「このままだと国中が両班だらけになる」

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18世紀、朝鮮の貴族階級である両班(ヤンバン)が、『さまざまな理由で』増加しました。偽物でも、お金で両班の地位を買う、または両班のふりをする人たちが増えたからです。

朝鮮は賄賂に弱く、文書で民を管理できる国ではなかったため、両班の増加を止める術がありませんでした。朝鮮の儒学者丁若鏞(チョン・ヤギョン)は、当時の身分制度の崩壊を、『身布議』という文書にこう書き残しています。

 

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<・・両班にならないと、軍布免除にならないから(※無償で兵役免除にならないから)、とにかく民は誰もが両班になりたくて仕方がない。地方の士族名簿に名前を書いてもらっては両班だと言うし、偽物の家系図で両班だと言うし、故郷からわざと遠いところに行っては両班のふりをするし、文官志望生徒の巾をかぶって官吏登用試験場に入るとその時から両班だ。こんな風潮が隠密に溢れ、年々増え月々増えている。このままじゃ、国中が両班だけになってしまうのだろう・・>。

兵役だけではなかったでしょう。人をお金で売買する最悪の身分制が存在した朝鮮の支配階級、両班の自業自得という側面もあります。朝鮮末期には、お金さえあれば両班階級を買うのも容易くなり、結局、身分制の崩壊、社会そのものの崩壊を招きました。

 

最近、本の原稿の草案という意味も込めて、言語においての『敬』の意味をエントリーしたことがあります。事物尊称、イエス尊待法、『私が誰かにタメ口をきくのは、誰かが私に尊敬語を使うのとおなじだ』とする考え、などなどです。

日本語の敬語は、優しさです。主従ではありません。

韓国語では、そういう側面は崩壊してしまいました。私は、最近のそういう韓国の敬語システムの崩壊が、朝鮮後期から続いた『このままでは国中が両班になる』という現象と同じ根を持つと見ています。前に、「韓国語の敬語システムは、もはや新しい身分制度だ」とする趣旨の文を紹介したことがありますが・・それも同じ問題を指摘したもの、と言えるでしょう。

言(こと)は事(こと)なり。言語が敬を運ぶとき、すべての事に敬がとどきます。

 

 

そういう本を書いています。五月には発売できそうです(・∀・)ノ

チョン・ヤギョン「宣伝だったんかい!」

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