韓国、「神による治癒」集会で新型コロナ集団感染

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韓国の基督教(キドクキョ、キリスト教のプロテスタントの方で、カトリックはよく分かりません)は、他の国のキリスト教とは明らかに違うところがいくつかあります。

反日であること、親米であること、韓民族に選民思想を持っていること、そして、シャーマニズムのような側面が強く残っていること、などです。本ブログでは前から似たようなことを書いてきましたし、新刊「高文脈文化 日本の行間」にも、同じ趣旨を記しました。

その教会(韓国ではプロテスタントが「教会」、カトリックは「聖堂」といいます)のことですが・・「神癒(神による治癒)」のための礼拝集会を行い、そこに参加した牧師などが新型コロナに集団感染してしまいました。

 

(ここから「続きを読む」の後になります)

<仁川(インチョン)地域の一部の小型教会の牧師たちが、新型コロナウイルス感染症(コロナ19)に連鎖的に感染、確診者50人に急増した中、最初の感染が発生したと推定される礼拝が、密接な接触を行うしかない「神癒集会」であったことが確認された・・

・・神癒集会とは、病気を治療するという目的のために集まるプロテスタントの集会形式で、牧師を通して祈る方法を訓練したり、按手(※聖職者が、信徒の頭の上に手をおいて祈ること)を受けることになる。治療を名分に集まる小グループであるため、一般的な教会の集会に比べ信徒同士の接触が多い。また、自分の教会の牧師ではなく、他の牧師が神癒集会を主催し、他の教会が参加する場合が多い・・>

https://news.v.daum.net/v/20200603165745311

 

「痛声の祈り」、本ブログの読者さんならご存知でしょう。普通に牧師が信徒(患者)に手をおいて祈るだけではありません。痛いとされるところを結構もみもみするし、その間、周りの信徒たちはジュヨー(主よ)と無茶苦茶大きな声で祈りを捧げ・・いや叫びます。

教会側は「マスクつけていたし、神癒集会でもない」と主張している、とのことですが・・神癒とかナンタラ治癒集会とかは、ポスターだけ見てもすぐわかります。

前にも似たようなことを書きましたが・・イエスは『人間一人の命は、世界より重い』と話しました。そんな教えを無視し、人が死ぬかもしれない病気をおろそかにしながら、「私は神の力で他人を治すことができる」とする発想自体が、とでも痛い声が出そうです。

 

 

 

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“韓国、「神による治癒」集会で新型コロナ集団感染” への92件の返信

  1. 換気の悪い場所に集まって大声を上げて大量感染する事例があるので要注意なのによく集まるねぇw

  2. >>  イエスは『人間一人の命は、世界より重い』と話しました。

    かって日航機がハイジャックされ、バングラデシュのダッカ空港に強制着陸させられ、乗員を人質に超法規的措置を強要された日本国政府が止むを得ず応諾した際、福田首相(当時)がつぶやいた一言が、「人の生命は地球よりも重い」でした。

    「人の生命は地球よりも重い」の語源はここであると日本はおもっています。

    実際は明治時代の知識人が愛読していた『西国立志編』の序文から福田首相が引用 したようですが。

    それでシンシアリーさんのおっしゃっているキリストの言葉ですが、日本で刊行されている新約聖書では見当たりません。
    韓国の聖書には記載があるのでしょうか?
    聖書の内容は各国によって異なっていると聞いています。
    例えば「さまよえるユダヤ人」アハロス・ウェルスの有名な話は日本の聖書にはありません。

    1. >実際は明治時代の知識人が愛読していた『西国立志編』の序文から福田首相が引用 したようですが。

      それ間違いだから。
      ずっと前の方(2020年6月5日 14:25)にも書いたけど、『西国立志編』の序文を引用したのは、最高裁判決(死刑制度合憲判決事件1948年)の冒頭部分において真野毅判事が記述した「生命は尊貴である 一人の生命は、全地球よりも重い」であり、福田赳夫首相(当時)が呟いたのはその判決文からの孫引きです。
      まあでも、マタイ伝16章のイエスの言葉をそのように拡大解釈(?)するのが、英国でも、日本でも、韓国でも知られているというのは、結構驚きだった。おそらく、大元は、英国サミュエル・スマイルズ『西国立志編』の序文であり、それが中村正直訳により日本へ、それを読んでパクったのが韓国ウリスト教会だとは思うけどね。

  3. 私が通っている教会はオンライン礼拝をしています。ちゃんとコロナ対策しています。

  4. 主さんの書き方に問題があったのはその通りで、だからコメ欄に訂正文を入れたのでしょ?多分。。。
    自分は初詣に神社に行って、葬式は坊さんが来て、メリークリスマスって出来る普通の(多分)日本人的無宗教なので、神学論争できる知識は無いけど、説法で聖職者が話していたとの事なんで「人間」より「あなた」というニュアンスだった(推測ですけどね)としても、論理飛躍するかな?
    とはいえ、聖書の解釈も絶対解がないから、世界中に宗派がたくさん在る訳ですし。
    西洋の科学発展においては「神の意思を知りたい、神に近づきたい」という願いから研究された側面もあります。
    非科学的なのはその通りですが、現代科学が将来的に「宗教」とされる可能性も否定できない。

    聖書の記載が「非科学的」という表現は、他者の『信仰』の否定に繋がります。
    なので、敬虔な信徒には破壊力抜群の表現だという事も、気に留めて置いて欲しいのですよ。

    1. ロース公さん

      「非科学的」は大丈夫です。
      キリスト者は、聖書の記述が非科学的であることぐらい承知です。
      「非科学的? 当たり前やん。2千年前の話しやで。」ってなもんです。
      一部の原理主義的な人たち以外には、痛くも痒くもありません。
      ご安心を。

      私個人の意見になりますが、( 元 ) キリスト教徒として「嫌だな」と思うのは、シンシアリーさんの

      >>イエスは『人間一人の命は、世界より重い』と話しました。

      という一文です。

      解釈は自由です。
      しかし、イエスは『人間一人の命は、世界より重い』と話してはいません。
      イエスの言葉は聖書に拠るべきです。

      ですから、私は、
      >>そんな事言ってました?
      全く思い当たりませんが、どの箇所ですか?//
      とコメントしました。
      シンシアリーさんのコメントは、訂正文ではなく、その質問へレスをくれたものです。
      結構離れているので分かり難いですが。

      解釈は自由です。
      そう教えられて信じるのも、もちろん自由です。
      しかし、どれだけその解釈を信じているとしても、イエスが「話した」としてしまえば、それは「嘘」です。
      どこにも記述はありませんから。

      個人ブログでの文章とはいえ、シンシアリーさんのような影響力のある著述家であれば、出典をあたることは、なさって頂きたく思います。
      一晩考えて、改めてこう思いました。

      イエスは、
      「人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。自分の命を買い戻すのに、どんな代価を支払えようか。」と話しました。

      解釈は ( 翻訳も ) 色々です。w

    2. > 現代科学が将来的に「宗教」とされる可能性も否定できない。

      ははは、そりゃあんた、現代科学をなめてるよ。
      現代科学の一部には「宗教」どころか「迷信」としか表現できないような非科学的な面も持ち合わせているが、現代科学がその総体を「宗教」とされる可能性は将来的にまずあり得ません。可能性はほぼ完全に否定できます。
      むしろ自分の目から見ると、現代の宗教はほとんど「迷信」に近いものであるように見えるよ。

      「敬虔な信徒には破壊力抜群の表現」ならば、それはむしろ望ましいことです。宗教信者でない自分に宗教の見解を押し付けられるくらいなら、そんな信徒の宗教心はこの私が粉砕してあげますよ。
      これまで何度かそうしたようにね。

      宗教が人生にとって重要であると過剰な価値観を置く考えかたは、一神教に毒されたキリスト教徒のモノマネだ。欧米人に対する日本人のコンプレックスが元になっている。ほとんど単なる偏見。
      その証拠に、キリスト教徒でなくても敬虔な欧米人キリスト教徒を敬う日本人は多いが、敬虔なイスラム教徒を敬う日本人はほとんどいない。

      1. いえいえ、「迷信」も敬すべき宗教あるいは信仰の一つの形です。一神教であろうと多神教であろうと神秘主義であろうと。
        >その証拠に、キリスト教徒でなくても敬虔な欧米人キリスト教徒を敬う日本人は多いが、敬虔なイスラム教徒を敬う日本人はほとんどいない。
        嘘です。証拠になっていません。単なる見かけ上の文化的差異による勘違いです。

        1. ついでに。
          科学というかその体系を築く基底に数学と論理学がありますね。
          で、どんな厳密な論理体系でもその中に解決できない誤謬が含まれます。ざっくりした言い方ですが。体系そのものが内包している誤謬というか矛盾というか、うまく説明できません。
          ゲーデルとかヴィトゲンシュタインあたりなんですが。
          とろいやさん、助けてください。

          1. さらに、ついでに。
            科学的に証明されたことなら信じる、ということでしたら、その態度、思考そのものが宗教あるいは信仰です。

          2. ゲーデルの不完全性定理ですね。その体系では証明出来ない物が存在する。
            科学は過去の理論を吸収して発展して来ました、ユークリッド幾何学から曲面も対象にした非ユークリッド幾何学とかニュートン力学から相対性理論とか。以前の物を破壊するのでは無く吸収しています。

          3. > ゲーデルとかヴィトゲンシュタインあたりなんですが。

            哲学と、数学論理をごっちゃに考えているような時点で、あんたにゃ反論は無理だよ。宗教、迷信、科学、数学、哲学、それらを区別することもできないのかね?
            まあおそらく、できればそれらを区別せずに扱いたい、なぜならそれらの価値に差があるとは考えたくないからなのだろうが。

            >ゲーデルの不完全性定理ですね。その体系では証明出来ない物が存在する。

            ちょっと違うな。厳密には第一と第二があるけど、より正しくは「どのような述語論理体系であっても、その体系の中ではそれ自身が正しいことの証明はできない」だ。もう少し数学的に記述すると「論理命題を数学的記号で記述する方式を『形式命題』と称する。その方式では『この形式命題は(真であると)証明できない』という内容の形式命題が成立してしまう」ということ。(アマチュアでも理解できるレベルの解説としては「はじめての現代数学」を参照。)
            これを応用すれば、「宗教に価値があると認めている者には、宗教に価値があることを証明できない」ということにもなる。宗教に価値があることの証明は、宗教への否定論者または懐疑論者によってのみ可能なんだろう。
            ミイラ取りがミイラになるのは、現実世界でよくある話。

        2. 救援要請があったので、補論。

          「現代科学が、将来【迷信の一種】とみなされる可能性」は、
          「科学」を、どう考えるかによります。

          「科学」とは「ある限定された条件の下で、数理的に成立する仮説の集合」です。
          この「限定された条件の下でしか成り立たない」という原則の一つが「不完全性定理」です。
          ウィトゲンシュタインの言う「語り得ないものについては、沈黙するしかない」もそうです。
          人間の「世界把握能力」の限界の内側でしか「科学的推論」は成立しない、しかも「仮説」でしかない、という事です。
          それをきちんと自覚していれば、迷信にはなりません。

          迷信とみなされるであろうモノは、世俗的な「科学万能主義」ですね。これは明らかに「間違い」ですから。

          ついでに、
          「敬虔なイスラム教徒を尊敬する日本人がほとんどいない」というのは「敬虔なイスラム教徒」に出会う機会がほとんどないから、ですね。

          そういうイスラム教徒に出会えば、尊敬すると思いますよ。
          例えば、井筒俊彦先生は「敬虔なイスラム教徒に出会って、尊敬した経験」を著作の中で述べておられます。

          さて「敬虔な七誌教徒」に出会ったら、尊敬するだろうか?

          1. >「敬虔なイスラム教徒を尊敬する日本人がほとんどいない」というのは「敬虔なイスラム教徒」に出会う機会がほとんどないから、
            つまり、将来的には分からんが、現段階においては、
            「キリスト教徒でなくても敬虔な欧米人キリスト教徒を敬う日本人は多いが、敬虔なイスラム教徒を敬う日本人はほとんどいない。」
            ことに間違いはないよね。

            >迷信とみなされるであろうモノは、世俗的な「科学万能主義」ですね。これは明らかに「間違い」ですから。
            『世俗的な「科学万能主義」』なんぞ、ここまで誰か話に持ち出したか? あんた自身だけだろ。

            反論にも、救援にもなっていないと思うがな。

  5. どこかで洗礼に水鉄砲を活用している画像を見かけました。
    有難味がちょっと軽減されてしまいますが、楽しそうでもありました。それを思うと声を控えるとかマジックハンドを活用するとか、なんかできなかったものかと考えてしまいます。

    たぶん、なまじ治癒を謳ってるからあからさまなウィルス対策を見せたくないとか、しなくても大丈夫な気になってたりするところに感染者参加でどーんと増えちゃったんでしょうね。

    もしかして。いつも通りじゃないと満足しない顧客側の突き上げなんてのもありましょうか。

    1. 「洗礼に水商売を活用している画像」かと。
      もしそうだったら、ワレも入信シル!

  6. こればっかりは本場でも起こっているので、韓国だけ責めるのは酷な気もしますが。
    どこの宗教も祈りは独りで静かに祈れって書いてるように思うんですが、大勢集まってしまうのはなぜなんでしょうね。

  7. 韓国のプロテスタントって長老派教会が大手ですよね
    スコットランドが発祥だと思ってたんですが、なんだかその長老派教会のイメージと韓国の教会のイメージが乖離しすぎていて、すごく違和感です
    カトリックの総本山のバチカンみたいな組織はプロテスタントにはないんでしょうか?
    そういう本部みたいなとこからカルトだとか異端だとかいう指摘がはいらないんだろうか
    それがいつもすごく不思議です

    1. >>カトリックの総本山のバチカンみたいな組織はプロテスタントにはないんでしょうか?

      ないですよ。
      プロテスタントは、元々、カトリックの神父で神学者だったルターが、カトリックの腐敗っぷりに腹を立てて行った、宗教改革が始まりです。

      引き金となったのは、時の教皇 ( 法王 ) レオ10世が発行した「贖宥状 ( 免罪符 )」。
      すれっからしのイタリア人は、そんなもん買うはずもないのですが、ルターの故郷、ドイツの善男善女は買ってしまうんですね。w
      その売り上げで、メッチャ贅沢してます。最低ですね。w

      カトリックの腐敗坊主に、プロテスト【protest:異議を申し立てること。抗議。】したという意味で、プロテスタントなのです。

      なので、総本山はありません。
      信者、一人一人が神と向き合うのが良い、とされています。
      その中のカリスマが教派を立ち上げるのですが、一人一人のが神と向き合うので、実は、すぐに分派してしまいます。w
      キリスト教系新興宗教なんかも、全部この流れです。

      話しをちょっと戻しますと、
      宗教改革で、ルターが、腐れ神父たちから権力を奪うためにしたのが、新訳聖書の現代ドイツ語訳です。
      それまではラテン語でしたので、一般の信者には、何が書いてあるのか読めませんでした。
      しかし、文字が読める層であれば、読むことが出来るようになりました。
      さらにグーテンベルクの活版印刷の登場と相まって、爆発的に普及しました。

      というわけで、プロテスタント各教派の解釈はかなり自由度が高いのです。
      カルヴァン派の予定説なんか、カトリックでは考えられません。w
      「進化論を教えない」で有名な福音派も、もの凄いことになっちゃってます。

      各教派で、どれぐらいの統一見解があるのか分かりませんが、意見が別れれば分派しちゃうので、纏まることはないと思います。

      1. 宗教改革は16世紀の出来事です。
        レオ10世の贖宥状は、1515年に売り出されました。
        レオ10世は、メディチ家の出身なので、芸術作品の収集なんかで、ヴァチカンの金庫を空っぽにしました。www

    2. カトリックと、プロテスタント、東方正教会(オーソドックス)の違い より:

      一番わかりやすく言うと、総本山をバチカンとして全世界で組織が成立しているのがカトリックであり、いわばローマ法王は世界大統領、枢機卿達がその内閣、各国の総主教は住民に選ばれた知事(ガバナー)に相当する。レーニンらが思い描いた共産党組織とよく似ている。
      プロテスタントは完全に各派が分派していて、各宗派代表者も各国代表者もバラバラ。むしろ、バチカンの支配に属さないのがプロテスタント(=抵抗する者)の定義と言ってもよい。
      これらに対し、より早い段階でローマ・カトリックから分派した東方正教会(オーソドックス)は、全体の総本山みたいな組織は存在しないが、各国には各々の国の総主教が存在していて、その中でも力が強いのがロシア正教会だ。その教義もローマ・カトリックとよく似ている。

  8. キリストの名を借りたカルト教団でしょうか。
    神は神でも疫病神だったようですね。┐(´д`)┌

    1. しかも「やくびょう」神どころか「えきびょう」神に等しい…
      信じる者はウイルスに巣食われます
      つくづく、科学嫌いだねぇ
      未開部族が住む先進国

  9. 韓国のキリスト教が本来とはかけ離れてしまった事に
    バチカンはどう思ってるんでしょうね?
    普通なら異端だ、じゃ分かれるわで宗派が分れてるのかも
    しれませんね。

    まぁ日本の場合、治そうとも祈ろうともしない宗教ばっかり
    なんであまり他国の事言えませんよ

    1. 論争する気は無いけど、「まぁ日本の場合、治そうとも祈ろうともしない宗教ばっかり」なんて、調べもせずに書き込んじゃダメだよ。

      1. >治そうとも祈ろうともしない宗教ばっかり

        その通りだと思うけど。
        そんな宗教に騙されるほど、現代日本人は未開人じゃないから。
        宗教団体も、無駄な努力はしないよ。

    2. >バチカンはどう思ってるんでしょうね?

      韓国人よ、魂から一度生まれ変わることを奨める。

      1. 韓国人枢機卿が何十年も前からバチカンにいますよ、歴代教皇は直接韓国人と付き合ってきたわけだ、そりゃあ霊的に生まれ変われと言いたくなるよな。

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