お金が必要なときだけ、「天皇」と呼んだ韓国

2014年にブログに、その後で本にも書いた内容ではありますが、昨日のシムシムエントリーのこともあるし、「やりすぎないなら、前に書いた重要な内容を再掲載するのも悪くないかな」な気もして、再構成して今日エントリーします。

まず、1998年9月12日の「毎日経済」の記事を紹介します。

 

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<・・政府が金大中大統領の訪日をきっかけに通常的に「日王」と呼ばれる日本の天皇に対して公式的に「天皇」名称を使うことにして注目されている。

パク・チウォン大統領府スポークスマンは11日金大中大統領の公式訪日を発表しながら「明仁天皇を面談し・・」と呼称した。

パク・スポークスマンはこれに対する質問に対し、(そんな質問が来るのを)予想でもしていたかのように、外交通商部の用意した資料を元に「相手の国と同じ呼称にするのが国際慣例である」と説明し、「政府も今まで対日公式文書や演説などでは天皇という表現を使ってきた」と話した。

国内では1986年までは天皇(※チョンファン、天皇の韓国語読み)という呼称を使っていたが、89年在日同胞に対しての指紋捺印を強要した問題で対日感情が悪化、マスコミが「日王」と引き下げた呼び方をするようになり、マスコミを勘案して「日皇」という呼称を使ったりもした・・>

 

金大中氏は、昭和天皇が崩御された1989年1月、日本大使館の昭和天皇の焼香所を訪れて頭を下げたことで、大いに叩かれたこともあります。他の韓国大統領に比べると、最小限の礼儀を取っていたようだし、訪日のときの「天皇」公式呼称も、そういう観点から理解すべきじゃないのか?・・という見方もできます。そんな見方を全否定したりはしません。

しかし、大統領が「天皇と呼びたい」として、公式呼称が天皇になるのでしょうか。それはちょっと違うと思いますし、金大中氏がそこまでこだわったとも思えません。

 

この記事が書かれたのは、いわゆる「IMF入り」、すなわち経済破綻の直後、韓国がとても苦しかった時期のことです。言うまでもなく、日本側にいろいろと支援を要請する必要があったのでしょう。

記事で指摘している通り、1989年から日王という呼称が使われたとしたら、すくなくとも軍事政権が終わったあとの韓国大統領が、「天皇」を公式呼称として使ったのは、「支援を要請しに行った時」だけだったわけです。もちろん、IMFの後には、韓国政府が天皇を公式呼称として使ったという話は聞いたことがありません。

 

最後に、余談ですが・・・韓国ではすでに1962年から、全国民(17歳以上)が指紋付き住民登録証を持っていました。

 

 

 

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