『親チャンス』という言葉

詳しくいつから始まったかは分かりませんが、10年ぐらい前から、スジョ(匙、スプーン)階級論というものが有名になりました。いまでは多くのバリエーションがあり、階級がさらに分化されていますが、韓国語WIKIページの情報によると、最初のものは『資産20億ウォン以上、年収2億ウォン以上』を金のスプーン、『資産5億ウォン以上、年収5500万ウォン以上』を銀のスプーン、『資産5千万ウォン以下、年収5500万ウォン以下』を土のスプーンとする、単純なものでした。それによって社会においての階級が決まる、と。

この階級論は、ネットだけでなく、大手メディアも記事に何の説明なしにそのままこの単語を使うほど、社会的に『大ヒット』となりました。本ブログなどでも、無数に出てきましたし。スプーン階級論は、貧富の格差、社会構造に対する韓国の若い世代の批判としてよく報じられますし、たしかにそういう側面があります。ただ、私は、これは『自分自身への不満ではなく、実は親への不満を表したもの』と見ています。前にも、拙著やブログなどに同様の趣旨を書いたりしました。

 

ネットコミュニティなどに見られるスプーン階級論の引用は、メディアの記事が指摘する『今の自分が努力しても成功できないもどかしさ』ではなく、『大金持ちの子で生まれたら、何の問題もないのに』とするものでした。データとかはありません。私にはそう見えました、という話です。そして、時を同じくして、『ブモ(親)チャンス』という言葉もまた、よく見られるようになりました。前は「パパチャンス」「ママチャンス」という言葉もありましたが、最近は「親」に統合(?)されたようです。

これは、『(主に経済的に)すごい親』が、『すごい子』になれるもっとも確実な道だという考えに基づくものです。それに、もともとスプーンが登場している時点で、これは明らかに『親』関連です。『銀のスプーンを口に加えて生まれた』というヨーロッパの慣用表現から来たものです。昔、ヨーロッパの貴族の赤ちゃんには、乳母でも、直接ミルクを飲ませることはできませんでした。身分が違うからです。だから、銀のスプーンにいったん出して、それを赤ちゃんに飲ませました(これはこれで、赤ちゃんも大変ですね)。そう、実はスプーン階級論は、階級論というよりは、血統に関するもの、言わば『身分』論です。

 

ちょうど一昨日、12月1日、この言葉が大手新聞に載りました。「出世のために重要なもの」として選ばれた、というのです。中央日報が韓国職業能力研究院の「2022韓国人の職業意識および職業倫理」という報告書を分析した結果、韓国民の85.9%は自分自身のことを『社会弱者(乙、ウル)だと思っていることが分かりました。若いほど、学歴が低いほど、この比率は上がる、とも。そして、彼らが自分を乙だと思っている理由は、大きく分けて3つ。学縁(同じ学校出身)、地縁(故郷が同じ)、そして「親チャンス」だと答えました。個人的に、結果も結果ですが、関連質問に親チャンスという言葉が入っていることに、強い興味をいだきました。

学縁と地縁は、伝統的に韓国で『出世するためにもっとも必要なもの』ベスト3に選ばれてきました。出世した人と同じ学校、同じ地域出身だと、それだけでもなんとかなるという意味です。ただ、いままでなら、3つ目として『血縁(出世した人と血縁関係にある)』が入るものですが、ほぼ同じ意味ではあるものの、『親チャンス』という言葉が、ここまで有名になったわけです。

 

中央日報の記事によると、「自分が甲なのか乙なのかが分かれる理由」として、学縁・地縁・親チャンスだという回答はどんどん増えている、とのことでして。「学縁や地縁、親チャンスが無いと、甲乙になれない」という質問に同意した返答が、4点満点で2.84点。2018年には2.76点でした。この調査は10代~60代までの韓国民4501人を対象にしたものですが、範囲を1980年~2010年あたりに生まれた、いわゆるMZ世代(ミレニアル世代と「Z世代」をあわせたもの)に限ると、2.89点。100%に換算すると72%のMZ世代が、『出世には、親チャンスなど(出世した人たちによるチャンス)が必要だ』と答えたわけです。

合計出生率関連でいつも引用していますが、2021年7月、ソウル大学保健大学院教授(人口学)ジョヨンテ教授は、「『素晴らしいお父さん』を目指し過ぎで、出生率が下がっている側面もある」と話しました(CBSラジオ)。青年たちは、自分自身が素晴らしい親でなければならないと思っていて、結婚してから、子ができたとき、自分がその子に与えるものに対し、あまりにも高い『期待値』を持っている、というのです。自分が自分の親に対して思っていたことを、今度こそ自分で自分の子に施してやる、と思っているのでしょう。

 

ただ、いくら待ってもそんな『クラスチェンジ』は起きず、合計出生率が下がる要因の一つになっている、というのが教授の見解です。教授は、「自力でそんな素晴らしい親になれる人って、実はそういないからです。結局は、それもまたその人の親が助けてくれないと、できません。親が私に相応の分を与えてくれないと、自分が望む親の姿になれないわけですから、困ったものですね」と話しました。

親と子の関係というものを、特に『素晴らしい』『すごい』という概念を、根本的に間違えているのではないか、そんな気がします。2月の過去エントリーで、『人生に意味を与えてくれるものは』という調査結果についてお伝えしたことがあります。多くの国で『家族』関連が選ばれましたが、1カ国だけ、『お金』を選んだ国がありました。その結果が、こういう形で現れているのでしょうか。実にいろいろな意味で、困ったものです。次の更新は明日(4日)の午前11時頃になります。最近、更新を休みすぎで、本当に申し訳ございません。

 

 

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