最近、契約書、契約書とうるさいので、少し考えてみました。口が裂けても酒が腐ちても私見としか言えませんので、その点はご理解を。いわゆる「implied in fact contract(事実上の黙示的契約)」というものについて、です。明示的に契約(契約書にサインするなど)ではなくても、ある条件を満たせば、それは契約として機能する、といったものです。ねーよと言われるかもしれませんが、これ、米国最高裁が定義した、契約に関する法律用語です。
1923年のことです。「ボルチモア&オハイオ鉄道」社は、橋脚に、兵士のための建物(兵舎)を仮設しました。詳しくどんなシチュエーションなのかは分かりませんが、兵士たちを運ぶために仮設兵舎が必要だったのではないでしょうか。
そこで、会社は政府に『仮設兵舎の分のお金、早く払って』と要求しました。政府側は『え?それ自発的に作ってくれたんじゃないの?いやいまさらお金出せって言われても困るよ』と、補償を拒否しました。会社社側は、たしかに兵舎を作るとお金を払ってくれるとかそんな契約書は無かったけど、『どうみても、事実上の暗黙的契約だったじゃないか』と主張し、結局、裁判沙汰となり、最高裁まで行きました。
合衆国最高裁判所の判例法(United States case law)、「Baltimore & Ohio Railroad Co. v. United States, 261 U.S. 592 (1923)」の内容です。こちらを御覧ください。ドール写真はありませんが堅苦しい英単語ばかりですので苦手な方はご注意ください。
米国の連邦裁判所は、「いや、これは『事実上の黙示的契約』ではない」と判断しました。自分たちを守ってくれる兵士たちの快適さのために喜んで兵舎を作っておいて、いまさら何を言うか、という趣旨です。しかし、『事実上の黙示的契約』ではないと判断したということは、『事実上の黙示的契約』を認めているという意味でもあるし、事実上の黙示的契約が何なのかを法律的に定義する必要があります。そこで、米国連邦裁判所は、こう定義しました。
<ここでいう「黙示的な契約」とは、法律により暗示されたものでもなく、または準契約(quasi contract)でもなく、意思の疎通した当事者たちの、周辺状況からして明らかに事実とされる「事実に基づく」合意のことである(The “implied agreement” contemplated by this act is not an agreement “implied in law,” or quasi contract, but an agreement “implied in fact” founded on a meeting of minds inferred, as a fact, from conduct of the parties in the light of surrounding circumstances. P. 261 U.S. 597.)>。この部分は、合衆国最高裁判所の判例法紹介ページからの引用です。
WIKIソースで恐縮ですが、こちらのほうがちょっとだけわかりやすい気もします。<an agreement … founded upon a meeting of minds, which, although not embodied in an express contract, is inferred, as a fact, from conduct of the parties showing, in the light of the surrounding circumstances, their tacit understanding(それは、意思の疎通に基づく合意であり、明示的な契約ではないものの、周囲の状況に照らして、黙示的に了解を示す当事者の行動からして、事実として推測できるものである)>。
随分後になってからですが、1980年のウィーン売買契約にも、似たような趣旨が反映されています。18条「承諾の方法、承諾の効力発生時期、承諾期間」で、反映されているのは18条の3項です。<申込みに基づき、又は当事者間で確立した慣行若しくは慣習により、相手方が申込者に通知することなく、物品の発送又は代金の支払等の行為を行うことにより同意を示すことができる場合には、承諾は、当該行為が行われた時にその効力を生ずる。ただし、2項に記された期間内に限る(However, if, by virtue of the offer or as a result of practices which the parties have established between themselves or of usage, the offeree may indicate assent by performing an act, such as one relating to the dispatch of the goods or payment of the price, without notice to the offeror, the acceptance is effective at the moment the act is performed, provided that the act is performed within the period of time laid down in the preceding paragraph)>。外務省のHPより(PDFファイルがあります)引用しました。
←韓国にも、相応の法律があります。民法532条「意思実現による契約成立」です。申込者の意思表示や慣習によって承諾の通知を必要としない場合には、契約は、承諾の意思表示として認められる事実があるときに成立する(민법532조 의사실현에 의한 계약성립・・청약자의 의사표시나 관습에 의하여 승낙의 통지가 필요하지 아니한 경우에는 계약은 승낙의 의사표시로 인정되는 사실이 있는 때에 성립한다))引用及び画面キャプチャーのソースページは 国家法令情報センターの「民法」ページです。
ここらへんで、前に翻訳してお伝えしたイ・ウヨン氏の寄稿文をもう一度読んでみると、『契約書が無くても契約はあった』、『当時の朝鮮の契約方式を、まったく理解していない」という部分の説得力が強くなった気もします。そんな気がして、エントリーしてみました。
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