韓国、「文在寅やめろ」ビラ配りの女性、警察にあっさり逮捕される

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ソウルの某駅内で「文在寅下野しろ(=文在寅は大統領職をやめろ)」ビラを配っていた女性が警察に連行される騒ぎがありました。女性に手錠を付ける過程で、米国警察ドラマの簡易バージョンみたいなシーンがあった、とも。

「女性がスマホで警察の頭を殴った」という話も聞いていたので女性が必要以上に抵抗したのだろう、と思ってスルーしていましたが、動画を見ると、殴ったというほどでも無い気がします。

以下、マネートゥデーの記事から、画像キャプチャー・部分引用します。

https://news.v.daum.net/v/20200304140422491

 

(ここから「続きを読む」の後になります)

<ソウル蚕室(チャムシル)駅で「文在寅下野」のチラシを配っていた中年女性を警察が制圧したことについて、過剰鎮圧ではないかとの議論が起きている。4日、警察などによると、先月24日午後8時ごろ、蚕室駅の中で50代の女性が「ムン・ジェイン下野の7つの理由」などが書かれたビラを配り、「ムン・ジェインはパルゲンイ(赤)」のスローガンを叫んだ。通報を受けて出動した警察は、この女性を逮捕した・・

・・この女性は、警察の頭を携帯電話で殴り、警察はすぐに制圧に乗り出した。警察2人は女性の腕を後ろに回し、跪かせ、手錠をつけた。周辺にいた一行は、引き続き警察に「過剰鎮圧ではないのか」と抗議をした・・

 

・・この女性に対する警察の鎮圧で、オンラインの反応は分かれている。 YouTubeの映像に付いたコメントには、「市民の安全を考える警察がやることではない。抗議の電話をしなければならない」、「力のない女性を逮捕する警察なんて調査しなければならない」などの激しい反応が主を成した。一方、警察の鎮圧が公正だったという意見もある。オンラインコミュニティなどには、「米国だったらこの女性はよりひどく鎮圧された」、「携帯電話で警察の頭を殴ったじゃないか。手錠なんか当然だ」、「警察が身分証明書3回要請したから過剰鎮圧ではない」などのコメントも付いた>

https://news.v.daum.net/v/20200304140422491

 

画質は悪いですが、YOUTUBEのリンクを一つ紹介します。確かにスマホで殴るシーンが15秒あたりにあるにはありますが・・どうでしょう。「朴槿恵に死刑を」や「安倍は謝罪しろ」だったら、ここまでされなかったのだろう・・ということだけは、確かですが。

 

安倍総理「日本は民主主義国家ですから。安倍やめろと言っても逮捕されませんよ」

文大統領「韓国も民主主義国家ですから。安倍やめろと言っても逮捕されませんよ」

 

 

 

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55 Replies to “韓国、「文在寅やめろ」ビラ配りの女性、警察にあっさり逮捕される”

  1. 以前も霞ヶ関辺りでドンドンパフパフしながら練り歩いている連中を見た。
    勿論道路は渋滞だけどお構いなし。
    マイクで喚いてる事も幟に書かれている事もこれ以上。
    パンフ配り位で捕まるならあの連中は?
    あ、そうか、市民団体に所属していなかったからか!

  2. 悪いことをする自由のない社会は、結局こうなる訳で。

    言論の自由には、公共の福祉に反しない限り、という注釈はつかない、ついてはならないのです。

    1. 今回のケースは、そもそも公共の福祉には反していませんが?

    2. 現に、日本国憲法には、その規定が有るんですが…

      「権利」というものは「社会との関係に関する概念」なので、社会性に基く限界は内在しているのです。
      「公共の福祉」という表現は、そこを明文化しているだけ。

      「悪いことをする自由」なんて言い方は、「一度言っちゃって、引っ込みがつかなくなってる」だけ、でしょ?
      それは理解してあげるから、もう、引っ込めた方がいいですよ。

    3. >>悪いことをする自由のない社会は、結局こうなる訳で。
      全力で笑わせにきていますね。
      裏を返せば日本は悪いことをする自由のある社会なんですか?
      言葉の選び方が不適切というのを超えてギャグになっています。
      言論に良いも悪いもないというか、良い、悪いと種別分けするのは危険なことだと考えています。そういう意味では私は七誌さんの考えは理解できなくもないのです。
      自分の意図を正しく伝えるためにも言葉選びは大切ですよ。
      最後に。言論が言論以外のものにより潰されることのない社会が理想だと思いますが、現実的にはそれは無理です。

    4. 七誌の「自由」は、それを行使してどのような結果になっても何の不利益も受けないというものです。単純に言えば「好き勝手できること」です。それを保証しろと。
      しかし、それは自由では絶対にありません。結果に対して責任を代わりに負う何者かに庇護されている(支配されている)ことを意味しますから。

      (個人の内面だけに閉じた)思想や信仰の自由は、他者を直接傷付けません。だから責任を負うことはまずないので、真の自由に近いものです。
      しかし、言論によって他者を傷付けることはできます。傷付いた者には、その責任を問う権利(自由)があります。権利(自由)が干渉した時に、共存するための基準が「法」というものです。

      真の自由はあるのですよ。憲法や法に守られない自由が。公共から離脱すれば、全責任を負わされますが、何をしても自由です。

      七誌にも多くの韓国人や中国人にも理解できないでしょうが。

      1. そうですね。それでこういった女性は、政府に迷惑をかけた罪で逮捕される。mottonらが望むのは、他人に迷惑をかける自由がない世界なのです。正しい世界、間違った事をする自由のない世界ですね。誠に結構なことですw。

        1. 他人に迷惑をかけるかけないは自由とは関係のない世界なのです。

          1. 彼ら(七誌や韓国人)は、他人に迷惑をかけても何も咎められないことを「自由」であり「権利」であると思っているのです。

            その「自由」を持っているのが「上」なので、上位なら下位に対して自由気ままに好き勝手に何をしても何の問題もないと思っているのです。
            実は、何をしても何の問題もない「自由」は、最上位によって管理され「許されている」ものに過ぎないのですが、最上位たる皇帝になったことがないので、その意味を理解できないのです。そして、最上位は全く「自由」ではない(管理しなければならい)ことが分からないのです。

            これね。
            「併合時代に日本が酷いことをした」という思い込みの根底にあるものと同じなのです。
            普通の日本人なら、酷いことをして統治に失敗したら(日本のために)ダメだから、あまり酷いことをするはずがない、という最上位に立った思考ができますが、これがないのです。

          2. 七誌さん的には世紀末でヒャッハーするのが自由らしいね。

          3. 世紀末でヒャッハーするのは正しく自由なのですが、(ラオウ様の庇護下で)自分だけヒャッハーするのが彼らの「自由」です。
            そして、ラオウ様に踏み潰されるか、ケンシロウにアタタタタされると、間違い!自由がない!って言うんですよ。

      2. mottonさんと七誌さんの、このやり取りに、
        七誌さんの「論理のねじ曲げ」が典型的に表れています。
        面白いですね。

        「権利には、義務が付いて回る」というごく普通の論理に基づいて「言論の自由には、その言論によって損害を被った相手への賠償、という義務が付随する」と説明しています。
        それに対して、「人権は何事があろうと制限されてはならない」と反論するのは「人権という概念が存在する意味」を理解できないから、です。

        私人間の人権は、利害相反を生じる事が有ります。ゆえに、その調整は社会を維持するために必要です。

        ところが、「人権相互の衝突を調整する内在的必然性」を「権力の濫用」と混同しているのです。
        「火を使用する自由が無制限に認められないと、すべての人間が凍え死ぬ」と言ってるのと同じです。
        「うちの前で焚火するのは止めてくれ」と言うのを「火の使用を権力によって恣意的に侵害する事例」と。

        そこが理解できない、あるいは「理解できない振り」を続けないと、これまでの己の所業を正当化できなくなる。
        ゆえに「ねじ曲げた極限事例」を持ち出して、相手を攻撃する訳です。

        「迷惑をかける自由」なんてものは、はじめから有りません。
        「間違った事をする自由」は「間違い」の種類によります。
        間違った事であれ、何かの理由で禁止されている事であれ、それをやる事は「法的な意味ではなく、自由」なのです。
        しかし、それが「迷惑(又は有害)」と判定されたら「止めなければならない」そして「損害を賠償」しなければならない。
        倫理的には「ごめんなさい」を言わなければならない。
        「お前のやってる事は迷惑だ」と言われたら、
        「迷惑行為の自由」を持ち出してはいけません。
        それを持ちだすと、社会は崩壊しますから。

        ゆえに、もっとも重要なのは「迷惑の基準」です。
        「何が迷惑行為なのか、その基準を恣意的に操作してはならない」という原則があるだけです。
        「特に、権力がその恣意的操作をやってはいけない」ので「法の支配」が有り「三権分立」が有り「裁判所の独立」が有ります。
        「公的機関が、法に基づいて、公平に判断する」
        そういう仕組みに従うのが、今のところ最善なのだという事を、人間の一部がやっと理解して、現代の民主主義社会が出来ています。

        「迷惑をかける自由」論者は、そういった民主主義と人権のシステム自体が、理解できない振りをして「自分が『迷惑の基準』を恣意的に操作したい」訳です。

    5. 七誌さん

      「悪いことをする自由」の
      悪いこと = 法や道徳を犯す
      と規定した場合。
      そして、それを誰も咎めない場合。

      人殺しや、窃盗や、消費期限を改ざんするのは自由だ。

      殺された家族が殺人者の命を奪うのも自由。
      空き巣にあった人が泣き寝入りするのも自由。
      犯人を見つけて手足を切り落とすのも自由。
      消費期限の切れた食品で食中毒になる自由。

      ああ、自由は素晴らしい。
      誰に制限されることもなく、欲望のままに好き勝手に、やりたいことができる。
      逆に、狂人があなたの手足をもぎ取るのも自由だ。
      手足をもぎ取られることに抵抗することは自由とは言えないのだ。
      自由は誰にも束縛されることがないのだ。

      ああ、自由は素晴らしい。

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