国土交通大臣「韓国は日本に文化を教えてくれた恩人の国」

ブログ表示に何か不具合があった場合、リロード、またはここをクリックしてください

 

日比谷公園で開かれた「日韓交流おまつり」で、国土交通大臣の赤羽一嘉氏が、「韓国は日本に文化を伝えてくれた恩人の国」「韓国人の皆さんを心から歓迎する」などと話しました。

韓国のマスコミは赤羽氏(及び他の数人)の発言を、「韓国人観光客が急減したからだ」、「ほら、日本は韓国人観光客が急減して、追い込まれているぞ」というニュアンスで分析しています。

聯合ニュースの「韓国人急減で・・韓日祭りで『交流は揺らぎ無く』と口を揃えた日本政府」という題の記事も、その一つです。

 

(ここから「続きを読む」の後になります)

<・・日本政府は、徴用被害者の賠償判決や輸出規制の強化など、最近の韓日葛藤が拡散するきっかけとなった懸案に関しては「韓国が国際法に違反している」、「輸出規制は徴用判決と無関係だ」とし、韓国に責任を回している。

しかしそれらのせいで日本旅行拒否運動が拡散し、影響が大きくなると、民間交流は続けなければならないという点を強調しているのだ。この日、会場を訪れた日本の主要人物たちは、徴用判決など敏感な部分は具体的に言及していないで民間交流に焦点を当てたメッセージだけ投げた・・>

https://news.v.daum.net/v/20190928173744927

 

記事では、赤羽さん以外には、中山展宏外務省政務官、佐咲さやか文部科学省政務官、河村建夫日韓議員連盟幹事長も「民間交流を続けるべきだ」と話した・・となっていますが、

単に「民間交流を続ける」というだけなら、安倍総理も話したことがあります。

形式的にでも挨拶代わりにでも「民間交流は続けましょう」とだけ言っておけばよかったものを・・なんで「恩人」がどうとかと話したのでしょうか。

そういう発言は、「ほら、日本が追い込まれてきたぞ!」と韓国に利用されるだけです。内容が事実なのかどうか、本人がどういう趣旨で話したかなどは、韓国にとってはどうでもいいことです。

 

 

 

※新刊「今、韓国で起こっていること 「反日批判」の裏側に迫る」が発売中です!発売後すぐに重版が続き、情報ライブミヤネ屋でも紹介されるなど、おかげさまで話題になっています。本当にありがとうございます※

 著書関連のお知らせ ♨

本ブログの拙書のリンク(基本アマゾンリンクになります)は、アフィではありません。目次など紹介のつもりで載せていますので、よかったらお読みください。

新刊「今、韓国で起こっていること 「反日批判」の裏側に迫る」が発売中(8月2日発売)です!

最近、韓国側から「反日」を批判する声が上がってきます。それは、反日を批判しているから「親日」なのか?それとも反日の一部にすぎないのか?なんでこのタイミングで反日批判が増えたのか。それはただ「用日」として切り捨てればそれでいいのか。もう少し裏側に迫ってみます。

・「なぜ韓国人は借りたお金を返さないのか~韓国人による日韓比較論~」が発売中です。日本人とお金の間の共存関係に妙な品位を作り出していること。そこには、韓国には無い、平等という価値観がありました。

・「人を楽にしてくれる国・日本~韓国人による日韓比較論~ (扶桑社新書) 」が発売中です。私が書きたかった「楽」という言葉の真の意味などを考察し、大幅な追記を加えました。他の本に比べて、神様関連の話が多くなっています。

・他にも韓国の反日思想に対する考察をまとめたシリーズがございます。それぞれ、重点を置いた部分が違います。今までのシンシアリーの拙著については、書籍紹介ページをご覧ください。

・シンシアリーはツイッターをやっています。他のSNSはいまのところやっていません。ほとんどが更新報告ですが、たまに旅行先の写真をツイートする時もあります。よかったらチェックしてみてください。https://twitter.com/sincereleeblog

↓「いわゆる」いいねボタン↓
  • いいね!(曇るね!) (184)

“国土交通大臣「韓国は日本に文化を教えてくれた恩人の国」” への124件の返信

  1. お腹がくちくなったら、眠り薬にどうぞ。
    歴史探偵の気分になれるウェブ小説を知ってますか。 グーグルやスマホで「北円堂の秘密」とネット検索するとヒットし、小一時間で読めます。北円堂は古都奈良・興福寺の八角円堂です。 その1からラストまで無料です。夢殿と同じ八角形の北円堂を知らない人が多いですね。順に読めば歴史の扉が開き感動に包まれます。重複、 既読ならご免なさい。お仕事のリフレッシュや脳トレにも最適です。物語が観光地に絡むと興味が倍増します。平城京遷都を主導した聖武天皇の外祖父が登場します。古代の政治家の小説です。気が向いたらお読み下さいませ。(奈良のはじまりの歴史は面白いです。日本史の要ですね。)

    読み通すには一頑張りが必要かも。
    読めば日本史の盲点に気付くでしょう。
    ネット小説も面白いです。

  2.  インドが仏教を生み出し、これが東南アジア、東アジアに布教され、これとともに慈悲の心や論理学が伝わったことを誇るのは当然ですし、中国の漢字や儒教についても同様でしょう。
     しかし、「自分で生み出したものではない他人の文化を隣国に伝達した」ことがそんなに誇らしいことなのでしょうか?私には未だに韓国人の感覚が分からないですね。「ローマ文明をゲルマン人に伝えたこと」をガリア人が誇りに思っているなどは聞いたことがないです。
     
     それとともに、妙な感謝の念などを韓国に伝えるのはやめた方がいいです。こちらはそのつもりでなくても、相手は本気で受け取りますから。
     感謝するなら、「インドや中国に対して」でしょう。

  3. 仏教、特に華厳宗が朝鮮から伝わったという説があるので、調べてみました。
    日本の華厳宗を確立した人物は、審祥(しんしょう)、慈訓(じくん)、良弁(りょうべん、ろうべん)などです。彼らが、朝鮮人だという主張があります

    奈良時代に、南都六宗と呼ばれる仏教が栄えました。当時の仏教は、今の宗派とは違い、学問の分野のようなものです。華厳宗を学んでから、法相宗を学ぶなどということも普通にあることです。

    現在、宗派として残っているのは、華厳宗、法相宗、律宗です。

    南都六宗
    ———————————–
    華厳宗(華厳経)
    法相宗(唯識哲学)
    三論宗(中論・十二門論・百論)
    成実宗(成実論) – 三論宗の付宗
    倶舎宗(説一切有部)- 法相宗の付宗
    律宗 (四分律)
    ———————————–
     
     
    ●唐での華厳宗

    華厳宗の開祖は、中国(随、唐時代)の杜順(とじゅん、557年-640年)にまでさかのぼります。
    第2祖は智儼(602年-668年)、第3祖は法蔵(643年-712年)、第4祖は澄観(738年-839年)、第5祖は宗密(780年-839年)と相承されてきています。
     
    ●朝鮮の華厳宗

    華厳宗は、朝鮮半島(古代新羅)にも伝わり、義湘によって広められています。
    義湘(ぎしょう、625年 – 702年)は、新羅の僧で、新羅における華厳宗の祖になっています。三国時代です。
    義湘は功績のあった方で、朝鮮でも尊敬されていました。
    その後、統一新羅王朝、高麗王朝までは、朝鮮でも仏教が栄えます。

    1. ●日本の華厳宗

      日本の華厳宗は、唐の第3祖、法蔵門下として学んだ審祥(しんしょう)によって、736年に伝えられました。
      審祥は、金鐘寺(後の東大寺)の良弁の招きを受け、『華厳経』の講義を行いました。
      後に東大寺に大仏が建立(743年-749年)され、現在は東大寺が華厳宗の大本山です。

      日本の華厳宗を確立した人物は、審祥(しんしょう)、慈訓(じくん)、良弁(りょうべん、ろうべん)の三人といえます。
       
       
      ●審祥(しんしょう)

      審祥は、奈良時代の華厳宗の僧で、出自についてははっきりしません。
      新羅学生と名乗っていたので、新羅の人とも思われましたが、今では「新羅に留学した」という意味に解されています。
      新羅では深くは学べなかったようで、日本から唐に渡り、唐で第3祖の法蔵の門下として、華厳経を学んでいます。

      天平年間(729年-749年)に唐から帰国して、奈良の大安寺に住しました。
      審祥は、金鐘寺の良弁の招きを受けて、金鐘寺で『華厳経』の講義を行いました。

      審祥は新羅に留学したのなら、新羅の仏教の影響は受けていると言えるでしょう。

      後に唐に留学したのですから、日本の華厳宗は、唐から伝来したと言えます。新羅の仏教だけでは、不足しているところがあったのでしょう。

      ●慈訓(じくん)

      慈訓は、持統5年(691年)に生まれ、河内国の出身といいます。奈良の興福寺の僧でした。
      興福寺の玄昉、元興寺の良敏に唯識哲学を学び、審祥から華厳経を学んでいます。

      ●良弁(りょうべん、ろうべん)

      良弁は、持統3年(689年)に相模国の鎌倉生まれといわれます。
      奈良時代の法相宗の僧である義淵(ぎえん)に師事し、唯識哲学を学んでいます。

      別伝によれば、近江国の百済氏の出身で、母親が目を離した隙に鷲にさらわれて、奈良の二月堂の杉の木に引っかかっているのを義淵に助けられたという。しかし現在では別人ではないかという説もあります。

      後に慈訓について学び、華厳宗の奥義を受けています。

      1. ●古代朝鮮との関係
        慈訓、良弁は、日本に生まれており、日本人としか思えません。朝鮮の出身というには無理があります。
        ただ良弁は、先祖に帰化人がいる可能性があります。

        審祥も、今では新羅に留学した人という意味と解釈されています。
        審祥は唐の法蔵に華厳宗を学び、日本に伝えているので、新羅から華厳宗が伝わったとはいえません。本家筋である唐で学んだのですから。

        ●その後の朝鮮の仏教
        朝鮮では、仏教の大弾圧があり、華厳宗(華厳教学)がもう残っていません。

        朝鮮半島では、三国時代、統一した新羅王朝、高麗王朝(918年 – 1392年)が成立しました。

        朝鮮仏教は、シャーマニズムや道教のように変化して、鎮護国家の法として重視されました。
        高麗王朝では、多数の寺院が造営され、仏教が保護されました。特に禅と教学を重視しました。

        李氏朝鮮時代には、儒教が国教となり、仏教が徹底的に弾圧され、多くの寺院が廃寺となり、仏教は衰退しました。

        初期には1万以上もあった寺院は、12宗242カ寺に限定されて、その他の寺院は多くが破壊されています。

        三代の太宗の時代に、仏教12宗が、7宗88か寺になり、四代世宗の時代には、2宗派にまとめられます。
        88カ寺は、36寺カ寺となり、他は廃寺となって、仏教は著しく衰退しました。

        当然、華厳宗の教学など、今の韓国には残っていません。
        大きな古いお寺なども、韓国にはほとんど残っていません。

        一部の知識を朝鮮から日本に伝えられたにしろ、今の韓国にはその元となった知識の片鱗も残っていないのです。
        韓国では、古代の仏教の知識も、伝統も、伝承も、消え失せてしまっているのです。

  4. インドや中国の文化の一部が百済経由で伝わったのは事実だし、百済人は恩人と言えるのかも知れない。
    しかし、その百済人を皆殺しにして滅亡させた新羅や高麗の子孫が現在の朝鮮人。
    恩人ではなく、恩人の敵だろ。
    また、文化の流れは朝鮮から日本への一方通行ではないだろう。
    縄文土器や稲作、前方後円墳や埴輪等、かなり日本から朝鮮に伝わっている。縄文土器なんて、日本から朝鮮半島へ伝えたものの方が歴史が古かったりする。

  5. この赤羽や二階など、韓国に抱き込まれてると思える人物がさいきん、盛んに親韓発言をしました。韓国本国人が来なくなって、たった2ヶ月で虫の息になってしまった在日韓国人の観光業界や民団から「何とかしろ」と指令が出ているのかも。公明党は在日韓国人が主体の宗教団体「創価学会」が持つ政党なので、在日韓国人の利益代弁をします。

コメントは受け付けていません。