韓国で「極端な二分法」「自分だけ善だと信じる」「上下が入れ替わるだけ」な内容の本が多数 出版される・・どっかで見たような

韓国社会は極端な二分法と対立で出来ている、自分だけ善だと信じるために他人を悪とする、上下が入れ替わるだけで根本的な改革は無理。私がブログを書くようになって、本ブログ(旧ブログも含めて)または拙著に、何度も何度も書いた内容です。

皮肉(強調)なことに、最近、韓国で同じ内容の本が多数出版されているとのことです。もちろん、私はそれらを韓国の反日思想と結びつけ(実際にもっとも露骨に現れているのが反日思想でして)起承転結を組みましたが、韓国の「それら」の本は、基本的には現政府批判となります。ただ、だからといって右派を擁護するわけでもなく、朴槿恵政府と何も変わってない、むしろ悪化した、そんな内容です。ソース記事は「ブリッジ経済」のもので、延世大学校士ユ・チャンソン社会学博士の著書を紹介する内容ですが、そこから該当部分を引用してみます。

 

<<ムン・ジェイン政府を批判する書籍が相次いで出版されていいる。おおむね、「私の考えと違うと『積弊』とする」、「私は何もかも正しい。私がやればロマンス、他人がやれば不倫」、「日本を少して擁護すれば『土着倭寇』」、そんな極端な偏向性を批判する内容が主流をなす。政権だけ握ると権力に酔いしれてしまう薄っぺらな政治属性は、保守も進歩も変わらないと言うのだ。最近出てきた新刊の中で最も包括的にムン・ジェイン政府を批判した本である「私は正しいお前は間違っている」を紹介する(※以下は本の内容を記者さんがまとめたものになります)・・

・・私たちの社会には、間違いを省察する態度は見られない。批判する人たちをただ悪魔にしてしまえばいいという、善悪二分法だけが横行している。歴史学者チョン・ヨンオにが政治的敵対者を狙撃する際に使用した土着倭寇寇という用語も、悪魔を作るための「言語という名の凶器」でしかない。ユニクロの店舗に出入りする普通の人まで土着倭寇の烙印を押すのが今の進歩(左派)だ。軍事政権のときに進歩側の人たちに「パルゲンイ(アカ)」と烙印を押したのと何も違わない。ムン・ジェイン政府の執権勢力は、80年代民衆運動に参加したことで自分たちが道徳的に優越していると信じ、「私たちは悪い人ではない」たる選民意識を持っている。それは傲慢と独善になった。自分の陣営内で発生したことに対してはあまりにも寛容があふれす。むしろ盗っ人猛々しい態度まで取る。

 

政治とは、社会構成員の間で繰り広げられる葛藤を調整し、社会的合意を模索するのが元の役割だ。しかし、私たちの現実はむしろ政治のせいで葛藤が生じ反目が生じる。政治とは人の間での多様性を前提としたコミュニケーション行為なのに、私たちは考えの多様性を認めず、政治の領域を憎悪の感情で上書きしてしまった。自分の属した陣営の虜になって「集団思考」に閉じ込められ、「私の考え」を失ってしまった。

彼らの追求する道徳とは、「普遍的道徳」ではない。「自分の陣営の利益になる道徳」だ。民主主義は、私が間違っている可能性を認めることで発展する。私は正しく、あなたは間違っていると信じるだけの人は、民主主義の不適応者でしかない。自分の考えと違うという理由で人の口を防ごうとする世の中は、民主主義ではないのだ。集団的狂気の前に人間の合理的理性が敗北する社会には、希望など無い・・>>

 

 

とはいえ、ターゲットが「現政府」なら、次の政府になっても変わらないでしょう。特に、他はともかく、反日・親日レッテル貼り合戦だけは、韓国から消えることはありません。

お陰様で好調の新刊<「自由な国」日本から見えた「不自由な国」韓国 ~韓国人による日韓比較論~>ですが、そこにはこういう内容があります。「韓国は、『韓国人らしい』人でないと韓国人として認めない。『韓国人らしさ』に要求されるのは、韓国が正しいとする記憶だけを共有すること。だから、結果的に、「韓国からして『韓国を正しいと言わない韓国人』は一人もいない」になります。韓国の正しさを否定する人間は、韓国人ではないのです。法律的にどうなっていようとも。その「韓国の正しさ」の中心には、反日があります。

 

朴槿恵氏の弾劾の時、群衆(群集)心理について何度かエントリーし、ニーチェの言葉を引用したことがあります。「楽な生き方がしたいなら、群れを成さずにはいられない人たちと混ざって生きるがいい。自分という存在が無くなるまで」。「自分の判断力を無くすこと」。考えるのをやめて楽になる。その『悪い意味での群衆心理』が、まさに韓国の言う『正しさ』です。

それがもっとも強く現れ、また韓国の生まれ(臨時政府史観)とも直結しているのが、反日思想です。もし親日・反日の二分が消えるときが来るなら、それは2つの可能性しかないでしょう。反日たる心理に逆らう人が完全にゼロになる可能性。または、韓国社会が韓国ではない別の何かになる可能性です。法律的にどうであろうとも。

 

 

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「自由な国」日本から見えた「不自由な国」韓国 韓国人による日韓比較論>が発売中(2021年4月29日発売)です。日本滞在4年目になって、日本で手に入れた日常、そして、ラムザイヤー教授の論文にまつわる話、それらから見えてきた、日韓比較論です。

新刊<恥韓の根源>が発売中(2021年2月28日)です。併合時代の朝鮮半島のハングル記事、1965年基本条約締結を前後しての記事など、古い記事を考察し、『今』の韓国の反日思想の矛盾を浮き彫りにしてみました。「反日」異常事態(2020年9月2日発売)が発売中です。いわゆるK防疫として表出された、韓国の反日思想の本性である『卑日(日本を見下す)』とその虚しさについて主に考察しました。他の拙著についてはここにまとめてあります

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