「日本から学ぼう」という主張の実体

韓国にも、「慰安婦像を撤去すべきだ」「日本から学ぶべきだ」と主張する人たちがいます。特に安保、経済関連で「歴史問題などとは別」として韓国が何かの政策を進めるにおいて、同じ主張をする人たちが多いようです。似て非なる流れで、「韓国に反日など無い」と主張する人もいます。

ただ、彼らが「反日ではない」というのは、根本的に間違った見方です。あくまで彼らは「反日」、すなわち「韓国は善、日本は悪。韓国が上、日本が下」の枠の中で日本を見ているだけです。

昨日の夜のエントリーと無理矢理繋げてみると、「韓国は日本を見下す権利がある」と思っているわけです。

 

(🙇 ここから「続きを読む」の後になります)

そもそも「反日」というのは、牽制できる勢力が存在しない韓国の総意でできています(これが「反共」と反日のもっとも決定的な差です)。

いままでブログでも書籍(「韓国人による末韓論」)でもそういう主張と、その歪みを何度も書いてきました。今日も、同じたぐいのものとなります。

いや、「とてもわかりやすい」寄稿文がありましたので・・これでも保守派が一番強いといわれる大邱・慶尚北道地域のローカル紙、ある大学教授の「日本を学ぼう」という題の寄稿文です。

 

<・・反日が流行ように広がっている。安倍のような日本の極右派の政治家たちの反作用だとも言える。しかし、それは日本の間違いであり、彼らの問題に過ぎない。日本が反省を知らないとしても、彼らが恥を受けるだけだ。神は何が恥ずかしいか区別できる知恵を人間に与えてくれたからである。

人間はいつも間違える弱い存在だ。重要なのはそのような失敗の犠牲にされないことであり、そのためには強くなければならない。私たちが憎むべきは、努力していないことである。学ぶところがあるならは、日本として除外する必要はない・・>

http://www.kbmaeil.com/news/articleView.html?idxno=426535

 

前、同じ主張として「長男らしく、胸を張って日本を許そう」というものを紹介したことがあります。それとまったく同じ見方(韓国が上、日本が下)で出来ていることが、すぐわかります。

「日本と関係改善を」「日本から学ぼう」などの意見は、外見だけだと建設的にも見えます。しかし、結局は「反日」の構造から作られたものにすぎません。

80年代には、同じく反日はあったけど、少なくとも「日本から学ぼう」というフレーズにはこういう歪みは無かったと記憶しています。小学校の先生も、子どもたちにもよく言ってました。日本から学ぶべきことはいっぱいあると・・・もうそんなことすらも普通には言えなくなったのかと思うと、悲しいですね。

 

 

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