韓国大手メディア「いまこそ、ユン大統領の日本国賓訪問を」・・その理由に仰天

急に「いまこそ、ユン大統領の日本国賓訪問を実現させよう」な趣旨の記事があったので、取り上げてみます。盧武鉉大統領も国賓訪問したことがあるし、別にそう思っているならそれでいいかもしれません。でも、「なぜ」それが必要なのかについての理屈が、実に「イカニモ」です。中央日報の論説委員が書いた記事で、今日(詳しくは昨日の深夜)のものです。記事は、急に在留期間の話から始まります。シンシアリーもついこの前まで同じでしたが、日本で滞在するためには、在留資格(普通は期間付き)が必要です。期間が来る前に、再審査を受けて、これといった問題ないと判断されると、延長できます。最初は1年単位ですが、ある程度滞在できていれば、3年、5年ものを得ることもできます。懐かしい話です。

明記されているわけではありませんが、記事を書いた人も、この在留資格(期間)付きで、日本で長く滞在していた人だと思われます。どうやらいまは日本から離れていて、在留期間も過ぎたようです。というか、もし今日本で滞在していないなら、在留資格や在留期間があるはずもないでしょう。で、日本にある口座から金を引き出そうとすると、在留期間が過ぎたのでできなかった、とのことでして。記者はこれを、「10年前には在留期間過ぎていても普通に出来たのに、デジタル化できたようだ」としています。デジタルがどうとか、それ以前の話ですが。で、銀行に行ってその口座をなくして金を引き出そうとしたら、銀行側からハンコ(銀行に届けたハンコ)を持ってくるように言われたけど、「20年前に届け出たハンコをまだ持っているわけないでしょう」と『強く押して』、結局新しくハンコを作って、なんとかなった、そんな話です。

 

で、これがなんでユン大統領の国賓訪問と繋がるのか。記事が説明している理由は、こうです。銀行がハンコがどうとか言ったのもそうだけど、日本は、結局は責任を負いたくないだけで、『相手が強く押せば、受け入れる』国だというのです。ルールを守らなかった自分自身にこそ「責任」という言葉を使うべきなのに、ある種の配慮をした銀行側に「責任回避」を論じているわけです。そして、記事は、ユン大統領が国賓訪問すると、今上天皇とも会うことになるから、『おことば』を引き出すこともできるだろう、それで大きく変わる、というのです。そして、それこそ、『強く押す』にあたいする、とも。まったく、なにがなんだか書いていて自分でもちょっと混乱してしまいますが、思い返せば、こんな話を紹介したくてブログを始めたんだな・・と、これまた懐かしい話です。日本語版記事が出るかどうかはわかりませんが、大まかな内容は同じでも書き方や表現が変わる場合もあるので、本エントリーのソース記事はオリジナル(韓国語版)準拠です。以下、<<~>>で引用してみます。

 

<<・・彼らに必要なのは責任を避ける手段なのだ。それを知って、粘り、強く押せば、後ろに下がるのが日本だ。よく言えば、言葉が通じる国だ。いつも高圧的な北朝鮮や中国とは違う・・・これは日韓外交にも示唆点を与えてくれる。ユン政権になってから、両国関係の大きな枠組みは劇的に変わった。システムが確変したわけだ。しかし、外交現場のマニュアルはそのままだ。すぐに国交正常化60年を迎える来年が問題だ。韓国は1998年の金大中・小渕宣言に次ぐ画期的共同宣言を希望している。しかし、日本はそれほど積極的ではない・・・・じゃ、どうすればいいのか。彼らの責任を軽減させながら、同時に代替案を設けるようにする「押す」が必要だ。私は、それこそ、日本がユン大統領を国賓招待することだと思う・・

・・韓国大統領の国賓訪日は全斗煥(1984年)、盧泰愚(1990年)、金大中(1998年)、盧武鉉(2003年)以後なんと21年も行われていない状態だ。何より、来年に22年ぶりに国賓訪問をすることになれば、天皇(※珍しく、記事には天皇と書かれています)との出会いがなされ、この時「オコトバ」と呼ばれる天皇の両国関係に対する発言が出てくる。天皇の話す歴史関連発言は重さがまったく異なる。また、自然にそれに合わせて両国政府間にも共同発表文が出てくる可能性も大きい。それでもできなかった言葉があれば、日本議会での演説でできる。一言で、形式や責任面では日本の外務省や政治家たちが半歩後ろに下がることができ、私たちとしては60周年にふさわしい結果物をほとんど得る形になるだろう(中央日報)・・>>

 

記事は最後に、「1年に国賓招請を2回以内とする日本の慣例上、やや急ぐ必要はある(米国大統領が国賓訪問するかもしれない)」としながら、日本に対する韓国のスタンスとして、こう提案しています。「言い換えれば、無茶を言う必要がある。無茶というより、強く押して説得すれば良い」、「古くからの『良い人』として行動しているだけでは、彼らは何も出してくれない」、「最近の日韓外交の結果を見ても、これはすぐに分かることだ」。この状態で「現政権になってから大きく変わった」と思えること自体、あまりにも大きな溝ではないのか、そんな気がします。

 

 

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