自分が「感染される」も怖いけど、誰かに「感染させる」はもっと怖い

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『日本がコロナ防疫に成功した理由っていったい何なのか』というテーマの議論が、一部の外国のマスコミでも話題になっていると聞きます。

韓国でもマネートゥデーが、結局は『2波が~』『危険だ~』『安倍の支持率が~』という話で終わるものの、日本のコロナ防疫が成功していること、そしてその理由が謎だ、と伝えています。

<・・日本国内では、コロナ以前からマスクをよく使っていた習慣、宗教施設に集まる習慣がない点、頻繁に入浴すること、抱擁・キスをあまりしない点などがウイルス制御の成功の理由として話されている。日本のTBS放送は最近、日本語の特性上、発音するときにツバがあまり飛ばないとし、英語を発音するときと比較したりした・・>

https://news.v.daum.net/v/20200525053037690

 

(ここから「続きを読む」の後になります)

細部においては、こうだああだと議論はあるでしょうしあってもいいでしょうしあったほうがいいでしょう。でも、個人的に、これは『どれだけ感染を恐れるか』というとても単純な認識の差が原因ではないだろうか、と思っています。

外に出ることも、人と話すことも大幅に減ったものの、コロナの件で人と話す機会がまったくなかったわけではありません。そして、いくつかのキャンペーンのフレーズ、コラムなどで、100%ではないものの、私はこういうイメージを受け取りました。

「『自分が感染される』の恐ろしさとともに、『誰かを感染させる(人に移す)』の恐ろしさを共に伝えている」。簡単に言うと、「人様に迷惑をかけない」という日本社会の「日頃の行い」がそのまま反映されているわけです。どちらかというと、『移したくない』のほうがもっと強い説得力を持っているようにも思えます。強制力も無しにこれだけ多くの店が休む理由の一つでもありましょう。

 

いくつかのフレーズ、記事、コラムなど、日本以外は韓国と米国のものしか分かりませんが、それらには、意外なほど、この点が抜けています。怖いぞ!大変だぞ!という内容はオーバーなほど入っていますが。

移されたくない、移したくない。結果的には同じではないのかと思われるかもしれませんが、この差が人の内面に与える影響は大きいです。

「移されるの嫌だな」の気が緩みそうになったとき、「移す」の恐ろしさをもう一度思い出すことができるなら、日本に2波など無いでしょう。

 

 

 

 

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“自分が「感染される」も怖いけど、誰かに「感染させる」はもっと怖い” への91件の返信

  1. 確かになぁ、
    自分を大切にしないと他人に優しく出来ない
    という美徳もあるが、それは一方で自分の欲求で他人を振り回す、二の次にするというわけで、普段批判されがちな「他人に迷惑をかけない」美徳が功を奏している訳だ。

  2. >簡単に言うと、「人様に迷惑をかけない」という日本社会の
    >「日頃の行い」がそのまま反映されているわけです。

    これは、良い所を突いた分析だと思いましたね。
    なるほどなぁ、と。

    なぜ日本の防疫が上手く行ったのか?という謎に対し、
    日本人の「うつしたくない」と韓国人の「うつされたくない」
    という行動原理の対比構造として捉えてみるということ。

    私的に言うならば、ここに「責任感」という言葉を
    持ち込んでみたら、日本人と韓国人の行動原理の違いの分析として
    より深い分析になるのではないだろうか、と思いました。

    「人様に迷惑をかけない」というのは、自分のことは自分でやる、
    自分の失敗は自分で処理する、他人に甘えず、他人に頼らず、
    他人に迷惑になるような行為はしないこと。
    それは、「自己責任論」「独立心」に通じていると思うわけです。

    だから、これは「依存心の強い韓国人」と「自己責任論の日本人」
    という対比構造とも言えるわけです。私は「責任感の強さ」と
    「独立心の強さ」は正比例するものだと考えるからです。

    (※長くなったので分割します↓)

    1. (´・ω・) ほむほむ
      逆にここでの責任感の強さは、社会の構成員としての歯車的な役割を担う、つまり自主自立の精神とは別とも思えたりもします。
      でも独立心ともまた少し違う意味合いかも。

      ・・・続きが待てなかったニダ

      1. >みかげさん

        分割の途中でコメント書いたら間延びしてしまいますやーん!っていうね。(笑)
        匿名さんもね。(笑)
        あと、もしこの後レスがあっても、たぶん今日はこれ以上は
        レスしませんので悪しからず。(礼)

    2. (※↑の続きです)

      なぜそれらが正比例するのかと言うと、社会で生きる人間というのは、
      大人になって親元を離れ、独立して行く段階で「自由」を得る
      替わりに「責任」を背負うことになるからです。

      「責任」は「自由」との交換条件と言えるのです。
      だから、独立した人間というのは、当然として皆「自由」を
      得ているし、その代わりに「責任」を背負っているわけです。

      では逆に、誰かに依存し、責任を背負えない人間というのは、
      どうなるのでしょうか?

      そういう人達は当然、誰かの庇護を必要とすることになります。
      そして、そのため、それゆえに、彼らは永遠に自由を得ることは無く、
      「その庇護者の支配下に居続けることになる」ということ。
      責任を放棄し、独立を拒んだ時、その依存の先にあるものが、これなのです。

      どうでしょう?
      皆さんも後者の文を読んだ時、今そこにある韓国社会のあり様を
      思い浮かべた方が多いのではないでしょうか?(笑)

      1. >では逆に、誰かに依存し、責任を背負えない人間というのは、
        どうなるのでしょうか?

        そういう人達は当然、誰かの庇護を必要とすることになります。
        そして、そのため、それゆえに、彼らは永遠に自由を得ることは無く、
        「その庇護者の支配下に居続けることになる」ということ。
        責任を放棄し、独立を拒んだ時、その依存の先にあるものが、これなのです。

        明治以来、朝鮮の問題というのは、まさにこれですな。

        1. >七誌さん

          赤ペンチェックありがとうございます。(礼)
          否定部分が無いようならOKです。OK牧場。(古い!)

          ちょうど良いので、先のコメントで書き足りなかった分も
          書き足してみようかと思いました。

          現在のところ、韓国もまた防疫成功国の一つとして
          世界に評価されているという点において。

          これがまた日本との良い対比構造になっているという
          ところです。「自由主義国家側としての成功例」と
          「抑圧国家側としての成功例」として。成功に至るまでの
          経緯でそれぞれの国が行った政策・判断の数々が。

          特に、韓国の、ITを活用した感染者の動線の公表。
          安心バンドの導入。QRコードでの入店確認の制度化など。
          そして、国民がそれらを「正義」の名の元に
          簡単に受け入れてしまう感覚は何なのか?という点。

          これもまた「依存心」なのだということです。
          これは、韓国政府に対して、守れと言っているわけです。
          自分はうつされたく無いから、自分を守れ、と。
          自分達(非感染者)を守れ、と。
          悪い奴ら(感染者)から守れ、と。その権力を使って。

          自分達(非感染者)を守るために、悪い奴ら(感染者)の
          人権を無視しろと言っている。自分達(非感染者)を
          守るために悪い奴ら(感染者)を排除しろと言っている。
          もし自分を守れなかった時は、
          お前ら(韓国政府)のせい(責任)だからな、と言っている。

  3. どんなルートで感染するかわかりません
    感染者を悪魔扱いする韓国社会が恐ろしいです

  4. 「情けは人の為ならず」

    という格言にも通ずるところがあると思います。

  5. 職場で1番にかかったら停年まであだ名はコロナになるのが間違いないので全力で自粛しました

  6. そうなんですよね、私には高齢の両親がいますし、職場には持病のある人も妊婦さん本人やその家族もいます。
    皆の顔を思い浮かべれば、気をつけなくては!っていう気持ちになります。
    とは言え、これは、日本だけでなく、世界中の誰もが思っていることでは?

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