ウッチュル・ビーム対チョック・バリアー

昨日はウッチュル心理について書きましたが、今日は同じ論文から、ウッチュルを「された」人側の話をまとめてみます。

AがBに対してウッチュルビームをうちました。その時、Bはどんなリアクションを見せるのか。

Bが吐き出す心理は、「チョック(척)」です。これもまた純粋な韓国語で、「~のふり」という意味です。

本エントリーは「チョック」という言葉がおかしいという趣旨ではありません。普通に、日本語の「~のふり」と同じ意味で、直訳しても問題ありません。

 

(ここから「続きを読む」の後になります)

さて、なにが「ふり」かというと、「偉そうにするな」というのです。昨日書いたエントリーが「偉そうにする」だったことを考えると、かなりストレートな反応です。

実際、韓国人は「~척 하지마(~のフリをするな)」とよく言います。もっとも多いのが「よく生まれたふりをするな(偉そうにするな)」で、「あるふりをするな(お金持ちのふりをするな)」も本当によくあるフレーズです。

 

さて、この「偉そうにするな」の真の意味は、「お前は偉くなんかない」です。

すなわち、「否定という結果から入る」返事であります。「お前が偉いはずがない」とでもいいましょうか。

 

さて、ここからは論文とは関係ない内容になりますが・・

 

実はこの「お前は偉いはずがない」は、韓国人の上下観において大きなウェイトをしめています。

 

AがBにウッチュルビームをウチました。「俺の車はベンツだ!」と叫びながら。Bは必殺「チョックガード」で防御します。Aが偉いはずがないAが偉いはずがないと呪文を唱えながら。

でも、Aは「実はBMWも持っている!」とビームのレベルを上げます。Bのチョックガードにひびが走ります。「な、なんだと・・・」と驚くB。

Aはニヤけながら「今度俺のフェラーリにも乗せてやるよ!」とビームの出力をさらに上げます。「こ、こんなバカな・・・!」とBのガードは砕け散り、光の中へ消えて行きm・・・と、実にレベルの低い戦いの1シーンっぽいところですが・・・・

本当に車のことでこうなるケースはそう無いと思いますが(無くもない?)、「Aは偉いはずがない」としていたBが、いったん「Aは偉いんだな」と認めてしまうと、BはAに対して事大(個人関係では阿付、おもねること)を始めます。

 

韓国人は相手に対し、「偉いはずがない」とすることで、その相手が自分より「上」になることを徹底的に否定します。そんなはずはないとします。

でも、逆らえないほどの差を認めざるをえない状態になると、相手を「上」として認め、必要以上に卑屈な態度を取ります。

 

そもそも、ウッチュル光線が、前のエントリーにあったような「日常的な」ものなら、それはほとんどの人間関係において現れていることでしょう。それを一々上下関係として受け止める必要が無いのですが、常に上下関係を気にしすぎる社会ですので・・

ある意味、「だからこそ」韓国社会を生きる人たちは、相手に偉そうにする必要性を見出しているのでしょうか。

とはいえ、下として下僕のようにしていた人たちも、「上」に何か問題があると「ほらやっぱりお前は偉くなんかない!」と一気に裏切ってしまうし・・・

それに、こんな風潮だと、本当に尊敬されるべき人も「偉そうにするな」と一括りにされる恐れもありますね。

 

やれやれ、上下はともかく、そのストレスに「命」そのものが耐えられるかどうかが疑問です。

 

 

 

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33 Replies to “ウッチュル・ビーム対チョック・バリアー”

  1.  “神の前の平等”
     韓国はウリスト教徒なんですから、これが良いと思いますよ。心が楽になるのでは?

  2. そして、朝鮮半島全土は「現実歪曲フィールド」で守られている。。。

  3. たまげたなぁ。
    これが日常的に行われているとしたら、
    価値観が歪むのも分かる気がしますね。
    ブランド物のような、より多くの人間に高い価値を
    共有されやすいものが中心となった
    韓国人全体で共通する一つのデファクトスタンダード的な価値観が
    形成されるのも当然だろう、と。
    個人的な好みなどはチョック・バリアーにより簡単に否定されるので、
    より多くの人間に共通する価値が、相対的に重視されるようになる。
    同じ価値観を共有できない者は孤立するため、共有せざるを得ない。
    そうでなければ、序列ランキングに参加すらできないのだからw
    前にどなたかが書かれてましたけど、韓国人観光客がみんな同じ髪型で
    同じ服を着て同じメガネを掛けてゾロゾロ歩いている光景、
    というのを思い出しました。
    前の記事にあったサムスンのロゴ入りTシャツを着た韓国人観光客も。
    つまりは、それが彼ら序列ランカー達(笑)にとっての
    「価値あるもの」であり「彼ら自身の価値」を表すものなんでしょう。
    この記事風に言うなら、まさにウッチュル・ビームであり、
    同時にチョック・バリアーなのだと。(笑)

  4. 選択肢が実に狭いですね。
    支配か従属しか無くて、常に覆す(否定する)ことを狙ってる訳ですね。そら疲弊しますわ。

    鶏と卵ですが、相手を否定する為に、やたらと徳だの礼儀を不可能なレベルで持ち出す習慣が堅固になった面もあるのかもしれませんね。たまたま儒教を選ぶことになったけれど、無ければ無いでやっぱり同様の儀礼だの空理に拘泥するのに変わりは無かったんじゃないでしょうか。

    朝鮮末期も盗る人と盗られる人の二種類しかいないと見られたり、その取る方の人の割合が増えていった事を思うと、今現在、独立国として存在している事だけでも奇跡のようだと思えてきました。他力本願な面が多分にあるとは言え巡り合わせの不思議というか。

    まあ、それでどうにかこうにか、やってこれちゃった分だけ簡単には変われない宿痾に苛まれてる訳ですね。

  5. 以前のエントリーでもあった「Aがソウルを見てきた話を地元でしたらAは嘘吐きだ」となるという話に似ていますね。
    どっちも相手を無条件でマウント(否定)するところから始まると…

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