19日にもお伝えしましたが、韓国では、家を借りるシステム「伝貰(ジョンセ)」が、大きな社会問題となっています。今日は、自己資本無しで家が買える魔法、「無資本投資」で不動産王を夢見た人たちについて紹介します。もともとジョンセは、高度経済成長期、有用な役割を果たしました。地方に住んでいた人が、持っている資産を全部処分して、そのお金を持ってソウルに上京したとき、家を買うのは無理でも、借りることはできる、そんな意味があったわけです。大家としても、そのお金を銀行に預けるだけでも、かなりの利益を得ることができました。なにより、当時、ある程度の預金を持っている人は、銀行でものすごいVIPとされ、社会的地位そのものにも直結していました。
家を借りる人としても、ジョンセ保証金は返してもらえるので、働いて貯金して、あとでそのジョンセ金と合わせてマイホームを手に入れる、それが最大の夢でした。また、当時は子に勉強をさせ、大学にいかせるだけでも「全財産」が揺れる時代だったので、このジョンセシステムが、高学歴の人を輩出する一つの方法でもありました。大家からすると、家を売ることなく、この学資金(入居者から預かったジョンセ金)を手に入れることもできたわけです。子が出世できなかったら、ジョンセ金の返済に困ることになりますが。
とにかく、肯定的な側面も無くはなかった、と言えます。それは、ま、不安定でしたけど。「ユニークではあったが、だからといって問題だと言い切ることもどうかな」なものでした。しかし、いつからか、入居者もジョンセ金を債務で用意するのが当たり前になり、大家は預かったジョンセ金を別の投資に使ってしまうのが当たり前になりました。結局、その投資とやらが大当たりにならないかぎり、誰がどんな形で得をするのかよくわからなくなりました。しかも、去年、うろ覚えで恐縮ですが(普通は住宅価格の6割でも高いとされていた)ジョンセ保証金が、住宅価格の8割近くまで上がってしまった・・というニュースを聞いたときには、「あ、これ、一部の問題ではなく、『システムダウン』だ」と思ったことがあります。
ですが、今日読んだ記事によりますと、韓国の全ての(マンションだけでなく)住宅において、ジョンセ価格が住宅価格の90.6%になった、とのことでして。2021年には70%台でした。引用部分はありませんが、ソースは今日のマネートゥデイです。これじゃ、もしものときに家を処分しても、ジョンセ金が入居者に戻ることはないでしょう。なにせ、金利引き上げの時代になりました。家計債務負担の増加は、「お知らせ」で紹介している拙著をはじめ、本ブログでも集中的に取り上げました。政府なりにいろいろと対策を出してはいるものの、結局は『ローンしやすくしますから、マンションを買ってください』を基本としているもので、システム的な変化に対処できるものではありません。大家としても家をローンで買っているので、それを返すためにはジョンセ価格を上げるしかありません。その結果、「借りる」が「買う」の9割を超えてしまったのです。
こんなシステムの亀裂を狙い、各種『ズル』が流行りました。本ブログでも取り上げた、ギャップ投資が、その代表格です。特に、「無資本ギャップ投資」とされるものは、金スプーンを夢見る人たちの間で大いに流行りました。ギャップ投資については今までも紹介しました。「10億ウォンのマンションを買って『貴族』になることを夢見るものの、5億ウォンしか用意できないAさんが、5億ウォンでジョンセに入ろうとするBさんとのコンビプレー(?)で、そのマンションを購入する」こと,と。実際に住むのはBさんなので、Aさんはカップ麺でサバイバルしながらマンションが値上がりするのを待つ、そういうパターンです。じゃ、「無資本~」は何か。これは個人ではなく、最初から多数の住宅を購入して、それをジョンセで出す、「住宅のレンタル業」を夢見る人たちがよく使う方法です。
まず、「不動産王」を夢見るAさんがいるとします。自己資本ゼロ。不動産仲介業者をグルにするなどして情報をあやつり、ジョンセ入居先を探しているBさんに「価格8億ウォンのアパートがあります。ジョンセ価格は普通は6億ウォンですが、いま5億ウォンで出せるものがありますよ」とします。しかし、そのアパート、実は5億ウォンで購入できるものでした。はい、これで、AさんはBさんのジョンセ金だけで、そのアパートが買えます。ネットメディア「EBN産業経済」の説明をお借りしますと、「無資本ギャップ投資とは、賃借人が支払ったジョンセ保証金で、当該住宅を買い入れる契約も同時に進めるなどで、自分の金を使わずに住宅所有権を取得する方式をいう。ジョンセ金を返す力はそもそも無く、漠然と住宅価格が上がると期待しながら、ジョンセ金の『回して防ぐ(※自転車操業)』をしていたのだ。公認中会士(※不動産仲介業者)も関わっていたことがわかった」、と。
こんなやり方で数十、数百の家を買い入れて「不動産王」を夢見ていた人たちが、最近韓国で社会問題とされている「ジョンセフォビア」、すなわちジョンセ問題の主な原因です。数世帯規模のものは、ニュースにすらなりません。理由はどうであれ、あれは「入居者に返すべきもの」です。何か別の投資で大当たりしないかぎり、家の価格が上がる、ジョンセ価格も上がる(次の入居者のジョンセ金で、前の入居者の分を返す)システムが続かないかぎり、大家に利益などありません。国会では、野党側を中心に、ジョンセ価格を家の価格の70%までにする法案が動いていますが・・いまジョンセが家の価格の90%ならと、これを70%にすると、家の価格の20%の分、「次の入居者のジョンセ金」が安くなります。その差額の分を、前の入居者にちゃんと返せる大家さんが、どれぐらいいるのでしょうか。
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