(※再UP)新刊<「高文脈文化」日本の行間 韓国人による日韓比較論>のご紹介

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(※以下、1ヶ月前に書いたエントリーを再UPしたものとなります)新型コロナで本の売れ行きも苦しくなっている中、こうして新しい本の紹介が出来、そして、5月31日に発売日を迎えることが出来ました。いつものことながら、私は本当に恵まれている人間だな・・と思わずにはいられません。新刊は、『日本語』に関する本です。アマゾンなど一部のサイトに掲載されましたので、今日から紹介致します。<「高文脈文化」日本の行間 韓国人による日韓比較論>という、恐縮なタイトルです(※アマゾンアソシエイト リンクになっています。電子書籍も同じページから選択出来ます。


 

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私が韓国で宗教、またはそれに近い形で接してきたものは、儒教とキリスト教でした。本ブログコメント欄では朝鮮半島儒教、ウリスト教などと言われている、あれです。儒教もキリスト教も、とにかく「敬」を示せ、というのは同じです。徳が高い人に敬の意を示せ、自分が徳の低い人間だと認めろ。罪を赦してくれる神様に敬の意を示せ、自分は罪人だと認めろ、と。それに、「人が正しい生き方をする」には他の方法が無いとしており、ある意味、とても一方通行です。逆の方向には、「敬」を示しても意味がない、究極的には何も変わらないことになって
いるからです。むしろ、双方向性を望むことは、世の中の理、または絶対的な神の意志に反することだ、ある意味、「罪悪」なのだ、というニュアンスすら感じられます。

 

私は、韓国で、ざっと四十年間、実生活の中で、これら二つの思想を経験しました。そして、疲れました。神様や徳のせいではなく、『人』に疲れました。神も徳も悪くありません。ただ、人と人の関係も一方通行で、それに疲れました。

本書には、一部の文章に、「神国」という言葉が出てきます。「神国」にもいくつか意味がありますが、本書で言う神国は、単に、「神々が宿る国」という意味になります。ものすごく曖昧で哲学的で難解な表現なのに、「ま、そういう意味だよね」と、ある程度は分かってしまうから、不思議なものです。

真の神国とは、神が人間との共存を受け入れ、人間が神との共存を受け入れた国のことではないでしょうか。もっと簡単に言うと、人が人に、人が神に、神が人に、疲れない国、それが神国です。

そのために必要なものはなにか。何が神国を支えているのか。私は、その関係を支える大きな柱の一つこそが、日本語だと思っています。「日本語と関係あるのか?」と思われるかもしれませんが、私が「比較」が出来るほどの知識を持つ2つだけの言語、韓国語と日本語を考察してみると、それが分かってきます。本書は、そういう感覚を率直に書いた、そんな本です。ふと感じた、この国の一員になるために自分自身に必要なもの。足りないもの。その「もの」に関する私の試行錯誤の記録でもあります。また、よろしくお願い致します。

5月31日は、まだ臨時休業の書店もあるので、いつもとは少し違う書店を巡ってみるつもりです。31日午前の更新は、少し遅れるかもしれません。

それでは、行ってきます(・∀・)ノ

 

 

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拙著のご紹介

以下、拙著のリンクはアマゾン(アフィ)リンクとなります。リンク先でDL版(電子書籍)も選択できます。

・現在、最新刊は<「高文脈文化」日本の行間 韓国人による日韓比較論(2020年5月31日)>です。私なりの『日本語』本です。ふと感じた、この国の一員になるために自分自身に必要なもの。足りないもの。その「もの」に関する私の試行錯誤の記録でもあります。他のシンシアリーの拙著については、リンク先の内容紹介、または本ブログの書籍紹介ページをご覧ください。ニューコリアは、私の書いた本ではありませんが、ブログを立ち上げるきっかけになった本です。

・シンシアリーはツイッターをやっています。他のSNSはいまのところやっていません。ほとんどが更新報告ですが、たまに旅行先の写真をツイートする時もあります。よかったらチェックしてみてください。https://twitter.com/sincereleeblog

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