さて、いよいよ明後日は韓国大統領選挙です。また公約関連でなにか書こうかと思っていましたが・・なんか、パッとするものがありません。財源はないけど◯兆ウォン使いますとか、そんなものばかりです。そこで、約10日前のものですが、李候補流のゲインズ経済学とも言える(というか、支持者たちがそう言っている)、「ホテル経済論」を紹介します。朝鮮日報(20日)、中央日報(21日)からです。経済学者のジョン・メイナード・ケインズさんの主張で、不況の際には、政府が積極的に金融政策・財政支出を行う必要がある(有効需要を増やすべき)、という内容です。細かい内容までは触れませんが、大まかな内容で見ると、最近も経済関連ニュースでよく耳にする内容です。で、李候補はこれを「ホテル経済論」として取り上げています。
シンシアリーが、ある町、記事によってはわかりやすく『ホテル町』と書いていますが、その町に観光に行くために、ホテルを予約しました。そこでシンシアリーは、そのホテルに予約金10万ウォンを支払いました。で、李候補によると、そのお金がホテルをはじめ、町にある家具店、チキン店、文房具店などを『回って』、結果的にホテルにもどってくる、というのです。なぜそうなるのか、といいますと・・韓国銀行が出した冊子に書いてある内容が、論拠になっています。ホテルオーナーは、家具店の店主に、ツケだった10万ウォンを払いました。家具店の店主も、その金でチキン屋の店主から借りていた10万ウォンを返しました。チキン屋の人も、文房具店から借りていた10万ウォンを返済し、文房具店の店主はホテルのオーナーから借りていた10万ウォンを返しました。
韓国銀行の冊子は「それでも10万ウォンで、村の人々は商品やサービスを販売することなく各自の債務を解消した」となっています。これを論拠に、李候補は、この部分を「返す」ではなく「使う(消費する)」にしています。すなわち、金が回れば、関わった全員がその分を消費にまわしてくれる、というのです。「お金が入ってくれば百パーセント消費に回り、人々がチキンを買ったり文具を買ったりして新たな需要が生まれる」ということですが、こういう話は韓国銀行の冊子にも書かれていません。さらに、李候補は、「そこで、ホテル予約がキャンセルされても構わない」としています。たとえば、シンシアリーは急用が出来てしまい、ホテルに泊まることができなくなりました。そこで、予約をキャンセルし、10万ウオンはシンシアリーに払い戻しとなりました。しかし、それでもすでに金は使ったので、経済は回っているということです。
韓国銀行側は、「10万ウォン紙幣が(もとの冊子には5万ウォンですが、李候補が10万ウォンと言ったので本ブログでは10万にしました)町の中を回って借金が解消されるという例を挙げて、決済資金が不足しているときに中央銀行が一時的にお金を貸す理由を説明している」だけで、「ホテルにお金が入って、それで『消費が増え、景気が活性化される』という内容は無い」としています。また、朝鮮日報によると、「最初の予約金がキャンセルされても経済が回る」という部分も、韓国銀行の冊子には書かれていないとのことです。すなわち、「客がホテルに予約金を入れて後でキャンセルしたとしても、経済の各主体の間では所得が増えて消費が促進され、結果的には村に入ってきたお金がゼロでもお金が回って町の経済が活性化される」というのは、韓国銀行の話とは趣旨が異なる、と。
一部の支持者はこれをケインズ経済学と似ているとしていますが、経済学専門家たちの間でも「このモデルは、実際の政策には適用できない」としています。多くの反論が出ていますが、特に共通しているのが、「ホテル経済論モデルの参加者全員が、10万ウォンが手に入れば10万ウォンを使う、いわゆる限界消費性向(所得が増加したとき、それを消費に振り向ける割合)が「1(全部消費に使う)」の場合のみを仮定しています。しかし、日本でも「お金を支給しても、貯金する人が多い」と言われたりしますが、そこまで100%消費に回す人はいません。韓国銀行の冊子にあるように「まず債務を返済する」というなら、まだあるかもしれませんが。記事も、「実際は、収入があれば一部は貯蓄し、一部は債務を返し、残りの一部を消費に使う」としています。
また、ケインズ経済モデルは「生産」を重要視していますが、その部分がまったく入ってないという指摘もあります。中央日報によると、ソウル大学経済学部のアン・ドンヒョン教授は、「AがBにお金を払い、Bが再びCにお金を払うからといって、それで経済が成長するわけではない。その過程で『生産』が行われなくては、成長はできない。ホテルで予約キャンセルが発生しても、お金が回ったという話は、ケインズモデルでも説明できない」としています。ホテルからすると、お客を迎えるために人材と資源を投じた状況(機会費用発生)であるため、相応のマイナスを出したことになるので、これで全員ハッピーになったとはいえない、とも。
財政出動の重要さは認めますが、この理屈だと「財源がなくてもいくらでも金が回る」にしかなりません。これに関するいくつかのツッコミの中で、個人的に、電源延長コードの写真が印象的でした。壁の電源に繋げず、延長コードのプラグを、同じ延長コードのソケットにさした写真でした。すなわち、電源にも繋がっておらず、自分の尻尾をくわえたヘビみたいになるわけですが、これで電気が回ったと主張するのが、李候補のホテル経済論だ、という意味です。
ここからはいつもの告知ですが、新刊のご紹介です。本当にありがとうございます。<THE NEW KOREA(ザ・ニューコリア)>という1926年の本で、当時の朝鮮半島の経済・社会発展を米国の行政学者が客観的に記録した本です。著者アレン・アイルランドは、国の発展を語るには「正しいかどうか」ではなく、ただ冷静に、データからアプローチすべきだと主張し、この本を残しました。どんな記録なのか、「正しい」が乱立している今を生きる私たちに、新しい示唆するものはないのか。自分なりの注釈とともに、頑張って訳しました。リンクなどは以下のお知らせにございます。
・皆様のおかげで、こうして拙著のご紹介ができること、本当に誇りに思います。ありがとうございます。まず、最新刊(2025年3月2日)<THE NEW KOREA>です。1920年代、朝鮮半島で行われた大規模な社会・経済改革の記録です。原書は1926年のものです。 ・準新刊は、<自民党と韓国>です。岸田政権と尹政権から、関係改善という言葉が「すべての前提」になっています。本当にそうなのか、それでいいのか。そういう考察の本です。 ・既刊として、<Z世代の闇>も発売中です。いまの韓国の20代、30代は、どのような世界観の中を生きているのか。前の世代から、なにが受け継がれたのか。そんな考察の本です。 ・詳しい説明は、固定エントリーをお読みください。・本当にありがとうございます。