海洋領土拡張を隠蔽しようとする計略であり、声東撃西(※東で声を出し、実際に攻撃するのは西)の一環だったとする自分の主張が事実で明らかになったという内容の講演をする。

彼はこの日の講演で、韓国戦争終戦直前、日本の海上巡視船の独島上陸を鬱陵島の若者たちの独島義勇守備隊が撃退すると、日本の総理室の核心要員、防衛庁長・次官、海上保安庁長など公務員と18人の国会議員が、朝鮮戦争停戦1年後の1954年12月3日、国会内閣委員会で「独島が難しくなり、残ったのは対馬だ。対馬問題が現実的に難しいから韓国が独島に集中するように、独島を囲碁の捨て石として利用しよう」と模擬したという主張をする予定である・・>

https://news.v.daum.net/v/20190617140440053

 

何の資料を持ち出すのかわかりませんが、「捨て石」というのは、その石を所有した側が利用できるものです。

万が一、引用した部分の最後が事実だとしても、独島(竹島)を捨て石にしたなら、その島を所有していたのは日本だという意味になりますが・・

どのみち、「韓国が武力で奪った」になるのではないでしょうか。

 

 

 

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79 Replies to “まだまだ続く、韓国の「対馬は韓国の領土」主張”

  1. 李従茂って応永の外寇でしょたしか。宗氏に撃退されてるはずなんだけど、記念日にするのか…(呆れ

  2. 捨て石理論で言えば、中国にしてみれば、韓国に日本と争わせて、意識をそちらに向けさせつつ着実に自国の有利になるようにしたいところ。

    尖閣や南シナ海への支配を強めたい。それには韓国が日本に噛みついているのは都合がいい。
    全面的ではないかもだが、裏で中国の思惑が大きく働いているのは推測に難くない。
    もっとも日本は裏から表から米国の思惑で動いているのもまた事実。米国としてはアジアへの影響力を保ちつつ、でも軍事力削減もしたいところで、言うことを聞く日本が中韓ロと対峙、米の武器を大量購入する、武力衝突はぎりぎりしないか、日本とこれらの国での部分的武力衝突に限定される、くらいが都合がいいんだろう。
    中ロと米の対立の代理として、日本と韓北との対立の代理戦争になりかねない状況が、作り出されつつある。
    それでも日本は憲法改正し、今より納得いく形で軍事力をつけるという意見に同意しますが。
    長期的には、他国と協調して、破綻しない平和構築できる国際感覚を持つようになってもらいたい。自国に引きこもらないで。そのためにも今より軍事力による後ろ盾は必要ですよね。

  3. 他の人も書いてるが、韓国の対馬が領土論?は本当トッピすぎて何言ってんだかなんですよね。江戸時代とか、朝鮮通信使の窓口になってた対馬は、当然日本以外のなんでもないし、距離的には韓国にも近いけど、トッピさでは北海道が韓国領土って言うのと変わらないレベルな印象。竹島をなんとかするために無茶言ってんのかもしれないけど、こんなの国際的に知られたら、ああやっぱり韓国はでたらめな難癖つける、理論がない国なんだなとバレるだけだと思うのだけど。

  4. 1948年8月18日、李承晩大統領、「対馬島返還を日本に要求」 武力行使を示し日本に叩き付ける
    1949年1月7日、李承晩大統領は「対馬領有」を宣言し李承晩ラインを宣言 (対馬・九州を含む李承晩ライン地図)
     1、戦勝国として「対馬と九州」の引渡しを米国に要求。日本への軍事侵攻を示した。
     2、戦勝国として「朝鮮進駐軍」として韓国軍の日本駐留の権利を米国に要求。
     3、日本社会党と共産党が戦勝国である韓国軍の日本駐留に賛成し、日本から米軍撤退を要求。

    李承晩大統領は、戦勝国として「李承晩ライン」の領土要求。対馬と九州の引渡しを米国に要求した。
    李承晩大統領の対日強硬路線は、米国に対して戦勝国として日本に朝鮮進駐軍として駐留権利がある。
    日本領の対馬・九州の割譲要求、日本に軍事侵攻の戦闘訓練までして強硬に要求。
    この反米的姿勢に、1949年6月に米軍は韓国から撤退して日本防衛に入った。

    1949年2月:韓国軍は一斉に対馬から40kmの釜山港に集結開始。日本侵攻の軍事訓練を実施。
    1949年3月:韓国軍は釜山で揚陸訓練開始。韓国に残っていた米軍が、韓国軍が対馬への上陸訓練と
           日本侵攻目的で大演習をしている事態を伝えると、マッカーサーとトルーマン大統領が激怒。
    1949年4月:激怒したトルーマン大統領が韓国の国連加盟ほ一転して拒否した。韓国の国連加盟は1991年にやっと認められる。
    1949年5月:激怒したマッカーサーが韓国李政権への軍事物資援助を全て停止する。
    1949年6月:韓国に国連監視団500名だけ残して米国は引き上げ。韓国は米国の後ろ盾を失う。

    1950年1月:米国務長官が“アチソンライン”を示し米軍は韓国に関与しないと宣言し、韓国を捨てた。

    1950年6月:再び李承晩が”対馬島と北九州”への軍事侵攻で韓国全軍を南部へ移動指示、釜山港に集結開始。
    1950年6月10日:北朝鮮大機動演習を開始。全師団が南国境地帯で演習移動するが、米国はこれを韓国に知らせず。
    1950年6月17日:韓国軍が釜山にぞくぞく集結。全軍が釜山港に集結。対馬と北九州侵攻準備で北国境はスカスカ。
    1950年6月:スターリンが米国に何度も問い合わせすると、米軍は「ソ連と交戦しない。朝鮮半島は米国の守備範囲でない。
           韓国に米軍は存在しないからソ連と交戦にならない」と返答。さらにアチソン国務長官が正式外交ルートで
           世界に向けて「朝鮮半島は米国の守備範囲でない」と声明を出す。
    1950年6月22日:国境がスカスカとなり北朝鮮軍最高司令官金日成が全面的南進作戦命令を発する。

  5. 〓〓〓 朝鮮戦争が勃発した原因 1950年6月25日 ~ 1953年7月27日 〓〓〓

    韓国駐留アメリカ軍は1949年に韓国から完全撤退し、残務整理で500人が残る。
    韓国には重武装した約10万人の韓国正規軍がいました。

    ・1945年10月、南朝鮮に韓国臨時政府(李承晩)これは、米国に拒否される。
    ・1946年9月、李承晩による反米運動が盛んになる。米軍の早期撤退を要求。
    ・1948年8月15日、米国が韓国を建国、李承晩大統領が就任。米軍撤退開始。
    ・1949年6月、韓国から米軍の完全撤退が終了。米軍はゼロとなる。
    ・1950年、韓国に米軍なし、残務整理の軍関係者500人が残る。

    朝鮮戦争が起きた原因は、北国境の韓国軍を日本侵攻に移動させたのが原因。
    1949年1月7日、李承晩大統領は「対馬領有」を宣言。「対馬は350年前に日本に
    奪取された韓国領土」と領土権の宣言。1950年6月、李承晩大統領は北国境の
    10万人の正規軍を大演習を装って、日本侵攻に向けて南端まで移動させた。

    それは、全軍を朝鮮半島南端に移動し全軍を船に乗せる準備中の出来事だった。
    北朝鮮は、韓国全軍が動きスカスカであることを知り動いた。韓国市民が戦争を知
    ったのは2日後という呆れた状態。それほど抵抗もなく北朝鮮はソウルに到達、その
    まま南下するも一切の抵抗なく進めることができた。当時の北朝鮮軍関係者は、全
    く抵抗が無かった事に驚いたと証言している。

    なぜなら、李承晩大統領が李承晩ラインの野望に「対馬領有」を口実に、九州北部
    へ侵攻に向けて韓国軍を船に乗せている真っ最中の出来事だった。李承晩大統領
    は、戦勝国として日本に韓国軍10万人を「朝鮮進駐軍」として進駐する権利を主張。
    さらに日本に駐留する米軍の撤退も要求し、日本占領の口実を掲げていた。

    当時、非武装の憲法9条で日本に自衛隊は存在せず、警官も非武装。そこを狙って
    韓国が日本侵略の先発隊として戦後1946年から不法侵入させ、韓国人らが日本で
    「朝鮮進駐軍」を組織、日本で米軍施設や日本政府建物を焼き撃ちして暴れていた
    時だった。1952年に竹島が韓国の手に落ち、1954年に自衛隊が誕生して、やっと
    韓国の侵略を防ぐことが出来るようになる。

  6. このおっさんは10年かそれ以上前から同じことを言っていた。林子平の描いた地図がどうのこうのは日本では論破されているのに、同じネタでずいぶん長い間飯を食っている。助教授だか客員教授だかの食い扶持もらってさ。自称対馬歴史専門家ってなんぞ?

    そういう意味じゃ、自称広報専門家のソンギョドクあたりと同じカテゴリーのクズ。

  7. 近い将来、南朝鮮から難民が押し寄せたら対馬が朝鮮人に占拠される可能性があります。
    済州島に朝鮮人難民収容所を作るという噂もありましたが、そろそろ本気で対策を講じるべきです。

  8. 歴史上対馬に一度も行政政府を置いた事が無いのに何を根拠に領土を主張してるのか不思議に思う。

    1. かるかんさん

      宗氏は李氏朝鮮に事実上臣従してますからねぇ。
      国書が偽造かどうかとか、朝鮮からしたらどうでもいいことですし。
      対馬は朝鮮から貿易の「許可」をもらっていたわけですから。
      彼らの認識下において、対馬を自国領土と感じることはおかしなことじゃないですよ。

      1. 匿名さん
        対馬は新羅の時代から何度も侵略を受け度々領民が虐殺された恐怖から偽国書や表向臣従の意思を表していたのは知ってますよ。
        ただ支配してたなら何故何度も対馬に侵略して来たのでしょうか?
        朝鮮軍は住民は虐殺したが日本軍から住民を守った事は一度も無い。
        まぁ、日本人は同じ日本人の対馬の領民を虐殺した事は無いですが領民を守った事も無く略奪した事があるだけで統治してたなんて言えるんですかね?
        朝鮮史ってロマンのカケラも無いツマラナイと思いました。

        1. かるかんさん

          ※ すみません。名前入れ忘れてました。ロンパ君です。

          > 朝鮮軍は住民は虐殺したが日本軍から住民を守った事は一度も無い。

          これこそ、朝鮮人が「支配していたニダ!!」と感じる事ができる根拠ではないですか。
          まさに朝鮮流の統治ですよ。
          対馬への侵略も、「侵略」というより自国の庶民に対する貴族の横暴と同じ感覚だったんでしょう。

      2. 匿名さん
        その理屈は間違えても出すことはできません。
        出したとたんに自国が中華帝国の領土にされてしまいますから。
        形式的だった宗氏の臣従と異なり、朝鮮の臣従は三跪九叩頭はじめ実態を伴っていましたから。

        1. キサラギ=アリスさん

          朝鮮-清の臣従は正当な手続きによって解消されてます。
          (やったのは日本ですが…)
          が、己酉約条は対馬-朝鮮間で正式に取り消したことはない。
          つまり臣従解消に同意したことはないと記憶しています。
          なので、中国との兼ね合いは問題になりません。

          1. ロンパ君さん

            まず、基本的に韓国が対馬領有の根拠としているのは太宗の侵攻であって、宗氏の形式的臣従ではないと理解しています。そしてそれを持ち出せば自国が中共に併呑される根拠となってしまうからではないかと考えています。

            そのうえで、仰っていることはそのような屁理屈もこねられる、ということを示されていると考えてよいでしょうか。

            そもそも、
            > 己酉約条は対馬-朝鮮間で正式に取り消したことはない
            ということを言うなら、下関条約に李朝は入っていませんから、朝鮮の独立は無効という主張だってできるはずです。もちろん、李朝と対馬との関係は日朝修好条規によって上書きされています。ここを否定しては公式に廃止が宣言されていない法律は有効になってしまい、たとえば養老律は現在でも有効という極論になってしまいます。

            もちろん、無理筋を承知で主張することは不可能ではないでしょうが、そのことの危険性はいくら彼らでも認識しているし、「西海」を公式に主張しないこともそうですが、相手が強ければ彼らが態度を変えるのは常の事です。

            何年か前に対馬領有を国レベルで主張せよという議論に対して、あの国の外交部がそれでは独島領有の根拠もいい加減なものと思われてしまう、と言って却下していたと記憶しています。実際には彼らの竹島領有の主張でさえ無理筋であることは彼らもわかっているのだな、とその時思ったものです。

            南シナ海や尖閣への野望を隠さない中共は清の最大版図がそっくり自国の領土だと考えています。もちろん、そこには朝貢国の琉球も朝鮮もベトナムも含まれます。それどころか、同盟国のチベットやウイグル、本国の満州まで既に併呑しています。そんな国に付け入るスキを与えるような愚はいくらあの国でも犯さないのではないか、と私は考えているのですが・・・さすがに文政権のでたらめぶりを見るとそれさえも不確かに思えてきています。

          2. キサラギ=アリスさん

            何故かご意見に返信するリンクがないので、ここで。

            > そのうえで、仰っていることはそのような屁理屈もこねられる、ということを示されていると考えてよいでしょうか。

            はい。
            私の書いた内容は屁理屈と呼ばれるものです。
            ですが、交渉の場というのは「屁理屈」というだけで意見が無条件に却下されるものではないと認識しています。
            屁理屈であっても、公に論理破綻や矛盾を明示的に指摘され、論破されることがなければ、大義名分となり得ますし、正当と認められ得ます。

            そう思ったのですが、中国の事を考えると、確かに非現実的ですね。
            まあ、中国が朝鮮による日本侵攻を看過、援助するという可能性もあるとは思いますが。

            ともあれ、御意見とても勉強になりました。
            また色々とお教えいただければ幸いです。

            > さすがに文政権のでたらめぶりを見るとそれさえも不確かに思えてきています。
            勘弁して下さい。私まで不安になってきたじゃないですか(笑)

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