「慰安婦問題になると、韓国人は、異論を出してはいけないという『韓国人らしさ』を試される」

1ヶ月前の記事ですが、見逃していたようで、今日紹介します。基本的な趣旨は、『日本の主権免除を認めないなら、米国の主権免除も無視してみろ。前の左派政権のときに米国の反人道的な事件とか見つけておいただろう?』です。以下、朝鮮日報から部分引用してみます。引用部分に「絶対規範(原文ママ)」という言葉が出てきますが、これは「強行規範」のことだと思われます。ソース記事が出てから、約15日後に米連邦法院(最高裁)がドイツの主権免除を全員一致で認める判例が増えました。

 

<<・・慰安婦制度が違法ならば、賠償は当然で判決は正当なのか。過去の歴史、特に慰安婦問題が出てくると、「韓国人らしさ」を試される。韓国人なら被害者に従わなければならず、他の声は許されない。

世の中には、逆の場合が多い。ポーランドは韓国以上に外勢に苦しめられた。ドイツ軍の民間人虐殺の犠牲者が自国の裁判所にドイツを相手に賠償を請求した。2010年にポーランド最高裁判所は敗訴を確定した。「裁判管轄権がない」という理由だ。フランスの裁判所は、三回もドイツに連行された自国民の賠償訴訟をすべて棄却した。

 

判決文を見ると、韓国の裁判所の論理は明確である。絶対規範に違反した反人権的犯罪は、国際慣習法の例外ということだ。学界でこの論理を支持する人が増えつつあるが、世界の法廷では、まだまだ辺境の論理にすぎない・・

・・2012年、国際司法裁判所は「絶対規範の違反と国家免除は別個の事案だ」とイタリア(※ドイツの主権免除を認めなかった)の裁判所が国際法の義務を違反したと判決した。これが世界法廷の支配論理だ。韓国はこの論理を、地裁40代の裁判官があまりにも簡単にひっくり返した。

 

大衆感情があるからだ。相手が日本なら、殴れば殴るだけ支持される。裁判官は英雄としてもてはやされる。このような環境だから、国際窃盗団が日本から盗んできたもの(※仏像のこと)返さなくてもいいという判決が出てくる。14〜16世紀の倭寇が略奪したことかもという推定が法廷証拠となる。21世紀韓国の裁判所の判決である。日本のことなら、一事不再理、時効、協定、証拠、判例、国際慣習法の壁まで全てを簡単に超えてしまう・・

 

・・金大中政府は朝鮮戦争当時、ノグンリ(※地名)で米軍に複数の民間人が犠牲されたと、2001年に発表した。盧武鉉政府は、2003年「済州4・3事件勃発と鎮圧の過程で米軍政が自由にはなれない」とした。盧政府が作った真実和解委員会は、米軍の大邱暴動加害者と規定しており、1948年旅順事件鎮圧作戦を米軍が統制したと発表した。委員会が明らかにした6・25当時、米軍による民間人犠牲事件は249件である。重大事案について委員会は、「戦争犯罪に該当し、国家の責任が発生する」と明示した。当時明らかにできなかった米軍の事件202件は、ムン・ジェイン政府の2期 真実和解委員会に預けられた。

「絶対規範は、すべての法律の上位にある」という法の論理は、日本にのみ適用されるべきでないだろう。韓国社会の特定の勢力は、米国を避けて行くつもりなど無い。米国は国家免除を徹底的に保証する国だ。このような米国を韓国法廷に立て、米国政府の韓国内の財産を没収してみるといい。甘い日本を相手に、行けるところまで行った韓国の裁判所の冒険主義は、完全に別の次元に進入していくだろう>>

 

 

絶対規範という言葉を他の国でも使うのかは分かりませんが・・「強行規範」のことなら、確かに「だれがどうみても邪悪なことだ」には国際法の免除にあたいしない、ということになっています。

でも、この『理屈』が各国の司法判断の主流になったことはありません。なぜなら、「具体的に決まっていることがなにもない」からです。そもそも強行規範というのは、ものすごい共感帯が必要になります。「人なら誰もが『それはそうだ』と認めることがある」から始まったものですから。そんなものが具体的に決まるはずがありません。「具体的に決まっていない」は、それすなわち法律としては適用できないという意味です

だから、強行規範は「学説」や「主張」、さらには「人類の願望」のレベルであり、法律の領域で力を発揮できません。どことなく、「世界共通言語」や「世界政府」のような発想かもしれません。「世界共通唯一神宗教」かな。人権思想が台頭してからも、世界各国と国際司法裁判所の判断は「各国の主権は平等である(すなわち主権免除)」であり、それが現実です。この流れはこれからも変わらないでしょう。なぜなら、『これだけは絶対にやめろ』という趣旨で、いわゆる人権とか人倫とかを具体的に法として決めてしまうと、その範囲に入らない概念は法律的に人権や人倫になれず、『じゃ他はやっても違法じゃないんだな?』と言われてお終いだからです。法というのは強制力があるだけに、その範囲を絞り、具体的にしないといけないからです。生まれからして、強行規範という概念は「法律にはなれない」ものだったかもしれません。『悪い子じゃないけどね・・委員長には向いてないよね』な感じ。

しかし、韓国で『辺境(邊方)』という言葉を使うとは、なかなかですね。中華思想に染まっている韓国としては、場合によってはオランケ(蛮族)と似たようなニュアンスにもなれる言葉です。

 

 

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