率直に言って、このネタはもういい・・とも思っていますが、韓国側で日韓関係関連のニュースは、ほとんどがこの話題です。「NATO首脳会談で日韓首脳会談なるか?」。
記事によって内容に差があるわけでもなく、岸田総理が「懸案の解決が急務(韓国政府の出方を見てから決める)」と話したにもかかわらず、日韓首脳会談なるか!なるか! うわあぁぁ! と、勢いが衰える気配はありません。どういう状態なのか、一つ実例(?)を紹介しましょう。
ニューシースの記事ですが、韓国大統領室はこの件で「話しづらい内容があるので、何か確認してやれることがありません」と話しました。『確認してやれる』はこの手の記事によく出てくる表現で、「質問の内容について、『確認』を取ってやることができない」、すなわち話せる内容が無い、という意味です。にもかかわらず、ニューシースは『それでも線を引いたりはしなかった』としています。言い換えれば、『それでも会談しないとは言わなかった』ということです。
「確認してやれることはない」は、政府関係者になにか質問したときに無数に出てくる表現なのに、どうすればここまでポジティブに解釈できるのでしょうか。ある意味、感嘆しました。しかも、(日本側もこう言った!とする趣旨で)「松野博一官房長官も、日本の一貫した立場で韓国と疎通していくといった」としています。それは、「疎通していく」ではなく、「日本の一貫した立場」を強調した発言でしょうに。
パクジン外交部長官が今月中に訪日すると聞いています。米国を訪問してから直接日本に行くのか、いったん韓国に戻るのかは分かりませんし、これも確定ではなく、そういう方向で調整中、とのことではありますが。その際にパク長官が『どんな話』を持ってくるのか、首脳会談はそれにかかっているでしょう。
何か解決策を用意してくるのか。具体的な案を持ってくるのか、そこまで具体的でなくても『~な方向で案を用意し、韓国内で公論化する』ぐらいの話を持ってくるのか、またもやムンヒサン案を持ってきて『これでどうだ!』とドヤ顔するのか、何の案も持たずに『共に努力を』な話しかしないのか。
それを日本側が判断し、政策協議団の人が用いた表現を借りれば『採点』をして、それから会談の可否が決まるでしょう。先月から訪日時点が6月というニュースが流れていたのは、7月のNATO首脳会談を意識したものでしょうし。
しかも、韓国側が要求しているのは、略式会談(または、文大統領と菅総理がやったような、簡単な挨拶)ではなく、ちゃんとした正式会談である、とのことでして。韓国日報は、もう少し現実的な見方をしています。岸田総理もああ言ってるし、防衛相会談でも、日韓の雰囲気はよくなかった(一つ前のエントリー)。あまり期待できない、というニュアンスです。この部分だけ、<<~>>で引用してみます。
<<・・慎重な日本とは異なり、韓国は韓日首脳会談の成果に積極的だと、日本のメディアは報道した。朝日新聞は「ユン大統領が、今月末にスペインで開かれるNATO首脳会議で岸田首相と接触したがっている」とし「立って会話をするぐらいのものではなく、正式会談を通じて首脳同士の信頼形成を図りたい」とするう韓国政府高位公職者の言葉を伝えた。
今月12~15日、米国を訪問するパクジン長官は、今月中に日本を訪れ、林外相と会談する案を調整しているのも、韓国政府の積極的な雰囲気を反映するものだ。だが、自民党では参議院選挙を控えて両国が接近する姿を見せることに慎重でなければならないという声が根深いという。日本外務省幹部も「ユン大統領の就任挨拶は終わった。もう少し、中身のある話を持ってきてほしい」と話したと、朝日新聞は伝えた・・>>
「就任挨拶はもう終わった」。実に的確な表現ではないでしょうか。やはり、政策協議団が何の話も持ってこなかったのは、結構大きかったと思います。当時、岸田総理が彼らに会ったのは、それでも『自分で確かめたい』という気持ちがあってものでしょう(それでも、会うべきでなかったと私はいまでも思っていますが)。そして、何も無かった・・、と。単なる期待で会うのは、1回だけにして欲しいと願います。
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