韓国キリスト教新聞『親日や反逆は許す必要が無い』

たまーに、「(日本が韓国に許してもらうようなことをしたか、しなかったかの議論は置いといて、韓国人がそこまで日本を悪い、憎いと思っているなら)韓国にはキリスト教徒が多いのに、なんで『日本を許そう』と主張する人はいないのか」という疑問を目にします。10年以上前には、掲示板などに結構あった気もします。最近はほとんど目にしなくなりましたが。

今朝、紹介するのは、基督教(韓国のキリスト教・新教)、「韓国基督公報」という新聞からの引用となります。キリスト教の基本原理は、『許し(赦し)』です。あまり詳しくは書きませんし書けません(知識が無い)けど、基本は、『私は何の功績も無いのに、罪から許された。私には、他人の罪を責める資格など無い』。これはキリスト教徒の人生観です。

 

キリスト教は、人には誰にも罪があり、それは自分の善行などでは、消すことができないとします。キリスト教で言う『罪からの許し』は、キリストの恵みによるものであり、自分自身が何か偉いことをして、相応の対価として許しを勝ち取ったわけではありません。だから、キリスト教徒たちは、『私は罪を許してもらった。そんな私が他人の罪を許さないなんて、ありえない』とします。言い換えれば、『私より罪深い人間はいない。それでも私は許された』という姿勢で世を生きなければなりません。

 

そもそもキリスト教には、『人を判断できるのは神様だけだ』という教えがあります。だから『神様、あいつに罰を与えてください』と祈ってはいけません。罰を与えるかどうかは、神様が決めることです。私(祈る人)からするとあいつ(対象)が悪いと思われるかもしれませんが、神様から見ると、そうではないかもしれません。願いを祈るのは勝手ですが、その願いの判断は、全的に神様にかかっています。イエスが『私の願う通りにではなく、神様の願う通りにしてください』と祈ったのが良い例になります。

だから、「人を許さなかったことによる副作用」はあまり気にしません。その結果が「神様の望みどおりに」なることを願うだけです。ただ、自分が許された存在だからこそ、相手を許し、その結果は神様に委ねるのです。イエスは「7回ずつ70回でも(一部の訳では『77回でも』)許しなさい」と教えました。

 

もちろん、最近は、裁判制度の発展もあり、ただ許してそれで終わりにすることはそうありません。例えば、泥棒を個人的に許したからって、犯罪を警察にちゃんと知らせるという市民としての義務をおろそかにしてはいけません。とはいえ、許しの教えは、キリスト教のもっとも代表的な『愛』の示し方として、いまでも大勢の信徒たちに教えられています。『制度としての処罰と、人間的に許すこと』を区別しなければならないという、新しい知恵とともに。

 

 

・・・ですが、韓国基督公報に、『親日や附逆(国家への反逆に協力すること)は許す必要がない』という内容が堂々と載っていました。ちょっと引用してみます。

<クリスチャン弾圧の先頭に立ったパウロの改心も、イエスを三度も否認したペテロの涙も、メシア、イエス・キリストの国を拡充する大きな転換点となった。イエスは、当時は死罪である姦淫をした女性を、「罪のない人だけ、この人に石をなげなさい」と話し、許した。しかし、今の時代は、親日や附逆(※反逆への協力など)を悔い改める心で、国と民族のために、兵士として、芸術家として、宗教人として、社会各界各層のために献身した人々に、石を投げまくっている。

イエス当時は「罪がない人だけ石を投げなさい」と言われた人たちは、石を置いて、全員いなくなった。最近は、むしろ、より強引に自分は間違っていない!と主張するかのように、自分こそが平等公正正義の使徒でもあるかのように、社会に物議を醸し、自分自身を将来の清算対象リストに上げている。もちろん、親日あるいは附逆して自分の実利だけ得た人まで許す必要はないけれど。>

 

これが、韓国の『優先順位』です。『K』hrist教、とでも言いましょうか。あ、ウリスト教という素晴らしい表現がすでにありました。

最初の部分は、いわゆる「親日派だからって功績まで否定するな」という意見として、部分的には分かります。でも、急に「許す必要はない」って。分かってはいましたが、ちょっとクラっとしました。私は、韓国の言う『親日な人たち』が、許しを乞うべき何かの悪いことをしたとは思っていません。ただ、それでも、少なくともキリスト教徒なら、「許す必要が無い」とは言わないものでしょうに。いったい、これを書いた人は、自分自身を何様だと思っているのでしょうか・・

いまの私は、韓国という存在に対しては、こう思っています。『私は、許したくないものは許さない。あなたも、私にそうするといい』。だから、今は自分をキリスト教徒だとは言いません。基本的な教えを致命的に破っているからです。イエスさんには悪いことをしたと今でも思っています。でも、そんな私でも、「キリスト教徒を名乗りながら『許す必要が無い』を新聞に書く人」の頭の中までは、とうてい分かりません。

 

 

 

 

拙著<「反日」異常事態>が発売中です!ありがとうございます!

拙著のご紹介

以下、拙著の題の部分はアマゾンリンク(アソシエイト)になります。リンクされたページで電子書籍版もお選びいただけます。

・現在の最新刊は<「反日」異常事態(2020年9月2日発売)>です。いわゆるK防疫として表出された、韓国の反日思想の本性である『卑日(日本を見下す)』とその虚しさについて主に考察しました。本ブログの「反日 異常事態」紹介エントリーもぜひお読みください!

・<高文脈文化 日本の行間>は、私が日本で暮らしながら感じた『日本語』に関する本です。

・<なぜ韓国人は借りたお金を返さないのか>は、韓国社会の「借りたお金を返さない」心理と日韓関係の現状の類似点を考察した本となります。

他のシンシアリーの拙著については、書籍紹介ページをご覧ください。ありがとうございます。

・シンシアリーはツイッターをやっています。他のSNSはいまのところやっていません。ほとんどが更新報告ですが、たまに旅行先の写真をツイートする時もあります。よかったらチェックしてみてください

88+

© 2020 シンシアリーのブログ Powered by AFFINGER5