韓国「もう沈黙しないぞ」・・って沈黙したことないでしょうが

「me too」関連で、もう一つだけエントリーしちゃいます。

マネートゥデーの「憤怒・・パニックに陥った大韓民国」という記事から部分引用します。

<MeToo(「私も性暴力被害を受けた」という意味)暴露が市民の日常を揺るがしている。検察で始まったme too運動が文化芸術界と学界・宗教界を経て有力政治家にまで向かい、市民は怒りと虚脱感を吐き出す。

私たちの社会を引っ張ってきた「権威」の裏の顔に直面した市民は、「これ以上沈黙してはならない」と話す。他人事のように思っていた人も周りを見始めた。専門家は、この機会を逃さずに、私たちの社会の根深い弊害を直視して改善しなければならないと指摘する・・>

http://v.media.daum.net/v/20180306162842412?rcmd=rn

 

(ここから「続きを読む」の後になります)

誣告が多く、しかもその4割が性犯罪の国で、metoo運動に意味があるのか?というのは前のエントリーで書いたからここでは省略します。

今日のこの記事を読んで私が真っ先に口にしたのは、「いや、沈黙したことないじゃないですか」です。

本ブログはいままで、自分の経験から新旧の記事、心理や社会専門家から小説家の意見まで、幅広く「韓国社会は極端的に分かれた二元論の対立構造でできている」「韓国社会は万人による万人との闘争になっている」という趣旨を書いてきました。右派と左派、高齢者と若者、男と女と広がる社会葛藤。「スプーン階級論」や「ヘル朝鮮」などの流行語。告訴率の高さや誣告・偽証の多さなどのデータも、それを裏付けています。

彼らは、「私は沈黙していた」と言いつつ、実は沈黙したことなどありません。社会に対し、膨大な文句を返しています。

いま彼らがmetooに求めているのは、「力」です。自分より「上」の立場の人に対し、文句を言うだけでなく、実際に引きずり下ろせる力。

こうして考えてみると、朴槿恵大統領の弾劾や市民団体の台頭(部分的な事例で市民全体の意志を名乗る)と、いまのmetoo運動は同じ流れにあるように見えます。

それは、ずっとまえからありました。韓国人が沈黙して生きた時代など、ありません。これからも無いでしょう。

また、記事は「憤怒」としていますが、違います。韓国はmetooの被害者・加害者たちを見て、その問題に憤怒しているのではなく、喜んでいます。

「ほら、やっぱり上って悪いやつらしかないんだよ!だから善良な私が上になれなかったんだ!」と、恨(ハン)の根拠でも見つけたように、喜んでいるだけです。

いつもは「上」に徹底的に頭を下げながらも、少しでもチャンスが有れば徹底的に上を引きずり下ろす、これまた昔からの、韓国の特徴です。

 

 

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