道徳と法律

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いつ、どこだったかは忘れましたが・・日本側の記事で、「韓国は道徳を重視し、日本は法律を重視する」という主張を読んだことがあります。法律じゃなくて条約か契約だったかな?うろ覚えで申し訳ございません。

それからずっと「韓国人のいう道徳は、『身勝手な正義』にすぎない」とその意見には否定的な見解を示してきた私ですが・・それでも、なぜでしょう、なにかちょっと違和感がありました。

あれ?もっと反論すべきところがある気がするが、どこだろう、と。

 

今回の最高裁判所の判決について、どう思っているのか、個人レベルでいいから、何か独創的な内容が無いのか、昨日から韓国側の個人ブログを無差別に(検索結果に出てきたのを順番に)読んでみました。

独創的というのは、別に内容は本ブログと合致するものだけを意味するわけではありません。本ブログの趣旨と違っていても、ユニークで面白いものなら、それでいいでしょう。

 

(ここから「続きを読む」の後になります)

残念ながら、わざわざ「本文」を紹介したいものはありませんでしたが、ブログ本文ではなく「コメント」に、興味深いものを1つ見つけました。ソース表記無しで恐縮ですが、それを紹介します。

ブログ本文は、「日本は韓国の正義に負けるしかない」という趣旨のもので、その根拠は「世の中は『正しいものが勝つ』ように出来ている。昔から韓国人は道徳を重視し、日本人は法律を重視してきた。でも、法律は所詮は国家によって違うものだが、韓国の道徳は世界共通だ。だから韓国が日本に負けることは無い。実際、韓国が日本に負けたのは、帝国主義時代に武力で負けただけだ」でした。引用ではなく、長い内容を再構成したものとなります。

 

そこのコメント欄に、こういうものがありました。

「道徳というのは、相手の立場から考えるものではありませんか?」

「道徳は、相手の立場から考えるもの」・・道徳を共同体の一般的な価値観に相応するものという観点からすると、確かにそういう側面もあります。日本の立場からも考えるべきだ、というニュアンスでしたが、それ以上は書いてありませんでした。

道徳を「基準」という言葉で無理矢理変えてみると、韓国社会のもっとも深い問題点は、基準を重視しないわけではありません。ただ、「ナムには厳しい基準を、ウリには優しい基準を適用する」から問題です。すなわち、重視『は』します。

さらに考えてみれば、韓国人が法律を重視しないわけでもありません。告訴、告発は人口比で日本の100倍を軽く超えますから。重視『は』します。告訴大好きです。ただ、それらは自分勝手な主張による告訴で、実際に起訴が成立するのは20%だけです。

 

ああ、そうか。

「韓国は道徳を、日本は法律を重視する」ではなく、「韓国は道徳も法律も重視するけどどちらも守らない、日本は道徳も法律も重視してちゃんと守る」とすべきだったんだ。

↑の文章を書いた瞬間、違和感が無くなりました。

誰か知らないけど、例のコメント残してくれた方、ありがとうございます。

 

 

 

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