韓国は儒教国家なのに、なんでご先祖様を『神』扱いするのだろう

ちょうど韓国がソル(旧暦の元旦)連休に入ったこともあるし、今日は『韓国は儒教思想の強い国なのに、なんでご先祖さまに『代価』を求めるのだろう」という点について、私見を綴ってみます。

韓国には、「うまくいったのは私の手柄、うまくいかなかったのはご先祖様のせい」という言葉があります。儒教の国とかなんとかで、ご先祖様への祭祀または祭祀に準ずるイベントが多い韓国。しかし、どことなく、そのご先祖さまに対して「ちゃんと祭祀捧げたから何かください」な考え方を持っています。言い換えれば、ご先祖様をある種の「神(なにかの超越的な存在)」と見ているわけです。

 

程度の差はあるものの、似たような考え方は他の国にもあります。別に良い悪いを論ずるつもりはありません。でも、これは『儒教』としては、二つの点で矛盾しています。一つは、儒教では親孝行を人間としての義務とするため、一切の代価を求めません。先祖の霊が何か特別なことをしてくれるとも思いません。もう一つは、儒教には神という存在がありません。孔子も「神」たる超越的存在を認めませんでした。

 

どこで何を間違えたのか、韓国ではご先祖様の霊を、漠然ではありますが何かの霊的な力を持つ「神」のように崇める風習があります。これは、朝鮮半島の「祖上神(ゾサンシン)」という概念が、朝鮮時代に入ってきた儒教文化と融合したからです。朝鮮半島の儒教ってどこか儒教としてもおかしいとよく言われますが、その理由の一つでもあります。キリスト教とかもそうですが。

祖上神とは、末裔たちを守ってくれるという、先祖の霊の中でも特に偉い霊を意味します。もともとは、韓国の土俗信仰の一種でした。『韓国民俗大百科事典』を読んでみると、こうなっています。

 

「儒教の祭祀で言う祖上神は、血縁中心であり、何代目の祖先なのかでその序列が明確である。例えば四代祖の先祖までは長男の家で祭祀を捧げ、五代祖以上の祖上神には、その墓地で旧暦十月に祭祀を捧げる。土俗信仰の家神(神という概念としてのご先祖様)としての祖上神は、儒教の宗法による直系(ジッケ、父から子へと続く親子関係。父と息子は直系になりますが、兄と弟は直系ではありません)のご先祖様なので儒教の祭祀で言う祖上神と同じではあるが、より超越的な存在であることで違いが見られる。先祖同士の序列も(※何代目なのかで)明らかではなく、亡くなってからあまり経ってない先祖でも祖上神になれる。主に、強い『恨(ハン、恨み)』を抱いていたり、他の人と違う生き方をした人が祖上神になりやすい。儒教祭礼の祖上神と、家神として祖上神の境界はあいまいになっている。儒教祭礼の祖上神は、家神としての祖上神とは違い、子孫を守ってくれるなど、何かの機能をすると信じられているわけではない」。

 

ややこしいですね。かなり注意して読まないと、『儒教の祭祀』で言う祖上神のことなのか、土俗信仰でいう祖上神なのか、すぐ混同してしまいそうです。

儒教では、ご先祖様から何かの『恩返し』が得られるとは思わない、いや思ってはいけないのです。しかし、朝鮮半島の祭祀は、儒教思想によって普及はしたものの、ご先祖様が何かの神様扱いとなし、「ご先祖様に良いもの捧げたから、それ以上に良いものがもらえるはずだ」とする民俗信仰のような考え方も強くなり、さらに全国的に普及してしまったわけです。

 

余談ですが、祖上神に関する研究によると、祖上神という考え方は、新羅時代の『始祖神』崇拝、すなわち先祖の中でももっとも最初となる「始祖」を神様として崇拝する考えから来ているそうです。朝鮮半島の儒教思想において「始祖」という言葉が持つ意味はかなり大きく、これは北朝鮮の憲法を見てもよく分かります。北朝鮮では金日成氏を「(北朝鮮という国の)始祖」と表記しています。そのせいか、北朝鮮より前の朝鮮半島の国々の歴史より、北朝鮮の歴史こそが民族史としてもっとも偉く、意味があるという見方をしています。そこで言う始祖とは、神様と同じ意味だとも言えるでしょう。ひさしぶりに、雑記でした。

 

 

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