「自分の好き嫌いは自分で決めたい」と言いつつ、他人の好き嫌いを自分で決めたがる人たち

最近は、韓国社会分析と言って「韓国人の社会心理の問題」を指摘すると、真っ先に「そんなものは、日帝がしかけた罠だ。朝鮮人は無能だとする主張を繰り広げて、朝鮮民族が自発的に日本人になるようにしただけだ」(植民史観と言います)という反論にぶつかります。でも、90年代までは、韓国でも結構いろんな分析が出ていて、私も「恨(ハン)」、「ウリ」などに関する持論の定立にも大いに世話になりました。

それらから派生する形で、私は韓国社会を「極端に二分された2つの集団の対立で出来ている。もはや社会構成員たちは自分の正当さを維持するためにその対立を必要とするところまで来てしまった」「だから上下が逆転するだけで、根本的に前へ進むことができないでいる」とし、特に朴槿恵氏の弾劾の頃からブログによく書いた記憶があります。

懐かしいですね。群衆心理(群集心理)、ニーチェの「楽に生きたい人がいるなら、群れをなすしかない人たちに混ざっていればいい。自分が無くなるまで」という主張を紹介したりしました。そういえば、ニーチェはルサンチマンにも強い関心を示した人です。時代が時代なら「親日哲学者が嫌韓論文を書いた」などと騒がれたかもしれません(笑

 

久しぶりに(そうでもないかな?)、そんな話の続きとなります。まず、2019年8月28日ハンギョレ新聞の記事から、心理相談専門家シン・ソンミ 全真常霊性心理相談所所長の「韓国人の心理は思春期・・利己的自己愛から抜け出さないと」という題のインタビュー記事を引用してみます。ちなみに、全真常というのは、「全ての人に、真心で、常に変わりなく」の意味で、カトリック系福祉財団の名前です。医院など多くの福祉施設を運営しています。

 

<<・・「私たちは、家父長文化を生きてきた。それは、画一化された集団文化が支配する不平等なものであった。だから、『私』の好きなものは『あなた』も好きになる必要があったし、私の嫌いなものはあなたも嫌いでなければならないと、余儀なくされた(※画一化された集団文化だから、家長が決めたルールのもと、構成員たちの間で好き嫌いの区別があってはならなかった)。その集団文化によって自我が侵害を受け、その傷の反作用で、今では自己愛が過度になってしまった。だから、誰がなんと言っても、自分がなにより重要で、他人のものはどうでもよく自分のものだけを大事にする」。

「他人の立場を理解しようとせず、自分だけが正しいとして、私の権益のみを主張するから、疎通ができるはずがない」。「人間は『関係』によって成立する存在であし、最も欲しがるものは、が親密さである。人間の内面の奥深くには親交たる欲求があり、そのような出会いがなければ、人生の空虚なる。現代人の多くの病気が疎通と親密不在から来る孤独である・・(※しかし、大勢の人が他人には気を使わず自分の成功だけを求めているという指摘の後に)・・家父長時代には家長が権威だったが、今は、『成功』が権威になった。父だからといって権威が生じるわけではなく、大金持ち、高い地位に上がった人である場合のみ、その価値を認めるようになってしまった・・>>

 

 

さぁ・・家父長制「だけ」でそうなったというならちょっと疑問ですが、そういう分析もある、というなら興味深い話です。で、それはともかく、引用した部分ですが、2つ、大きな矛盾があります。一つは、韓国社会がそこまで個人化されているのでしょうか。何かあれば、結局は集団文化が物を言いますけど。もう一つは、システムAが嫌でシステムBを目指したなら、BはAとは相反する結果になるはずです。ですが、シン所長の主張はこうなっています。

「家父長制では画一化された集団文化が支配する不平等があった」→「だから、『私(お前)が好きなことをお前(私)も好きにならないといけないとされた」→「それが嫌で、自己愛が強くなりすぎた」→「その結果、他人の立場は無視して自分だけが正しいとし、自分の権益のみを主張する」。これでは、システムBとAが同じではありませんか。これだと、家父長制と何も変わりません。どうしてこうなるのでしょうか。

 

ここからはシン所長の主張は関係なく、私が勝手に書いた内容ですが・・韓国人の心理というか、韓国社会というか、その最大の問題が、ここにあります。家父長制だろうが何だろうが、反日思想も同じですが、「『私は被害者だ』としつつ、実は加害者になるための権限を欲しがっている」こと。ソース記事の件も同じで、韓国人の心理は、家父長制が嫌いなわけではありません。他人の好き・嫌いを統制できる、「家父長制においての家長」の権限を欲しがっている、羨ましいと思っているだけです。『それ』が嫌だから個人的な成功に没頭しているわけではなく、『それ』になるために成功というものに没頭しているだけ。

 

それに、もちろん家父長制というものはニュアンスが良くないですが、「父」という言葉が持つ権威は、決して悪いイメージのものばかりではないはずですが、ソース記事には「父でも社会的に成功した人でないと権威を無くしてしまった」とも読める内容があって、悲しすぎます。シン所長は、「韓国人は思春期の人のような状態だ」としたのは、ひょっとすると、社会的成功だけで「家長」に入れ替わる権威を求めているから、大人になれないでいるという趣旨かもしれません。成功だけで人が幸せになれないのは、成功だけで父になれないのと同じです。

 

去年、韓国で25万部以上の「超」ヒットを記録した、『あなたが正しい』という本があります。「忠告・助言・評価・判断は、自分は悟った者で、相手は愚かだと考えている人がやるものだ。人々が話す言葉の90%はこれら忠告、助言、評判、判断であり、親が子供に言うのは99.9%がそうだ。職務的なものでないなら、そんなものはする必要がない。たとえ親でも、あなたの境界を破ってくるなら、切り捨ててしまえ」とする衝撃的な内容の本でした。去年、紹介したことがあります。今日のシン所長の主張と、関連した話は、(時系列的にはシン所長の記事のほうが前ですが)『あなたが正しい』の内容とも妙に繋がりがあるようで、エントリーしてみました。疲れます。マジで。体ではなく、頭が。頭よりもっと奥のほうかな・・

 

 

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