いや、それ違う

子供の頃、こんな物語を読んだ(絵本か漫画だった気がします)ことがあります。

背景は、昔・・というか、絵柄からして多分、朝鮮時代だったと思います。A氏には息子がいましたが、その息子は、街の遊び人たちと親しくなって、毎日のように遊んでばかりでした。

ある日、その息子に、Aさんが言いました。「あんな遊び人たちを真の友だちだと思うな」。すると息子が「お父さんに何がわかる。あいつらは皆、私の大事な友だちなんだ」と答えました。

 

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A氏はその日の夜、豚を殺して牛車に乗せ、上にワラを乗せて豚を隠しました。A氏は息子を呼びました。「お前の言う友だちとやらの家に行こう」。

そして、息子と一緒に牛車を引いて「友1」の家に着いたA氏。A氏は息子の友1にこう言いました。「私の子が、お前の友だちが、間違って人を殺めてしまった。この死体を埋めるのを手伝ってくれ」。

すると友1は拒絶しながらこう叫びました。「なに言ってるんですか。巻き込まないでください。あんなやつ友だちじゃありませんよ。さっさとあっち行ってください」。友2から友5まで回ったけど、拒絶されました。

息子は「あんなやつら、友だちじゃない」と泣き崩れました。

Aさんは、「本当の友だちが何なのか見せてやる」と、自分の古い友人のところに行って、同じことを言いました。するとAさんの友人は「さぁ、急ごう」と喜んで手伝ってくれました。そして息子はきづきました。真の友とは「困った時にこそ力になってくれる存在だ」ということを。オワリ。

 

どこの国の昔話なのかはわかりません。朝鮮半島オリジナルだったかもしれないし、中国から入ってきた物語かもしれません。

ただ、「困った時に力になってくれる存在」という内容には同意しますが、なんかシチュエーション自体が根本的に間違っている気がします。どう考えても、真の友なら自首を勧めるべきでしょう。

 

前に、「韓国人が言う『情』は、『法』の反対概念でしかない」と書いたことがあります。この物語で主張している「友情」が、まさにそれではないでしょうか。

法律的なことを破った時、それをかくまってくれる存在。それが友であり、言い換えれば、「ウリ」である、と。

自己基準で「ボツ」にした原稿を集めておくフォルダーがありますが、そこにこの物語を書いた内容があったので、ブログだけで紹介してみました。

当時、韓国人の「情」について書きながらこの物語を引用するつもりだったけど、物語そのものがかなりマイナーのようで、やめたと記憶しています。

 

 

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