憤怒民国

本ブログで不定期的に扱っている小テーマの一つに、韓国社会の「憎しみを権利だと思っている」パターンがあります。またそれと関連した記事が見つかったので、紹介します。今回は「憤怒」と表現されています。下の絵はソース記事からのキャプチャーです。

 

(ここから「続きを読む」の後になります)

・最近、大したことない是非の言い争いに我慢できず、暴行や殺人のような極端な犯罪を起こす事件が絶えないでいる

・いわゆる「憤怒犯罪」は、自分の感情を調節できず、原因提供者や不特定多数に向けて怒りを表出する

・社会的剥奪感と自壊感(自ら恥じる、絶望する)が極端な感情、怒りとして表出され、犯罪につながる可能性が高く、社会安全網の構築が必要である

・毎日の競争が激しくなっている中、普段積もった不満やストレスを適切に解消できず、極端な方法で表出している場合が多いし、特にその被害を受けるのはほとんどが無関係な社会的弱者である

http://v.media.daum.net/v/20171021130154188?rcmd=rn

 

嫌悪、憎しみ、怒り、そして今回は「憤怒」。いままで何回か紹介した記事は、表現や言葉選びはそれぞれ違えど、共通したものを訴えています。

怒りを調整できない、その怒りや憎しみが弱者に向かう、などです。ちなみに、今まで紹介した分析の中でもっとも個人的にヒットだったのは、「(韓国社会は)憎しみを権利だと思っている(憎しみを正当なものだと思っている)」です。

本ソース記事では「憤怒」としてそれを表現しています。そして、それが無差別に広がることを懸念しているようです。

記事本文では「最近」となっているけど、実はこれは韓国社会で前々からずっと言われてきたことです。もはや本ブログの読者の皆さんには長く説明する必要も無いでしょうけど、韓国人の「恨(ハン)」は、自分と、自分が憎む相手との関係を善悪論(正当なのか不当なのか)で決めつけます。善悪論にハマっている人は、なにかあれば「間違っているのは世の中」という結論になりやすいです。自分にとって不利な現実を、「世の中では正義が負けている」と同一視するからです。

その哀れな心理から、憎しみや怒りが無差別に広がる原因の一つを見つけることも出来るでしょう。

 

そう、これは前にも本に書いた内容ですが、

韓国側は、「日本で嫌韓現象が現れたのは、日本人の劣等感からだ」とずっと主張してきました。しかし、本当に韓国を「嫌」っていたのは、他でもない韓国人の劣等感だったのです。その社会で「上」になれなかった人たちの、こんな世の中は間違っているとする劣等感という名の正義のもとに。

「世の中に正義など無い」と思っている人は、規則や法律などを信用しません。それも世の中のシステムだからです。その点、本ブログで扱っている小テーマ「市民団体の権力強化」の動きとも、妙に繋がっている気もします。彼らは、既存の規則の上位概念になろうとしていますから。彼らから、韓国民は「正義の改革」を見出しているのかもしれません。

それが、ただの「破壊」にすぎないと気づくのは、ずいぶん後になってからでしょうけど。

 

しかし、上を妬み、下に怒り、永続的で、無差別に広がる。恨(ハン)って本当に何なんでしょうね。呪いもこんな呪いはそう無いと思いますが・・・

 

 

 

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63 Replies to “憤怒民国”

  1. 「恨」を心に抱く者には、未来永劫、幸せはおとずれません。
    人間が持つ理性、良心をうしなわせる感情だからです。自爆さえも厭わない、最も根強い恐ろし感情でもあります。
    私は子供達には、どうか「恨」を知ることもなく、また抱く事の無い人生を歩んでもらいたいと切に切に日々願ってやみません。

  2. 韓国人と言うか
    朝鮮人の性格って昔から全く変わっていない様なきがします
    長年、中国に支配されてきたと言う
    後天的な性質では無く
    先天的に朝鮮人が持っている形質なのかもしれませんね

  3. 「恨」のような、非論理的、衝動的な感性がどうして形成されてきたのだろうか。一朝一夕ではないような気がする。高麗以来1000年間、強大なシナに虐待されてきた結果だろうか。民衆の場合は、さらに両班の抑圧が加わる。
    映画「風の丘を越えて 西便制」は、谷崎の「春琴抄」の翻案のようだが。

  4. >最近(中略)極端な犯罪を起こす事件が絶えない

    それって最近の傾向なのかなあ。
    観察歴の浅い韓ヲチャ的には変化がわからないのですが。
    最近という単語も意味もなく使うのは問題の根っこを
    無意識に見誤らせるかもしれないので避けるべきかも。

    昔より豊かにはなってるはずだけど競争が増しているせいで
    昔よりストレスが増大したのか。それとも単純に現代人の
    ストレス耐性が何らかの理由で下がっているのだろうか。
    どっちも軽視できないと重要な社会的変化だと思いますが、
    そんなのは全ての先進国が抱えている問題だとも言えます。

    個人的に、正義は他者のために問題の改善を為すことだと思うし、
    悪はその過程におけるボトルネック部分を指すと思います。
    韓国の場合だと、悪の存在に人格を求めすぎなんですよね。
    悪を背負わせた人間の人格を剥奪することが正義になってる。

    悪人さえどうにかすれば良くなるという純朴な思考の根源は
    本来ウリは優秀であるという過信に基づいてる気がします。
    むしろ優秀でなければ許されない強迫観念が呪いに思えます。

    1. やはり「修身斉家平天下」という、儒教道徳が発想の基本にあるからではないか。
      「公」とか「信用」という市民社会の道徳が欠如しており、根底には、市民社会の未熟があるようだ。
      それは当然、封建社会の強固さを示している。
      韓国・朝鮮が家父長的な農村社会である所以。
      日本による上からの近代化は彼らにとって迷惑でしかなかったようだ。百田尚樹の言い草ではないが、「いまこそ韓国に謝ろう、近代化を押し付けて済みませんでしたと。
      彼らがこの意味を理解できるようになるには、まだ数世代かかるだろうが。
      しかし日本だって、アメリカによる「日本悪論」の歪み
      の是正は70年経っていま始まったばかりなんだから。

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