韓国大使の「韓国は米中どちらかが選べる」発言に対し、米国「数十年前、どちらかを選んだはずだ」

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米国韓国大使が、米国時間で3日、『韓国はもう米国か中国、どちらかが選べるようになった』と話しました。イ・スヒョク駐米韓国大使のことで、いつも韓国が一人で悩んでいる「米中どちらを選ぼうかな」問題で、「韓国はすでに、選択を強いられている国ではなく、今や選択できる国になった、という自負心を持っている」と話したわけです。この発言のもっとも重要なポイントは、過去の韓国が選択を「強いられた」としているところです。強いられた側面もあるでしょう。でも、その選択のせいでどれだけ守られたと思っているのでしょうか。いまになって「強いられた」とすると、それは、「これからは違う道を行く」という意味にしかなりません。

・・・で、この件に対し、米国国務省が『返事』をしました。多分、返事なんか期待していなかったでしょうけど。返事の内容は、「すでに数十年前に、選択をしたはずだ」です。以下、聯合ニュースから部分引用します。

 

(ここから「続きを読む」の後になります)

<米国国務省は最近、駐米韓国大使が「米国と中国の間で、韓国は選択することができる国だ」という趣旨の発言をしたことについて、「韓国はすでにどちら側に立つかを決定済みだという立場を出したと、VOA(ボイス・オブ・アメリカ)放送が6日報じた。

米国務省スポークスマン室の関係者は5日(現地時間)イ・スヒョク駐米韓国大使の最近の発言に対するVOAからの論評要請に、「韓国は数十年前、権威主義を捨て、民主主義を受け入れたときに、すでにどちら側かを選択したのだ」と明らかにした。

米国務省が韓国を代表する外交当局者の発言を特定して論評を出すのは異例であると、VOAは分析した・・>

https://news.v.daum.net/v/20200606102420300

 

表向きの現れは比べ物になりませんが、韓国が韓米同盟に対して示している感情は、日本との基本条約に対して示している感情にも似ています。あのときは必要だったけど、もう必要無い。だから韓国が好きなようにする、もう韓国にはそんな資格がある、そういうことです。前にも書きましたが、こういうのを韓国では「国格」と言います。

 

 

 

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“韓国大使の「韓国は米中どちらかが選べる」発言に対し、米国「数十年前、どちらかを選んだはずだ」” への100件の返信

  1. 人のやり方や商売を模倣して、生業を奪って大成しても、それを大事にする精神や、新たな生業を見つける審美眼を培わなければ、繁栄も一代で尽きる

    韓国は大きな国を作ったし、彼らの言う国格も、高まったに違いありません
    しかし韓国人は愛国を叫びながら、それを築いてきた体制は悪く言う
    誰が好き好んで、気に食わない隣国に頭を下げて技術や仕事を貰って来るものか
    嫌な想いをしても韓国の為に、強国の隙間で手に職をつけて食べられるように築いてきた経済や貿易の構造を、彼らは「先進国らしくない」とか、「我々はもう豊かになったので、一人で好きに出来る」とか言って放り出そうとしている

    日本も韓国を利用していたけれど、それでも恩恵は遥かに韓国の方が受けていた筈なのに・・・

  2. 信頼出来る/出来ないの次元を超越してますね

    常に属国としての歴史が他国をしてここまで下劣かと思わせることに闇の深さを感じますね

    かの国と関わるなら絶対的服従を強いるか、そうでないなら無関係を貫くかしか選択肢がないのでしょう

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