韓国の心理学者が見た、社会の「4つの顔」・・「医師でも、職業満足度が20%にもなりません」

ちょっと趣向を変えて、エントリーしてみます。社会心理関連で『豊かさに毒された社会』『偽の幸せを勧める社会』など多数の本を書いた心理学者キム・テヒョン氏が、ウェブジン「月刊チャンネルYES」とインタビューした記事からの引用となります(2022年2月号)。テーマは、韓国社会を生きる人たちの、4つの特徴です。

普通、こういう専門的な内容は引用、特に直訳を心がけることにしていますが、ソース記事、意外なほど表現が強くて、直訳はできませんでした。内容はそれほどでもありませんが、単語が妙に刺激的で、しかも『~な人たちもいます』な書き方もせず、なんというか、読みながら「あの、そこまで露骨に言わなくても」と思う部分が結構ありました。全体的に、いままで本ブログで書いてきた歪み、特に『反日』に関連しているのではないかと、ある種の繋がりが感じられる内容もあります。曖昧ですけど、そんなものが垣間見える気がします。

『本題と関係ねーじゃん』と言われても仕方ありませんが、本ブログ、いままでこういうのも結構書いてきました(笑)。さぁさぁ、単語のチョイスには悩みましたが、意味は通じるように訳しましたので、雑記だと思って読んでみてください。この前ご紹介した『ピュー・リサーチ・センターの報告書』関連エントリーも、未読の方は合わせてお読みください。

 

その1・物質(※原文では『お金』)で全てを決める顔。社会を、なにもかも物質主義的に見ます。欲望が強ければ、それに応じて、その人の心理が構造化されます。物質に対する欲望が強烈であれば、物質を中心に世界を眺めて、物質的な側面を基準に考えることになり、その影響は『感情』にも及びます。物質的な満足において、役に立つことなら、それに対し肯定的な感情反応を示すようになります。その反対なら、否定的な感情反応を示します。1990年代以降、この物質に関する感情反応が強く現れるようになりました。これは、性別も年齢も関係なく現れます。ある問題に対する評価の基準をほとんど『物質的に得できるか』で決めてしまうわけです。さらに、人に対する評価も同様で、大いに稼げる職業は『良い職業』で、そのような職業を持つ人に対しては友好的な感情を示します。一方、稼ぎがよくない職業の人だと、無能だと見下す思いを抱いて、接します。

 

その2・苦しめられたから誰かを苦しめることで権威を示す顔。何らかの力で苦しめられ、それでも抵抗出来なかった場合、無力感が生じます。その自然に無力感に苦しむ人は、二つの動きを同時に見せます。まず、力を欲望、賛美すること。そして、同時に、自分より弱い人を苦しめること。これら一連のプロセスが繰り返されると、その社会には権威主義という顔が生まれます。ガプジル(『甲っぷり』)として、力を持つもの『甲』が、力のない『乙』を苦しめるという問題提起をよく見かけます。しかし、私が見るには、私たちの社会は、甲乙丙丁の順で言いますと、甲っぷり、乙っぷり、丙っぷり、丁っぷり、そういうのが存在します。

甲は乙を苦しめるけど、実は乙は丙を苦しめているわけです。社会が、『お互い』を苦しめつ構造の中に置かれています。このような権威主義的ま性格を持ってしまった人は、そもそも弱い人たちなので、単独で力を行使せず、強者の力に頼って、その力で弱い人たちの「上」になろうとします。彼らにとって、理念や道徳は重要ではありません。ちょっと言いすぎかもしれませんが、私たちの社会は、苦痛が「連鎖」する社会になってしまいました。

 

その3・『無気力』の顔。先も話しましたが、生きる 最大の理由を物質的なことから見つけようとするので、誰もが不安で、何かに怯えているかのように物質的なものだけ求めます。しかし、その過程で、満足や「やりがい」を感じるのは容易ではありません。社会の雰囲気的に、職業を選ぶ基準も「稼げるかどうか」なので、仕事をしても、何も満足できず無気力さだけが積み重ねられます。医者でも職業満足度が20%にならないのが、私たちの現実です。刺激的な映画やドラマが大きなヒットを記録するのもこんな風潮と関係があります。社会全体において、そのような文化が流行るわけです。しかし、そう長続きしません。すぐ満足できなくなります。

 

その4・市場主義的な顔。自分自身を「商品」化し、良い『スペック』を出すために頑張りすぎです。商品なだけに、これを「市場主義」と表現するなら(※この紫色の部分は、私が書き加えたものです)、彼ら市場主義的な人たちは、『もう私は良い商品になったから、自分という商品を広く知らせないといけない」と思うようになります。市場が自分を分かってくれないと、これまでの努力が無駄になるからです。なにがあっても自分を新しく、性能の良い『モノ』としてアピールしようとします。市場に出される商品のように。

そして、「私がこう思っているから、他の人もそう思っているはずだ」と思い込んでしまいます。その過程で、他の人たちをずべて商品として見てしまうため、人間関係がまともに成立しません。『価値が同等でない商品とは、関わることすら不公正だ』と思ってしまい、他人に対して「お前も私も、商品だよ」と接してしまいます。そして、自分と等価交換できそうなスペックの商品(人)との関係だけを考えます。これを合理的だと思う人もいるかもしれませんが、彼らの言う『同等の価値』に、例えば『愛』などは含まれていません。このような社会で、人はますます孤独になるしかありません。

 

 

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