韓国人教授「『親日に時効が無い』という主張は、連座制の行間を持つ」

親日清算という名で呼ばれている、韓国独特の愛国。一部で批判的な意見も出ていますが、それらは「反日批判」ではなく、「文政府批判(政府の対日政策批判)」にすぎません。文政府を批判できそうな内容ではなく、韓国社会の一般的な風潮などを批判した記事やコラムなどは、一部の知識人がネットメディアやローカルメディアなどに載せてはいるものの、無視されるだけです。そんな類のもの、元建国大学院長、シン・ボクリョン教授のコラムを紹介します。以下、ネットメディア「ASIA・N」です。<<>>が引用部分となります。

 

<<・・(※併合時代の朝鮮の人たちは)親日が何なのか分からず、親日に慣れていた。1926年李完用の葬儀(輓章)と運柩の行列は10里を成し、高宗の国葬以来、最も華麗(?)だった。日本植民地時代の愛国志士たちには悪いが、その時代の朝鮮の知識人たちは、帝国大学を卒業し、高等文官試験に合格し、郡守や判事になって「ダクシ(タクシー)」に乗って和信デパートで買い物することにあこがれていた・・

・・1942年2月に日本軍がシンガポールを手に入れた時、朝鮮の小学校の生徒たちにゴムボールを一つずつプレゼントした。小学生たちはその上なく喜んだ。安重根義士が裁判を受けていた頃、朝鮮の人たちは伊藤博文のことで謝罪する「待罪團」を組織し、伊藤を追悼する行事を用意して、彼の像の制作を推進し、彼を「活佛(※生きた仏、仏の徳を持つ人)」として崇めた。彼を追悼する寺を奨忠壇に建て、名前を博文寺とし、その山を春畝山と呼んだ。春畝は伊藤博文の号である。今の新羅ホテルがある場所だ。奨忠壇とは、朝鮮末期に憂国の人を称えるための祭壇であった。皇国臣民ノ誓詞を作ったのも朝鮮の人たちだった・・

 

・・戦後になると、李承晩は親日財閥ジャン・ジニョンの「敦岩莊」で、金奎植(※キム・ギュシク、臨時政府の外相のような立場の人)は親日財閥ミン・ギュシクの三淸莊で、朴憲永(※パク・ホニョン、後の南朝鮮労働党のリーダー)は咸悅の大富豪キム・ヘギュンの惠化莊で、金九(※キム・グ、臨時政府主席)は金鉱財閥チェ・チャンハクの京橋莊で暮らした。その家は、日本公使の家だった。親日財閥たちは、当時の政治指導者たちに家をプレゼントして見逃してもらうために行動を合わせたのだろう。その家を受け取るべきではなかったのだ。そのプレゼントは、「私だからもらって当然のおもてなし」ではなかった。

 

こうして見てみると、私たちの誰もが、亡国の責任を負う者たちであろう・・・・今の親日論争は、「先に生まれた者の悲しみと、後から生まれた者の幸運」がもたらした葛藤である。私たちは亡国の歴史にただ怒りを噴出するだけで、歴史に対する反省も自省も無い。高校国史教科書は未だ「私たち自身の力で光復を勝ち取った」と教えている。栄枯盛衰の中、義人がいなかった時代もないが、愛国者があふれる時代もなかった。必ずそうする必要もないし、そうなれるものでもない。祖国と同胞に背を向けた人たちを対象にして正義を追求するなど、多くの面で深刻な困難がある。私たちは、亡国の原因を数人の親日派に追及することにより、亡国という巨大な談論を希釈させてしまったのだ・・

・・「親日には時効など無い」という論理に法律的問題がないか、時々疑問に思う。なぜなら、その行間に連座制の意味が込められているからである。私たちは、親日派を探し出すのではなく、親日派の子孫を探し出そうとしているだけだ。これは、歴史上見られる人道に対する問題を追求することとは、違う。過去だけを指向する記憶は、あまり良いものではない・・・・過去の清算とは、当事者に傷をつけるためのものであってはならない。そんな式なら、日本政府と地主に税金と小作料を支払った、筆者と読者の先祖も、親日から自由にはなれない。

領土もなく、国家もなく、国民もない状況で、個人が国家に抗うには限界があった。いまの時代の愛国というものが、せいぜい表向きには反日を標榜しながら、そうやって集めたお金でパーティーするぐらいのものなら、それはすでに愛国ではなく、官職が欲しいだけか、または就業にすぎない>>

 

パーティーとは、多分、尹美香氏のことだと思われます(慰安婦関連資金でパーティーする写真などが話題になっていました)。あと、教授は書いていませんが、奨忠壇とは、明妃を守るために戦って死んだ人たちを祀るため、高宗が作った祠堂だと聞いています。当時の人たちが、なんで伊藤博文のための寺をその場所に建てようとしたのか、ここも興味深いところです。いまのように『日本のせいだ』とは思ってなかった、ということでしょうか。どれだけの人たちが同意していたかは分かりませんが。

独(笑)立運(笑)動家(笑)たちが、親日財閥のプレゼントした高級住宅で暮らしていた・・しかも具体的に家の名まで出てきたのは、なかなか良い指摘だと思います。ここでいう親日というのも、韓国基準にすぎないでしょうけど。また、「親日派ではなく、親日派の子孫を見つけようとしている」というのも立派な指摘だと思います。『子』が相手陣営の人なら、実に使える武器になりますから。

 

 

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