どうしてこう、「屈辱」という言葉を乱発するのか

韓国側の記事を読んでいると、どうしてこう「屈辱」と言う言葉を乱発するのか、反日とかそういうの離れて、不思議に思う時があります。

シンシアリーは、いままで「屈辱」という言葉を日常会話で口にしたことが一度も無い・・気がします。さすがに詳しく覚えているわけではありませんが。

意味を調べてみても、日本と韓国とでは大差ありません。「屈服し、侮辱や恥を受けること」です。

 

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なぜ韓国でこんなに「屈辱」という表現が乱発されているのか。ちょうど空も少し曇ってきて、曇りエネルギーが貯まりました。曇った見解を書いてみます。

韓国社会には、「自慢できないものは全て屈辱だ」とする心理があるからなのです(キリッ

辞書にもよりますが、韓国側の辞書には、「屈辱」の意味を付加的に説明する欄に、「オプシンヨギムをされること」と書いてある場合もあります。

オプシンヨギム。これは、「傲慢な態度で相手を見下すこと」の意味です。ヨギム(ヨギダ)は、~として扱うと言う意味で、オプシンは、(諸説ありですが)オプスイ、すなわち「無いように」から来たとする説があります。

すなわち、「無いように扱われる」=無視されると言う意味です。

韓国人にとって、無視は蔑視と同じ意味ですから、屈辱≒オプシンヨギム≒蔑視になります。

日本で何かリコール騒ぎなどがあると「日本製造業の屈辱」と言うし、韓国のスポーツチームが負けると「◯◯(競技名)の屈辱を味わった」と言います。

安倍総理がトランプ大統領とゴルフの時にバンカーで倒れたことがあるそうですが、そのことも韓国では「安倍のバンカー屈辱」と記事になっていました。

http://v.sports.media.daum.net/v/20171115080041476

どう考えても、これらは日本で言う「屈辱」という言葉をくっつけるシーンではありません。

この「屈辱」乱発は、韓国人が「人に自慢できないことは全て蔑視されることだ」というコンプレックスを抱いている、ある種の裏付けではないでしょうか。

この前の「ウッチュル心理」とも関係あるのかもしれません。とにかく偉そうにしないと、とにかく自慢しまくらないと、相手から無視され、蔑視されると思っているわけです。

自慢できないことは全て屈辱。上でないのは下。だから見下される。そう考えながら生きることほど残酷なストレスがあるのでしょうか。何も生み出さない、無益なストレスの世界です。

 

 

 

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